
触れたい手1
仕事先で「情報交換」という名の飲み会。
二次会のスナックで、他社の男性に指定されたソファの隅に座る。
「結婚は?」
「してません」
「そうなの?」
品定めするように、相手の視線が私をなぞった。
刹那、私の左手を握り薬指の付け根に触れる。
「ああ、ホントだね」
「何がですか?」
「外にいるときだけ指輪外してる人だと、付け根だけ細くなってるからわかるんだよね」
含みのある笑みを私に向ける。
「そういう狙いかどうか」
――そういう狙いって?
バカにするにもほどがある。
私生活が派手な感じによく見られる。
酒をよく飲む、タバコは吸う、そして軽くイケるみたいなタイプに。
でも、実際は慎重で臆病だ。
一時の気の迷いで、変な病気をもらったりしたらどうするの?
リスクだって女性の方が何倍も大きい。
そんな風にチャンスを狙っている奴にろくな人間はいないと思っているのに、落ちると思われているのが悔しい。
笑顔のまま嫌とも言えず、ろくに知らない人の機嫌を取るのも仕事なのかと心の中で憮然とする。
出張先で一人の食事はさみしいだろうと、随行させてくれたまではよかったが、二次会にまで私を同伴してきた上司を恨みそうになる。
私の指に触れたその人は、マイクを握ってこんな場でしか聞かない男女の歌を、こちらを見ながら歌っている。
作り笑顔で、気のない手拍子をしていると、いつしか周りの景色が消え、自分の思考の海に入り込んでいた。
安い女に見られたくない。
肩肘張って生きてきた。
だけどーー。
パラパラと起きた拍手で我に返った。
「悪かったね。嫌な思いをさせて」
帰り道、並んで歩く上司が少し薄くなってきた頭をかきながら言う。
「いえ。でも正直、あの方とは」
もっともだと言わんばかりに、「うん、うん」と何度も頷く。
今、目の前にあるその手になら触れられたいのに。
薬指に光る指輪は、夫婦だけの約束。
ホテルのエレベーターが降りてくる。
「何階ですか?」
自分のフロアのボタンを押してから、言われたフロアのボタンを押す。
違う階に泊まっていることは知っていた。
同じフロアにならないように、いつもフロントに先にお願いしているからだ。
最初の頃は、万が一隣り合わせたとき、部屋越しでも気配が伝わるのが恥ずかしいと思っていただけだった。
今はーー衝動でドアをノックしないため。
「お休みなさい」
声をかけて見送った。
安い女に見られたくないんじゃない。
安い女だとバレるのが怖いだけだ。