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黒田圩菓茶房 その謎矎味しくいただきたす 序章映る圱、倉わる時代䞉

 翌日、薫子は東京ぞ向かった。
 慣れないワンピヌスずパンプスで、たずはミスミ掋菓子店本店を芖察。生クリヌムのような䞉階建おの掋通に圧倒されたが、負けじず他の菓子店も調査しお回った。
 しかし、どこも䌌たり寄ったりで目新しさはない。靎擊れず小雚に芋舞われ、疲れ果おた末に蟿り着いたのが――黒田圩菓茶房だった。
 薫子が䞀気に事情を話し終えるず、青幎は苊笑いを浮かべた。

「そういうこずでしたか。ミスミさんは、どこでも人気ですからね。この蟺りも、䜕軒か撀退しおいたす。西掋菓子を売っおも、ミスミさんには叶わないようです」
「わかりたすよ、矎味しいのは。でも、人の店を朰しおいい理由にはならないわ」
「そうですね。少々、配慮にかけるやりかたです」

 青幎は、䞀緒に困ったような顔をしおくれた。いくら人が良くおも、倒産させようだなんお意気蟌みを聞かされおも困るだろう。
 いたさら反省しおいるず、店内から「すみたせん」ず声が䞊がる。スヌツ姿の男性が手を挙げおいる。泚文だろう。

「すみたせん。少々お埅ちください」

 青幎は薫子ぞ頭を䞋げるず、滑らかな歩行で男性客の元ぞ向かった。いく぀かメニュヌの説明をしおいる。今床はどんな圩菓なのか、楜しみになる。
 泚文はなんだろうかずわくわくしおいたけれど、聞こえおきたのは――

「フルヌツセットず珈琲ですね。かしこたりたした」

 軜食もあるので、圩菓以倖のメニュヌも豊富だ。圩菓ではないこずは、少しだけがっかりすした。けれど、果物を切るずころは芋おみたい。圩菓を生み出す䞀端でも芋られるのなら、ずおも興味ある。
 青幎を目で远うず、キッチンぞ入っお行った。カりンタヌ垭から陀くこずのできる距離で、薫子はじっず芋぀める。
 するず、深い県差しず優雅な手぀きで果物を操り出す。

「すごい  魔法の杖みたいな指  」

 青幎の指は、果物を芞術品に倉えおいく。
 林檎や蜜柑の皮は、虹の䞀筋に生たれ倉わった。緎り䞊げられるバタヌクリヌムの花は、時に非珟実的な色をしおいる。けれど、それはたるで、果おしない倢や望みが花開いたように感じられた。
 䞀通り完成したのか、青幎は倧きなプレヌトを持ち出した。ショヌケヌスからミルフィヌナを取り出し、生クリヌムの入った小鉢を眮いた。茝く果物も盛り付けられおいるが、これは劙だ。

「フルヌツセットっお蚀っおなかった」

 泚文にミルフィヌナはなかったはずだ。メニュヌ衚を開くず、フルヌツセットは玛れもなく果物を持った物だ。他の客の泚文なのだろうか。
 しかし、祝い事でも始たりそうなプレヌトが届けられた先は、やはりスヌツを着た男性客だった。

「お埅たせしたした。『時を刻むミルフィヌナ』でございたす」

 耳をそばだおおいた薫子は眉をひそめた。時を刻む、ずはなんだろうか。
 薫子は、思わず男性客をちらりず芋た。男性も薫子ず同じように困惑しおいる。

「あの  泚文したの、フルヌツセットですけど  」
「はい。ですが、働きながら転職掻動は疲れるでしょう。䞍採甚続きならなおのこず」
「え、あの、どうしお転職しようずしおるっお知っおるんですか。䞍採甚なのも」
「䞀か月ほど、平日の日䞭にスヌツでお越しです。䜕床も自己玹介を緎習し、数日するず悲しそうな顔をなさっおいる。倜は䜿い蟌んだ曞類をお持ちで、䞀昚日は『課長にどやされる』ず呟いおらした。それで、いたのお勀め先から転職をお考えなのだろうず」
「  そう、です。よく芋おるんですね  」
「䜕床も来おくださっおいたすから」

 青幎は、なんの食りもされおいないミルフィヌナを差し出した。䜕局にも重ねられた生地は芋事だが、それだけだ。宝石のようなケヌキには芋劣りする。

「人生は岐路の積み重ねです。たるでミルフィヌナのようじゃありたせんか」

 青幎は穏やかにほほ笑みながら、生クリヌムを添え、カットした林檎を添え、蜜柑、葡萄ず果物をどんどん乗せおいく。

「あず䞀局で完成するかもしれたせん。その先には、新しい出䌚いもあるでしょう」

 重ねられおいく果物は、い぀の間にか矎しい花ず葉になっおいた。芋たこずもない怍物たちは、男性客の新たな出䌚いを予感させる。
 最埌に、䞞いクッキヌが生クリヌムの暪に沿えられた。
 衚面には矎しいデコレヌションがされおいお、時蚈のような柄だ。チョコレヌトず金粉だろうか。薫子の垭からでも、艶やかで矎しいこずは芋お取れる。
 あれほど貧盞だったミルフィヌナは、宝石ぞず姿を倉えおいた。

「新しいお仕事が決たったら、お祝いのケヌキを䜜らせおください」
「  はい。有難うございたす」

 そうしお、男性客は少しだけ涙ぐんだ。生クリヌムたっぷりのミルフィヌナず果物を食べ終えるず、穏やかな笑顔で店を出お行った。
 男性が笑顔で垰っお行くのを芋送るず、青幎はようやく薫子の元にやっおくる。

「お埅たせしたした。ご泚文はどうなさいたすか」
「それなんですけど、いたミルフィヌナ出しおたしたよね。頌たれおいないのに。い぀もあんな颚にしおるんですか」
「ええ。うちのお菓子は、お客様の物語なんです。このミルフィヌナは、お仕事で悩むかたから生たれたした。䞀人の経隓が、誰かを助けるこずもあるんです」
「じゃあ、こっちはどんな物語なんですか 真っ癜なクリヌムに癜い花ず玫の花」
「ストレスで寝付きが悪い女孊生の物語です。よく眠れるように、リラックス効果のあるカモミヌルずラベンダヌを䜿いたした。女性には人気です」
「チョコレヌトケヌキは」
「和菓子奜きのおばあちゃんが、掋菓子奜きなお孫さんの受隓を応揎する物語です。ご自分ではなにが良いか思い぀かないずのこずで、お任せいただきたした」
「ぞえ  玠敵、ずっおも玠敵  」

 倢の囜にしかないような矎しいケヌキなのに、語られる物語は誰もが想像付くような日垞ばかりだ。凄たじい萜差だけれど、䞍思議に違和感はない。

「たくさん歩いおお疲れのようですし、チョコレヌトケヌキになさいたすか」
「  いいえ。ミルフィヌナをください。私もその物語の力を借りたい」
「ご実家のこずですよね。西掋菓子では駄目なんですか ミスミさんには眮いおいない西掋菓子もあるでしょう」
「新しければ良いわけじゃありたせん。お父さんが扱いたいず思ったならずもかく、ミスミさんに察抗するためなんお、看板を捚おるのず同じこずだわ」
「倱瀌したした。そうですね。うちも先々代から同じメニュヌでやっおいたす」
「ずっずですか でも西掋菓子ですよね。最近の物だず思うんですけど」
「うちは、お客様に必芁なお菓子を䜜りたす。どの文化発祥かは、気にしおいたせん。これは祖母の考えたお菓子で、西掋ではミルフィヌナずいう名称だっただけ。もっずも、材料や仕䞊げの圢状は、西掋のミルフィヌナに寄せたしたが」

 青幎はショヌケヌスをするりず撫でた。
 ケヌキには䞀぀ず぀名称が付いおいるが、その説明文はずおも長い。きっず、お客様の物語が綎られおいるのだろう。
 青幎は、ミルフィヌナを取り出し薫子の前に眮いおくれた。先ほどの男性客ず同じように、フルヌツを盛り付けおいく。質玠なミルフィヌナに魔法がかけられる。

「うちは掋菓子店ではありたせん。圩菓茶房です」

 圩菓。その蚀葉に、どれだけの想いが詰たっおいるのだろう。
 途端に自分が恥ずかしくなる。倒産させるために力を貞しおくれ――なんお、愚かなこずを蚀ったのだろう。ミルフィヌナを口に入れるこずすら、申し蚳なく感じる。
 机の䞋で握る拳は震えた。情けなくお、悔しくなっおくる。
 するずその時、すっず䞀枚の玙が薫子ずミルフィヌナの間に割っお入っお来た。玙には『埓業員募集経理経隓者は優遇したす』ず曞いおあった。

「  あの、これ」
「よければ、少しうちで働いおみたせんか」
「え!?」
「ちょうど䞀人雇おうず思っおいたんです。それに、もったいないですよ」
「もったいない」
「ええ。あなたは、少しだけ間違っおいたす」

 青幎は求人の玙を机に眮くず、窓の倖に芋えるミスミ掋菓子店を振り返る。

「目的は、ご実家を守るこずでしょう ミスミさんの倒産ではないはず」
「そ、そう、ですけど」

 では、他にどんな手があるずいうのだろう。東京ず秩父はあたりにも違う。人口からしお違う。敵を倒さずしお、生き残る道があるずは思えない。
 いたの薫子には、なにも考え぀かなかった。けれど、青幎は優しく埮笑んでくれる。

「うちにはいろいろなお客さたがいらっしゃいたす。思わぬ遞択肢に出䌚い、より良い未来に蟿り着いたかたも倚い。お客さたの物語に觊れるこずは、きっず薫子さんの力になる。どうでしょう」

 青幎が埮笑むず、店内の圩菓に明かりがずもる。きらきらず、薫子の䞖界が光を取り戻した。
 震えおいた拳を握り盎し、薫子は立ち䞊がった。

「やらせおください お金の管理なら埗意です 損益蚈算ずか」
「本圓ですか。それは助かりたす。僕ずきたら、すぐ無料であげちゃうんですよ。だから、気が付けば倧倉なこずになっおいお」
「無料っお、さっきのミルフィヌナみたいな」
「ええ。僕が奜きで差し䞊げおるから良いんですけど、黒字赀字っおそういうこずじゃないでしょう でも数字の管理は、どうも苊手で」

 ぀たり、さっきの男性客は、フルヌツセットの金額でミルフィヌナも食べたずいうこずだ。しかも、転職したら、たたケヌキを無料で提䟛する。
 この赀字が䜕件も続くなら、それは確かに倧問題だ。桐島駄菓子店で経理業務をやっおきた薫子には、よくわかる。

「倧䞈倫 たずは無駄の削枛をしたしょう。配るほど材料があるなら、それだけでも手はあるはずです お客さたぞ出せる商品だっお、きっず増やせたす」
「本圓ですか それは嬉しい。ぜひお願いしたす。僕は黒田誠䞀です」
「桐島薫子です よろしくお願いしたす」

 こうしお、薫子は新たな䞀歩を螏み出した。黒田圩菓茶房で孊べば、商品の入れ替えをしなくおも、やっおいけるかもしれない。たずは誠䞀の圹に立぀こずからだ。

「垳簿っおありたすか いたの収支を知りたいです」
「さっそくやっおくれるんですか 頌もしいです。ではこっちに」

 誠䞀に連れられ、カりンタヌの䞭に入る。誠䞀は垳面を開き、薫子に芋せた。
 これだけ客の心を掎んでいるのなら、かなりの黒字に違いない。だから、ケヌキをあげおも痛手にならないのだろう。
 薫子も风玉䞀぀あげる皋床のこずはあった。食べ物には賞味期限があるので、廃棄するくらいならあげおしたおうず思っおのこずだ。優しさではない。
 しかし誠䞀は違う。倧事なのはケヌキではなく、気持ちだ。気持ちを掎んだのなら、お客様は䜕床も来おくれるだろう。そういう成立の仕方なのだ――そう思い、垳簿を芋た。
 けれど、垳簿に曞いおある数字を芋お愕然ずした。数字は方々に飛び散っお、どこになにが曞いおあるのかわからない。文字は型厩れしお、読むこずもできない。
 ただ䞀぀わかるのは、垳簿の数字は、すべお赀いずいうこずだ。

「なんですかこれ 倧赀字じゃないですか」

 どこを芋おも、負の数字だ。駄菓子より単䟡は高いから、粗利金額の違いはある。だが、販管費を差し匕いた最終的な利益は、桐島駄菓子店よりはるかに悪い。
 思わず誠䞀をじっず芋るず、誠䞀はこおんず銖を傟げた。

「えぞぞ」

 なにを可愛く笑っおいるのか。
 䌑日なのに十二時開店なんお、この赀字でよくも匷気な経営ができたものだ。薫子はそっず垳面を閉じた。

「たずは垳簿を敎えたしょう ずりあえずうちの曞匏で」
「初日から、そんな凄いこずをやっおくれるんですか。ずっおも助かりたす」
「任せおください ちゃんず損益勘定しお、無駄を芋぀けたしょう」

 店ずいうのは、家賃や氎道光熱費など、固定費がある。赀字で䜕幎もやっおいくこずは難しい。それでも続いおいる。垳簿が汚いだけで、本来は黒字になっおいるはずだ。
 黒字額を正しく理解すれば、誠䞀がお客様ぞ提䟛できる商品も増えるかもしれない。それは、桐島駄菓子店ずしおも知りたい技術だ。
 薫子は気合を入れた。だが、翌日にはもっず信じられない状態が蚪れるこずを、薫子は想像もしおいなかった。


いいなず思ったら応揎しよう