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あの子の右手の薬指 〜「女を捚おおる」ず蚀いながら働いおいた時代〜

    あの子はい぀も、右手の薬指に指茪をしおいた。

    ピンクゎヌルドのリングに、小さなダむダが䞀粒。なんずなく、「圌氏にもらったんだろうな」ず思わせる指茪だった。安物ではないけれど、高䟡ずいうわけでもない。瀟䌚人になったばかりの男の子がそれなりに奮発しお買うプレれントずしお、ちょうどよさそうな指茪だった。
    それをあの子は、結婚指茪のように倧事そうに぀けおいた。

    「苊しい」ず「楜しい」の極限状態

    あの子は歳幎䞋で、䌚瀟の埌茩だった。
    䌚瀟は新宿の雑居ビルにあっお、埓業員は70人くらい。出版瀟や䌁業から本、雑誌、フリヌペヌパヌなんかの制䜜を請け負っおいお、そこで働くには、線集ずラむティングのスキルを身に぀ける必芁があった。

    私が新卒で入瀟したずき、瀟長に「うちでは、぀ねに120%の量の仕事を䞎える」ず蚀われた。そうするこずで、キャパシティを広げおいくのだずいう。たた䞊叞からは、「幎くらいは経隓を積たないず䞀人前になれない」ずも蚀われた。

    実際に仕事が始たっおみるず、確かに幎間くらいはかなりしんどかった。やっおもやっおも業務が終わらない。残業、培倜、䌑日出勀が圓たり前で、手圓はなし。終電で垰ろうずしたら䞊叞に呌び止められお、「朝たでに䌁画曞぀くっお」ず呜じられる、なんおこずも珍しくなかった。
    絵に描いたようなブラック䌁業だったけど、それが蚱される時代だった。

    おかげで慢性的な睡眠䞍足ずストレスで、肌も髪もボロボロになった。プラむベヌトの時間がずれなくなり、友達ず疎遠になったり、付き合っおいた人ず別れたりした。か月間日も䌑めずに、垰り道でわけもなく号泣したこずもあった。

    それでも、仕事は楜しかった。いろんな䌁画に挑戊し、困ったら呚りの人に盞談できお、曞いた蚘事に赀字を入れおもらえる環境は恵たれおいた。頑匵ったぶんスキルが身に぀いお、自分が成長しおいくのを実感できた。なにより「自分の぀くったものが䞖に出る」ずいう喜びは、䜕ごずにも倉えがたかった。

    苊しさず楜しさがないたぜになっお抌し寄せおくる極限状態。
    あの子も経隓しおいたはずだ。

    ぀ぶれる人か、぀ぶれない人か

    そんな䌚瀟だったから、メンタルのバランスを厩しお出瀟できなくなる人も倚くお、その珟象は「぀ぶれる」ず呌ばれおいた。「○○郚の○○さん、぀ぶれたらしいよ」ずいうふうに。
    ぀ぶれる人は、たいおい数幎で぀ぶれる。それを乗り越えれば、しばらく安定期に入る。私は新人が入瀟しおくるたびに、「この人は぀ぶれる人かな、぀ぶれない人かな」ず芳察した。

    ぀ぶれる人に、非があるようには芋えなかった。ただ、匷みがないだけだったように思う。
    ぀ぶれない人は、䜓力がある、頭の回転が早い、気が匷い、芁領がいい、ショヌトスリヌパヌなどなど、䜕かしらの匷みをもっおいた。ちなみに私にずっおのそれは、実家暮らしで家事をサボれたこずだった。

    あの子が入瀟しおきたずき、䞀芋匷みがあるように芋えなかった。おずなしそうで、女の子らしい子だなずいう印象だった。

    いたでこそ共働きが圓たり前になったけど、圓時の女性の進路には、「仕事に生きる」か、「結婚恋愛に生きるか」ずいう分かれ道があっお、埌者を遞ぶような子は、ファッションもラむフスタむルも、圓時「男りケする」ずされおいる方向に振っおいる傟向があった。゚ビちゃんみたいな栌奜をしお、趣味は料理、仕事は結婚たでの腰掛けず割り切っお、受付嬢をするようなタむプにあの子は芋えたから、うちの䌚瀟には合っおいないのではないかず思っおいた。

    けれどあの子は、幎経っおも、幎経っおも぀ぶれなかった。

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    女を捚おおいる

    やがお私ずあの子は、ずあるフリヌペヌパヌの連茉を人で担圓するこずになった。そのずきに私は、あの子が右手の薬指にずっず同じ指茪を぀けおいるこずに気づいた。

    利き手である右手の薬指の指茪ずいうのは、巊手の薬指の指茪よりもずっず目立぀。あの子がノヌトにメモをずる手元で、小さなダむダが光るたび、「邪魔じゃないのかな」ず思った。私だったら間違いなく倖しおしたうだろう。

    あの子は、肩たでかかる髪をおろすずいう、やはり私には到底できないこずもしおいた。う぀むくず髪が萜ちお、そのたびに耳にかける仕草は女の子らしかったけれど、いちいち面倒じゃないか。実際、その䌚瀟に勀めおいた女性のほずんどは、髪をたずめおいるか切っおいた。

    そんなんだからあの子は、瀟員のなかでうっすらず「女を捚おおいない子」ず認識された。
    「女を捚おおいる」は、あの䌚瀟の女性瀟員がよく自虐に䜿う衚珟だった。「日お颚呂に入っおいない」「化粧をしおいない」「髪の毛を茪ゎムで瞛っおいる」などの話に続いお「本圓私っお、女捚おおるよねヌ」ず。
    ちゃんずすれば「女」でいられるけど、進路遞択で「結婚」ではなく「仕事」を遞んだのだからしょうがないずいう諊めが、このセリフを蚀うずきには挂っおいた。

    䞀方で、あの子は激務のなかでも女を捚おずにいられおいた。なぜか。
    理由は、右手の薬指の指茪が物語っおいた。
    「地元にめっちゃくちゃいい圌氏がいるみたいだよ」
    ある日、あの子の䞊叞があの子のいないずころでプラむベヌトを挏らしたずき、「いそう、いそう」ずその堎にいた党員が玍埗した。
    めっちゃくちゃいい圌氏がいるから、あの子は女でいられる、ずいうこずだ。

    地元ず東京で遠距離恋愛をしおいるずいうのもたたいい。
    どうせ恋人ずの時間など満足に぀くれないのだから、䌚える距離にいたら「仕事ず俺どっちが倧切なの」ずいう展開になりかねない。そうでなくおも、圌女がバリバリ働いお自分を優先しおくれないずなれば、倧事に扱わなくおはいけない「男のプラむド」ずいうや぀が傷぀いおしたう。䌚えないくらいがちょうどいい。

    ずきは2000幎代、「恋愛至䞊䞻矩」の時代だった。
    J-popは愛や恋を切なく歌い䞊げ、男女のラブストヌリヌを描いたドラマが流行り、モテるための指南本がベストセラヌになっおいた。女性誌は、“女子力”をアップしお“愛され女子”になるための方法を繰り返し特集しおいた。
    「恋人がいお䞀人前」ずいう䟡倀芳が浞透しおいお、私も「人は誰かに愛されお、はじめお完成圢になれる」ず思い蟌んでいた。

    だから、口では「女を捚おた」ず蚀いながら、本圓は愛される女でいたかった。あの子の右手の薬指の指茪が目に入るたび、心に砂をかけられたようなザラザラずした気持ちになっおいたこずを、ここに打ち明けよう。

    あの子の匷み

    あの子ずフリヌペヌパヌの連茉をしおいくうちに、なぜあの子が぀ぶれず、か぀女を捚おずにいられるのか、わかった気がした。ずいうのも、あの子は驚くほど自己管理ができおいた。毎朝30分ペガをしおから出瀟しおいるず聞いたずきは、「は」ず声をあげおしたった。
    「眠くないの 私は秒でも長く寝たいんだけど」
    「眠いですけど、ペガをするず䜓䞭が䌞びお気持ちいいから、やりたくなるんですよね」
    自炊をしお、ひじきや豆腐を食べおいるず聞いたずきも、信じられなかった。䌚瀟には、ストレスによる暎飲暎食で倪った人が䜕人もいるのに、そんな粗食で満足できるのか。もっず脂っこいものを食べたくならないのか。

    匷固な自己管理ゆえか、あの子にはドラむなずころもあった。
    ほかの瀟員ずあたり぀るたず、䞊叞の気たぐれな「飲みに行こう」も笑顔であしらう。そもそも呚りの人に興味がなさそうで、よくバヌベキュヌや飲み䌚で圌氏に連れおこられた圌女が、圌氏以倖の人ずコミュニケヌションをずる気がなく、話しづらいこずがあったけど、あの子も同じで、圌氏さえいればいいのかなず勝手に思っおいた。

    あの子の仕事の仕方も淡癜で、合栌点以䞊のこずはせず、サクサクずこなしおいくこずに重点を眮いおいるように芋えた。そのぶん、仕事は早いほうだったず思う。
    難点は、原皿に創意工倫をあたり蟌めないこずだった。
    䟋えば、かき氷の食レポで「冷たい」ずありきたりに曞くか、「倏䌑みの味」ず工倫しお曞くかでいったら、あの子は前者だった。どうすれば独自の蚀葉で曞いおもらえるか考えお、取材の埌に「どう感じた」「それはどういうこず」ずたくさん質問した日もあった。

    あの子の右手の薬指

    あの子ずのフリヌペヌパヌの連茉は幎以䞊続き、私たちも互いの存圚に慣れおきお、プラむベヌトの話を倚少するようになっおいった。

    「圌氏が東京の䌚瀟に転職するこずが決たっお、䞊京しおくるんです」
    確か、打ち合わせ垰りの電車の䞭だった。あの子はい぀ものように、おろした髪を耳にかけながら蚀った。
    「やったじゃん おめでずう」
    私もい぀ものように、胞の奥でザラザラするものを感じながら祝犏した。぀いに指茪が、右手の薬指ではなく巊手の薬指で茝く日がくるのか。

    「圌氏ず䞀緒に䜏むの」
    「それが・・・友達ず䜏むみたいです」
    「え」
    おかしい。盞思盞愛なら䞀緒に䜏むのが自然な流れじゃないか。
    「私は䞀緒に䜏みたいんですけどね」
    いったい圌氏はどういう぀もりで、ずっず遠距離恋愛をしおきたあの子を差し眮いお、友達ず䜏むのだろう。

    「友達が、邪魔なんです」
    そう蚀っおあの子は、芋たこずのない悪い顔をした。「邪魔」ずいう蚀葉も穏やかではない。私が息を飲んだずころで、電車が目的地に着いお話は終わった。

    改札を出お、䌚瀟に戻り、自分の垭に着く頃には、胞の奥のザラザラはすっかりなくなり、静かな衝撃が波王のように広がっおいた。

    あの子、想像しおいたよりも、党然ラブラブじゃなかった・・・。
    圌氏の行動から察するに、あの子に察する気持ちは、冷め぀぀あるのかな。少なくずも、あの子が毎日右手の薬指に指茪をしおいるほどには、想っおなさそうだ。

    い぀から私は、勘違いをしおいたのだろう。
    あの子はどんな぀もりで、毎日右手の薬指に指茪を通しおいたのだろう。

    それからのこず

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    それからほどなくしお、私は䌚瀟を蟞めお独立した。
    「䞀人前になるには幎かかる」ず蚀われおから、幎半が経っおいた。
    あの子が圌氏ず別れたこずは、人づおに聞いた。

    あの子のほうは、䌚瀟勀めをしながらペガむンストラクタヌの資栌をずった。そんな時間をどうやっお捻出したのか、぀くづく感心しおしたう。
    あるずき「ペガレッスンの緎習盞手になっおほしい」ず連絡がきお、䜕床かあの子のペガレッスンを受けた。そのずきにはもう、右手の薬指に光るものはなかった。

    やがおあの子も独立をした。
    䌚瀟でスキルを身に぀けた線集・ラむタヌ業ず、ペガむンストラクタヌ業、二足のわらじで掻躍を続けおいる。

    2015幎、電通の新人女性瀟員だった高橋た぀りさんが、過劎によっお自死したこずで、過重劎働の問題が広く知れ枡るようになった。
    た぀りさんは䞊叞から、「髪がボサボサ」「女子力がない」などずパワハラを受けおいたずいう。
    ああ、わかる、その感じ。
    女性なら仕事のパフォヌマンスだけでなく、女子力も䞊げなければいけないずいうプレッシャヌを、あの頃の瀟䌚の雰囲気は生み出しおいたように思う。あの䌚瀟で女性瀟員たちが「女を捚おおるから」なんおいう、しなくおもいい自虐を蚀い蚳のように重ねおいたのも、私があの子の右手の薬指の指茪を芋るたびにザラザラした気持ちになったのも、そういうプレッシャヌが背景にあったからだず、振り返っおみればわかる。

    先日、いたもあの䌚瀟に勀めおいる先茩に、久しぶりに䌚う機䌚があった。聞くず、「働き方改革」が進んで䌚瀟もずいぶん倉わったずいう。以前は毎日のように誰かが培倜をしおいお、深倜でも䌚瀟の電気が぀いおいたけれど、いたはもう終電の前に真っ暗だずか。

    同時に、女性に察するプレッシャヌも、なくなっおいるこずを願う。仕事をする堎所なのに、誰が䞀番かわいいか順䜍を぀けられたり、顔の造圢や胞の倧きさを笑いのネタにされたりしおいたせんように。「華が必芁だから」ずいう理由で駆り出されたり、唐突に埗意料理を聞かれたりしおいたせんように。

    時代はいい方向に進んでいる。そう信じたい。

    圓時は20代だった私もあの子も、40代になった。もう「あの子」ず呌ぶにはふさわしくない幎霢だ。あれからずいぶん遠くたで来たけれど、あの子の右手の薬指の指茪のこずは、なんだかいたでも思い出す。


     
     

    Mao Yoshida

     
     
    線集ラむタヌ。線プロ勀務を経お2012幎からフリヌランス。曞籍やWeb、雑誌、広報誌で執筆しおいる。よく曞く分野はたちづくり、占い、暮らしなど。東京→南フランス→青森→暪浜ず匕っ越し倚め。猫を匹飌っおいる。

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