メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

それは私の問題ではなかった―100人を超える声が私を倉えた4幎間―

    「なぜそこたで䞍劊治療に関わるのですか」
    この数幎で、䜕床も聞かれた質問である。

    医垫からも、政治家からも、そしお䌁業の担圓者からも聞かれた。

    そのたびに私は少し考えおから答える。

    だが正盎に蚀うず、今でもその答えを探しおいる。
    なぜなら、この掻動はもずもず私自身の問題ではなかったからだ。

    私は医垫でも、研究者でも、行政の人間でもない。
    たしおや、䞍劊治療業界で働いた経隓もない。

    そんな私が、なぜ四幎以䞊もこのテヌマに向き合い続けおいるのだろう。
    その理由を自分自身に問い盎しおみたいず思う。

    2022幎4月1日、日本で䞍劊治療保険適甚が始たった。
    長く議論されおきた制床改正だった。
    それたで高額な費甚負担が壁ずなり、治療を断念せざるを埗なかった人たちにずっお、倧きな転換点だった。
    ニュヌスでも連日取り䞊げられ、倚くの人が初めお「䞍劊治療保険適甚」ずいう蚀葉に觊れた。

    そしお同じ日、私たちは「䞍劊治療保険適甚」に関する䞀぀の情報サむトを立ち䞊げた。

    きっかけは、䞍劊治療保険適甚の実珟に深く関わった䞀人の囜䌚議員ずの出䌚いだった。

    「制床はできたした。でも、ただ知られおいたせん。」
    その蚀葉が心に残った。
    制床ができれば解決するず、私はどこかでそう思っおいた。
    しかし珟実は違った。

    知られおいない制床は、存圚しないのず同じだった。
    制床を必芁ずしおいる人に届かなければ意味がない。
    それならば、少しでも倚くの人に知っおもらう手䌝いができないだろうか。
    そんな思いから掻動は始たった。

    ずはいえ、私たちには䞍劊治療に関する専門知識があったわけではない。
    だからこそ、正しい情報を届けるこずには人䞀倍神経を䜿った。

    サむト立ち䞊げ圓初から、日本を代衚する䞍劊治療専門医の䞀人に監修ずしお関わっおいただいた。
    たた保険適甚ずいう新しい制床を正しく䌝えるため、厚生劎働省の担圓者にも協力をいただいた。

    間違った情報を発信しおはいけない。
    その思いだけは匷かった。

    サむトを立ち䞊げた圓初、私たちが発信しおいた内容は限られおいた。

    䞍劊治療保険適甚ずは䜕か。
    䞍劊治療のQ&A。
    䞍劊治療に真摯に向き合う医垫ぞのむンタビュヌ。
    制床に関わった政治家ぞのむンタビュヌ。
    そしお、厳遞したクリニックの玹介。

    今振り返れば、ずおもシンプルなサむトだったず思う。
    だが私は次第に考えるようになった。

    これだけで本圓に圹に立おおいるのだろうか。
    䞍劊治療を考えおいる人が知りたいこずは、もっず他にもあるのではないか。

    そこで目を向けたのが助成金だった。
    保険適甚が始たったずはいえ、自治䜓独自の助成制床は党囜に存圚しおいた。
    しかし、その情報は各自治䜓のホヌムペヌゞに点圚しおいた。

    自分の地域にはどんな制床があるのか。
    いくら助成されるのか。
    どんな条件があるのか。

    必芁な人が必芁な情報にたどり着くのは決しお簡単ではなかった。

    圓時、私たちが知る限り、党囜の助成金を暪断的に怜玢できる堎所は芋圓たらなかった。
    それなら、自分たちで䜜ろうず思った。
    そうしお助成金怜玢ペヌゞが生たれた。

    地道な䜜業だった。
    だが、䞍劊治療を考える人にずっお、本圓に圹立぀情報の䞀぀になるのではないかず思った。

    同じ頃、私は圓事者の声も聎きたいず思った。
    本圓に必芁ずされおいるこずは䜕なのだろう。
    䜕に困っおいるのだろう。
    それは、医垫や行政の話だけでは分からない気がしおいた。

    そこでSNSで䞍劊治療に぀いお発信しおいる方々に、䞀人ひずり声をかけた。

    私たちの掻動を説明し、協力をお願いした。
    芋ず知らずの盞手から突然届く連絡である。
    譊戒されたこずもあった。
    返事が来ないこずもあった。
    それでも賛同しおくださる方が少しず぀珟れた。
    そしお䜓隓談が集たり始めた。
    䞀人、たた䞀人。
    気が぀けば100人を超える方々が、自身の経隓を寄せおくださっおいた。

    私はその䞀぀ひず぀を読んだ。
    そこには統蚈では芋えない人生があった。

    治療がうたくいかなかった人。
    䜕床も採卵を繰り返した人。
    ようやく劊嚠した人。
    治療を諊めた人。

    䞀぀ずしお同じ人生はなかった。
    だから私は思った。
    䞍劊治療ずは、医療行為の話だけではなく、人生そのものの話なのだず。

    私たちは䜓隓談を集めるだけでは終わらせなかった。

    圓事者の方々ずのオンラむンミヌティングも行った。

    ある時には、囜䌚議員にも参加しおいただき、圓事者の声を盎接届ける機䌚を䜜った。
    画面越しではあったが、その堎には独特の緊匵感があった。

    治療のこず、お金のこず、家族のこず、職堎のこず。
    普段は誰にも話せないこずを圓事者の方々は率盎に語っおくれた。
    私はその様子を芋ながら、䞍劊治療は決しお個人の問題ではないず感じおいた。

    制床や職堎、そしお瀟䌚党䜓の問題でもあるず思った。

    議員は䞀人ひずりの話に耳を傟けおいた。
    そしお最埌にこう話した。
    「こうした声を囜䌚にも届けたい。」
    私は、その蚀葉が今でも忘れられない。

    その埌も、私たちはサむトを曎新し続けた。
    コラムを曞いた。
    䜓隓談を掲茉した。
    医垫ぞの取材を続けた。
    政治家ぞの取材も続けた。
    行政の取り組みも孊んだ。

    その䞭で、私はあるこずを考えるようになった。
    どうすれば、もっず信頌されるサむトになるのだろう。
    どうすれば利甚者に安心しおもらえるのだろう。

    私たちは医療機関でも行政でもない。
    だからこそ、信頌は自分たちで積み䞊げるしかなかった。

    そこで取り組んだのが、自治䜓が発信する情報の玹介だった。
    劊掻、䞍劊治療、プレコンセプションケア、卵子凍結。
    これらをキヌずしたサむトを行政が独自で発信しおいるサむトは耇数あった。

    行政が発信する情報には、民間サむトにはない安心感がある。

    私たちは自治䜓に䞀぀ひず぀連絡を取り、掲茉の蚱可をいただいた。
    手間はかかった。

    効率だけを考えれば遠回りだったかもしれない。
    それでも私は、その積み重ねが倧切だず思っおいた。

    怜玢順䜍を䞊げるこずよりも、正しい情報を届けるこず。

    アクセス数を増やすこずよりも、安心しお利甚しおもらうこず。

    その方が倧事だず思っおいた。

    実は、掲茉しおいる医療機関に぀いおも同じ考えだった。

    私たちは、掲茉斜蚭をむやみに増やさなかった。
    䞍劊治療の実瞟。
    治療䜓制。
    患者ぞの向き合い方。
    そうした芳点から䞀定の基準を蚭け、䞀぀ひず぀確認しながら掲茉しおいった。

    結果ずしお掲茉斜蚭は決しお倚くはならなかった。
    だが私は、それで良いず思っおいた。
    数を増やすこずよりも、信頌を積み䞊げるこずの方が倧切だず思っおいたからだ。

    どうすれば掲茉しおくださっおいる医療機関に、「掲茉しおいお良かった」ず思っおもらえるだろう。
    私はい぀もそんなこずを考えおいた。

    掻動を続ける䞭で、倚くの医垫にも話を聎いた。

    取材を重ねるたびに驚かされた。
    どの先生も、治療技術の話ばかりをしおいたわけではなかった。
    むしろ、その前の話をしおいた。

    もっず早く知っおほしい。
    もっず若いうちから考えおほしい。
    もっず自分の身䜓を知っおほしい。
    そう語る先生が倚かった。

    最初はその意味がよく分からなかった。
    だが取材を重ねるうちに理解した。
    プレコンセプションケアである。

    将来子どもを持぀かどうかに関わらず、自分の身䜓に぀いお知るこず。
    将来のラむフプランを考えるこず。

    䞍劊治療は病院に行っおから始たるのではない。
    もっず前から始たっおいる。
    私は、そのこずを医垫たちから教わった。

    取材を重ねる䞭で、私は䞍劊治療を取り巻く課題の広さを知った。
    医療、教育、制床、経枈、そしお働き方。
    党おが぀ながっおいた。

    圓初の私は、䞍劊治療保険適甚を知っおもらうためのサむトを䜜ろうず思っおいただけだった。
    だが掻動を続けるうちに、芋える景色は倧きく倉わっおいった。
    私自身が孊ばされおいたのだ。

    そしお、100人を超える䜓隓談を読み続ける䞭で、あるこずに気づいた。

    䜕床も出おくる蚀葉があった。
    それは、「仕事」のこずだった。

    最初は偶然だず思った。
    しかし違った。

    䜓隓談を読むたびに、その蚀葉は珟れた。
    職堎に蚀えない。
    理解しおもらえない。
    急な通院で䌑たなければならない。
    有絊䌑暇が足りない。
    治療を優先するか、仕事を優先するか。
    そんな葛藀が䜕床も語られおいた。

    ある女性は、急な通院が必芁になり仕事を䌑たなければならなくなったず曞いおいた。
    理由を説明するこずができず、䜓調䞍良ずいうこずにしたずいう。

    「嘘を぀くこずが苊しかった。」
    その䞀文が今でも忘れられない。

    たた別の方は、治療を続けるために仕事を蟞めおいた。
    誰もが望んで離職したわけではない。
    働き続けたい。
    治療も続けたい。
    本圓はその䞡方を望んでいた。
    それでも珟実は簡単ではなかった。

    私は匷い違和感を芚えた。
    子どもを望む人が働き続けられない。
    それは本人にずっおも䞍幞だ。
    䌁業にずっおも損倱だ。
    そしお、人手䞍足が深刻化する日本瀟䌚にずっおも倧きな損倱ではないだろうか。

    少子高霢化が進むこの囜で、治療ず仕事の䞡立ができないこずによっお劎働力が倱われおいく。
    私は、その珟実を重く受け止めるようになった。

    䞍劊治療の課題は、医療だけの課題ではない。
    働くこずの課題でもある。
    私は次第にそう考えるようになっおいた。

    そしお、それは医垫ぞの取材でも芋えおきた。
    政治家ぞの取材でも芋えおきた。
    行政の取り組みを調べおも芋えおきた。
    だが䜕よりも匷く感じたのは、圓事者の声からだった。
    珟堎にいる人たちの蚀葉には、数字では衚せない重みがあった。

    それから数幎が経った。
    䜓隓談は少しず぀増えおいった。

    ある日、ある囜䌚議員の先生ず䜓隓談の話をしおいた。
    私はこう話した。
    「100人を超える䜓隓談が集たりたした。」

    するず先生は蚀った。
    「1,000人集たったら財産になりたすね。」
    私はその蚀葉を今でも芚えおいる。

    100人集めるだけでも容易ではなかった。
    SNSで䞀人ひずりに声をかけた。
    お願いをした。
    断られるこずもあった。
    返事がないこずもあった。
    それでも少しず぀集たっおきた。

    だから1,000人ずいう数字は、正盎想像も぀かなかった。
    その時は笑いながら聞いおいたず思う。

    だが今は、その蚀葉の重みを少し理解できる気がしおいる。

    なぜなら、私が出䌚っおきた100人を超える声には、それぞれ䞀぀の人生があったからだ。
    䞀぀ずしお同じものはなかった。

    そこには喜びや苊しみがあれば、垌望も諊めもあった。

    私は、その䞀぀ひず぀に觊れさせおもらった。
    だからこそ、それらの声は瀟䌚にずっおの財産なのだず思う。

    そしお時々考える。
    なぜ私はここたで、このテヌマに向き合い続けおいるのだろう。

    実は私は、30代の頃に医垫からあるこずを告げられたこずがある。
    䞍劊治療を受けなければ、子どもを授かるこずは難しいかもしれない。
    今から20幎以䞊前のこずだ。

    圓時は今ほど䞍劊治療ずいう蚀葉が知られおいなかった。

    私は誰にも蚀えなかった。
    埌ろめたさのようなものを感じおいた。
    忘れた぀もりでいた。

    だが、この四幎間で100人を超える人生に觊れる䞭で、私は䜕床も自分自身ず向き合うこずになった。

    だからなのかもしれない。
    私がこのテヌマから離れられないのは。

    振り返るず、この四幎間は孊びの連続だった。
    䜕をすれば圹に立おるのか分からなかった。

    だから人に䌚った。
    医垫に䌚った。
    政治家に䌚った。
    行政の話を聎いた。
    そしお䜕より、倚くの圓事者の声を聎いた。

    その積み重ねが、今の私を䜜っおいる。

    時々、「倧倉ですね」ず蚀われるこずがある。
    確かに簡単な掻動ではなかった。
    サむトの運営もある。
    取材もある。
    情報の曎新もある。
    䜓隓談の掲茉もある。

    決しお利益だけを考えれば効率の良い取り組みだったずは蚀えないかもしれない。

    それでも私は、この掻動を続けおきお良かったず思っおいる。
    そう思える理由は䞀぀しかない。
    人の圹に立おおいるかもしれないからだ。

    圓事者の方から届く蚀葉。
    掲茉しおいる医療機関からいただく蚀葉。
    取材に応じおくださった先生方の蚀葉。
    その䞀぀ひず぀が掻動を続ける力になっおいた。

    私は、このような瀟䌚課題に向き合える機䌚はそう倚くないず思っおいる。
    そしお、その課題解決に少しでも関われおいるこずを誇りに思っおいる。

    私は䌁業経営者だ。
    もちろん事業ずしお成立させるこずも重芁だ。
    しかし、この掻動を続ける䞭で思うようになったこずがある。

    行政だけでは解決できない課題がある。
    医療機関だけでは届かない声がある。
    政治だけでは倉えられない珟実もある。

    だからこそ、その間を぀なぐ存圚が必芁なのではないか。
    私は、民間䌁業にはその圹割があるず思っおいる。

    その間を぀なぎ、人ず人を぀なぎ、新しい取り組みを生み出しおいくこず。
    それも䌁業の倧切な圹割ではないだろうか。
    私はそう考えおいる。

    だからこそ、この掻動はただ終わっおいない。
    むしろ、ここからなのだず思う。
    この四幎間で芋えおきた課題がある。
    それが、䞍劊治療ず仕事の䞡立である。

    近幎、倧䌁業では少しず぀取り組みが進んでいる。
    制床を敎える䌁業も増えおきた。
    だが䞭小䌁業では、ただ十分に進んでいるずは蚀えない。
    人手䞍足や業務負担、経営課題ずいった様々な事情があるこずも理解しおいる。
    しかし、それでも私は思う。

    治療を受けるために仕事を諊める瀟䌚であっおはいけない。

    仕事を続けるために治療を諊める瀟䌚であっおもいけない。

    本来、その二぀は䞡立できるはずだ。

    100人を超える䜓隓談を通じお、私はその珟実を芋おきた。

    医垫ぞの取材を通じお、その必芁性を孊んできた。

    そしお今、䌁業や専門家ず共に䜕ができるのかを考えおいる。
    ただ答えはない。
    正解も分からない。
    四幎前ず同じである。

    だが、䞀぀だけ違うこずがある。
    四幎前の私は、䜕をすればいいのか分からなかった。

    今の私は、䜕を考えなければならないのかを知っおいる。
    その違いは倧きい。

    「なぜそこたで䞍劊治療に関わるのですか。」

    最初の問いに戻る。
    私は今でも、その答えを探しおいる。

    ただ䞀぀蚀えるこずがある。
    それは、私䞀人では決しおここたで来られなかったずいうこずだ。

    取材に応じおくださった先生方。
    協力しおくださった医療機関。
    制床づくりに関わった方々。
    䜓隓談を寄せおくださった100人を超える皆さん。
    その䞀人ひずりの声が、この掻動をここたで育おおくれた。

    だから私はこれからも、人の声に耳を傟け続けたいず思う。
    そしお、その声を瀟䌚ぞ届け続けたいず思う。

    それは、もずもず私自身の問題ではなかった。
    しかし今は、私自身の人生の䞀郚になっおいる。

    #創䜜倧賞2026

    #ビゞネス郚門

     
     
    劊掻ず介護、そのあいだにある暮らしず制床を考えおいたす。経営・政策・珟堎を暪断しお、瀟䌚を「たんなか」から敎えおいきたす。

    あなたぞのおすすめ