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無償の愛って何だろう?みんなで考えよう!映画「二十歳に還りたい。」のラスト✨

    いつも記事に目を通してくださり、ありがとうございます!

    9月29日に公開された映画「二十歳に還りたい。」が公開されて4週目を迎えています!

    私の記事でも、今まで何度か、映画の特集記事を組ませていただきましたね。


    こちらの2つの記事は、両方ともありがたいことに、1週間で特にスキ❤️を集めた「#映画」の記事になりました❣️

    本当にありがとうございました😭✨


    今回は、そろそろネタバレ企画をしても許されるだろう、ということで、ラストシーンについての考察をしてみたいと思います!
    (※以下、一部ネタバレを含みますので、気になる方は映画鑑賞後にご覧くださいね。)

    映画を観ていない方でも、「無償の愛」って何だろう?と考えるきっかけとなれば幸いです。

    なお、他の方の感想を伺い、私の中でもラストに関する理解が深まり、以前の記事とは結論への考え方がやや違っているかもしれません。

    何卒ご了承いただきたく存じます⭐️


    究極の選択、あなたならどうする?

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    人を愛し、人を生かし、人を許せ。

    無償の愛に生きよ。

    30歳までは結婚を申し込んでも、申し込まれてもならぬ。

    この3つを約束して、80歳から20歳に還ることを神様から許されたとします。

    そして、20歳になった自分の目の前には、意中の彼女が‼️

    もう一度、人生をやり直したい!と自分に厳しく生きていく。

    意中の彼女からは「好きです。結婚したい」と言われます。

    でも、30歳までは……という神様との約束の手前、「僕も好きです。結婚したい」とは言えず、何も答えることが出来ない。

    そのまま一途な彼女は、10年もの間自分を思い続けてくれた。

    自分は第二の人生として選んだ俳優人生で成功者に登り詰め、テレビで追われるような存在に。

    30歳手前で、成功者としてさらなる高みに登り詰めようとしている目前。

    ガセのスキャンダル(熱愛報道)が出てしまい、10年待たせていた彼女に誤解され、傷つけてしまう。

    ショックを受けて死のうとする彼女を前に、あなたならなんと声をかけますか?


    A
    神様との約束で、30歳までは!と約束しているから、声をかけない。

    彼女が死んでも、自分は約束された通り、生まれ変わった成功者の道を歩む。

    B
    そうは言っても、ここで「好きだ!結婚してくれ!」と言わなければ彼女が絶望で死んでしまう。

    約束された成功の夢から醒めてもいいし、80歳に戻ってもいいから、「好きだ!結婚してくれ!」という。


    …私は単純なので、目の前で大好きな人が自分のせいで苦しみ、死のうとしていたら、最初の約束をすっかり忘れて、「好きです!」と言ってしまうと思います。笑

    ただ、そこで夢が覚めてもいい、結局80歳に戻ってしまってもいい、と考える暇はないでしょうね……。笑

    宗教的に見ると、単なるやり直しの人生じゃなくて、与え切りの人生を生きられるか試された人生。

    神様が、この究極の選択になることをご存知の上で20歳に戻らせたとしたら。

    杜子春のようなラストがお望みかもしれません。


    杜子春のラストが参考か?

    芥川龍之介「杜子春」では、仙人に弟子入りしたい、と懇願した主人公の杜子春。

    仙人は仙人修行として、何度か彼を試します。

    最後の試しとして、杜子春が「何があっても口をきいてはならない」という条件を彼に課しました。

    虎や大蛇に襲われても、地獄に落ちて責め苦を与えられても、杜子春は一言も発しませんでした。

    ところが、最後の方で、
    地獄の畜生道に堕とされ、鬼たちにめった打ちにされている母を見せられた時。

    ついに杜子春は耐えきれず、「お母さん!」と叫んでしまいました。

    気がつくと杜子春がいたのは元の場所。
    仙人修行も終わってしまいました。

    仙人は、「あそこでもし『お母さん』と呼ばなかったら、お前は人間じゃない。呼んだから、お前は人間足り得たのだ」と言って去っていきました。

    この逸話を考えた時、

    仙人は杜子春が最後は声を発してしまうことをはじめから分かっていて、あえて体験させたのだろう。

    という考え方があると思います。

    「仙人」になる「野心」を目指すのではなく、母への「愛」を選べるか。

    ここが本当の試しだったのかもしれません。

    結果、仙人にはなれなかったけど、杜子春は人として真っ当な生き方ができた。
    それで良かったのだと思います。

    「二十歳に還りたい。」一徳はどうすべきだったのか?

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    さて、「二十歳に還りたい。」に戻りますが、一徳の最期も、「これで良かった」のだと思いました。

    ある意味で、すべてを捨てた「無償の愛」を見せてくれたのかもしれません。

    だとしたら、「無償の愛とは何か」の答えは、一徳の生き様によって見せていただいたのだと思います。

    「無償の愛とは何か」
    全ての自分の経歴・成功を捨ててでも、人を愛し、幸せにする道を選ぶ。

    こういう示し方もあるのかな、と思い、ジーンとしてしまいました😇

    皆さんは、全ての成功を捨ててでも、誰かの幸せを守るために動けますか?

    繰り返しますが、私は、動いた後にすべて捨ててしまったことに気づくタイプなので、無償の愛とは程遠い存在です。

    一徳の生き様から、皆さまに少しでも「無償の愛」って何だろう?と考えるきっかけとなれば幸いです。

    コメント、意見など楽しみにお待ちしています💖

    最後までご覧下さり、誠にありがとうございました⭐️


    ※二十歳に還りたい、まだの方はぜひ、よろしくお願い致します。
    いつかAmazonプライムでも観れる日を楽しみにしてくださいね!

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    大川隆法著作愛好家|経典3100冊全読破|幸福の科学信者歴30年以上|国立大学文学部卒|仏法真理をもっと気軽に!|心のお悩み解決|一般・初心者大歓迎|読まなきゃもったいない!大川隆法著作シリーズをご紹介|心が変われば、未来が変わる☆

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