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日本とタイ、両国の関係に合掌 3/3部

    この記事は、以下の続きです。
    第一部「日本では90%日本人に“見られる”」
    第二部「タイではほぼ100%タイ人に“見られる”」



    日本とタイ、二つの土地で暮らしながら、場所によって「見せ方」と「見られ方」が変わる生活を続けてきた中で、ふと気づく。日本とタイ、二つの国の穏やかな関係のありがたさに。

    今まで生きてきて、少なくとも私の生活実感の範囲では、二カ国間の強い緊張を感じたことはない。ではもしそんな日が来てしまったとしたら、私はどうするだろう。

    どちらか一方を意識的に名乗らざるを得ないかもしれないし、ときには片方を隠す選択を迫られるのかもしれない。あまり考えたくもないwhat ifの世界だ。でもそう想像してみて初めて、国と国の穏やかさが個人を身軽にしてくれている、という気づきを得た。

    それから、日本にいてもタイにいても、もう一方のルーツを理由につらい思いをする場面はほとんどない、今は。これは、両国の距離感がもたらす恩恵だと思う。本当にありがたいことだ。

    来年。私の人生は日本とタイで過ごした年数がちょうど半分ずつになる。この先はずっとタイに住む予定なので、それに伴いタイの比率が増えていき、日本の比率は減る一方になっていく。

    時間の比率が変われば、私の「見せ方」も「見られ方」も変わっていくのだろうか。私の中の『日本人としての私』は少しずつ薄まっていくのだろうか。日本にいてもタイ人に見える日が増えていくのだろうか。いつか、日本に帰った時に「お客様」として扱われる日が来るのだろうか。

    日本でタイ人と思われるのが嫌というわけではないけれど、それはそれでなんだか寂しくないか?





    何はともあれ。
    ──どうか、この先も日本とタイが今のような穏やかな関係であり続けますように。

    mari.


    あとがき
    第三部の最後までお読みくださりありがとうございました。
    ※この文章は私の個人的な体験と価値観を綴ったものです。

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    mari.

     
     
    タイと日本の両方で育ちました。 家族・ことば・アイデンティティについて、私の視点から見えたことや考えたことを綴っています。 ✉️ご連絡・ご相談はnote DM / Emailからどうぞ mari.kw2533@gmail.com

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