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宇宙一カッコイイぎょうざ屋さんに恋してる

    一、宇宙一かっこいいギョウザ屋さん

     午後4時。
     セントクリス大付属中学のオシャレなレンガの校門から、中学生がいっぱい出て来た。
     いたいた! 川端真琴も、その中にいた!
     真琴の隣には、クラスメイトの加藤芽依が、短いスカートをチャラチャラさせながら歩いていた。でも、芽依は、急に前髪をバッと押さえると、
    「っていうか、外出たとたん、風強すぎなんだけど~! 前髪乱れちゃうじゃーん!」って、甲高い悲鳴をはりあげた。
     真琴は、自分も短い髪を押さえながら、
    「ホントそうだよね。髪セットしても意味ないっていうかー」
    とか言ったけれど、それはウソ。
     そもそも、真琴は髪セットしたことなんかない。
     だって、真琴って子は、髪セットするなんてことには全く興味がないんだから。
     さすがに寝ぐせくらいは直すけど、本当にそれだけで。
     かわいい髪型にしたいなんて発想はゼロだから、風が強い日に髪が乱れて困るなんて思ってもみないことではあったけれど、真琴っていう子は、相手の発言に合わせてつまらないウソをつくクセがあった。
     それはともかく。
    「風が憎い~!」
     芽依は、命の前髪をなでつけながらさけんでいたのだけど、突然、
    「あっ! 神宮だ!」って、ハッと前髪から手を放した。
     神宮っていうのは、真琴と芽依のクラスメイト。学校一カッコイイって誰もが認めているだけあって、スラッと背が高くてビジュ最高。
     芽依は胸に手なんて当てて、
    「こんな風の中にも関わらず、神宮がカッコよすぎてキュンなんだけど!」ってさけんだ。
    「風で髪乱れてる神宮、神がかりすぎ! っていうか、あんなにレンガの校門が似合う人、いる? いないよね? 他の男子とレベル違いすぎて、4次元、5次元、神次元だよ!」
     芽依は心の中で言えばいいことを、何もかも口に出してさけんでから、神宮に向かって、
    「神宮バイバーイ!!!」って、ブンブンと手を振り回した。
     そしたら、神宮はこっちを振り返って、サッとカッコよく片手だけあげると、アイドルかよっていう感じで颯爽と立ち去った。
     芽依の方は推しにバイバイできた人よろしく、
    「やっぱ、神宮スキ! 大スキすぎて胸痛い!」
    と、二つ折りになってもだえた。それから、ガバッと顔をあげると、
    「あたし、どうしたって、神宮を彼氏にしたい!」
    って、ぶっとい声で宣言した。
    「夏までに、神宮をオトして彼氏にしなきゃ、もう死んじゃう! 今年の夏は、神宮を彼氏にして、夏祭りも、プールも、海も、水族館も、遊園地も、全部デートして、キュンキュンサマーライフを送りたい~!!!」
    「それ、楽しいだろうねー。芽依ならイケそうだよ~」
     真琴はまたそんな調子のよいことを言ってうなずいているけれど、もちろんこれも全部ウソ。そんなことは思ってるわけがない。
     だって、神宮航平は、とにかくクールで、芽依のわかりやすーいアピールに反応したことなんて一度もない。だから正直、芽依がどんなにがんばっても見込みなさそうと、真琴は思っているのだけど、そんなことを言うと芽依が怒りまくるから、喜びそうなウソを言ったまでなのだ。
     芽依は、むずかしい顔で腕組みして、
    「さすがのあたしでも、神宮オトすのは苦労しそうなんだよなあ」
    って、うなった。
    「神宮って、あたしが毎日違う髪型してきても全然反応しないんだもん。どうやってアピろうかなあ。ウーンウーン」
     芽依がそんなこと言ってうなっている間に、柊駅の南口までやってきた。
     ここから芽衣は電車に乗る。真琴はまだ乗らない。
     真琴は急に明るい声で、
    「じゃあね、また明日!」と、芽依にさけぶと、いそいそと駆け出した。
     芽依は、まだ神宮をオトす方法を考えているのか、
    「バイバーイ」と、上の空で手をふって、改札に向かって歩いていく。
     一方の真琴は改札の前はスルーして、駅構内を駆け抜けると、北口からまた外に出た。
     柊駅の北口は、大通りとか華やかな店が並ぶ南口とは打って変わって、古い家や店が並んでる。
     いかにもさびれた古い感じが漂ってるけれど、真琴はここに来たとたん、つまらないウソばかりついている学校での自分を脱ぎ捨てて、本当の自分に戻れるような気がして、ウキウキするのだ。
     真琴は、急にイキイキしながら、せっせせっせと坂道を上っていった。
     芽依には、北口の辺りに住んでいるおじいちゃんの家に行くなんて言って いるけど、それはウソ。
     本当は、真琴は、このさびれた町に住んでいる宇宙一カッコイイ人に会いにいくのだ。
     どれくらいカッコイイかって言ったら、もしも芽依が目にしたら、鼻血出して、失神しちゃうんじゃないかなっていうレベル。
     その宇宙一カッコイイ人は、意外なことに、駅からの坂道を上った途中の小さなギョウザ 屋さんにいるのだった。
     宇宙一カッコイイ人と古いギョウザ屋さんなんて似合わないんじゃないかって普通の人なら思うところだけど、真琴は、その取り合わせが良すぎるんじゃんって、本気でそう思っている。
     さて、真琴が『コウちゃんギョウザ』っていう色あせたのれんをパッとはねのけて、お店の中に飛びこんだら……
    「いらっしゃい!」
     元気に声をはりあげたのが、宇宙一カッコイイとうわさのコウちゃんだ! 
     コウちゃんは19歳の若き店主。ギョウザってデカデカと書いてある黒Tに、ギョウザ模様のバンダナと、ギョウザピアスっていう格好なのに、信じられないくらいまぶしくて、笑顔が最高にカッコイイ。
     もともと、この店はコウじいちゃんって親しまれていた渋カッコイイおじいちゃんのお店だった。だけど、コウじいちゃんが一年前に倒れてからは、若きコウちゃんが店主となって、立派にコウじいちゃんの味と店を守ってる。
     さてさて、真琴は、学校から出て来た時とは別人みたいに、顔がはりさけそうなほど笑いながら、カウンター席に腰かけると、
    「いつものお願い!」って元気にさけんだ。
    「まいど!」
     コウちゃんは笑いながら、カウンターの奥でギョウザを包み出す。
     この店では、お客さんの注文を受けてから、ギョウザを包むのだ。
     コウちゃんの長い指が、魔法みたいに手際よく、美しいギョウザを作っていく。
     アツアツのフライパンに油をしいて、美しいギョウザをキレイに並べて。
     サッと水を入れてフタをしたら、コウちゃんはキリリとすごく真剣に、フタのしまったフライパンをジッと見つめる。
     この時の真剣そのもののコウちゃんの顔も、真琴にはたまらなくキュンなのだ。
    「よし!」
     コウちゃんは大きくうなずいて、サッとあざやかにフタを取った。
     ここからが一番肝心。
     フタを取ってさらに焼くことで、カリッカリの香ばしいギョウザが仕上がるってことを、真琴みたいなギョウザ通ならよく知ってる。
     それから、
    「さあ、今日もキレイな子たちができたぞ~!」
     コウちゃんは得意そうに言いながら、お皿の上に香ばしいギョウザ達をサッと入れて、真琴の前に出してくれた。
    「何てキレイな子たち!」
     真琴は、モウレツな拍手を、コウちゃんとギョウザに送った。
     香ばしいコウちゃんギョウザの香りが、真琴の全身を包み込む!
    「いただきまーす!」
     感謝と喜びに満ち溢れながら、真琴は、カリッカリのギョウザを1つ、うやうやしく、オハシでつまむと、ドキドキしながら口に入れた。
    「んんんんんん~!!!!」
     真琴は気が遠くなるほど幸せになって、ウットリと目を閉じた。
    (コウちゃんの厚すぎず、薄すぎないジャスト1.8㎜の手作り皮が肉汁をしっかり閉じ込めて、口の中にギョウザの神様が生まれてきそう!)
    (ニラとネギと春キャベツとひき肉のコラボが見事すぎ! ギョウザの神様が指揮する春のギョウザオーケストラが聞こえる!)
    (春のメロディーが身体中を駆け巡るよ……)
     真琴が、そんなギョウザオタク的なことを考えて幸せの絶頂を味わっていたら、コウちゃんは真琴をつくづく見ながら、
    「幸せそうに食べるよなあ」って、感心した顔をした。
     真琴はゴクンと飲み込むと、
    「何で、こんなにさわやかに仕上がるかなあ」
    って、コウちゃんを見上げた。
    「自分で作ったらどうしてもニンニクの味が勝ちすぎるんだよね。コウちゃんのは、ニンニクは効いているんだけど主張しすぎなくて、口に入れた途端、春のメロディーを感じるっていうか。今日は、コウちゃんの野菜畑の味が、口いっぱい広がった!」
    「まあ、そこは企業秘密だよな。真琴に教えて、自分でできるようになったら、もうここには来なくなるじゃん?」
    なんて、コウちゃんは白い歯を見せて、いたずらっぽい顔をした。
    「なわけないよ! どんなヒミツを教わったって、あたしがコウちゃんにかなうギョウザを作れるわけないんだから。絶対通いつめるに決まってるじゃん。わかってるでしょ!」
     真琴は、思わず大声をはりあげた。
     思い起こせば、真琴の『コウちゃんギョウザ』歴はもう8年。
     5歳の時、お父さんに連れられて、初めて『コウちゃんギョウザ』のギョウザを食べたチビ真琴は、そのおいしさに、おハシを取り落とすほどビックリして、一気にギョウザオタクとなったのだ。
     たくさんのギョウザの名店にも足をのばした。
     自分でみじんぎり器を使って、ギョウザ作りを研究した。
     でも、どんな名店に食べに行っても、どんな工夫して自分でも作っても、『コウちゃんギョウザ』にかなうギョウザは全然なくって。
     だから結局、真琴の一番の推し店は『コウちゃんギョウザ』で。コウちゃんとコウちゃんギョウザを愛するあまりに、セントクリスを受験して、学校帰りに毎日こうやって、通いつめているってわけ。
    「あたし、セントクリスに合格して良かったあ。こうやって毎日、コウちゃんのお店に通えるもん」
    って、真琴が幸せいっぱい笑ったら、コウちゃんも
    「ギョウザ目当てで、セントクリス受験するヤツなんて、真琴くらいなもんだろ」
    なんて白い歯を見せて笑った。
    「ほとんどは、オシャレな制服目当てみたい。でも、あたし、そこは興味ないから」
     真琴がキッパリ言い切ったら、コウちゃんはまた笑って、
    「いいと思うよ、そういうところ! ギョウザ食べてる真琴は、最高にカワイイよ。幸せいっぱいって感じでさ」なんて、さわやかに笑った。
    「やだあ~! そんなこと言われたらテレちゃうよ~」
     真琴はテレテレ笑いながら、2人前のギョウザをペロリと食べると、
    「ああ、おいしかった。もう終わっちゃったとか超残念」
    って、カラッポのお皿を見つめた。
    「でも、手持ちの資金ないからなー。大金持ちだったら、百人前を頼むところなんだけど」
    「百人前かよ」って、コウちゃんは声をあげて笑った。
    「さすがの真琴も、そこまでは食べきれないだろ」
    「いや、イケるね。コウちゃんのギョウザだったら底なしにイケる。断言できる」
     真琴はそう言って、いばってみせたけれど、
    「でも、もうお金ないから、2人前でガマンしなきゃ。アーアー」
    って頭をふった。
    「しかも、もう塾に行かなきゃいけない時間だから、帰らなきゃ。アーアー。幸せな時間はあっという間に終わっちゃう~」
     真琴がお店の時計を見て嘆いていたら、
    「ギョウザパワーでがんばれよ。ギョウザにパワー詰め込んだから」
     コウちゃんがそう言って、こぶしをグイと突き出してくれた。
     真琴は、コウちゃんのこぶしに自分のこぶしを合わせると、
    「うん。がんばる」ってうなずいて、重い腰をしぶしぶ上げた。
     お金を払うと、のろのろと、コウちゃんのお店から出て、駅の方に下っていく。
    (今から、塾行って、家帰って、明日の朝学校に行って終わるまで、コウちゃんの店には行けないなあ~)
     真琴は、いつも、コウちゃんの店から出る時は、自分が本当にいるべき場所から離れていくように感じて、切なくなるのだ。
    (毎月のお小遣いが、もうちょっと多かったら、お小遣いだけでコウちゃんギョウザ代をはらえるんだけど)
     お小遣いがどうしても足りないから、真琴は、自宅近くのカエデ駅構内にある塾に週2回、同じくカエデ駅構内にある外国語教室に週2日行くことで、夕飯代の500円をもらっている。それで、毎日のコウちゃんギョウザ代を、どうにか捻出しているのだ。
     真琴は、のろのろと電車に乗りながら、何度も大きなためいきをついた。
    (アーア。早く18歳になって、コウちゃんと結婚したいなあ~)
    (そしたら、ずーっとコウちゃんギョウザのお店にいられて、毎日でも、コウちゃんのおいしいギョウザを食べられるのに)
    (だけど、18歳まであと5年もあるよ。長いなー)
    (それまでに、コウちゃんがカノジョ作っちゃったらどうしよう。ありうるよね? コウちゃん、あんなにカッコイイんだもん)
    (コウちゃんがあそこまでカッコよくなかったら、よかった。そしたら、あたしのコウちゃんを他の女の子にとられずにすんだのに!)
     そんなことを考えてもだえている真琴は、まだ知らなかったのだ。
     この後、真琴のギョウザライフに、どんなに恐ろしいヒビが入るのか!

    二、文化祭実行委員なんてやりたくない!

    「ねえねえ、あたしってさあ~。実はすっごく猫耳が似合っちゃうタイプだって知ってた?」
     学校の教室で突然、芽依が言い出した。
    「猫耳?」って、真琴がぼんやり聞き返したら、芽依は大きくうなずいた。
    「そ! 前に遊園地で猫耳つけて歩いてたら、めちゃくちゃナンパされたもん。猫耳って似合う子と似合わない子がいるんだけど、あたしは、すごく似合っちゃう方で~」
    「そうかもねー」
     真琴は、そんなことを言ってコクコクうなずいているけど、もちろんこれも、真琴がよくつくつまらないウソ。
     正直、猫耳が似合うタイプと似合わないタイプって何なのか、真琴にとっちゃ意味不明。
     でも、そうかもねって言っておいた方が、話がスムーズにいくから、適当にうなずいただけなのだ。
    「ね、真琴もそう思うでしょ? だから、応援してくれる?」
    「もちろん応援するよ~」
     真琴は、またまた適当にコクコクうなずいたけど、何を応援するんだか、さっぱりわからなかった。でも、わからないのに適当にうなずくなんて、やっぱりいけなかったのだ。おかげで、真琴はこの後、大変なハメに陥っちゃったんだから。

     それは、6時間目の学活の時間のことだった。
     セントクリスでは、6月の真ん中に文化祭がある。もう5月だから、そろそろ、文化祭でのクラスの出し物を決めておかなくちゃいけないってわけで、今は、その話し合い。
     学級委員で男子の大和田さんと女子の磯部さんが前に出て、
    「まずは、文化祭実行委員を決めたいと思います」なんてやっている。
     真琴は、文化祭とかゼンゼン興味なかったから、ノートの隅っこに、小さくギョウザのラクガキなんて書いて、ヒマつぶししていた。
     特に絵がうまいわけじゃない真琴だけど、ギョウザの絵だけは別で、なぜか息をのむほどリアルなギョウザがよくかける。
     それで、真琴が鉛筆で熱心にギョウザにすばらしい焼き目をつけていたら、いきなり、前の席の芽依が立ち上がって、
    「文化祭実行委員は、あたしと川端真琴でやりたいと思いまーす!」
     そんなことを言い出したから、さすがの真琴もおどろいて、ギョウザの絵から顔をあげた。
    「ええええ?」
    (芽依とあたしが、文化祭実行委員ってどういうこと?)
    (あたし、そんな話、芽依としたっけ? してないよね?)
    (なのに、何で芽依は、勝手に、あたしまで文化祭実行委員をやるって言ってるの? 意味わかんない!)
     ……と、真琴が大パニック起こしている間に、芽依はしれっと話を続けていて、
    「それで提案なんですけど~。クラスの出し物は、アニマルコスプレカフェがいいと思いまーす!」なんて、得意そうにみんなのことを見回した。
    「アニマルコスプレカフェですか?」
    って、大和田が驚いたように聞き返す。
    「はい! ただのコスプレカフェじゃ普通だし、他のクラスとかぶっちゃうと思うんです。その点、アニマルコスプレカフェだったら他と違うし、かわいいし、イイかなって思って~」
     確かにカワイイかも~って、動物好きの新井さんがつぶやいて。
     カワイイ、カワイイ~っていうささやきが、女子を中心に広がった。
     男子の間では、コスプレ? オレはしない、裏方に回る~みたいなささやきが広がって、そこまで興味はない感じ。
     神宮なんか、そもそも文化祭に興味なさそうに、そっぽなんて向いてるし。
    「他に意見がなかったら、アニマルコスプレカフェにしますが、どうしますか?」
     大和田が、早く話を終わらせたそうに、そんなことを聞いたら、パチパチパチと、まあそれなりに、拍手の輪が広がった。
    「では、出し物はアニマルコスプレカフェで。文化祭実行委員は、加藤さんと川端さんでいいですか?」
     これにはパチパチともっと大きな拍手が広がったのは、この2人が適任ってみんな思ったからじゃない。自分がやりたくないからっていうだけだった。
     っていうか、そもそも、みんなが、アニマルコスプレカフェに賛成したのも、自分が文化祭実行委員みたいな面倒くさいことをやりたくないからっていうそれだけ。
     でも、一応、はくしゅがあったわけなので、
    「では、川端さんもいいですか?」って、大和田は真琴の方を振り向いた。
    (よくありません!)
     真琴は、大きな声でそうさけびたかった。
     だって、文化祭実行委員なんて引き受けちゃったら、放課後、何かと時間取られるに決まってる。
     そんなことなったら、あっという間に塾とか外国語教室に行く時間になっちゃって、コウちゃんギョウザに行く時間がなくなっちゃう。
     そんなの真琴的にはめちゃくちゃ困る!
     でも、どうしても、それを口に出して言うことができなかった。
    (だって、みんな的には、ハイやりますって、あたしに言ってほしいよね?)
    (そしたら、この学級会も終われるし、みんなは文化祭実行委員をやらずにすむし)
    (それぞれ、みんな忙しいだろうし、そりゃあ、あたしがやればそれでいいって思うよね)
    (だけど、あたしはやりたくない! 今回は、ウソをつきたくない!)
    (だって、コウちゃんギョウザの時間をけずられるのはイヤだもん!)
    (他の子が立候補してくれたら、喜んでおりるのに、立候補する子が誰もいない~!)
    (誰か、自分がやりたいって言ったらいいのに! 言え! 誰か言え!)
     しばらく教室を見回して、ムダに念力を送ってみたけれども、だれも自分がやりたいとは言い出さなくて。
     もう、ほぼ真琴決定みたいな空気が、教室じゅうにすごくって。
    (ダメだ。あたし、もう負けそう)
     真琴がそう思ったその時に、芽衣が、
    「いいんだよね、真琴?」って、身を乗り出して圧をかけてきて。
    「やってくれますか、川端さん?」って、大和田がイライラしたように聞いてきて。
     何をグズグズしてるんだよ、何とか言えよ、ハイって言って終わらせろよ、みたいな空気が、クラスのみんなからますます充満して、真琴はもうみんなの空気に降参して、
    「はい、やります」
    なんて、本当はやりたくもないのに言ってしまったのだった。
     とたん、ホッとした空気が、教室じゅうをゆるませて、
    「ありがとう、真琴~!」って、芽衣が大喜びでニコニコして。
    「じゃあ、文化祭実行委員は、加藤さんと川端さんで」
    って、大和田もうれしそうにしめくくって、みんなもそれでイイ的にサッサと立ち上がったけれど、真琴だけはもうすでに、後悔がはげしくおそってきて、
    (はい、やりますだって。何でそんなバカなこと言ったの、あたし~!)
     自分で自分をせめて、短い髪をかきむしった。
    (あたしのバカ、アホ、弱虫、意気地なし! 本当はこんなのやりたくないって、めちゃくちゃ思っているくせに~!)
    (ってか、芽依も芽依だよ。何でいきなり、文化祭実行委員なんてやりたいって思ったわけ)
    (それに、アニマルコスプレカフェって、いったい何? あたしは何をやらされようとしているの~!?)

     というわけで、6時間目が終わったとたん、真琴は芽依の席に飛んでいって、
    「アニマルコスプレカフェのこと、何で急に思いついたの?」
    って聞いてみた。
     そしたら、芽依はキョトンとした顔で、
    「え? さっき、もう言ったじゃん。あたし、猫耳が似合うんだって言ったでしょ?」なんて言って、真琴を見た。
    「それは聞いたけど……」
    「あたしが猫耳つけたところを、神宮に見せたいって言ったよね? あたしが猫耳つけたところを見たら、今度こそ、神宮もあたしのことを振り向いてくれるんじゃないかって、真琴だって言ったじゃん!」
     そんなこと言ってない! って、これはさすがの真琴も反論しようとしたけれど、芽依は、真琴に口をはさませずに、どんどん続けた。
    「もちろん、さすがに普段の日に、猫耳つけるわけにいかないからー。それで、思いついたんだよ。イベントでつけたらいいって! そういえば、もうすぐ文化祭だし、マジちょうどいいって思って……」
    「それで、アニマルコスプレカフェってこと?」
    と、真琴はだんだん読めてきて、思わず大声を出してしまった。
    「そうだよ。でも、この話、さっきもやったじゃん? 応援してねって言ったら、応援するよって真琴も言ってくれたでしょ。だから、2人で文化祭実行委員に立候補したんだけど?」
     芽依のその言葉に、真琴は空いた口がふさがらなかった。
    (確かに、応援するよって、適当に言っちゃった気がするけど!)
    (よく話を聞きもしないで、とりあえず返事したあたしも悪いけど!)
    (でも、あの応援してねが、まさか、文化祭実行委員のことだなんて、だれにだって、わかるわけないじゃなーい!!)
     真琴は、心の中で荒れ狂ったけれど、もちろん、そんなこと言ったら、芽依が怒るに決まっているから、口に出しては言わなかった。
     すると、芽依は、
    「文化祭は使いようによっては、胸キュンイベントだもん。あたし、猫耳つけて、うんとかわいくなって、神宮をオトすんだニャン」なんて、ネコマネをしてみせた。
     真琴は、思わずせきこんでしまった。
    (まさかのまさか、芽依の猫耳のための実行委員だったなんてー!)
    (アニマルコスプレカフェは勝手だけど、あたしを巻き込まないでほしかった!)
    (おかげで、あたしの貴重なコウちゃんギョウザの時間がけずられるかもしれないとか、ない、ない、ない、ない、絶対なーい!!!!)
     それなのに、真琴ときたら、こんな時まで例のクセが顔を出して、芽依に、
    「いい考えでしょ、ね?」って、せまりよられると、
    「そう……だね」なんて大ウソついて、うなずいてしまったのだった!
    (そうだね、じゃなーい!!)
     心の中で、真琴はまた忙しく、自分で自分にツっこんだ。
    (どうしてくれるのよ? 文化祭実行委員の仕事がめちゃくちゃ忙しかったら!)
    (放課後、コウちゃんギョウザに寄る時間がなくなっちゃったら、そんなのムリ、ムリ、ムリ、ムリ、ムリすぎる~!!!!)

    三、なぜ、真琴はこんなにも弱虫なのか

     ところが、文化祭実行委員の仕事は、とんでもなく忙しかった!
     まず、文化祭実行委員の集まりみたいなのがあったから、真琴はそれに行って、実行委員がどんな仕事をしなければならないのか、くわしい説明を聞かなくちゃいけなかった。
     次にその仕事とやらが、ゲ~ッてなるほど、いっぱいあった。
     まず、飲食を扱うことになるから衛生申請とかいうナゾの書類をたくさん書かななくちゃいけなかった。
     次に予算を割り出さなければなくちゃいけなかった。
     予算を割り出すためには、どんな衣装をつけ、その衣装はどうやって制作するか考えて、どんなメニュウを出して、どんな材料を使うのかくわしく考えて計算しなくちゃいけなかった。
     おまけに当日、クラスの誰が料理を作り、誰がお客さんに食事を運ぶのか、真琴はみんなの意見を聞いて決めなくちゃいけなかった。
     おまけに飾り付けはどうするかとか、当日はどうやって材料を学校に運搬するのかとか、とにかく、考えたり申請したり、先生にお伺いを立てたり、クラスのみんなに報告したりすることがたっくさんあった。
     なのに、芽依はそんなこと1つもやらなかった。
     自分が実行委員をすると言い出したんだから、もっと積極的に仕事をこなしてもよさそうなものなのに、芽依ときたら、猫耳のことで頭いっぱいで、面倒くさいことは全部、真琴に押しつけてきたのだ。
     今日だって放課後、真琴がいそがしく衛生申請とかいうナゾの書類を書いているとなりに、芽依はどっかと座りこんで、
    「カフェだから、メイド服がいいよねえ。あたし、メイド服もめちゃくちゃ似合っちゃうんだよ。フリルがついてるミニスカートとか、アッて驚くほど似合うんだ。足が細めでまっすぐだからかなあ」
    とか、どうでもいいことを機嫌よくしゃべりまくった。
     いつもの真琴だったら、こんな時にどうでもいいウソのあいづちを入れるところだったけれども、あんまりイライラしていて、今日は全く、その余裕はゼロだった。
     でも、芽衣は、真琴のあいづちなんてなくても、いくらでも1人で、しゃべりまくった。
    「だから、メイド服は決まりなんだけど、しっぽはどうしようかな。っていうか、神宮もネコになったらイケるんじゃない? 執事の服着てもらって、黒いネコ耳つけてもらって接客してもらうんだよ。クールな神宮がネコとか、ギャップ萌えで死ねる~!」
     本当なら、そうだねえ~なんていうウソのあいづちで終わらせたいところなのだけど、今回は、クラスみんなから集めた希望表に目をやって、
    「でも、神宮は裏方希望だよ」って、芽依に教えてやらねばならなかった。
     これについては、神宮自身の希望があるんだから、仕方ない。
     芽依は、
    「え!」とさけんで、希望表をひったくってジロジロと眺めると、
    「神宮は裏方ダメでしょ! 猫になって接客に決まりでしょ。何考えてるの、真琴!?」なんて、なぜか、真琴をせめてきた。
    「そりゃ、神宮が裏方希望なんてもったいないとは思うよ。でも、本人の希望だから……」
    って、真琴がモゾモゾ言うと、芽依は頭を振り回して、
    「ダメだよ。神宮が、裏方なんてダメダメダメダメ! どうしても神宮が裏で料理を作るっていうなら……そうだ! 料理を作る人もコスプレすればいいんだ」
     芽依は、パチンと指を鳴らして、真琴を見た。
    「え?」って、真琴が芽依を見たら、
    「だって、そうじゃん。料理を作る人も、お客さんからよく見えるようにすればいいんだよ。で、コスプレしてもらう。クラス全員コスプレは、絶対っていうことで。そうすれば、神宮にコスプレしてもらえるもん。良かったあ。それで、神宮に黒猫になってもらえるよ~」
     芽依は勝手にそんなことを言って、またホクホクと妄想にふけりだした。
    「だけど、それならみんなにそう言わなきゃ」って、真琴が言うと、
    「真琴が言っておいてよ」
    なんて、面倒くさいことは何もかも真琴に丸投げの芽依。
    「それよりさあ、あたしと神宮のネコ衣装に、しっぽつけるべき? つけないべき? 神宮のこと考えたら、しっぽあるのもアリだよねえ。あのクールな神宮にネコのしっぽ。ギャップ萌えでキャアア~!」
     そんなことを言ってもだえている芽依に、さすがの真琴もイライラして、衛生申請書類を投げつけたくなった。
    (神宮は裏方希望だって、さっきから言ってるだろうが!)
    (このバカバカしいアニマルコスプレカフェは、自分がやりたいことなんだから、もっとがんばって仕事しろよ!)
    (あたしにばっかやらせて、自分は何もしないとか、なめてるわけ?)
    (なめてるんだ。くそっ! こんな情けないことで、どうする、真琴!?)
    (ってか、17時半じゃん! もう学校出なきゃ塾に間に合わない)
    (今日もコウちゃんの店には寄れないじゃん。もう最悪~)
     真琴は、暗い顔で立ち上がった。
    「あたし、塾があるから、もう帰らなきゃ」
    「あ、あたしも帰る~!」
     何もしていない芽依が、カタンと立ち上がる。
    (ホントは、塾なんて行きたくないよ。このまま、まっしぐらにコウちゃんに会いに走っていきたい!)
    (でも、塾サボったら、すぐに塾の先生からお母さんに連絡入ることになってるし。即バレて、夕飯代が二度ともらえなくなっちゃうから)
    (塾の夕飯代なかったら、コウちゃんギョウザに行っても、お金払えなくなっちゃうし)
    (ア~! やっぱ、あたしのスケジュールに、文化祭実行委員の仕事は邪魔すぎる~!)
     芽依も協力してよって言いたかった。
     それくらいのことは当然言ってもいいはずだった。なのに、なのに……。
    (あたしのバカ! アホ! 弱虫! 意気地なし! 何でそれくらいのこと言えないの?)
     けれど、どうしても真琴には言えないのだ。
     
     カエデ駅に向かう電車に揺られながら、真琴は、暗く考えこんでいた。
    (アーアー。あたしって、いつからこんな弱虫なんだろう……)
     真琴だって、生まれた時から弱虫のウソつきってわけじゃなかった。
     お母さんによると、小さい頃の真琴は、ウソつきどころか、全然しゃべらない子で、いつも指をくわえてだまっていたっていうことだったし。
    あんまり何も言わないから、何かの病気かもって両親が心配して、病院を回ったこともあるくらいだったらしい。
     それがガラリと変わったのは、5歳の時、お父さんにたまたま『コウちゃんギョウザ』に連れていってもらってから。
     あの時のギョウザのおいしさが、しゃべらない真琴をガラリと変えた。
     家族がびっくりするくらい、コウちゃんギョウザのおいしさをしゃべりまくり、週末のたんびに、『コウちゃんぎょうざ』をはじめ、ギョウザ名店巡りをしたいとせがむヘンな子に変わってしまった。
     ギョウザ1つで、人の性格ってここまで変わるものかって、家族が首をかしげるくらい、真琴はギョウザ女の子になって、自分でもギョウザを作りたいと、みじんきり器をグルグル回すようになった。
     保育園でも、お友達や先生に、ギョウザのことを熱く語るようになったものだから、あの大人しかった真琴ちゃんがどうしたのって、みんなに、ものすごく驚かれた。
     っていうわけで、小学校に入学してからも、仲良しグループの女の子に、ギョウザオタク全開で、ギョウザ愛をしゃべりまくり。
     小2の時には、エマちゃんのお誕生日会に招待してもらった真琴は、プレゼントに、コウちゃんギョウザをお持ち帰り用の箱に詰めてもらって、得意満面持っていった。
     だけど、それがいけなかったのだ!
     エマちゃんは、真琴からのギョウザのプレゼントを開くなり、
    「やだあっ!」と悲鳴をあげて、振り払った。
    「何でプレゼントにギョウザなの? 意味不明」
    「意味不明!」って、そこにいたみんなも言った。
     意味不明? って、真琴は頭が真っ白になった。 
     とびっきりおいしいコウちゃんギョウザをプレゼントにして、意味不明って言われるなんてどういうこと?
     エマちゃんは、その事件以来、真琴を無視するようになった。
     それだけじゃない。クラスみんながエマちゃんの味方をして、真琴を無視してきたのだ。
     真琴が、ギョウザのことをしゃべりまくるからっていう理由で。
    「真琴に近づくとニンニクくさいのがうつる」
     そんなウワサまで、まことしやかにクラスに流れて、真琴が近づくと、みんな、キャアキャア騒いで逃げていった。
     どんなにハミガキをして、どんなにニンニクくさくないようにがんばっても、みんなには完全に無視された。
     真琴はもう毎日泣いて、学校にも行けなくなった。
     クラスが変わって、エマちゃんとも別のクラスになった時、真琴は家族にはげまされて、おそるおそる学校に行って、もういじめの対象にはされていないことがわかった。
     でも、大好きなギョウザを全否定されたトラウマは、真琴に深い傷を残したのだ。
     真琴はもう、学校で何を話したらいいのかわからなくなってしまった。
     ギョウザのことを話したらいけないことくらいは、さすがの真琴にもわかっていたから、そうなるともう、真琴に話せることなんて何もなかったのだ。
     でも、それだからって、じいっと黙っていたら、また孤立してしまう。
     それでどうしようと真琴が困っている時、たまたま1人の子が、
    「あたし、イヌがスキなんだよね」と話しかけてくれたので、とっさに、
    「あたしもイヌがスキなんだ!」と、真琴は、ウソをついたのだった。
     別に、特に、イヌがスキなわけでもなかったのだけど、相手に合わせた方がいいと無意識の心理が働いたのだ。
     それは意外にもうまくいき、その子と会話がけっこう続いた。 
     そして、真琴はクラスでいつも、その子と一緒にいられるようになったのだ。
     だから、真琴はつまらないウソは効果があると考えて、長年ずっとその作戦でやってきた。
     それで、中学生になった今も、出席番号が近くて、たまたま話しかけて来た芽依につまらないウソをついて過ごすという毎日を送っているわけなのだけど、ここに来て、そんな自分がつくづくイヤになっているのだった。
    (あたしってホント、ダメだなあ。きっぱりしたところがゼンゼンなくて、弱虫で)
     でも、長年のクセっていうものは直すのが意外とむずかしいものなのだ。
    (あたしってまるで、ベチョベチョで、皮の破けたギョウザみたい)
    (アー。もっとカリカリパリパリしたおいしいギョウザみたいな人になりたい! もっとキッパリした強い人に)
    (何とかしなきゃとは思うんだけど)

    四、ギョウザのヤケ食い

     塾が終わった20時。
     真琴は、ものすごい勢いで塾を飛び出すと、閉店ギリギリのカエデスーパーに駆け込んで、2割引きのニラ、ネギ、春キャベツ、ひき肉、ニンニク、ギョウザの皮を買いまくった。
     それを全部、レジ袋に詰めて、自宅まで走りまくる。
    「ただいま!」
     大声でどなって、自分の部屋に直行すると、セントクリスの制服を脱ぎ捨てて、ギョウザってデカデカと書かれた真っ赤なTシャツを頭からひっかぶって、スエットをはきこんだ。
     このギョウザTシャツは、柊駅の構内にある店で買ったものだ。
     コウちゃんがいつも着ているTシャツにそっくりだったから買ったら、コウちゃんも、いつもそこでギョウザTシャツを買うって笑ってた。
     それがうれしくて、色ちがいをいろいろそろえて、部屋着はいつも、ギョウザTシャツオンリーの真琴なのだ。
     それはともかく、ギョウザTシャツを急いで着ると、レジ袋だけの食品だけ持って、台所に直行した。
    「おかえり! あら、やだ。まさか今日も、これからギョウザ作るんじゃないでしょうね?」
     お母さんは、パックで真っ白の顔で真琴のレジ袋を見ながら、イヤそうな顔をした。
     真琴は、サッサと手を洗いながら、
    「作るよ。今日も文化祭実行委員の仕事で、コウちゃんギョウザに行けなかったんだもん!」
     そう言って、包丁やまないたを忙しくバタバタ出した。
     お母さんは、大きなためいきをついた。
    「コウちゃんギョウザですませてきてくれたら、平和なのにねえ。お母さん、今、台所をキレイにしたところなんだから、後片付けは自分でやりなさいよ。フライパンもキレイに洗うのよ。昨日は、ニラがフライパンにつきっぱなしだったわ」
     真琴は、ウンウンとお母さんの小言を聞き流しながら、ネギやニラや春キャベツをきざんで、ギョウザの具をこねまくった。
     こんなことまでしてギョウザ食べないといけないもの? って、普通なら思うところだけど、真琴って子は普通の定義には入らない。
     1日1回ギョウザを食べないと生きていけないギョウザ体質なのだ。
     でも、コンビニの冷凍ギョウザはベチョベチョで食べられたものじゃないし、お母さんはギョウザを作るのが大キライ。となったら、自分でギョウザを作った方がマシというわけ。
     これでも真琴は、ギョウザ作りだけは、家族の中で一番うまい。
    (あたしのギョウザには、コウちゃんギョウザを食べた時みたいな満足感はゼンゼンないよ。でも、自分で作ったら40コは食べれるから、量でおぎなう作戦なの!)
     そんなことを思いながら、真琴がギョウザ製造機みたいに、ギョウザの皮を包みまくっていたら、高校生の姉の真実も台所にやってきて、
    「真琴がまたギョウザ作ってる。やだあ~」なんて大声を出した。
    「ギョウザ作らずにやってられるかあ~!」
     真琴は、フライパンをアツアツにして、焼いたそばから食べまくった。
    「また真琴が焼き食いしているよ。品がないねえ。これが華の中学生だよ。信じられない」
     横でワアワア言う真実は、いつも通り、普通にお母さんの作った夕飯を食べて、とっくのとうにすませている。それですむ普通人はいいんだろうけど、真琴の場合はどうしたって、それじゃすまないんだから、仕方ない!
    「何とでも言え! こんな苦労してるのにギョウザ食べなきゃ生きていけない!」
     真琴はわめきながら、さらにどんどん焼いては食べていたら、パックのままのお母さんも、台所にやってきて、
    「真琴、また文化祭実行委員の仕事で、コウちゃんギョウザに行けなかったんですってよ。コラ、真琴。ニラを床にこぼさない!」
    なんて、忙しく床のニラを拾った。
    「文化祭実行委員なんて引き受けるからだよ、バカだねえ。あんなの、全然あんたのキャラじゃないのに」
     真実がアイスキャンデーを冷凍庫から出して、ペロペロなめながらバカにしたから、
    「わかってるよ、あたしのキャラじゃないことくらい!」
    って、真琴は、ギョウザを食いながら大声でわめいた。
    「アーアー。家でこんな食べ方してたら、口に広がる春のギョウザハーモニーが全く感じられなくて、もう絶望! コウちゃんギョウザを食べた時の幸せ感が欲しいよう! コウちゃん、コウちゃん、コウちゃん……わああああああ~ん!!!!」
     真琴は、ギョウザで口をいっぱいにしながら、わあわあと泣いてしまった。
    「バッカみたい。それなら、芽依に全部やれって言えばいいじゃん。アニマルコスプレカフェしたいの芽依なんでしょ?」
     そう言ってのける真実は、思ったことを何でもズケズケ言えるキッパリタイプ。
     なのに、友達に苦労したことがないらしいのが、真琴にはうらやましくてたまらない。
    「真実にはわからないよ。あたしみたいな弱虫の気持ちが。わあああ~ん!」
     真琴が、さらにギョウザを食べながらわあわあ泣いたら、お母さんが、
    「口からギョウザ出てるわよ。やめて。泣くのと、食べるのと、わめくのを同時にするの!」
    って結局、真琴の後片付けをしながら命令した。
     真琴は、ピタリと口を閉じると、しゃくりあげながら、ギョウザを次々食べ続けた。
     でも、いくら食べても、コウちゃんギョウザを食べた時の幸せ感は全く感じられなかった。
    (どうしたら、コウちゃんギョウザみたいな神がかったギョウザを作ることができるんだろう)
    (でも、きっと、味だけじゃないんだろうな。)
    (宇宙一カッコイイコウちゃんが焼くから、よけいに満足感が高くなるんだろうな)
    (ギョウザってデカデカ書いてるTシャツを着ているのに、めちゃくちゃカッコイイ、コウちゃんを目の前に見て)
    (コウちゃんの笑顔を、コウちゃんのギョウザを包む長い指を、コウちゃんがギョウザを焼く真剣な顔を見ながら食べるから、幸せで胸がいっぱいになっちゃうんだ)
    (ああ、やっぱり、コウちゃんに会いたい)
    (あたしが自分で作ったギョウザじゃダメだ、ダメだ、ダメなんだから!)
     真琴は、そんなことを思いながら、40コをペロリと平らげて、
    「私が後片付けしちゃったわよ」
    ってコワイ顔をするお母さんにお礼を言って、すごすごと自室に移動した。
     ギョウザの抱き枕だけ抱え込んで、バッタリとベットに倒れふす。
    「コウちゃんに会いたい」
     真琴は、ギョウザの抱き枕に顔をうめて、泣き声をしぼり出した。
    「コウちゃんに会いたい。コウちゃんに会いたい。コウちゃんに会いたくて胸がはりさけそう。もうムリ。明日会いに行く。土曜日で学校ないけど会いに行く」
     真琴はそのまま目を閉じた。
    (あ、ハミガキしてない。ニンニクくさいの、すぐ消さなきゃなのに……)
     そう思ったのに、文化祭実行委員の慣れない仕事と、ギョウザを作りまくった疲れと、怒ったり大泣きしたりした疲れがどっと出て、
    (ちょっと休んだら、すぐハミガキするし……)
     心の中でそんなことをつぶやきながら、思わずグウグウ寝てしまった。

     ところが翌日の土曜日。
     ピンロリンロリンッ♪ ピンロリンロリンッ♪
     真琴の耳元のスマホから音楽が鳴り響いて、真琴は腫れぼったい目をぼんやり開いた。
     LINE電話? 誰?
     ためいきをつきながら取り上げたら、ゲッ。芽依からだ!
     思わずスマホを放り投げて、枕の下に隠してしまった。
    (わあ、どうしよう。出たくない! イヤな予感しかしないもん!)
     でも、あんまりしつこく鳴るので、またコワゴワとスマホを見た。
    (わあ、どうしよう。鳴りやまない!)
     そんなこと思って悩んでいる間に、間違って画面をタップしてしまったらしい。
    「もしもし、真琴?」って、芽依の声がスマホから響いてきて、
    「あ、あ、あ、あ、ナニ?」って、真琴は声を裏返した。
    「真琴の家ってカエデ駅のそばだったよね?」
    「そうだけど?」
    「今からそこ行くわ」
    「へええ?」
    「五色台駅のそばにさあ、もふもふカフェっていうのがあるの発見したんだよ~。店員さんがみんな、猫耳カチューシャつけて、猫のコスプレしてるんだって。絶対見に行かなきゃじゃん。だから、一緒に行こ? ってわけで、11時にカエデ駅に行くからさあ」
    「え、まって。あたし……」
     今日は何が何でも、コウちゃんギョウザに行く予定だった。
     五色台駅なんて、コウちゃんギョウザと反対方向。
     そんなところに芽依と行って、わざわざ猫のコスプレのカフェを見るとか、ゲーッてなるほどイヤだった。
     イヤだったけれども、芽依ときたら、
    「うん。大丈夫! わざわざ、真琴の方から、うちの駅の近くに来てくれなくていいよ。あたしがそっち行くし。平気、平気」
    なんて恩着せがましい声で言いながら、パチンと電話を切ってしまったのだ。
    「ええええ~!」
     真琴は、通話の切れたスマホを見ながら、ビックリしてしばらく口もきけなかった。
    (こんなことってある?)
    (土曜日までも、芽依と猫コスプレに振り回されなきゃいけないとか)
    (バカバカしすぎて、涙も出ないってこのことだよ~!)
     真琴は、しばらくボーゼンとしていたけれど、突然ハッと時計を見て、
    「っていうか、もうすぐ10時じゃん! 早く支度しなきゃ!」
    って飛び上がった。
    「そういえば、昨日の夜ハミガキするの忘れてた。どうしよう。口がニンニクくさくて死ぬ! っていうか、お風呂にも入ってないし、真琴クサすぎるって芽依にめちゃめちゃ言われる。ヤバい、ヤバい!」
     そうさけびながら、真琴は洗面所に走っていくと、
    「お風呂入る!」って怒鳴った。
     そしたら、洗面所にいたお母さんが、
    「今からお風呂洗いしようと思ったのに、何なのよ!」って怒り出した。
    「だったら、真琴がしてよ、お風呂洗い!」
    「そのヒマないよ。11時にカエデ駅に行かなきゃなのにー。っていうか、お金ちょうだい」
    「何の労働もしていない子にあげるお金はありません」って、お母さんはプンプンだった。
     真琴はシャワーをザアザア浴びて、けんめいに洗いながら、人生は絶望だってつくづく感じた。
    (だけど、どうしてあたし、ここまで芽依の言うなりになっちゃうんだろう)
    (今日の今日こそは、断ってもいいはずだよね?)
    (LINEでキッパリ断って、コウちゃんギョウザに行けばいいじゃん。それの何がいけないわけ?)
    (いいかげん、小1のいじめ事件を引きずるのはやめようよ。卒業しようよ!)
    (この際、クラス中から嫌われたって別にいいじゃん。学校終わったら、コウちゃんに会いに行けると思ったら、それくらいガマンできるし。そうじゃない?)
     お風呂から上がって、ついでにハミガキもしっかりすませた真琴は、すがすがしい気持ちになって、1つの決心を固めていた。
    「やっぱり、芽依には断る!」
     口に出してさけびながら、勢いこんでスマホを取りに走ったら、芽依からのLINEが、やたらいっぱい入っていた。
    「今、そっち向かってる~!」
    「今日猫耳カフェを3つハシゴしようよ。そのつもりで予算の用意よろしく」
    「全部、五色台周辺にあるから、移動も時間かからないよ。安心してニャン」
     などなど、などなど。
     真琴は、そんな文面を見ていたら、今日は行けないと今さら断るのが怖くなって、パチンとスマホを閉じてしまった。
    (だって、芽依はもうそのつもりで、カエデ駅に来ちゃってるんだもん。さすがにもう断れない)
    (断るなら、さっきだったんだ)
    (あたし、タイミングを逃したんだ。ああ、もう、タイミング悪すぎる!)
     真琴は、洗面所に駆けもどってドライヤーをバアバアかけると、浮かない顔で、モゾモゾと私服を着こんだ。
     模様もないダサイTシャツと冴えないジーンズ。
     猫耳カフェってこんなさえない格好で行くところじゃないのかもしれないけど、そんなこと、もう、どうでもいい。
     スマホとカード入れだけポケットにつっこんで、家から飛び出しながら、真琴は、自分がやっていることがあまりバカバカしすぎて笑えてきた。
    (こんなことしているなんて、はずかしくって真実にだって言えないよ)
    (だって、真実は絶対あきれるもん。ふつうに断りなよって、あきれて笑うに決まってる)
    (自分でもあきれるよ。何で、芽依と猫耳カフェ巡りしなきゃいけないのか、意味不明すぎるもん)

    五、こんなにがんばってるのに、うまくいかない

     結局、週末は、芽依の猫カフェ巡りで終わって、月曜日。
     真琴は、最悪に体調が悪かった。
     頭がズキズキと痛くて、身体が鉛でも入れているみたいに重いのだ。
     熱でもあるんじゃないかと思って、朝から何度も図ったけれど、熱はなくて、セキも出なくて、鼻水もなくて、食欲もあって、お腹も別にこわしていなかった。
     多分、この頭痛とヤバイくらいのしんどさは、連続で7日間、コウちゃんギョウザを食べていないところから来ているのだった。
    (あたしって、コウちゃんギョウザがないと、こんなにも体調が悪くなるんだなあ……)
     真琴は、ヨロヨロと学校に向かいながら、コウちゃんギョウザの大切さを、イヤっていうほど思い知った。
    (なのに、今日も行けないだろうなんて、悲劇過ぎる)
    (ああ、学校を休んで、コウちゃんギョウザに行ってしまいたい。お店、さすがに朝から開いてはいないけど)

     しかも、そんな真琴をさらに追いつめるみたいに、学校についたとたん、男子の藤原が、真琴の席にやってきて、
    「おい! 全員コスプレ必須ってどういうことなんだよ?」
    って、突然、真琴をせめてきた。
    「ええええ?」って、真琴がおどろくと、
    「加藤が、神宮に言っていたぞ。コスプレは全員強制だってな! だけど、最初の話では、コスプレは希望者だけでいいってことだったじゃんかよ!」
     加藤っていうのは、芽依のことだ。
    (そういえば、全員コスプレにするとかって芽依がそんなこと言っていたっけ。芽依ってば、そのこと、もう神宮に言ったのか)
     真琴は、チラリと芽依を見た。芽依は、そっぽを向いてしらーんふりを決めこんでる。
     真琴は、こんな怒っている藤原に、一人で対抗できるわけないから、
    「それは……」って、モゴモゴと口ごもった。
    「全員コスプレなんて、絶対やめろ。最初の通り希望者だけってことにしてくれ。オレ、イヌとか、サカナになるとか、そんなの絶対ごめんだから」
     藤原は、言いたいだけ言うと、サッサとどこかに消えてしまった。
     真琴がつめていた息を大きく吐きながらスクバをおろすと、今度は、芽依が走ってきて、
    「ちょっと~。何で、さっき、藤原にちゃんと言わなかったの?」
    なんてせめてきた。
    「…え?」
    「まあ、藤原のコスプレなんて見たくないからいいんだけどさあ~。神宮は猫、確定だから。それだけはちゃんとしておいてよ!」
    「ええ~」
     真琴は、もうすっかり、まいってしまった。
    「でも、神宮は裏方希望だし……。神宮にだけコスプレ強要なんてことはムリだから……」
     真琴がモガモガ言ったら、芽依は足を踏み鳴らしながら、
    「神宮が裏方とかありえないでしょ!」って、真琴を叱った。
    「神宮がネコにならなかったら終わりだってことくらい、真琴だってわかるでしょ? わかったら、ちゃんとやってよね」
     芽依がそんなめちゃくちゃを言ったとたんチャイムが鳴って、授業が始まったのだけど。
     真琴はもう、どうしたらいいかわからなくて、遠くの遠くに逃げ出したくなった。
     熱があるんじゃないかって希望をこめて、おでこに手を当ててみた。
     でも、やっぱり熱はなさそうで、真琴は、ますます絶望した。
    (神宮だけネコ強制とか、そんなのできるわけないじゃん)
    (だけど、芽依にその点をどうやってわからせたらいいか、わからない)
    (あたし、どうしたらいいんだろう。)
    (こんなにがんばってるのに、どうして、うまくいかないの。コウちゃん……)
     泣きそうになりながら、数学のノートの端っこにコウちゃんの似顔絵を描いていたら、先生に見つかって、
    「授業中にラクガキはやめろ」と、注意されて、ますますイヤになった。
    (いっそ、学校なんてない世界に生まれ変わりたい)
    (あたしとコウちゃんしかいない世界。コウちゃんがギョウザを作って、二人で楽しく食べるんだ)
    (ニラと、ネギと、キャベツを畑で、ていねいに育てて、それをギョウザに入れて、おいしく食べるんだよ)
     教室の窓から外を見ると、青い空に大きく翼を広げて、黒い鳥がユウユウと飛んでいた。
    (あの鳥みたいに、あたしにもつばさがあったら、教室の窓から飛び出して、コウちゃんのところに飛んでいくのに)
    (芽依も、藤原も、神宮もいない、ギョウザとコウちゃんだけの幸せの世界に)

     でも、実際の真琴といえば、休み時間には学級委員の磯部さんにも、
    「文化祭の準備、進んでる?」なんて、怖い顔でつめよられる始末。
    「衛生申請は出したけど……」って、真琴が小声で答えたら、
    「メニュウは?」って、磯部さんが腰に手を当てて真琴を見た。
    「ニャンニャンプリンと、ニャンニャンゼリーと、ニャンニャンパフェを出すってことにはなってるけど……」
     真琴は、この間猫カフェ巡りをしながら、芽依が気に入ってこれはぜひ出したいと言ったお菓子を並べ立てた。
    「全部、ネコじゃん。例えば、あたしは、イヌになるのに、何でメニュウは全部ネコ?」って、磯部さんに最もなツッコミをされて、
    「そうだね。ワンワンゼリーに変えようか」って、真琴はあわてた。
     磯部さんは頭に手を当てて、大きなためいきをついた。
    「川端さん。できないなら、できないってそう言って。仕事は適宜、クラスのみんなに振って下さい。ギリギリになってもできていないのが、一番めいわくだから」
    「ハイ……」
    「じゃあ、メニュウはあたしが引き受けるわ」
    って、磯部さんは言ってくれた。
    「衣装は? みんなの衣装の買い出しは大丈夫? 予算計画はちゃんと立ててる?」
    「それは、今から……」
    「川端さんと加藤さんで、早くそれを終わらせて。衣装の制作だってけっこうあるでしょ。おそくても、あさってには買い出しに行ってくれないと間に合わない」
    って、磯部さんにテキパキと叱られて、
    「そうですね……」
    って真琴はうなだれながら、何で磯部さんが文化祭実行委員じゃないんだろうと、心の中ではげしくうらんだ。
     真実にも言われたけれど、真琴はもともと、リーダーシップ的なことをやれるキャラじゃ、全くないのだ。
    (じゃあ、あたしが得意なことはナニって言ったら、ええっと……。塾に行ってるのに成績は良くないし、体育だってできるわけでもないし……)
    (ああ、ギョウザは底なしに食べれるっけ!)
    (あたしの得意なことってそれだけ? 何、その全く役に立たない特技)
    (ああ、いやだ。っていうか、あたし、今、磯部さんに何をしておけって言われたっけ?)
     真琴がぼんやりしていたら、磯部さんはクルッとこっちを振り向いて、
    「教室の飾りつけはどうなってる? 担当とか決めないわけ?」
    って聞いてきた。
    「あ、どうしよう。それは……」
    「それも誰かに担当してもらうなら、早めに仕事、振りなよ。わかった?」
    「ハイ……」
     真琴は小声で答えながら、ユウウツになって
    (教室の飾りつけなんて、だれが引き受けてくれるんだろう)
    ってイヤになった。
    (ああ、面倒くさい。飾り付けのことはもうあとで考える!)
    (それより、あたし、何かやれって、磯部さんに言われたよね? 何だっけ。そうそう。衣装の予算計画だ。まずは、そっちからやろう)
     でも、そう思って始めようとしたとたん、すぐに、大問題にぶつかった。
    (そういえば、神宮の衣装はネコ用に考えたらいいのかな? それとも、裏方のTシャツで考えたらいいのかな?)
    (神宮自身は、裏方がイイって言っているんだし、勝手にネコにするのもヘンだよね。そのこと、まさか、あたしから、芽依に言わなきゃいけないのかなあ)
    (できれば、そのことは、磯部さんから、芽依に言ってもらいたいなあ)
    (それとも、神宮本人から芽依に言ってもらってもいいんだけど、神宮がそんなこと、芽依に言ってくれるわけないしなあ)
    (ああ、面倒くさい。どうしよう)
     何もかもイヤになっているうちに、休み時間は終わって、真琴は大きなため息をついた。
    (磯部さんだったら、今の休み時間の間に、サッサと予算計画を終わらせるんだろうけど。あたしには、神宮の衣装っていう大問題を、とても解決できそうにないよ……)

     結局、神宮の衣装問題は後回しにしても、予算計画を書くのってなかなかむずかしくって。
     真琴は、翌日の放課後もまだ、予算計画に追われていた。
     そんなわけで、真琴がイライラしながら電卓をたたいている横で、芽衣はのんきに、
    「昨日さ~。ネット検索してて、神宮にピーッタリの執事の衣装を見つけたんだよ。シンプルながらカッコよくて、神宮にめっちゃ似合いそうなの。買ってもいいよね?」
    なーんて平気な顔で言ってきた。
    「え、勝手に買うのはダメだよ。予算内におさめなきゃだもん。いくらするの?」
    って、真琴がイヤな予感でいっぱいになりながら聞いて見たら、芽依はあっけらかんと、
    「全然高くないよ。7860円!」なんて元気に答えた。
    「高ッ! 神宮1人にその値段はムリだよ」って、真琴が頭をふったら、
    「えええええ~! じゃあ、どうするのよう」って、芽依は頭をふり回した。
    「ちなみに、あたしのメイド服だって、7980円なんだけど~。これでも安い方だって思ってたのにい」
    「それもムリ! 衣装の予算はみんなで2万円までだもん。コスプレするの、神宮と芽依だけじゃないし、絶対ムリ! コスプレ衣装は自作するしかないと思うけど」
    「そんなあ。早く言ってよう~。じゃあ、もうすぐに制作に取り掛からないと、全然間に合わないじゃん。何なのよ~」
     芽依はますます頭をモウレツにふり回して、真琴をせめたててから、
    「じゃあ、今すぐに買ってきてよ。布!」って、真琴を指さした。
    「予算計画出してからじゃないとダメだもん」
    「サッサと出してよ、それ~」
     芽依の横柄な態度に、さすがの弱虫の真琴も頭に来て、思わず立ち上がって、キッパリ言うことを言ってやろうかと口を開いた。
     でも、やっぱり実際に言葉にする勇気がなくて、またすごすごと座ってしまった。
    (っていうか、神宮って裏方希望なのに、ネコ衣装にはしないよね)
    (本当は今、そのことを芽依に言わなきゃいけないんだけど)
    (でも、芽依は今、怒ってるしなあ。怒ってる芽依を、ますます怒らせるようなことは言いたくない。どうしよう)
     しばらく、モンモンと悩んだあげく、芽依には後で言えばいいやって思い直した。
    (とりあえず、神宮は裏方ってことで予算計画を出しておこう。で、芽衣には機嫌が良さそうな時をみはからって、怒らせないようにうまく言う)
     そんなことが真琴にできるとはとても思えないけれども、とにかく、真琴はそんなことを思ってうなずきながら、予算計画をどうやらこうやら書きなぐった。
     で、17時半。
     磯部さんが、真琴のそばにやってきて、
    「飲食の予算計画はもう出したよ。そっちは?」
    って、コワイ顔で聞いてきたから、真琴はあわてて立ち上がって、
    「今出来たとこ。先生に出して来る!」って、教室から逃げ出した。
     真琴の予算計画はOKをもらえて、明日、買い出しに行くってことになった。
     ためいきをつきながら学校を出ると、真琴は、カエデ駅に向かう電車に乗りながら、ふっといいことを思いついた。
    (どうせ、買い出しには1人で行くんだから、いろいろ買う前に、コウちゃんのお店に寄ってやろう)
    (コウちゃんギョウザでお腹も心もいっぱいにしてから、買い出しに行こう)
    (何が何でもそうしよう。明日は、コウちゃんのお店に行く!)
     そう思ったとたん、身体はウソのように軽くなり、真琴の心は、ワクワクと軽く弾んだ。
    (買い出し、バンザイ!)
    (待っててね、コウちゃん。明日こそ、行くんだから)
    (十日ぶりのコウちゃんに会いに、大好きなコウちゃんのお店に!)

    六、閉店ショック

     次の日の放課後。
     真琴は、つばさが生えた鳥のように学校から飛び出した。
     買い出しのためにもらった2万円はしっかりとスクバにしまいこんで、コウちゃんギョウザの店に向かって、飛ぶように走って、走って、走りまくる。
     こんなに人って顔が変わるものかっていうくらい、輝くような顔つきで柊駅の構内をかけぬけて、北口の古い家や店が立ち並ぶ細い坂道をどんどん上がった。
    (あたし、ついうっかり、文化祭の買い出し用の2万円まで、コウちゃんのギョウザ代に使っちゃいそうな感じがするなあ~!)
     真琴は、スキップで坂道を登りながら、ウキウキとそんな幸せな心配をしてみたりした。
    (2万円っていったら、60人前くらいだけど、今のあたしは、それくらい一瞬でペロリといくと思う。だって、あたし、今、コウちゃんギョウザに飢え切ってるんだもん)
    (あぶない、あぶない。店についたら、すぐにコウちゃんに言わなくちゃ。あたしが学校のお金でギョウザ食べないように気をつけてって!)
    (じゃないと、あたし、やらかすからね! 絶対にやらかすからね!)
     真琴は頭をふりやると、
    「あたしが食べられるのはいつもの分だけ。60人前じゃないからね、コウちゃん!」
     店に入った時のセリフを練習までしながら、あのなつかしい古いギョウザ屋さんに近づいていったのだけど……。
     近づくにつれ、イヤな予感でいっぱいになった。
     だって、あの古ぼけたのれんがかかってないのだ。
    (どうして、コウちゃんギョウザののれんが出てないの?)
     真琴が、おそろしい予感でドキドキしながら、コウちゃんのお店におそるおそる寄っていくと、シャ、シャッターが閉まっていた! 
     もしかしたら、今日は休みなのかも!
    (ウソ~!! ってことは、買い出しはまた明日に延期じゃーん!)
    (そんなことしたら、芽依と磯部さんにどんなに強く叱られるかわかんない……)
     そんなこと思いながら、シャッターに近づいた真琴は、その瞬間、心臓がマヒして死ぬかと思った。いや、その時本当に、真琴の心臓は止まっていたに決まってるのだ!
     だって、閉じられたシャッターに貼られていたのは……
    「『コウちゃんギョウザ』は閉店致しました。長らくありがとうございました」
    というものだったのだから!
    「ヘイテン?」
     真琴は、しばらく頭が完全にフリーズして、その場に固まってしまっていた。 
     そのまま、どれくらい固まっていたかわからない。
     でも、いくらそこに固まったまま、「閉店」の文字を眺めても、意味が全く頭に入ってこなくて、頭は真っ白。
     わけのわからない大混乱のまま、真琴は、思わず、隣の『サロン柊』とかいう古そうな美容室にかけこんで、そこにいた紫ヘアのおばあさんに、
    「あの、閉店って! ど、ど、どういうことでしょう?」
    と、意味不明な質問をしてしまった。
     紫ヘアのおばあさんはビックリした顔をしながら、
    「うちは閉店なんてしていないわよ?」
    って、真琴のことをジロジロ見たけれど、すぐに
    「ああ! お隣のことね」ってうなずいた。それから、
    「もしかしたら、あなた、真琴ちゃん? コウちゃんギョウザに通いたいばっかりにセントクリスを受験したっていう?」なんて聞いてきた。
    「はい。私が真琴ですけど。どうして、そのこと……」
    って、真琴がおどおどしながら聞き返したら、紫ヘアのおばあさんは、
    「だって、そりゃあ、コウちゃんがよく話してくれたもの~」
    なんて手をふった。
    「うちの店に通いたいばっかりに、セントクリスを受験したカワイイ子がいるんだって、もう、しょっちゅう自慢していたわよ。へえ~。そう。あんたが、真琴ちゃん」
     紫ヘアのおばあさんは、珍しいものでも見るかのように、真琴を上から下まで眺め回した。
     真琴は、頭がヘンになりそうになりながら、
    「あの、へ、へ、へ、閉店って……」
    って、もう一度、紫ヘアのおばあさんにたずねてみた。
     すると、紫ヘアのおばあさんはうなずいて、こんな恐ろしいことを言ったのだ。
    「ああ! コウちゃんね、倒れちゃったのよ」
    「倒れた!?」って、真琴は、声を裏返した。
    「それがね、たまたま、私がギョウザを食べに行ったらね、コウちゃんがカウンター裏でバッタリと倒れていたのよ! ホント、息がとまるかと思ったわ。とにかく救急車って呼んだのは私なんだけどね。いったいどうしちゃったのかしらねえ?」
    なんて、紫ヘアのおばあさんは頭をふった。
     真琴は目の前が真っ暗になりながら、
    「コウちゃんが……倒れた……」
    そうつぶやいて、へなへなとサロンの椅子にくずれこんでしまった。
     頭が真っ白すぎて、信じられない。
     コウちゃんが突然倒れてしまったなんて。
     救急車で運ばれていってしまったなんて。
    (あたし、いつもみたいに、毎日、お店に通っていればよかった。そしたら、コウちゃんの具合が悪そうだって、倒れる前に気がついてあげられたかもしれないのに)
    (ああ、どうして、コウちゃんのお店に行くのをやめちゃったんだろう)
    (文化祭の実行委員なんて、あたしがしなくてもいいことだったのに。磯部さんがすれば、ピッタリだったのに)
    (芽依がしたけりゃすればいいけど、少なくとも、あたしがしなくてもよかったのに)
     真琴は、ガックリと頭を抱え込んだ。
    (何もかも芽依のせいだ! 芽依があたしを文化祭実行委員なんかに巻き込んだから)
    (ううん、ちがう。あたしのせいだ。あたしが文化祭実行委員をちゃんと断ることができなかったから)
    (あたしが弱虫だったから、コウちゃんに会いに行けなかったんだ)
    (その間に、コウちゃんは倒れてしまった。あたしが知らないうちにあっけなく!)
    (もういくら、この場所に来ても、コウちゃんに会えないし、コウちゃんギョウザも食べられない。春のギョウザも、夏のギョウザも、秋のギョウザも、冬のギョウザも何もかも)
     真琴は、たまらなくなって、
    「わああああああ~ん!!!!!」と、大声で泣き出してしまった。
    「あら、あら、どうしたのよ。いきなりそんな泣いたりして」
    って、紫ヘアのおばあさんがティッシュをさしだしてくれたから、真琴はそれに顔をうずめながら、苦しさのあまり、
    「あたし、文化祭実行委員なんて引き受けなければよかった!」
    って、身も知らぬ紫ヘアのおばあさんに胸の内をぶちまけてしまった。
    「えっ!?」って、紫ヘアのおばあさんがおどろいた顔で聞き返す。
    「あたし、文化祭実行委員の仕事が忙しくて、毎日、コウちゃんのお店に行けなかったんです。あんなの引き受けなければよかった。あたし、最後の最後で、コウちゃんを見捨てたんだ。だって、10日間もコウちゃんのお店に行けなかったんだもの!」
     真琴は、ぐっさりといくつものナイフに突き刺されたみたいに胸が痛くって、またワアワアワアワア泣いてしまった。
     紫ヘアのおばあさんは、真琴のせなかをさすりながら、
    「それは仕方ないわ。コウちゃんだって、真琴ちゃんに見捨てられたなんて思ってもいなかったわよ」って、なぐさめるように言ってくれた。
    「だけど、もうコウちゃんのギョウザは食べられない!」
     真琴がそう言いながら、さらに泣いたら、
    「確かに、どうして閉店なのかしらねえ」
    って、紫ヘアのおばあさんはつぶやいた。
    「え?」って、真琴が顔をあげると、紫ヘアのおばあさんは、
    「休業ならわかるわよ。コウちゃんは救急車で運ばれたくらいだもの。ちょっとお休みが必要だと思うわ。でも、いきなり閉店だなんてどうしてかねえ。不思議じゃない?」
    「コウちゃん、すごく具合が悪いんでしょうか? それとも、まさか、死んじゃったとか?」
     真琴がワナワナ震えながらさけんだら、紫ヘアのおばあさんはあわてたように、
    「そんなことないと思うわよ!」って手をふった。
    「でも、よっぽどのことがない限り、コウちゃんが閉店するなんてありえません!」
    って、真琴は、かすれ声をしぼりだした。
    「そうなのよね~」って、紫ヘアのおばあさんはうなずいた。
    「コウちゃんは、お父さんの立派なお店をつぐのを断わって、おじいちゃんのギョウザ屋さんをついだくらいだもの。あのギョウザ屋さんへの愛は人並みじゃなかったと思うのよ。だから、よけいに不思議なの。どうして、急に閉店なのかしらって……」
     そう言って、頭をひねっている紫ヘアのおばあさんに真琴は、
    「お父さんの立派なお店って何ですか?」と、思わずたずねた。
     一代目コウちゃんギョウザの店主であるコウじいちゃんのことは、真琴もよく知っていたけれど、コウちゃんのお父さんなる人物には一度も会ったことがないし、話に聞いたこともなかったからだ。
    「あら、知らない? コウちゃんのお父さんってね、すごく立派な高級中華レストランのシェフなのよ。五色台にある『光楽亭』ってレストラン。テレビにも出ていたわよ?」
     紫ヘアのおばあさんは、なぜか自慢そうな顔をしたけれど、真琴は高級中華レストランみたいなものには全く縁がなかったから、
    「ヘエエ?」って、ぼんやりつぶやいただけだった。
    「コウちゃんは、お父さんの高級中華レストランをつぐ道も選べたの。でも、それを断わって、おじいちゃんのギョウザ屋さんをつぐことを選んだのよね。だから、そうカンタンに、閉店するわけもないのだけど……」
     紫ヘアのおばあさんのその言葉に、真琴はますます不安になって、
    「やっぱり、コウちゃんにすごく悪いことが起こったんでしょうか!」
    って大声をあげた。 
    「あたし、何が何でも、コウちゃんに会いに行かなくちゃ。コウちゃんの運ばれた病院はどこですか?」
     真琴はティッシュをにぎりつぶして、紫ヘアのおばあさんにせまりよったけれど、
    「それがわからないのよ」って、紫ヘアのおばあさんは頭をふる。
    「救急車に運び込まれてあっという間に行っちゃったんだもの。どこに運ばれたのか、全然」
    「そんなあ。コウちゃん、どこにいるんだろう? コウちゃん……コウちゃ~ん!!!」
     真琴が、さらにもう一泣きしようと、ティッシュに顔をうめかけた時、サロンのお店の扉が開いて、小柄なおばさんが顔をのぞかせた。
    「こんにちは~。カットお願いできるかしら?」
    「はいはい! いらっしゃいませ!」
    って言いながら、紫ヘアのおばあさんが、小柄なおばさんのそばにすっとんだ。
     真琴は、さらに一泣きするのをかろうじて止め、これ以上、紫ヘアのおばあさんのめいわくにならないように、大急ぎでサロンから飛び出した。
     めまいがするほどの絶望でヨロヨロしながら、柊駅を目指して坂道を下っていく。
    (この坂を上がって来て、コウちゃんギョウザを食べずに下ったことなんてなかったのに)
    (いつだって、お腹も心も充たされて、坂を下っていったのに)
    (明日もこの道を上がって行けば、コウちゃんに会えるんだって信じて、それを希望に、がんばることができたのに)
    (コウちゃん、どうしちゃったんだろう?)
     柊駅までおりてきた時、真琴は家の方に帰る気にもならず、しばらく、ボーゼンと立ち尽くしていた。けれども、ふっと、駅構内のTシャツ屋さんに目を止めると、吸い寄せられるようにフラフラと入っていった。
     店には、今日も、色とりどりのギョウザTシャツがぶら下がっている。
     コウちゃんの着ていたギョウザTシャツ。
     コウちゃんは、黒だけじゃなくて、赤とか、青とか、緑とか、黄色とか、いろんな色のギョウザTシャツを持っていて、いつも、それにそろいのバンダナをつけていた。
     どの色もすごく似合っていた。
     黒は、コウちゃんのギョウザ色の白い肌をまぶしく引きたてていたけれど、赤も、青も、緑も、黄色も、コウちゃんが着ればどれだって、最高にまぶしくカッコよかった。
     真琴は、そんなコウちゃんが大好きで、コウちゃんのお嫁さんになりたいって、あんなにあこがれていたのだけど。
    (でも、コウちゃんが苦しんでいる今、コウちゃんがどこの病院に運ばれたかもわからなくて、コウちゃんの手を握りに行くことさえできないなんて)
    (コウちゃんのLINEとか知っていたら良かったけど、そんなことも知らないし)
    (コウちゃんの家族だって、コウちゃんの友達だって、あたしは何も知らないし)
    (あたしが知っているのは、コウちゃんが世界一おいしいギョウザを作るってことと、このお店でギョウザTシャツを買っていたって、ただそれだけ……)
     そんなことを思っていたら、そこにぶら下がっている色とりどりのギョウザTシャツが、どれもこれも、コウちゃん自身に見えてきて、真琴はまたまた崩壊して、
    「ワアアアアア~ン!!!!!」
    って、ギョウザTシャツにとりすがって泣いてしまった。
    「コラコラ!」って、お店の人がそばにすっとんできて、真琴にさけぶ。
    「それは売り物だよ。それで涙を拭かれちゃ困るね! どうしてくれるんだよ?」
    「買います」って、真琴は鼻をすすって、ギョウザTシャツを抱きしめた。
    「買ってくれるなら、いいけどね。君、どれで涙拭いたんだ? これか?」
     お店の人は、ギョウザTシャツを急いで調べながら、真琴を見た。
    「全部買います」
    って、真琴はギョウザTシャツを抱きしめながら、泣き声を出した。
    「全部?」って、お店の人がおどろいたように、真琴を見る。
    「25枚あるけど、これ全部?」
     真琴は夢中でうなずいた。
    「あたしが知っているのはそれだけなんです。コウちゃんについて知っているのは、コウちゃんが、このTシャツを着ていて、すごく似合っていたっていうただそれだけ。あたしは、それしか知らないの。それだけしか……だから、買うんです。わあああああ~ん!」
     それから、真琴は自分がどうしたのか、もう全く記憶がない。
     とにかく、25枚のギョウザTシャツを爆買いして、その大きな袋を抱きしめて、家に帰ったことは多分確か。
     塾をサボった上に、ただならぬ様子で帰って来た真琴に、家族は大騒ぎしたけれど、いったい何を騒がれて、自分が何て答えたのか、真琴は全くわからない。
     とにかく、何も食べず、部屋に引きこもって、ギョウザTシャツの大袋を抱きしめたまま、ベットに倒れ伏したのだった。
    『コウちゃんギョウザ』のカウンターの裏に倒れているコウちゃんのかわいそうな姿が、まぶたの裏に浮かんでくる。
    (コウちゃん、重い病気でもう寝たきりになっちゃうとかだったら、どうしよう。それなら、あたしは、コウちゃんの世話をつきっきりでしてあげたい)
    (それとも、もう後何日かしか生きられないって状態だったらどうしよう。それなら、あたしはコウちゃんのそばに走っていって、手をにぎって、今までのお礼をいっぱい言いたい)
    (コウちゃんにありがとうって。コウちゃん大好きだよって。コウちゃんのお嫁さんになるのが夢だったんだよって、コウちゃんに伝えたい)
    (コウちゃん、どこに行けば、また会えるの?)
    (あたし、今、コウちゃんのために何もできない。ギョウザTシャツを抱えて泣くことしかできないよ……)

    七、確実に殺される大失敗

     次の朝、真琴はとても起きられる状態じゃなくて、真っ赤に目を泣きはらして大仏さんみたいになったまま、学校を休んでしまった。
     頭の中は暗い絶望感でもういっぱい……。 
     そんな引きこもり状態で、どれだけベッドに横たわっていたんだろう。
     午後4時頃、ピンロリンロリンッ♪ ピンロリンロリンッ♪
     真琴の耳元のスマホが鳴り響いて、真琴はイライラしながら手を伸ばした。
     音を消してやろうと思って、重たいまぶたを開いて画面を見たら、磯部さんっていう文字が浮かび上がっていて、
    「エッ!?」
     意外過ぎて、思わずスマホを手からすべらせてしまった。
     とたん、スマホが真琴の顔に墜落して、その拍子に間違えて、応答になっちゃったらしい。
    「イタ~ッ!!!」
     真琴が痛さにうめいている間に、
    「もしもし!? 川端さんっ!?」
     スマホの向こうから、磯部さんのイライラした声が聞こえてきた。
    「あたし、磯部だけど。明日には学校来れそうなの? もし具合が悪くて何日も休みそうとかだったら、昨日、川端さんが買い出しした商品を、川端さんの自宅まで取りに行くから、とにかく教えて。川端さんが休んでいる間、作業がストップしてしまうのは、時間的にもったいないから」
     真琴は、磯部さんの言葉が、違う世界の発言すぎて、全く理解できなかった。
     それで、頭がフリーズしていたら、
    「もしもし、川端さん!? 聞いているの!?」っていう磯部さんの声にかぶせるように、
    「もしもし、真琴!?」
     なぜか。芽依の声まで聞こえて来た。
    「あたしだけど、今、真琴に連絡取ってみようってなったところなんだけどさ! 真琴が昨日買った布、どこにあるのよ? せめて、あたしと神宮の猫の布だけでいいから、ほしいんだけど。ホント時間ないんだよね~」
    「バカなこと言わないでよ。加藤さんと神宮の衣装の布だけあればいいわけないでしょ! っていうか、神宮が、ネコのコスプレするって本当なの? 裏方希望だったと思ったけど」
    って、磯部さんの声が聞こえて、芽依が、
    「違うよ~。神宮は、あたしと同じネコ衣装にするんだよう。あたしは白猫、神宮は黒猫…」
    なんてわめいてる。
     真琴は、2人のやりとりを、まるでラジオみたいに聞き流しながら、ぼーんやりと、文化祭のことかってやっとのことで思い出した。
    (あたし、そういえば、文化祭の買い出しをしなきゃいけなかったんだっけ)
    (でも、あたし、それ……やったっけ? やってないよね? だって、昨日は、それどころじゃなかったもん)
    (昨日、あたしが買ったのは、コウちゃんのギョウザTシャツだけ。あれは爆買いしたけど。 ………んんん?)
     真琴は、急におっそろしいことに気がついて、胸に抱えていたギョウザTシャツの袋をあらためて眺めてみた。
    (これ、いくらするんだろう。あたし、これ、どうやって支払った? 余分なお金なんてゼンゼン持っていなかったはずだけど……)
     真琴は、ガバッと起き上ると、スマホを放り投げて、学校リュックに飛びついた。
     放り投げられたスマホからは、芽依と磯部さんのわめき声が聞こえてくる。
    「もしもし!? 真琴!? 聞こえてるの? 磯部さん、これ壊れてる!」「なわけないわ! 川端さん、返事して! それとも、風邪で声が出ないとか!?」
     でも、真琴は完全無視して、学校リュックをひっくり返して調べてみた。
     すると、出てきた、出てきた。中身カラッポの封筒が!
     そこには、学校からもらった2万円が入っていたはずだった。
     でも、今は……
    「ない!」
     2万円が……なかった!
     真琴は、カラッポの封筒をコワイものでも見るような顔つきで、じっと見つめた。
     でも、いくら見つめたところでないものはなかった。
     真琴が使っちゃったのだ。何に? 
     決まってる! ギョウザTシャツの爆買いにだ!
     いくら思い出そうとしても、お金を払った時の記憶は全然ないのだけど、絶望のあまり、モウロウとしながら、学校のお金でギョウザTシャツを爆買いしたにちがいない。
    「やらかした………」
     真琴がボーゼンとつぶやいたら、スマホの向こうから、
    「今、何か聞こえた! 真琴!?」っていう芽依の怒鳴り声と、
    「川端さん!? 何言ってるの!? おーい!」
    とかいう磯部さんの声が聞こえて来たけれど、真琴は、一方的にLINE電話を切って、青い顔で立ち上がった。
     これは、すぐに返品しなくちゃいけない。
     だって、真琴のお金で買ったんじゃないんだから。学校のお金で買ったんだから!
     真琴は、ギョウザTシャツの大袋を抱えて、家から外に飛び出した。
     髪はボサボサ、自分の真っ赤なギョウザTシャツとスエットっていうヘンテコリンな格好だけどそんなことにかまっていられない。
     真琴は、心臓がひっくり返りそうになりながら、柊駅の例のお店にすっとんだ。
     ところが、真琴がギョウザTシャツの返品を願い出たら、店主のおじさんは、真琴とギョウザTシャツの大袋を迷惑そうにジロジロ見て、
    「それ、セール品だったから返品不可だよ」
    なんて、ぶっきらぼうに言ったのだ!
    「へ、返品不可?」って、真琴は声をふるわせた。
     店主のおじさんは、
    「2割引きだったからねえ。購入時にきちんと言ったはずだけど。それに君、それで涙拭いてたんじゃないの?」
    なんて、ジロリと真琴のことを眺めやる。
    「涙拭いたのは2,3枚です。他のは全然拭いてません」
    って真琴は、食い下がったけれど、
    「どれが涙拭いたやつか、わからないし。とにかく返品不可だから」
     はっきりと言い渡されて、真琴はガーンと打ちのめされた。
     ヨロヨロと店を出て、ギョウザの大袋を抱えたまま、駅構内のベンチにくずれこむ。
    (このまま消えてなくなってしまいたい)
    (コウちゃんは消えて、コウちゃんのお店はなくなった)
    (文化祭ではやらかした)
    (これだけ悪いことが続いたら、生きているのもイヤになるよ。)
    (少なくとも、学校にはもう二度と行けやしない。学校やめるって言ったら、お母さんは怒り狂うだろうけど、もうそれしか道はない。)
    (中学生やめて、家に引きこもって、それから飢えて、死ぬしかないよ。こんなに意気地なしで、弱虫で、間違いばっかしてるあたしなんて……)
     真琴は、もうどうせ返せないギョウザTシャツの大袋を抱きしめて、
    「どうしたらいいの、コウちゃん?」って、苦しくつぶやいた。
     コウちゃんだったら、こんな時いったいどうするんだろう。
     優しいコウちゃんの笑顔を思い出して、胸がギュッと痛くなる。
    (コウちゃんに会いたい!)
    (コウちゃんの手を握りたい!)
    (だけど、コウちゃんの入院している病院さえわからない。コウちゃん、いったいどこにいるの?)
     真琴の思考回路は、なぜか、コウちゃんに戻ってしまった。
     本当は、今、真琴は必死になって、この大間違いをどうやってつぐなったらいいのか考えなきゃいけないところなのに、真琴ときたら、早くもコウちゃんのことで頭いっぱいにして、
    (近所の大きな病院を1つ残らず回って、コウちゃんを探してみようか?)
     そんなことを考えてみたりした。
    (でも、コウちゃんは本当に今、どこかに入院しているの? それとも退院はできたけど、もうずっと車イス生活が決まりましたとかで、実家で療養しているかもしれないよね?)
    (それとも、イイ空気が必要だからって、遠くに静養に出かけたかもしれないよね?)
    (どこでどうしているか、もう全くわからない。コウちゃんがちゃんと生きて、この地球のどこかにいてくれるのかどうか、それさえもわからない)
     いや、そんなこと考えている場合じゃないでしょって、磯部さんがこの場にいたら、大声でどなるところだったけれど、幸い、磯部さんはいなかったから、
    (コウちゃん、今、同じ地球の上で生きている?)
     真琴が、切なくそんなことを考えながら、ためいきをついた……その時だった。
    「川端さんの家は、カエデ駅の近くなのね? カエデ駅のどこなのか、そこまでは加藤さんも知らないわけ?」
     聞き慣れたテキパキした声が近くから聞こえてきて、真琴は、ギョッと飛び上がった。
    (もしや、あの声は!?)
     さすがの真琴も、コウちゃんがふっとんで、声の方をおそるおそるふりかえった。
     駅構内を2人のセントクリスの女の子が歩いてくる。
     ゲエエエエ~! 磯部さんと芽依だ! 何ていう悪いタイミングなんだろう!
     2人は、もうすぐ近くまで来ていて、隠れる時間なんてなかった。
     真琴は、とっさに、ギョウザTシャツの大袋を頭に乗せて、小さく小さくうずくまった。
    (バレませんように、バレませんように)
     ドキドキしながら思っていたら、芽依は、真琴の目の前を歩きながら、
    「真琴の家がどこなのか知らないよ~!」って、磯部さんにさけんでいた。
    「でも、あたし、とにかくデザインを完成させる! 真琴、明日来るかもだもん」
    「メイド服は、加藤さんのデザインをみんなに使ったらいいってことね。耳としっぽは各自、犬とか、ウサギとか、スキなものをつけたらいいわけだから」
    って、磯部さんがテキパキ言いながら、芽依と並んで歩いていく。
    (2人で文化祭の相談してる。芽依と磯部さんが、文化祭の打ち合わせを!)
     真琴はうずくまりながら、この悪事がバレたら、芽依と磯部さんに確実に殺されると思って、恐ろしさで背筋がゾクゾクした。
    (お父さんに泣きついて、2万円をもらうしかないか!)
    (ああ、でも、お父さん、出張中だった。2週間は帰らないんだった。どうしよう!)
    (お母さんにこんなこと話したら、殺される! 怒りながら2万円くれるかもだけど、2度とお小遣いはもらえないし、塾の夕飯代はもらえないし、外国語教室の時の夕飯代ももらえない!)
    (ああ、だけど、コウちゃんギョウザのない今、そんなことどうだっていいのか)
    (いや、まて。何ももらえなくなったら、自分でギョウザ作ることもできないよ。そしたら、あたし、どうなるのかなあ。ギョウザに飢えすぎて、重い病にかかって、死んじゃうかも)
    (どっちみち、コウちゃんギョウザがなくなった今、あたしは重い病にかかるかも。コウちゃんのギョウザ食べなかったら、すっごく具合が悪くなるんだもん)
     あきれることに、真琴の思考回路は、またまた、
    (ああ、コウちゃん! 今、いったいどこにいるの?)
     グルリと1回転して、コウちゃんに戻ってしまった。
     そしたらもう、真琴の頭はコウちゃん一色になってしまって、
    (コウちゃんこそ、前からすごく具合が悪かったのかなあ。いつもあんなに明るくて元気そうに見えたけど……)
    (あたし、コウちゃんの何を見ていたんだろう。こんなに何も知らないのに、よくもお嫁さんになりたいなんて堂々と言えたよね)
    (コウちゃんが、お父さんの立派な中華レストランをつぐのを断わって、おじいちゃんのギョウザ屋さんをついだとか、そんなことさえ全然知らなかったよ……ん?)
     真琴はそこまで考えた時、ものすごいことがゆっくりと頭にひらめいた。
    (そういえば、コウちゃんのお父さんは、超有名な中華レストランをしているってことだったけど……。五色台にある……コウがつく名前の……)
     真琴は、スマホをポケットから引っ張り出すと、大急ぎで調べてみた。
     すぐわかった。
     そう。光楽亭だ!
     お店のホームページには、中華鍋を振っている鋭い目のシェフがデカデカと載っている。
     真琴は、そのシェフをガン見して、
    「この人がコウちゃんのお父さん」と思わず、声に出してつぶやいた。
    (これが、コウちゃんのお父さんだとしたら……光楽亭に行ったら、この人に会えるんじゃない?)
    (コウちゃんのお父さんなら、コウちゃんのこと知ってるんじゃない? コウちゃんが今、どこでどうしているのか)
    (そうだよ。あたし、コウちゃんのお父さんに会いに、このレストランに行ってみる!)
     真琴は、改札に向かってダッシュした。
     自分のクシャクシャの真っ赤なギョウザTシャツの部屋着のまま。
     髪はボサボサで、目は腫れぼったくて大仏で。
     手に抱えているのは、ギョウザTシャツの大袋。
     そんなヘンテコな格好で、真琴は改札をくぐり、五色台駅に向かう電車に飛び乗った。
     コウちゃんのお父さんのいる光楽亭に向かうために。
     コウちゃんのお父さんに会って、コウちゃんのことを教えてもらう、そのために。
    (絶対生きていてね、コウちゃん!)
     真琴の頭からはすでにもう、文化祭のことは消え失せて、コウちゃんのことでいっぱいいっぱいになっていた。
    (あたし、今、コウちゃんのいるところに向かうから! コウちゃんの手をにぎりに、大急ぎで走っていくから!)

    八、光楽亭でストーカー

     柊駅から特急に乗ること20分。
     真琴は、五色台駅の改札から外に出て、大きなビルの立ち並ぶ大通りの町を見回していた。
     考えてみたら、五色台の駅にやってきたのはこの間の日曜日ぶりだ。あの時は、芽衣のバカバカしい猫カフェ巡りにつきあって、3つの店をハシゴしたのだ。
    (あれはもう一世紀も、二世紀も前みたいな気がするけど)
     一瞬、そんなことを考えた真琴は、すぐに頭をふって、芽衣のことを記憶から押し出した。
     それから、スマホのマップをにらんで、光楽亭を目指して歩き出す。
     調べたところによると、光楽亭は五色台駅から歩いて10分ほどの五色ビルの中にあるらしい。
     平日の五色台の午後の町は、意外に人気がなくて、会社員らしい人が時々歩いていったり、 大通りを車が走りすぎたりしていくだけだった。
     そんな大都会の午後の町を、マップをにらみにらみ歩いて、角を曲がったら……
    「あった!」
     突き当りに、堂々とビルがそびえたっていて、真琴は、ハアア~ッ! と息をのんだ。
     急に恐れ入りながら、ビルの玄関口までにじりよった時、ピカピカのガラスドアに、髪ボサボサで、くしゃくしゃのギョウザTシャツ、怪しい大袋を抱えた自分の姿が目に入って、ギョッ! と息をのんでしまった。
    (あたし、もしかして、こんな格好でここに来るの、すっごい場違いだったかも?)
    (せめて、着替えてきた方がよかったかも?)
    (でも、いいや。悪いことしに来たんじゃないんだから。コウちゃんのこと聞きたいだけなんだもん!)
     真琴は気持ちを立て直して、怪しい格好のまんま、堂々たる五色ビルの中に乗りこんだ。
    「うわあああ~……」
     テレビでしか見たことがないようなフッカフカの絨毯に、テレビの中のエライ人が商談をするようなご立派なイスが並んだ広間があって。
     都会が見下ろせるエレベーターに乗りこんで、屋上階まで上っていく。
     すると、エレベーターを出たとたん、真琴は息をのんでしまった。
    高級そうなピカピカの黒い壁に、金色の大きな文字で、「光楽亭」と書いてあるその様子が、あまりにもご立派だったから。
    (こ、こ、こんなところで、コウちゃんのお父さんがシェフをしているって……?)
    (ま、ま、まさかのまさかのまさかすぎるんだけど!)
    (っていうか、こんなすごすぎるビルのレストランなんて、あたし、入ったことないよ。お父さんも、お母さんも、こんなところに連れてきてくれたこと一度もないんだもん)
     だけど、ここまで来たのだから、意気地なしにヘドモドしているわけにはいかなかった。
     ここにいるシェフのお父さんに、何が何でも、コウちゃんがどこでどうしているのか聞かなくちゃいけないのだ。
     真琴はキリリと背筋を伸ばすと、エッホンエッホンと何度もせきばらいをやってみた。
     せきばらいをしたところで、真琴がおそらく『光楽亭』始まって以来のヘンテコリンな格好をしている事実は変わらなかったのだが、とりあえず、このえらい空気にオズオズしないようにと、自分をはげますためにせきばらいをしてみたのだ。
     それから、ギョウザTシャツの大袋を胸に抱えると、
    (弱虫は、もうおしまい)と、心の中で、そっと唱えた。
    (弱虫はもうおしまい。意気地なしは、もうおしまい。あたしは、コウちゃんのお父さんに絶対聞く。コウちゃんがどこに入院をしているか)
     真琴はギュッと目をつぶると、ギョウザTシャツを着ていたコウちゃんのかがやかしい姿をあざやかに思い浮かべてみた。
     黒のギョウザTシャツも、赤も、青も、緑も、黄色もどれも似合ったかっこよすぎるまぶしいコウちゃん。
     コウちゃんのお嫁さんになるっていうこと以外、将来の夢なんて何もなかった。
     コウちゃんのそばで、毎日おいしいギョウザを食べていたいっていうそれ以外に、望みなんて何もなかった。
     コウちゃんの笑顔と、おいしいギョウザさえあれば、いつだって天国に行けた。
    (勇気を出すんだ、真琴。この立派で、すごそうで、えらそうな空気に負けずに、コウちゃんの居場所を聞くんだ。がんばれ!)
     真琴は、コウちゃんの姿を必死で胸に描いたまま、ふるえる足を押さえて、立派そうな光楽亭の入り口までつきすすんだ。
    「あのう~」とおずおずと声をかけてみる。
     シーン。
     静まり返っている。こわいような沈黙。
    (コウちゃん、助けて!)
     コウちゃんに心の中で助けを求めてから、もう一度大きな声で、
    「あのう!」と、真琴はさけんでみた。
     すると、ものものしい立派そうな店の奥から、チャイナ服を着た若い女の人が現れて、
    「何名様でしょうか……?」と言いかけたまま、固まった。
     明らかに、お客じゃないような異様な格好の女の子が、ヘンなTシャツの大袋を抱えて立っていたのだから、女の人が固まるのもムリはない。
     全く、光楽亭が始まって以来のキテレツな客過ぎた。
    「あのう……」って、女の人が真琴の扱いに困った顔でつぶやいたから、
    「シェフに会わせて下さい」って、真琴は、足を震わせながら頼んでみた。
    「シェフ?」って、女の人はますますジロジロと真琴のことを眺めまわした。
    「シェフにどうしてもお会いして、お聞きしたいことがあるんです」
    「シェフは仕事中です。お引き取り下さい」
     チャイナ服の女の人は冷たく言って、奥にひっこんでしまった。
     真琴は、エレベーターのそばにあったイスにちんまりと腰掛けて、ギョウザの大袋を抱えこんだ。
     どうも今はランチの時間らしいから、シェフに会えないのは仕方がない。
     ランチの時間が終わってから聞いてみようって、真琴は思った。
     コウちゃんのことが聞けるなら、何時間だって待てるから。

     それから、真琴はひたすら待った。
     くしゃくしゃのギョウザTシャツに、ボサボサの髪に、怪しい大袋を抱えたまま。
     そんなヘンすぎる格好でシェフを待つ女の子なんて、光楽亭始まってから1人もいなかったと思うけれど、そんなことは全く考えず、真琴はまっすぐ前を見たまま、コワイような雰囲気で待ち続けた。
     その間にも、思いきりドレッシーな格好をしたカップルや、お金持ちそうな紳士とご婦人などが高級そうな足取りで、レストランから出てきて、エレベーターに消えていく。
     真琴は、高級そうな人達をチラ見しながら、
    (あの人達はみんな、コウちゃんのお父さんの高級中華料理を食べたのかな)なんて考えた。
    (コウちゃんのお父さんは、ギョウザを作って出すのかな)
    (コウちゃんのお父さんのギョウザってどんなのだろう。高級ギョウザってどんなもの?)
     ちょっとだけ興味をそそられて、真琴はしのび足で『光楽亭』の入り口に立派そうにかかげられているメニュー表に近寄ると、しげしげと眺めてみた。
     点心ランチコース……エビの蒸しギョウザ、トリュフ入りホタテ蒸しギョウザ、アワビとエビの野菜エビ蒸しギョウザ、海鮮と卵のギョウザスープ、エビとチャーシュー入りチャーハン、陳皮香る揚げ団子ぜんざい。
     真琴は、メニュウの蒸しギョウザの写真を指でつついた。
    (トリュフ入りホタテ蒸しギョウザって何だろう。アワビとエビの野菜エビ蒸しギョウザだって。どんなだろ? 興味ある!)
    (だけど、これ、いくらだろ? 35000円!? ウソでしょ! ちっちゃなギョウザ3つと、ちっちゃなギョウザが入ったスープだけで、その値段?)
    (35000円もあったら、コウちゃんぎょうざ100人前は食べられるんじゃない? だったら、あたしはそっちの方を取るかもな~)
    (もちろん、トリュフ入りホタテ蒸しギョウザも捨てがたいことは捨てがたいけど。味見させてくれるならしてみたい……)
     真琴は、そんなことを思って腕組みしていたら、奥の方から足音が聞こえてきて、あわてて、エレベーターの横にひっこんだ。
     最後のお客さんっぽい高級人が、レストランを去っていき。
     チャイナ服の人がおじぎをして、高級人をお見送りした後、ランチタイム終了の札をかけている。
     真琴は、ハッと立ち上がると、またチャイナ服の人のそばに走っていって、
    「シェフに会えますか!」って、突撃した。
     2回目だからか、真琴の弱虫はだいぶ、薄らいでいた。さっきからずっと待ち続けて、だんだん度胸がついてきたのかもしれない。
     どっちみち、チャイナ服の人は、心底おどろいた顔で真琴を見た。
    「ま、まだいたんですか!? お引き取り下さい」
     チャイナ服の人の言い方は、いかにも、真琴がめいわくっていう雰囲気が、さっきよりもムンムン出ていたから、いつもの真琴なら、押されてしまっていたかもしれない。
     でも、真琴は、コウちゃんの手がかりをつかむためなら、どんなあやしいストーカーにもなる決意が固まってきていたから、
    「シェフに会えるまでいます」って、ガンコな顔でキッパリ言えた。
     でも、チャイナ服の人は、ますます冷たく、
    「シェフは今から、午後の仕込みです」って、切り捨てた。
    「ディナーが終わるのは22時。シェフの全ての仕事が終わるのは、23時以降にはなるでしょうか。ですから、会えるまで待つのはムダですよ。お引き取り下さい」
    「いえ、待ちます」って、真琴は言いきった。
    「終わるのは23時ですよ?」
    って、チャイナ服の人は何だかブキミになってきたらしく、こわそうに真琴を見た。
    「待ちます」
     真琴がくりかえしたら、チャイナ服の人はすごくイヤそうな顔で頭をふった。
     チャイナ服の人がめいわくそうなのはわかっていた。
     場違いなのもわかっていた。
     居づらいなんてもんじゃなかったけれど、コウちゃんのことを思ったら、どんなにイヤそうな顔をされたって、待てるって真琴は思った。
    (だって、コウちゃんのことをよく知っているお父さんが、この立派そうな店の奥にいるってわかっているのに。今、ひっこむことなんて絶対できない!)

     それから、また真琴はねばった。
     窓の外はすっかり暗くなって、また豪華な服の人達が入っていっては出ていき、入っていってはまた出ていく間、ずっとちんまり待っていた。
     こうなったら、弱虫とかいう問題じゃなくて、本物のストーカーと同じくらいあやしさ全開だったけれど、真琴はだれに何て言われようと、待ち続けるつもりだった。
     弱虫か、ウソつきか、ストーカーかどれかで、普通の行動ができないのか、この子は! ってツッコみたくなるところではあるけれど、真琴っていう子は、どうしても極端に走ってしまうタチらしい。
     そんなわけで、真琴がまるで石にでもなったみたいに、何時間も、エレベーター横で待ち続けていたら、さらにたくさんの高級人たちが出たり入ったり、出たり入ったりして。
     そしてついに、チャイナ服の人が、ディナータイム終了の札をかけたので、真琴はまた、いそいそと駆け寄った。
    「あっ!」って、チャイナ服の人は、手から札を取り落とすほどおどろいた。
    「あなた、まだいたの?」
     もはや、意気地なしを通りこしてストーカーとなっていた真琴は、当たり前って顔で、
    「シェフに会えるまで待ちます。仕事が終わるのはあとどれくらいですか?」と聞いた。
    「シェフの仕事はまだ終わりませんよ。それより、早く帰った方がいいわ。あなた、おいくつ? まだ学生さんでしょう?」
     チャイナ服の人は急に心配になってきたらしく、真琴のことをジロジロと眺めまわした。
     でも、ストーカー真琴はものすごくガンコに、
    「シェフに会うまでは帰れません。それだけは確かですから」
    なんて言いきった。
    「でも、もう22時ですよ。あなたみたいな子どもは帰らないとダメでしょう!」
    って、チャイナ服の人が、ストーカー真琴のしつっこさに驚いて叫んでいると、
    「騒がしいな。どうした?」って、奥から誰かが出てきて顔をのぞかせた。
     ああ! その姿を見たとたん、真琴はすぐにピーンときた。
     だって、白いシェフ姿のそのおじさんは、コウじいちゃんと似た渋―い雰囲気をムンムンかもし出していたんだから!
     真琴は、ワッとおじさんに駆け寄ると、
    「コウちゃんのお父さんですか?」ってドキドキしながら大声でさけんだ。
    「私、コウちゃんギョウザっていうお店が大好きだった川端真琴と言います。あのお店が閉店してしまってビックリして。コウちゃんが倒れたって聞いて、すごくすごく心配で。だから、あの、コウちゃんが入院しているならお見舞いしたいし、とにかくコウちゃんが今、どこでどうしているか、教えていただきたくて。コウちゃんに会いたくて……」
     真琴が一気にまくしたてている間、シェフは一度まゆをあげただけで、後はびっくりするほど無表情な顔で、真琴のことを見下ろしていた。その顔があんまり冷たかったから、真琴は、いつもの弱虫が顔を出しかかったけれど、グッとこぶしをにぎって、
    「私、コウちゃんが大好きなんです!」って、がんばって、うったえた。
    「コウちゃんの作るギョウザは、神がかってるって本気でそう思っています。カンペキな焼き目が生み出す見事な香ばしさは神がかり的だし、薄すぎず厚すぎないジャスト1.8㎜の手作り皮は見事としか言いようがありません。季節の野菜を育てて、それをギョウザに取り入れているから、コウちゃんのギョウザを食べると、いつも新鮮な季節のさわやかさが、口いっぱいに広がります。ネギとニラと春キャベツとひき肉のコラボレーションは、まるで、春のギョウザオーケストラを聞いているみたいで……」
    「それはけっこうですな」
     シェフの冷たい声にさえぎられて、真琴は、ハッと口を閉じた。
     見上げたら、シェフは、コウじいちゃんに全く似てない冷たすぎる顔をしながら、
    「しかし、アイツはもう、ギョウザ屋はせんのです」って言い切ったのだ。
     真琴は、その冷たい言葉に包丁で胸をつらぬかれたかのようにあえぎながら、
    「コウちゃんは死んじゃったんですか?」って、かすれ声で聞いてみた。
    「それとも、重病ですか? それとも……」
    「そんなのじゃない。あんな古ぼけたギョウザ屋はやめる。それだけだ」
     シェフのらんぼうな言葉にびっくりして、
    「え?」って、真琴は声をつまらせた。
    「今度からアイツは、光楽亭の点心師になる。アイツのギョウザを食べたかったら、光楽亭に来るように。以上」
     シェフは、クルリと向きを変えると、スタスタと奥に歩いていった。
     真琴は、ハッとして大声でさけんだ。
    「あ! 待ってください。あの! 光楽亭の点心師ってどういうことですか!?」
     でも、もう返事はなかった。
     せっかく、こんなに勇気を出して、ストーカーまでしてのけたのに何もならなかった。
     ただの怪しいストーカーになっただけで、収穫はゼロだった。
     真琴がダランとうなだれて、その場にくずれそうになっていたら、
    「帰った方がいいわ、あなた」
    って、チャイナ服の人は、真琴が気の毒になったらしく、妙に親切な声で言ってくれた。
    「じゃないと、私達は警察を呼んで、あなたを家まで送ってもらわなきゃいけなくなるから」
     そうまで言われたら、真琴としてもどうしようもなかった。
     真琴はうなだれながら、引き返した。
    「気をつけて帰るのよ!」
     チャイナ服の人が親切にさけんでくれていたが、真琴の耳にはもう何も入らなかった。
     夜の町に出ていきながら、真琴の心の中はもう真っ暗だった。
     点心師っていうのが、中華レストランの中でギョウザなんかをいろいろ作る人だっていうことは、真琴みたいなギョウザ女の子ならよく知っている。
    (でも、何で、コウちゃんは、光楽亭のギョウザを作るの? やっぱり、コウじいちゃんのギョウザ屋さんはやめて、お父さんのお店をつごうって思ったの?)
    (これからは、あのすごく高いエビホタテギョウザとか、トリュフギョウザとか、そういうのを、いろいろ作るの?)
    (そんなのあたし、食べに行けないよ。高すぎるもん……)
     ガックリして電車に乗りながら、光楽亭のシェフって人は、本当にコウちゃんのお父さんなんだろうかって、真琴はすごく疑った。
     だって、コウちゃんギョウザのお店のことを、あんな古ぼけた店って言い捨てた。
     あんなことを言う人が、本当にコウちゃんのお父さんなんだろうか?
    コウじいちゃんも、コウちゃんも、あの古くて小さいお店を大切にしていたことを、真琴はよく知っていた。
     古いけれども、よく掃除をして清潔にして、とても大切そうにお店を守っていた。
    (なのに、どうしてコウちゃんのお父さんは、あんなひどい言い方をしたの?  顔は確かに、コウじいちゃんに似ていたけど、もやもやがどうしても晴れないよ……)
     
     そんなことを考えているうちに、柊駅まで戻ってきて、どうやら電車を降りたらしい。
     真琴は、自分でも気がつかないうちに、フラフラとコウちゃんギョウザに向かう坂道を上っていた。坂の途中で気がついた時、真琴は、さすがにギョッとして思わず立ちすくんだ。
    (もう夜中なのに、閉店したコウちゃんギョウザの店の前まで来ちゃうなんて)
     ショックで頭がおかしくなったんじゃないかなって、真琴は、自分で自分が怖くなった。
    (あたし、このまま頭がどんどん狂って、精神病院に入院するのかもしれない)
     真琴は、夜の坂道に突っ立ったまま、恐ろしさにふるえて考えた。
    (いや、まだ引き返せる。帰ろう。あたし、ちゃんと家に帰ろう)
    (お母さんも、真実もめちゃくちゃ心配して、それこそ、今ごろ、警察呼んで大騒ぎしているかもしれないもん)
    (お父さんだって出張先で連絡受けて、めちゃくちゃ心配してると思うし)
    (さあ、帰るんだ。あたし!)
     なのに、まるでマホウにかかったかのように、その場から動けない。
    (コウじいちゃんも、コウちゃんも、あのお店をすごく大事にしてた)
    (なのに、コウちゃんのお父さんは、どうして、あんな店なんて吐き捨てたの?)
    (コウちゃんのお店は、あんな店なんてもんじゃない。入ったらいつも温かい雰囲気にあふれてた。どんなに悲しい時だって、コウちゃんの店に行ったら笑顔になれた。コウじいちゃんとコウちゃんが守っていたあの店には、そんな幸せであふれていたのに……)
     でも、本当はこんなこと考えている場合じゃなかった。
     それよりも、真琴は、サッサと家に帰らなきゃいけなかった。
     なのに、どうしても動けずに、コウちゃんギョウザのお店のことを思いつめていた……その時だった。
     向こうから、コウちゃんの店に近づいていく人影に気がついて、ハッとした。
    (コウちゃん!?)
     とっさにそう思って駆け寄った。
     背の高い人影、きっときっとコウちゃんだ!
     コウちゃんってさけぼうとした。 
     でも、声にならずに、空中に消えた。 
     だって、街灯の光で見えたその人は、コウちゃんじゃなかったから。
     だけど、その顔を真琴はよく知っていた。
     知っていたけれど、こんなところには絶対いないはずの人だった。
     コウちゃんギョウザの店なんかには、縁もゆかりもないはずだった。
     真琴が、その人を知っているのは、セントクリスの教室の中であって、コウちゃんギョウザの店の中で出会ったことなんて一度もなかった。
     宇宙一かっこいいコウちゃんと同じくらいかっこよくて、学校一の人気者。
     芽依がキャアキャア騒いで、夏までに彼氏にしたいとがんばっているあのウワサの人。
     芽依は猫耳をつけさせたいのに、その人自身は裏方希望を出していた……
    「神宮!?」
     そう。確かに、それは神宮だった。
     でも、神宮は、真琴に気がつかなかったようだ。
     そのまま、コウちゃんギョウザの2階に続く外階段を上っていって……。
     真琴が、ハッとして駆け寄った時にはもう、2階の扉は閉まり、神宮は姿を消していた。
     扉をたたこうかと、こぶしをにぎりかけたけど、こんな夜中によその扉をたたくなんて、さすがに頭おかしいだけじゃなくて、迷惑行為そのものだと思い返して、やめにした。
    (どういうことなんだろう)
     真琴は、混乱と興奮と疲れでめまいがして、今、神宮が上がったばっかりの階段に、ヘナヘナとへたりこんでしまった。
    (神宮が、コウちゃんの店に入るってどういうこと?)
     真琴は混乱しながら、神宮の顔をよくよく思い出してみた。
    (神宮は、確かに芽依が騒ぐだけのことはある。学校一カッコイイんだろうなって、あたしも思う。それだけしか思ったことなかったけど)
    (でも、そういえば、神宮って、宇宙一カッコイイ、コウちゃんと似てなくもない?)
    「コウちゃんと神宮って、どういう関係!?」
     真琴の声がむなしく、真夜中の通りにひびきわたった。

    九、ついに本当のことをさけぶ

     あれから、お母さんと真実が、コウちゃんギョウザの前まで真琴を探しに来て、どんなに騒いだことかとか。
     やっぱり警察まで巻き込んだ大騒ぎになっていたのだとか。
     出張先のお父さんがどんなにかホッとしていたかとか。
     そんなことまでいちいち書いていたら、長くなるから、書くのはもうやめておこう。
     どっちみち、真琴は、まるで世界の外で騒がれているような感じがした。
     真琴の頭の中は、コウちゃんギョウザの2階に入っていった神宮の姿が焼きついていて、ほかのことはもう何も考えられない状態で。
     だから、真琴は次の朝。
     空が明るくなったとたん、部屋からフラフラとよろめき出て、ヨレヨレのギョウザTシャツとスエットのまんま、玄関に向かった。
     もう一回、コウちゃんギョウザの店の前に行って、あそこに神宮がいるのか確かめなくちゃという思いで、胸がヤケコゲになりそうだった。
     でも、お母さんが間一髪、玄関先の真琴をつかまえて、
    「どこに行くのよ!」って、怖い声でどなった。
    「コウちゃんギョウザ……」って、真琴がかすれ声でつぶやいたら、
    「もう閉店したんでしょ!」って、お母さんは𠮟りつけるように、真琴に言った。
    「行ったって仕方ないのよ? わかってる? もうそのヨレヨレのギョウザTシャツで、外をうろついたらいけません!」
    「でも、神宮が!」って、真琴は玄関に座りこんで、ワッと泣いてしまった。
     その騒ぎに、寝不足で目の下にクマをつけた真実も出てきて、
    「真琴、コウちゃんギョウザが閉店して、頭おかしくなっちゃったんだよ。ってか、神宮ってだれ?」って心配そうに真琴をのぞきこんだ。
    「神宮がいたの。昨日の夜、コウちゃんギョウザの2階にのぼっていったんだよ!」
    って真琴がさけんだら、
    「それ、だれよ?」って、真実も負けずに声をはりあげた。
    「クラスの子!」って、真琴はどなった。
    「真琴のクラスの子が、コウちゃんギョウザの2階に上ってたの?」
    って、真実が聞き返したら、真琴はうなずいて、
    「だから、確かめに行かなきゃ。コウちゃんギョウザに今行って!」
     そうさけんで、またくつをはこうとしたら、お母さんにガッシと腕をつかまれた。
    「学校の子なら、学校に行ってその子に聞けばいいでしょう! どうして、コウちゃんギョウザにまで行かなきゃいけないの? 真琴ったら、本当に頭がおかしくなったのかもしれないわ。どうしよう!」
     真琴は涙目で、お母さんのことを見た。
     真琴はどうしたって、神宮に聞かなくちゃいけないのだ。
     昨日の夜、コウちゃんギョウザの2階に入ったのかどうか。
     あれは頭のおかしくなった真琴の幻なのか、現実だったのか。
     どうしたって、神宮に事実確認をして、ハッキリさせなきゃいけないのだ。
     そして確かに、それはお母さんの言う通り、学校に行って神宮に聞けばすむ話ではあった。
     だけど、学校には、磯部さんも芽依もいることを、真琴は忘れるわけにはいかなかった。
     学校に行ったら最後、磯部さんと芽依に、文化祭の買い出しの品物のことを聞かれるに決まってる。その時、真琴がギョウザTシャツしか買ってないってわかったら、あの2人が何ていうか!
     真琴は、靴をけっとばした。
     そのことを思ったら、学校なんて行けるわけなかった。
     お母さんに2万円もらって、文化祭の品物を買い直してから学校に行こうかって、よっぽど思った。
    (だけど、2万円をもらわなきゃいけないワケを話したら、お母さん、絶対怒るだろうな)
    (2万円はくれるだろうけど、お小遣いは一生なしになるんだろうな)
    (そしたら、あたしはどうやって、毎日のギョウザ代を捻出したらいいの?)
    (お母さんの夕飯にはギョウザは滅多に出てこない)
    (お父さんに頼んだら、たまにあたしがギョウザ作るお金くらいくれるかな?)
    (ううん、ダメだ。うちの家計はお母さんが全部にぎってるんだもん。お父さんが自由になるお金なんてちょっとだもん。そのわずかな貴重なお金を、あたしにくれるわけないよ)
    (でも、コウちゃんギョウザもなし、自分のギョウザもなしじゃ、あたし、死んじゃう! 死んじゃうよ!)
     そう思ったら、真琴は2万円のことを言い出せなくて、口をパクパク動かした。
     真実も、何も知らないから、
    「学校行けばいいじゃん」って、当たり前のことながら、お母さんに賛成した。
    「とにかく、真琴は、そのギョウザTシャツでフラフラ出歩くの禁止だから!」
     お母さんはそう言って、怖い顔で、真琴をにらんだ。
    「それからね、真琴、何か食べなさい。あんたここ何日か、ろくに食べていないでしょう! だから、頭がヘンになるのよ。今日こそ朝ご飯を食べるんです!」
     真琴は、お母さんに腕をつかまれて、食卓の前に座らされた。
     お母さんが目の前に出してくれたチーズトーストなんて、胸がつかえて、とても食べられそうになかったが、お母さんの顔があんまりにも恐ろしいので、必死になってモソモソ食べた。
     食べれば食べるほど、胃が気持ち悪くなって、真琴は胃を押さえながら、
    「あたし、今日はちゃんと遅くならずに帰る。だから、コウちゃんギョウザに行かせて? お願い、お母さん!」
    と、必死に頼んでみた。
     でも、お母さんは、
    「学校なら行ってもよろしい。お母さんが車で送ってあげます」ってキッパリ言った。
    「帰りもお母さんが迎えに行きます。今日は、それ以外の外出は認めません」
     真琴は、涙目でお母さんを見上げた。
     お母さんは、ガンとしてうなずいた。
     真実は、不思議そうに真琴を見た。
    「学校に行けば、神宮って子に直接、コウちゃんギョウザのこととか聞けるじゃん。何でそれじゃいけないわけ?」
     真琴は、目をつぶって必死になって考えた。
    (学校までお母さんに送ってもらって、車がいなくなったとたん、逃走しようか)
    (お母さんの車が見えなくなったとたん、コウちゃんギョウザの前まで走ろうか)
    (それで、神宮がコウちゃんギョウザの店にやって来るまで、そこでねばろうか)
    (もちろん、遅くならないうちに、学校の校門前に戻らないと、お母さんが迎えに来ちゃうから、昨日みたいに夜遅くまでねばるわけにはいかないけど、ねばれるだけねばってみる!)
    (それとも、そんなイチかバチかみたいな計画を実行するよりも、お母さんに2万円もらって、文化祭の品物を買い直してから学校に行った方がいいのかなあ)
    (だけど、やっぱり、お母さんに文化祭の間違いを打ち明けたら、ギョウザとは縁を切りなさいって叱られるかもしれないもん……)
     っていうわけで、やっぱり、お母さんに2万円のことを言えなかった真琴は、
    「学校に行きます」と言って、お母さんに車で送ってもらうことになったのだった。

     ところが、真琴の逃亡計画は、最初の最初で失敗した。
     学校についた後も、お母さんがジッと見張っているので、すぐには逃亡することができず、仕方なく、校門を一応くぐった。
     すると、そのとたん、芽依に、
    「真琴じゃーん!」って、つかまってしまったのだ。
    「わああああ~!」
     真琴は、ものすごい声をはりあげて、後ろによろめいて、校門につかまらなくちゃいけなかった。
    「そんなにビックリすることないじゃん! っていうか、真琴、買い出しの布は? あたしと神宮のネコ生地の布、どこにあるのよ? まさか、持ってくるの忘れたとか?」
     ああ、そうだったらどんなにいいだろうって、真琴はもう泣きそうになった。
     でも、そうじゃない。
     芽依と神宮のネコ生地の布なんてあるわけないのだ。
     そんなものは一切ないのだ。
    「真琴、家に忘れてきちゃったの? 最悪! すぐに取りに帰ってよ!」
     芽依はもはや怒ってじたんだをふんでいたけれども、突然、サッと声色を変えて、
    「神宮。おはよう~!」
    って、真琴の後ろを通った人に、クネクネした甘ったるい声をかけた。
     真琴は、ハッと息をのんで、サッと後ろを振り返った。
     真琴の後ろを、神宮航平が、サッサと通りすぎていく。
    「あ、神宮!」
     思わず真琴はさけんだけれど、神宮は、サッと手だけあげて、スタスタと校舎の中に入っていってしまった。
    「待って!」と、真琴がさけんで、反射的に追いかけようとしたら、
    「真琴、神宮に何の用?」って、芽依が真琴の腕をガッシとつかまえてしまった。
    「あたし……あたし……」
     大事な話があるの! って、真琴はさけびたかった。
     神宮にどうしても聞きたい大事なことがあるの! って、どんなにさけびたかったか。
     なのに、真琴は言えなかった。
     真琴は、芽依の怒った顔を見ると、呪いにかかったようにむなしく口をパクパクさせた。
     芽依は、真琴をにらみつけて、
    「真琴は、あたしと神宮の恋を応援してくれるんだよね? だから、ネコ生地だって今から、家まで取りに行ってくれるよね? それから、あたしの許可なしに二度と、神宮の名前を呼ばないよね?」と、さらに呪いをかけてきた。
     真琴は、あえぎながら芽依を見た。
     昨夜のコウちゃんギョウザでの出来事が、くっきりと頭によみがえった。
     コウちゃんギョウザのお店に入っていった神宮。
    もしも、あれが、真琴の幻じゃないとしたら。
    神宮が、コウちゃんと何か関係があるんだとしたら。
    (何が何でも、神宮に聞きたい。コウちゃんとの関係を。それが最後に残ったコウちゃんの手がかりなの)
     真琴は、コウちゃんのことを思って、ギュッとこぶしをにぎりしめた。
     真琴をいつもいつも救ってくれたコウちゃんの明るいまぶしい笑顔。
     クラクラするようなステキな笑顔で作ってくれる香ばしい幸せのギョウザ。
     宇宙一カッコイイコウちゃんと、コウちゃんのギョウザさえあれば、真琴はいつだって、幸せになれた。
    (あたし、あの時、後悔した。弱虫のあまり、コウちゃんに会いにいけなかったこと)
     ここで弱虫になったら、もう二度と、コウちゃんに会うことができない気がした。
    (弱虫はやめる。意気地なしはやめる!)
     真琴は顔をあげて、芽依の顔をまっすぐ見た。
     声はふるえて、足もワナワナふるえたけれど、もう迷わなかった。
     真琴は口を開くと、
    「あたし、神宮にどうしても聞きたいことがある」って、低い声で小さく言った。
    「え?」
    って、聞き返した芽依の顔が怖かったから、真琴はひるみかけたけれど、
    「あたし、神宮にとても大事な話があるの」
    って、もう一度、キチンと言うことができた。
    「何よ、大事な話って?」
    って、芽依が、グググッとまゆをひそめて聞いてくる。
    「芽依には関係ない」って、真琴が頭をふったら、
    「あたしに関係ない?」って、芽衣は声を裏返した。
    「真琴、ちょっといい加減にしてよね。さすがのあたしも、本気で怒るよ? 神宮に関することで、真琴が親友のあたしに言えないことなんてないはずだよね?」
     それを聞いたとたん、何かが、パチーンと音を立ててはじけた。
    「面倒くさい文化祭実行委員の仕事を何もかも押しつける相手が親友?」
    真琴は、ついに心で思っていたことを口に出して、芽依に言った。
    「自分は何もやらないで、あたしにばっかり仕事させて、それが親友? 買い出しに1人で行かせてそれが親友? 違うよね? 芽依にとっちゃ、あたしなんて都合の良い召使。そうでしょ?」
     真琴の声はだんだん大きくなってきて、通りかかる生徒がみんなビックリしたようにふり返った。
     弱虫の呪いが切れたのはいいけれど、切れたとたんの声が大きすぎた。
     もちろん、芽衣は完全に怒り狂ってしまった。
    「そんなに言うなら、もういいよ。何よ! 文化祭実行委員の仕事なんて、大したことやってないくせに! とにかく、昨日、あんたが買った文化祭のネコ生地だけちょうだい!」
     芽衣はそう言って、右手をぐいとつき出した。
    「あたしのネコ生地、家に忘れたんなら取りに行ってよ! それくらいのことはやってよね! それとも、それもやらない気?」
     その横柄な芽衣の態度に、ムラムラっとして、真琴はさっきからの怒りの続きで、
    「できないんだよ! ネコ生地なんてないんだから!」ってついにさけんでしまった。
    「ないってどういうこと?」って、芽依のまゆが、グググッとつりあがる。
    「間違えちゃったの!」って、真琴はどなった。
    「あたしが、学校のお金で買ったのはネコ生地じゃなくて……」
    「ネコ生地じゃなくて?」って、芽衣の声が高くなる。
    「ギョウザTシャツなの! あたし、間違えて、ギョウザTシャツを買っちゃったの!」
    って、真琴がヤケになってさけんだら、
    「ギョウザTシャツ~!!!!!!」って、芽依はわめいた。
     それから突然、真琴の腕をツメ跡がつくかってくらいにぎりしめると、モウレツな勢いで校舎に引っ張りこんで、こんなバカ力があったのかってあきれるくらいの力で、真琴をひっぱりまくりながら、教室に飛びこんだ。
    「磯部さん!」って芽依がわめきちらす。
    「真琴がヘンなこと言うんだけど! 学校のお金でおととい買ったのは、ギョウザTシャツだとかってそんなこと!」
    「何のことよ?」
    って、磯部さんはこっちに駆け付けながら、怖い顔をして真琴を見た。
     真琴はもう、こうなったら本当のことを言うしかなかったから、まっすぐに磯部さんのことを見た。
     いつもの真琴だったら、こんなこと絶対できるわけなかった。
     こんな状況で、怒っている磯部さんの前に突き出されて、まともに目を合わせることだってできやしなかった。
     なのに、弱虫の呪いがついに切れて芽衣にどなりつけた興奮と、今さら隠せないっていう開き直りと、どうにでもなれっていうヤケな気持ちと何もかもが重なって、
    「磯部さん、ごめん。あたし、学校のお金で、ギョウザTシャツを買ったの!」
    って、思いきって告白した。
    「ギョウザTシャツ~!?」って、芽依と同じく、磯部さんの声が裏返る。
     それから、磯部さんは頭に手を当てると、
    「待って! 川端さん。意味わかんない。あなたはおととい、文化祭の品物を買うために、買い出しに行ったのよね?」って確認した。
     真琴は、神妙な顔でうなずいた。
    「でも、その時大変なことが起こって、買い出しどころじゃなくなって。それから間違えて、ギョウザTシャツを買っちゃったの」
     真琴がそう告白したら、クラスじゅうがこっちを振り向いて、
    「ギョウザTシャツ!?」ってざわめいた。
     神宮でさえ顔をあげて、興味深そうにこっちを見ている。
     真琴の方は、神宮の顔を見たとたん、何もかもを忘れて、神宮のもとにすっとんで行きたくて走りだそうとしてしまった。
     でも、もちろん、磯部さんがそんなことさせるわけはなくて、真琴をつかんで、
    「どこに行くの? ちゃんと答えて。何なの、ギョウザTシャツって?」って、詰問した。
     真琴は、しぶしぶ神宮の方に走っていくのをやめると、磯部さんに
    「ギョウザって大きく書いてあるTシャツだよ。色とりどり25枚くらい」って説明した。
    「返品してきてよ!」って、磯部さんはキレた。
    「ところが、返品はできないの。セール品で返品不可だったから」
    って、真琴の声はちょっとだけ小さくなる。
     磯部さんの声はますます大きくなって、
    「じゃあ、川端さんが弁償してよ!」ってどなりつけた。
     芽依も、
    「だよね! 真琴のせいだもん。真琴が2万円はらってよ!」って大声をはりあげた。
    「っていうか、どうせならもっとたくさんはらってよね。2万円じゃ足りなかったんだから、ちょうどいいや。最低でも5万円はないとカワイイのできないから、そうしてよ」
    「何でそうなるの? 2万円でいいのよ。川端さんが使っちゃった分を払ったらいいだけなんだから!」
    って、磯部さんは正義感の塊みたいな顔をして、芽衣のことも注意した。
     でも、芽衣は
    「だって、2万円ぽっちりじゃ、みんなのメイド服なんてかわいく作れないんだもーん」
    ってふくれっつらをした。
    「あんなのお金足りなさすぎるよ! 真琴はバカバカしい間違いしたんだから、それくらい払ってもいいと思う。だって、ギョウザTシャツだよ? 何でそんなダサイの買ったのよ? 意味不明!」
     芽衣の言うことは最もなところもあったのだけど、芽衣に言われると、真琴もつい、
    「ギョウザTシャツ、ダサくないよ。着る人が着れば!」
    って、言い返してしまった。
    「それに、5万ないとメイド服作れないなら、いっそ、アニマルコスプレカフェなんてバカバカしいもんやめたらいいじゃん。それより、ギョウザTシャツはもうあるんだから、ギョウザカフェにしたらいいよ!」
     そう言いながら、真琴は、自分で自分に驚いていた。
     こんなに思った通りのことを、どんどん言えちゃうなんて!
     しかも、ギョウザカフェとか、口から出まかせのわりに、いいアイデアじゃんって自分の発想に感心した。
    「ギョウザカフェ~!?」
    って、磯部さんと芽依のバカにしたような声が重なった。
    ギョウザカフェってナニ? 意味不明! みたいなざわめきが、クラスの中にも広がっていく。
     磯部さんは腰に手を当てると、
    「今さらギョウザカフェなんかに変えられるわけないでしょ!」
    って真琴を叱った。
    「あたし、飲食の予算計画はもう書いちゃってるのよ? カフェだからデザートだと思って、チェリーとか、ブルーベリーとか、イチゴとか、砂糖とか、クリームとか、そういうのいっぱい買う予定にしているの。だけど、ギョウザカフェなんかにするなら、全然違ってくるじゃない!」
     もちろん、どんな人だってそう考えるのが普通だったのだけど、5歳からギョウザオタクとして開花した真琴の知識は大したもので、
    「でも、それ、全部、ギョウザカフェに使えるよ!」
    って、意外な反撃に出ることができた。
    「だって、ウクライナのギョウザはヴァレニキって呼ばれているんだけど、皮の中に果物を包んで、クリームとかお砂糖をかけて食べるんだから!」
    「へえええ?」
    って、磯部さんと芽依もかなり意外だったらしく、間の抜けた声を出した。
     果物とクリームのギョウザ?
     クラスの子達も意外だったらしく、もはや、だれもが、真琴の発言に注目していた。
     真琴は、すっかりギョウザオタクスイッチが発動して、
    「ポーランドのギョウザはピエロギっていうんだけど、やっぱり果物入りで、溶かしバターと粉砂糖で作る甘いソースで食べるんだ」
    と、ペラペラと解説を始めてしまった。
    「ちなみに、イタリアのギョウザは、ラビオリって呼ばれて、ひき肉や野菜の他にもチーズとかを入れて作って、トマトソースで食べるし、インドのギョウザは、サモサって呼ばれて、ジャガイモとか豆とかひき肉とかを包んで揚げるスナック感覚で楽しめるものだよ。トルコのギョウザは、マンティっていうヨーグルトソースをかけて食べるものだし、他にもまだまだいっぱいあるんだけど、とにかく、ギョウザの可能性って無限大なことが、これだけでもわかるでしょ? だからね、世界のギョウザコーナーっていうのをもうけて、そこで面白いギョウザをいっぱい作ったらいいんだよ!」
     真琴は、ハアハアと息をついた。
     こんなに、学校でギョウザオタクを発動させたのは、久しぶりだった。
     オタクすぎたかなって、ちょっと不安になりかけたけれど、どうでもいいやって、すぐに思い直した。
    (だって、あたし、芽衣にどなりつけた時、いじめられない大人しい子を捨てたんだもん)
    (いじめられても、仲間外れでも、ギョウザオタクをつらぬくって決めたんだもん)
    (もうこうなったら、どうなってもいいんだから)
     ところが、今回にかぎっては、真琴のギョウザオタクの発言は、意外な効果が出たのだ。
     突然、誰かが立ち上がって、
    「いいかも!」ってさけんだんだから。
     誰かと思ったら、何とそれは、コスプレするのをすごく嫌がっていた男子の藤原だった。
    「ぶっちゃけ、アニマルコスプレカフェより面白そう。オレ、そういう面白いギョウザいろいろ食べてみたい」
     オレも、オレも~っていう声が男子を中心に上がり出したら、学級委員の大和田まで、
    「そういえば、ギョウザカフェの方が、他のクラスとかぶらなくはあるよな。コスプレカフェは他のクラスともけっこうかぶってるけど、ギョウザカフェは、その心配は全然ないし。」なんて言い出した。
    「だけど、一度決まったことなのよ? 学級会で決まったことを、そんなにカンタンに変えるなんてよくないわ!」って、磯部さんはギロッと大和田のことをにらみつけた。
    「まあ、確かに」って、大和田がひっこんだら、動物好きの新井さんが、
    「それに、ギョウザとか、かわいくないし」って言い出した。
     そうそう。ギョウザってかわいさゼロだよね~っていう女子を中心に広がる声にかぶせるように芽衣が、
    「ギョウザとかありえない! かわいくなさすぎ!」って言いきった。
     その時、ガタンと立ち上がった人がいた。
     誰かってみんながふり返って、おどろいた。
     だって、それこそ意外すぎる人物だった。
     何と神宮! 
     神宮といえば、こんなところで発言するタイプじゃ絶対なかった。
     しれっと関係ないみたいにそっぽ向いているタイプだった。
     だから、真琴もみんなも、神宮の立ち上がったことにおどろいていたら、神宮は堂々と、
    「ギョウザでかわいいは演出できる」って言いきった。
     真琴も、みんなも、他ならない神宮のその発言に、もうめちゃくちゃ驚いた。
     真琴が、神宮がこんな発言をしたことについて、頭を整理できないでいるうちに、芽衣が
    「ど、どういうこと?」ってうろたえて小さな声で聞き返した。
     神宮は、教室をグルッと見回しながら、
    「例えば、ひよこのピヨギョウザ」
    って、全く、神宮に似合わないことをさらに言った。
    「ゴマを目に、くちばしを黄色いコーンで作って、ギョウザの表面に飾るんだ。ヒヨコの顔のギョウザはカワイイぞ!」
     真琴は、もちろん、キャラギョウザ的なジャンルのギョウザがあることを知っていたから、今、はげしくそれを思い出して、
    「イイ!」って、両手をはげしく突き上げてしまった。
     神宮がこんな発言をするなんてどういう風の吹き回しか、真琴にはわからないまんまだったが、ギョウザオタク真琴は、ピヨギョウザのアイデアに夢中になって、そんなことは、頭からもう飛んでしまった。
     神宮は、さらに話を続ける。
    「ギョウザは包み方によって、どんな形にもなるんだ。包み方の工夫次第で、キツネギョウザだって、ゾウギョウザだって、ネコギョウザだって、イヌギョウザだって、サカナギョウザだって何だって作れる。ゴマで目をつけたら、たくさんのアニマルがどんどんできる。だから、ギョウザカフェに、かわいいアニマルギョウザコーナーをもうける。そこで、かわいいを演出する」
    「バンザーイ!」って、真琴はもうアニマルギョウザに夢中だった。
    「アニマルギョウザはかわいいかも」
     動物好きの新井さんのつぶやきに、確かにかわいいかも~みたいなささやきが、女子の間にひそひそと広がっていく。
     すると、神宮はさらに、
    「それから、ギョウザTシャツだけど、川端が買ったのはセール品だったってことだよな? 何割引きだ?」って言って、真琴を見た。
    真琴は、突然、神宮に振られてものすごくビックリしながら、
    「に、2割引きだったと思うけど……」って答えたら、
    「学校の予算は?」って、また神宮が腕組みして、真琴に聞いてきた。
    「2万円」
    「ってことは、予算はいくらか余っているはずだから、それでギョウザバンダナが買えるはずだ」って、神宮はキッパリ言って、真琴を見た。
    「あ!」って、真琴がさけんだら、神宮はニヤリと笑って、
    「バンダナを各自、好きにつけたらいい。頭につけるなり、首に巻くなり、女子はリボン風にして髪につけたっていいだろ。オシャレ感がちょっと増すじゃん」って提案した。
    「イイ!」って、真琴はまたまた両手をはげしく振り上げてしまった。
    「ってわけで、本格ギョウザを焼くコーナーと、世界の面白ギョウザを体験するコーナーと、かわいいアニマルギョウザコーナーの3つのブースをもうけて、いろんなギョウザを提供する。どうだ?」
     神宮がグルッと教室を見回したから、真琴は、
    「あたし、ギョウザ作る! やれる!」って、はりきって申し出た。
     磯部さんはあわてたように、
    「でも、アニマルコスプレカフェにするっていうのは、学級会で一度決まったことなのよ? どうして、ギョウザカフェに変えるみたいな流れになっているのよ?」って怒り出した。
    「なら、あと1分で朝のホームルームのチャイムが鳴るから、そこで、学級会を開き直す」
     神宮が、そんなことを、なぜか勝手に決めたとたん、
     キーンコーンカーンコーン。
     朝のホームルームが始まるチャイムが鳴った。
     神宮はツカツカと前に出ると、
    「じゃ、多数決を取る」って、グルッと教室を見回した。
     突然の神宮の仕切りに、みんな、ビックリしてあっけにとられた。
     真琴も、ものすごくビックリしていた。
     あのしれっといつも自分は関係ないみたいな顔をしている神宮が、なぜか、教卓の前に出て、クラスを仕切っているのだから。
     しかも、めちゃくちゃ堂々と。
     いったいどうなっちゃってるの? って、みんなが首をかしげる中、神宮は、お前は先生かよってくらいの堂々とした様子で、
    「じゃ、聞くぞ。アニマルコスプレカフェのまんまがいいやつ?」
    って見回した。
     芽衣はもちろん、パラパラと女子を中心に手が上がった。 
     でも、意外と少なかった。
     真琴がびっくりしたことに、動物好きの新井さんは、手をあげていなかった。
    「ギョウザカフェがいいやつ?」
     神宮の言葉を聞いたとたん、真琴はいきおいよく、手をふりあげた。
     男子の藤原も、動物好きの新井さんも、手をあげた。
     学級委員の大和田も手をあげた。
     真琴がおどろいたことには、磯部さんも横を向きながらも手をあげていて!
     そして、クラスの大勢が、けっこう手をあげていた!
    「じゃ、決まりだ。このクラスの出し物は、ギョウザカフェに変更する」
     神宮が、なぜか力強く言ったとたん、真琴はワッと拍手かっさいした。
     神宮は、真琴にぐるっと向き直ると、
    「川端、お前は世界のギョウザコーナーを担当しろ。あれを言い出したのはお前だから」
    なんて、変わらず、そのまま仕切り続けて、テキパキと命令した。
    「オレは、本格ギョウザコーナーの方を担当するから」 
    「神宮が?」と、真琴はハッとした。
     そのとたん、コウちゃんギョウザの店に入っていった昨夜の神宮の姿が、くっきりとよみがえった。真琴は、思わず声を裏返しながら、
    「神宮は、ギョウザが焼けるの?」って、ドキドキと聞いてみた。
     すると、神宮は目を細めて、真琴を見つめた。
     そして、きっぱりと、
    「焼ける。オレも、天才ギョウザ職人の孫だから」
    と、おごそかに言ったのだ。
     神宮が、天才ギョウザ職人の孫~!?
     教室中に驚きのざわめきが広がる中、真琴は倒れそうに驚きながら考えた。
    (孫? ちょっと待って。天才ギョウザ職人の孫っていうことは、神宮もコウじいちゃんの孫ってこと?)
    (ってことは、コウちゃんの兄弟?)
    (それとも、イトコとか……)
    (どっちにしろ、昨日、コウちゃんギョウザの店内に入っていったのは、やっぱり神宮だったんだ!) 
     どっちみち、昨日、コウちゃんギョウザの店内に入っていったのが、神宮航平なことだけはまちがいなかった。
     ってことは、神宮は、コウちゃんが今、どこでどうしているのか知っているのだ。
     神宮に聞けばわかる!
     コウちゃんが今、どこでどうしているのか、そのことが!

    十、真琴、ギョウザカフェにまい進する

     休み時間になったとたん、真琴は、神宮をつかまえて、
    「神宮! 神宮はコウじいちゃんの孫なんだよね? 昨日、コウちゃんぎょうざに入って行ったよね? コウちゃんは? コウちゃんはどうしてるの?」
    って、すがるようにやっと聞いた。
     すると、神宮は立ち上がって、来いみたいな合図をしながら外に出た。
     芽衣がにらみつけていたけれど、真琴はかまわず、神宮を追いかけて、いそいそと廊下に出た。
     神宮は、廊下の隅で、
    「兄貴なら、今、入院中」って、真琴を見た。
    「兄貴!」って、真琴はさけんだ。
    「ってことは、神宮はコウちゃんの弟!?」
    「うちは代々、コウちゃんなんだ。じいちゃんはコウタ。オヤジがコウタロウ。兄貴がコウスケ。オレがコウヘイ」
    「航平……。神宮ってそういえば、神宮航平って名前だったよね! でも、まって。あたし、コウちゃんの弟のことなら知ってるよ。小学生の時にはよく会ってた。だって、コウちゃんと一緒に、コウじいちゃんの手伝いしてたもん。でも、あの子はちょっと太ってて……」
    「それがオレ。小学生までは、オレ、太ってたから」
     神宮の爆弾発言に、真琴はひっくり返りそうなくらい驚いて、
    「あれが神宮だったの~!?」って、どなってしまった。
    「そう。中学に入る前に、急に背がのびてやせたけど」
    って、神宮はしれっと言った。
    「でも、言っておくけど、オレだって、あんたが、ギョウザ少女の真琴だって全然気がつかなかったよ。だって、学校じゃ、キャラ違い過ぎるんだもん、あんた」
     神宮が、そんなことを言って、ジロジロと真琴を眺めまわす。
    「ぶっちゃけ、今日、あんたがギョウザ発言をし出して、初めて、アイツだって気がついた」
    「おどろいたあ。そんなことってある~!?」
    って、真琴は頭に手をやったけれど、すぐにハッと、コウちゃんのことを思い出して、
    「で、コウちゃんは入院中だって? 重病? もう治らない?」
    って、ワナワナ震えた。
    「なわけない。ただの過労で倒れただけ。一週間で退院できる」
    「よかったあ」って、真琴はへなへなとへたりこんだ。
    「だけど、それなら、どうして閉店なの? っていうか、コウちゃんは光楽亭の点心師になるって聞いたけど、それホント?」
     すると、神宮は、渋い顔で窓の外に目をやった。
     それから、大きなため息をついて、
    「じいちゃんのあの店さ、借金だらけなんだよな」
    って、意外なことを告白した。
    「しゃ、借金……?」
    って、真琴は思わず息をのんだ。
     神宮はうなずいた。
    「じいちゃんは天才ギョウザ職人だったけど、経営が全くダメで。すーぐ、タダでいろんな人に、ギョウザを配りまくっちゃうんだ。ボランティアで、あちこち炊き出しに行っては、そこでギョウザを作って配りまくって。そういうのってさ、普通は赤字にならない程度にするもんじゃん? でも、じいちゃんは違った。赤字になっても続けまくったから、どんどん赤字が膨らんで」
    「え……」
    「じいちゃんが突然倒れた時、兄貴はそのことを初めて知った。で、借金を返そうとして、夜の工事現場でバイトをはじめたんだ。朝は野菜畑の世話、昼は店、夜は工事のバイト。駆けずり回って、過労で倒れた」
    「そうだったんだ……」
     真琴の心は、ズキズキ痛んだ。
    (あたし、そんなこと何も知らなかった。コウちゃんが、そんなに借金で苦労しているとか、何も知らずに、お嫁さんになるなんて、ただのんきに浮かれちゃって……)
    (そんなことも知らなかったとか、お嫁さん失格だよ!)
     真琴がうなだれていたら、神宮も暗い顔で、
    「入院費を出したのは、オヤジだ。オヤジはさ、入院費を出すから、そのかわりに、ギョウザ屋を閉店して光楽亭に就職しろって、兄貴にせまりよったんだ」
    ってつぶやいた。
    「どうして? コウちゃんのお父さんは、ギョウザ屋さんがキライなの?」
    「ダサイ店だって思ってるんだよ」って、神宮は吐き捨てた。
    「オヤジが、じいちゃんのギョウザ屋をどう思おうと勝手だよ。だけど、入院費を出すから、ギョウザ屋を閉店しろなんて、それはやり方が汚いだろ。倒れて身体が言うこときかない兄貴に、そんなこと迫るとか父親としてどうなんだよって、オレ、キレて家出して」
    「家出?」って、真琴は、おどろいた。
     神宮は、大きくうなずいた。
    「そう。で、今はあの店の2階に寝泊まりしてる。オレ、決めてるんだ。オヤジがどういおうと、絶対、店は再開させるって」
    「カッコイイ!」
    って、真琴は、思わず、モウレツなはくしゅを神宮に送った。 
     神宮は、肩をすくめて、
    「オヤジに借りた入院費は、光楽亭で働いて返すんじゃなくて、ギョウザ屋でもうけて返せって、オレ、兄貴に言うつもりだ」って、キッパリ言った。
    「それから、じいちゃんの作った借金だって、ギョウザで返せって言うつもり」
    「そんなにギョウザで、もうけられる?」
     真琴がドキドキしながら神宮のことを見たら、神宮は、
    「うちの店をもっと知られる工夫をして、客層を広げたら、きっとイケる」って言いきった。
    「確かに、コウちゃんギョウザってあんなに天才的においしいのに、そこまで知られてないもんね。あの辺りに住んでいる常連さんには人気だけど」
    って、真琴は、ウンウンうなずいた。
    「そう。だから例えば、兄貴のムダにイケてるビジュを活かして、動画配信をやらせるとか。兄貴って顔だけはやたらイイんだから、若い客層に注目されるかもしれないじゃん?」
    「確かに!」って、真琴は激しく賛成した。
    「うちの店は古いから、昭和レトロってことで打ち出して、レトロ好きの若い客をターゲットにするつもりだ。ちょっとは手を入れて、レトロ感を増すのもアリかもな。それから、若い客層にウケるような新作ギョウザもどんどん出す」
    「イイ!」って、真琴は、両手をはげしく振り上げた。
    「今度の文化祭は、ある意味、チャンスなんだ。ギョウザカフェが流行れば、セントクリスの学生を、うちの店に呼び込めるかもしれないから」
     真琴は、ものすごく驚いた。
     確かに、セントクリスの文化祭で、ギョウザカフェが流行ったら。
     そしたら、ギョウザに興味を持つ学生が増えるかもしれない。
     すっごくおいしいギョウザが食べられる店が、セントクリスの近くにあるんだよって知ったら、行ってみようって人が増えるかもしれない。
     そんなことまで考えて、神宮は、ギョウザカフェの企画に賛成したのか。
     真琴は、ムクムクとやる気がみなぎるのを感じた。
    「コウちゃんギョウザの未来のために、あたし、絶対、ギョウザカフェを成功させる! それが、コウちゃんのお嫁さんとしての仕事だと思うから!」
     真琴が大声で宣言したら、神宮はあきれたように、
    「兄貴の嫁? お前が? いつから誰がそう決めた?」って、聞き返した。
    「あたしが勝手に決めてるだけだけど、きっとなりたいって思ってる。とにかくね、ギョウザカフェは未来のお嫁さん候補としてやるべき仕事だってそう思う!」
    「ま、やる気になるなら、何でもいいけど」
     神宮は笑っていたけれど、真琴はもう、コウちゃんの未来の嫁としてがんばるって、熱い決意を固めていた。
     セントクリスの生徒達が、みんな、『コウちゃんギョウザ』になだれこみたくなるような、ステキでおいしくて最高のギョウザカフェを、きっと作る!
    「できるよ! 神宮とあたしなら!」
     真琴はそう思って、激しくうなずいたのだった。

     それからの真琴の働きは、モウレツ以上だった。
     ちなみに芽依は、キレまくって文化祭実行委員をやめてしまったが、代わりに神宮が引き受けてくれたので、かえって仕事ははかどりに、はかどった。
     本格ギョウザに関しては、神宮が取り仕切ってくれたので何の問題もない。
     だから、真琴は、世界ギョウザを最高においしいものにするために、お小遣いをはたいて、毎日のように材料を買い込み、磯部さんとああでもない、こうでもないと試作を繰り返して、中学生もおいしく食べられる味に調整した。
     さらに、アニマルギョウザにも首をつっこんで、担当の新井さんと重原さんに、かわいいとおいしいを両立させるアイデアを、ギョウザオタク全開で提供した。
     飾りつけの仕事は、デザイナー志望の泉さんが引き受けてくれたけれど、真琴はそこにも首をつっこんで、泉さんが見事に制作した入り口の大きなギョウザカフェ看板に、超リアルなギョウザの絵を描き込んだ。
     もちろん、予算計画を出し直して先生にOKをもらうだとか、近所のスーパーに足を運んで材料搬入のための交渉をするだとか、教室で調理するための簡易コンロをレンタルするだとか、そんな面倒くさいことも、仕事のデキる神宮と共に、熱心に手早くやってのけた。
     そして、文化祭前日。
     イスの上に乗って、ギョウザカフェの看板を掲げていた藤原が、降りて来ながら、
    「しっかし、おどろいたよなあ。川端と神宮が、急にキャラ変して、ギョウザカフェを仕切っちゃったんだもんなあ」なんて感想を述べた。
    「川端はともかく、オレはキャラ変したつもりとかないけど」
     神宮がそんなことを言ったら、磯部さんが、
    「あたしはね、ギョウザカフェになってから、川端さんと話しやすくなったように感じるわ」なんて意外なことを言って、真琴のことを見た。
    「え?」って、真琴は驚いて、磯部さんのことを見返した。
    「ギョウザカフェって言い出す前の川端さんって、すごくハッキリしなくて、あたし、いっつもイライラしていたけど。でも、最近の川端さんは何でもしっかり意見を言うし」
    「いや、あたしが意見を言うのは、ギョウザカフェだからだよ。あたし、ギョウザのことなら、いろんなことをいくらでも言えるの。ほかのことは言えないけど」
    って、真琴は肩をすくめた。
    「確かに、川端さんのギョウザに関する熱意、すごかったよね」
    って、大きくうなずいたのは、アニマルギョウザ担当の新井さん。
    「あたし、川端さんがカワイイとおいしいを両立させたいってすっごい熱心だから、つい、あたしも熱中しちゃって」
    「ホント、それ~」って、飾り物担当の泉さんも笑った。
    「あたし、そこまで文化祭に熱心になるつもりなかったけど、川端さんがあんまり熱心だから、ついうつっちゃった」
    「みんな、マジでありがとう」って、神宮が、サッと頭を下げた。
    「明日は、オレ達のギョウザカフェで、客の心を完全につかみたい。最後までよろしく頼む」
    「うん!」って、真琴は大きくうなずいた。
    「帰る時には、お客さんがみーんな、明日も、あさっても、しあさっても、ギョウザを食べたいって夢中になるような、そんなカフェにしなきゃだよね!」
    って、真琴がはりきってさけんだら、
    「そこまでギョウザにハマるやつって、川端くらいじゃね?」
     藤原がそんなことを言って笑った。
    真琴もつられて笑いながら、ギョウザのことをこんなに楽しく話して、しかも、みんなと笑っているなんて奇跡みたいって、すごくおどろいたのだった。
    「でもな」
     神宮のピリッとした声に、みんながサッと神宮に注目する。
    「ギョウザカフェに来た客全員が、川端になるくらいの意気込みで、オレはやるぞ! みんな、明日はよろしく!」
     神宮がこぶしをあげたので、真琴も、みんなもこぶしをあげ、
    「おー!」って、声をあげたのだった。

    十一、ギョウザカフェ、大反響!

     そして、いよいよ、文化祭当日!
     ギョウザカフェの店内には、朝早くから、色とりどりのギョウザTシャツを着たクラスメイト達が集まって、お互いにバンダナを結び合ったり、準備したり、にぎやかだった。
     藤原は、客集めのためにiPadで撮影したショート動画をかかげて、校内を駆け回った。
     それは、ギョウザを制作するイケメン神宮と、それを食べて大喜びしている真琴、さらに、世界ギョウザやアニマルギョウザを紹介したものだった。
     その動画に、セントクリス生は、興味を持ったらしい。
     ギョウザカフェには、ゾクゾクと客がつめかけた。
     真琴は、磯部さんと並んで、世界の面白ギョウザを大忙しで作りまくった。
     それをクラスメイトが忙しく次々に運ぶと、お客さん達からは、ウクライナのフルーツギョウザおいし~とか、インドのスナックギョウザイケる~! なんて、うれしい好評の声が沸き起こった。
     アニマルギョウザにもカワイイの声が上がったし、神宮の本格ギョウザときたら、完璧に客の心をとらえきった。何しろ、ものすごいイケメンが、すっごいおいしいギョウザを焼いてのけるんだから、みんなが夢中になったのもムリはない!
    (こんなにもいっぱいの人が、ギョウザに夢中になってくれるなんて)
     真琴は、ギョウザカフェの成功に感動して、もう涙が出そうだった。
    (ギョウザっておいしいんだよって、もっといっぱいの人に伝えたい)
    (ギョウザのすばらしさを、どんどん広めたい。あたし、今、心底そう思ったの)
     真琴が、フライパン返しを握って、胸いっぱいになって考えていた……その時だった。
    「こんにちは~。ギョウザいただけますか?」
     聞き覚えのありすぎるなつかしい声を耳にして、真琴は、ハッと入り口を振り向いた。
     入ってきたのは、ああ、ああ! 
     今日は、ギョウザTじゃなくて、私服だったからカッコよさ倍増しの……
    「コ、コ、コ、コウちゃん!!!!」
     真琴は、我を忘れて、フライパン返しを磯部さんに向かって、放り投げてしまった。
    「ちょっと川端さん、どうしたのよ?」
     磯部さんがとまどったように言い、その場にいたお客さんがみんなざわめく中、真琴は、まっしぐらに、コウちゃんに駆け付けると、
    「コウちゃん!!!」
    って、その胸の中に飛びこんだ。
     ここ最近、空気を読むなんてことを、からっきしやめてしまった真琴だったけれど、これは、全く空気を読まなさすぎた。
     真琴は今、世界ギョウザコーナーを担当していて、その調理をしなければならないのだ。なのに、フライパン返しを磯部さんに放り投げて、大泣きに泣きながら、コウちゃんに飛びつくとは、いったいどういうことなんだろう!
     でも、真琴がかまわず、コウちゃんの胸にすがってワアワア泣いたら、コウちゃんは、
    「真琴。ごめんな」って、真琴をだきしめて、背中をパタパタしてくれた。
    「コウちゃん、コウちゃん」
    って、真琴は、涙も鼻水も、コウちゃんのシャツにすりつけてしまったけれど、コウちゃんはそんなことはちっとも気にせず、
    「今日は、オレの方が客になりに来たんだ。世界ギョウザと、アニマルギョウザ、本格ギョウザ、全部下さい」って真琴に頼んだ。
    「ハイ!」
     真琴ははりきって、涙をふくと、世界ギョウザコーナーにとんで戻った。
    「あれ誰よ?」って、磯部さんが真琴をにらんで、ヒソヒソささやく。
     みんなも、あれは誰だ、誰だ、みたいに、コウちゃんに注目していたら、神宮が本格ギョウザを作る手を止めて、
    「今、席に座ったのは、オレの兄貴です」って、堂々と紹介した。
    「ええええ~!!!!」
    って、クラスメイト中心に、おどろきの声が沸き起こる。
    「オレにギョウザを教えてくれたのは、兄貴です。今日、オレが作るギョウザがおいしいと思ってくれた方はぜひ、兄貴の店にも足をお運び下さい。柊駅北口から徒歩1分。『コウちゃんギョウザ』という店で、兄貴はギョウザを作っています」 
     抜け目ない神宮は、そんなことを言いながら、教室の真ん中に出ていくと、いつの間にしのばせていたのやら、ポケットから『コウちゃんギョウザ』の名刺をいっぱい取り出して、その場にいた全ての客に配りまくった。
    「おいおい、航平。ここで店の宣伝するとか聞いてない」
    って、コウちゃんが笑っている。
     真琴も、世界ギョウザを作る手を止めると、
    「だけど、みんなに、コウちゃんのギョウザを知ってほしいです!」
    って、声をあげた。
    「あたしは『コウちゃんギョウザ』でギョウザのおいしさに目覚め、ギョウザオタクになりました。『コウちゃんギョウザ』では、神がかったギョウザが食べられます!」
    「真琴まで~!」って、コウちゃんが頭をかいていたら、
    「神宮のお兄さん♡」
     キャピキャピした甘ったるい声が響き渡って、真琴はハッとそっちを見た。
     今の今まで忙しすぎて、真琴が存在を忘れきっていた芽依が、コウちゃんのそばに跳ねるようにしてやってくる。
     びっくりすることに、芽依ときたら、一応ピンクのギョウザTシャツを着て、ギョウザバンダナを首に巻いていたものの、頭には猫耳カチューシャなんてくっつけて気取っていた。
     1人で猫耳つけてたんだ! と、真琴が、今さら、そのしつこさに驚いていたら、芽依は、コウちゃんに向かって、かわいらしく首をかしげて、
    「あたし、加藤芽依と言います。今まで、ギョウザって普通にスキなくらいだったんですけど、このカフェをきっかけに、すごーくスキになりました」
    (ウソつけ!)って、真琴は心の中で思わずさけんだ。
    (芽依がギョウザをスキになったなんて、そんな話、一言も聞いていないし!) 
    (っていうか、お前の狙いは神宮じゃなかったのかよ! コウちゃんに狙いを変えるな。バカヤロウ!)
     でも、さすがに店内で、そのことを怒鳴ってやるわけにもいかないので、ぐぬぬと、真琴が黙っていたら、芽依は猫耳をふりながら、
    「神宮のお兄さんのお店にも、ぜひ、行きたいです」
    なんて、笑顔を見せつけた。
    (その猫耳を振って笑顔になるな!)
    (コウちゃんは、芽依なんかに興味ないとは思うけど、だけど、とにかく、もうやめろ!)
    (コウちゃんをねらうな! コウちゃんのお嫁さんは、あたしなの!)
     真琴は、ギョウザ製造マシーンみたいなスピードで世界ギョウザを作り上げると、自ら、コウちゃんのそばに運んでいって、
    「コウちゃん、これ、面白いんだよ。あたしが考案したの。食べてみて!」
    って言いながら、激しく芽依を押しのけた。
    「あ、それかあ。面白いけど、本格ギョウザのおいしさにはかなわないよねえ」
    なんて、大声で言いながら、芽依が真琴を押しのける。
     コウちゃんは、真琴の世界ギョウザを食べながら、
    「いや、これ、マジでうまいよ!」って、真琴に笑いかけてくれた。
    「真琴、新作ギョウザを作る才能あるな!」
     コウちゃんが見せてくれるまぶしい笑顔に、真琴は、とろけそうに幸せになって、思わず近くにいた磯部さんに寄りかかった。
    (ああ、奇跡みたい。コウちゃんにまた会えて、あたしが作ったギョウザをこうやって食べてもらえるなんて!)
    (あたし、決めた。やっぱり、将来、絶対、コウちゃんのお嫁さんになる! 芽依なんかに、横取りされてなるもんか!)
     真琴は、コウちゃんに笑いかけると、
    「世界面白ギョウザね、コウちゃんギョウザの新作メニュウにくわえていいよ!」
    って、大きな声で言ってあげたのだった。

    十二、コウちゃんギョウザ、再出発!

     あれから、コウちゃんは、アニマルギョウザや、神宮の本格ギョウザも全部食べ、どれもすごくホメてくれた。
     さらに、そのまま店にいて、お客さん達相手に、世界のギョウザ雑学や、ギョウザの歴史、ギョウザの面白エピソードなんかを、次々にペラペラ語って、さらにギョウザカフェを盛り上げてくれた。
     ああ、コウちゃんは、もちろん、真琴に負けないギョウザオタクだったのだ。
     真琴がくやしかったのは、世界ギョウザの制作に真琴が大忙しの間、ヒマな芽依はずっと、コウちゃんのそばにはりついて、キャピキャピ騒いでいたことだったけど、これはもう仕方ない。
     とにかく、大好評の間に、ギョウザカフェは幕を下ろしたのだった。

     そして、文化祭が終わった後。
     真琴は、最後まで残ってくれたコウちゃんと神宮と共に、フライパンや揚げ物鍋の道具を、『コウちゃんギョウザ』に運ぶのを手伝いながら、
    「コウちゃん。神宮が、今日いっぱい宣伝していたけど、お店、もう1回開くんだよね?」って、ドキドキしながら聞いてみた。
     そしたら、コウちゃんは
    「航平が、あれだけ大っぴらに宣言しちゃなあ」なんて笑った。
    「おい、航平。あそこで店の宣伝するなんて、オレ、一言も聞いてないぞ」
    「あのタイミングを逃しちゃならなかっただろ。宣伝するチャンスは、バッチリ生かしていかないと、ギョウザで借金返すとかムリだから」
     神宮は、しれっとそんなことを言った。
     コウちゃんは、
    「航平にはかなわねえな」なんて、またまた笑った。
     真琴はドキドキしながら、
    「ホントに開店するんだね? 閉店なんてもうナシだね?」
    って何度も何度も確認した。
     そしたら、コウちゃんは店の前までくると、閉じたシャッターに貼られた閉店の紙を、ビリリッと勢いよく破った。
     それから、真琴に笑いかけ、
    「これは、オレが入院している間に、オヤジが勝手に貼ったんだ。でもな、オレは、こんなのに負けるつもりはなかったよ。航平も応援してくれてるし、ここでギョウザをつらぬかなきゃ、兄貴として見くびられるだろ。やるよ、オレは」
     キラキラした目でそう言って、まっすぐに真琴を見てくれた。
     真琴は、もうその目のかがやきに倒れそうになりながら、
    「応援するよ、コウちゃん! あたし、全力で応援しまくる!」
    って、力強くさけんだのだった。

     さあ、そして、文化祭から2週間たった月曜日の放課後。
     真琴は、磯部さんや新井さん、泉さんや藤原など、たくさんのクラスメイト達と共に、にぎやかに、『コウちゃんギョウザ』に向かっていた。
     今日は、『コウちゃんギョウザ』で、新作メニュウがいよいよ発売される日で、真琴達クラスメイトは、みんな、コウちゃんから招待されていたのだった。
     というのも、その新作メニュウというのが、ギョウザカフェのアイデアをヒントに、コウちゃんが考案した世界面白ギョウザと、アニマルギョウザだったのだから!
     真琴は、楽しみすぎてスキップしながら坂道を跳ね上がると、色あせたのれんを、パッと跳ねのけて、
    「コウちゃん、神宮! みんな、連れて来たよ!」
    って、お店の中に飛びこんだ。
    「いらっしゃい!」
    って、コウちゃんが輝く笑顔で出迎えてくれ、
    「よう!」
    って、カウンターの奥で働いていた神宮も、クールな様子で出迎えて、
    「みんな、来たあ~!」
    って、カウンター席を陣取っていた芽依が、声をはりあげた。
     真琴は、芽依が今日、ここに来るなんて聞いていなかったから、びっくりして倒れそうになりながら、
    「芽依までいる!」
    って、ゴキブリでも発見したみたいにどなってしまった。
    「そりゃいるよ~。今日は、新作メニュー発売の日なんでしょ。絶対来るに決まっています。ねえ、コウちゃん♡」
    なんて、芽依ときたら、なれなれしくコウちゃん呼ばわりして、デレデレした。
     真琴は、芽依の横にドンッと座ると、
    「言っておくけど、コウちゃんのお嫁さんは、芽依なんかにつとまらないよ」
    って大声で言ってやった。
    「コウちゃんのお嫁さんはね、うんとギョウザを愛していないといけないんだ」
    「つまり、自分しかコウちゃんのお嫁さんはできないって言いたいわけ?」
     泉さんに図星を言われて、真琴が真っ赤になると、
    「真琴なんかに、コウちゃんのお嫁さんできるわけないじゃーん!」
    って、芽依が笑った。
    「真琴、かわいくないもん。コウちゃんと似合わなすぎる~」
    「そんなことないよ!」って、コウちゃんがあわててフォローしてくれる。
    「2人とも、オレにはもったいない。もっとステキな彼氏ができると思うよ」
    「ううん。あたし、今、ギョウザにしか興味ないんです。他に彼氏なんて作りません♡」
    なんて、芽衣は、コウちゃんに、ウインクを送りまくった。
    (キイイイイ~!)
     真琴は、イライラして歯ぎしりをしてしまった。
    (ここはあたしとコウちゃんだけの幸せ空間だったのに。芽依なんかに知られちゃって!)
    (芽依が居座るようになったらどうしよう。あたしの幸せが削られるよ~)
    (ここまで来てもまだ、あたしを苦しめるとか、芽依ってどれだけタチ悪いの~)
     でも、それも、コウちゃんが、
    「はい、新作ギョウザ、おまちどお!」
    って出してくれたとたん、全部、頭から吹き飛んでしまった。
    「わあああ~!」
     みんなからも歓声が沸き上がる。
     世界面白ギョウザが、ズラリと並ぶにぎやかなプレートと。
     アニマルギョウザが、楽しく並ぶかわいらしいプレートと。
    「みんな、ただで食うなよ。画像取って、動画撮影して、SNSで拡散しまくれ」
    って、神宮がクラスメイトに命令した。
    「それからな、これがおいしかったら、学校の他の連中にクチコミでも広めろ。最低でも30人には言いまくれ」
    「そんなことしないでも、文化祭以来、客は十分だよ」
    って、コウちゃんが苦笑いして、神宮のことを見る。
    「セントクリス生が、家族連れとかで来てくれてね。お店が小さいものだから、行列になっちゃって。お待たせして申し訳ない」
    「行列はできればできるほどいいんだ。行列効果で、思わず並ぶヤツが現れる」
    なんて、神宮がキッパリ言い切った。
    「ここは、日本全国に名がとどろく名物ギョウザ屋になるんだから、まだまだ、まだまだ、これからだ!」
    「神宮すげっ!」
     藤原がそうさけんで、みんなで笑い、
    「でも、きっとそうなるよ! あたし、その手伝いする!」
    って、真琴は大声で宣言した。
    (そうなると、日本全国に、コウちゃんのファンの女の子が出来ちゃって、あたしのライバルは増える一方かもしれないけど!)
    (芽依どころか、もっと強力なライバルが現れて、コウちゃんのお嫁さんの席を巡って、争うことになるのかもしれないけど!)
    (でも、借金返すためには、それが必要なんだもん。だから、あたしは、どんな強力なライバルにも勝てるように、自分を磨くしかない!)
    (とりあえず、コウちゃんの隣に堂々と並べるように、ギョウザの知識をもっと深めて、頭も良くなる。それから、オシャレもがんばって美人になる!)
    (そんなこと、あたしにできるかな?)
     真琴は、不安になった。
     でも、やるしかないって思い直した。
     コウちゃんの隣にずっと立つためだもん。
     夢に向かって、すっごくがんばる!
    「まっててね、コウちゃん! あたし、名物ギョウザ屋さんのステキなおかみさんになれるように、自分を磨きまくるから!」
    って、真琴がこぶしをふってさけんだら、
    「まだ兄貴は、お前をおかみさんにするとも、何とも言ってない」
     神宮にツッこまれて、みんなでワッとにぎやかに笑ったのだった。
     


     
     
    物語を書く仕事をしております。またココリックという可愛い愛犬と暮らしております!

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