
モヤっとの見方を変えたら、悪者が減った話。
「なんであんなこと言ったんだろう?」
会議で失敗した。
帰り道、
何回も思い出した。
「もう恥をかきたくない」
..いつからボクは、
こんなに失敗が怖くなったんだろう?
失敗すると、
嫌われる気がしてた。
「いいね」 「すごいね」
そう言われると、
すこしだけ安心するんだよね。
...なんで、褒められたいのかな?
認められると、
自分に価値がある気がしたんだ。
この引っかかる感じ。
ボクは“モヤっと”って呼んでる。
世の中には、“モヤっと”があふれてる。
モヤっとは悪者にされがち。
でも実は、
ちゃんと見てあげると、
いろんなことを教えてくれる。
1.“じぶんルール”
パン屋さんの前に行列ができていた。
ボクは並ばない。
「そんなに待てないよ」
って思うから。
でも、友人は違った。
「ここは人気店。並ぶ価値がある」
「え...?こんなに並ぶの?」
...なんかちょっと“モヤっと”
同じ行列を見ているのに、
どうして反応がこんなにも違うんだろう?
なぜ...。
......あ。もしかすると、
ボクたちは行列を見ているんじゃない。
その行列が自分にとって、いいものか?
イヤなものか?判断してるんじゃないかな。
「並ぶ時間がもったいない」
「人気なものには価値がある」
そんな考え方の違い。
それで反応が変わる。
ボクはこれを、
“じぶんルール”って呼んでる。

反応の違いは、ボクたち1人1人が、
違う“じぶんルール”を持っているから。
昔の人は、
危険か安全かを覚えながら、
生きのびてきた。
「この実は食べることができる」
「あの川はキケンだ」
そうして、
“ルール”を身につけていった。
こんなふうにおしえられてきたよね?
「道路にはとびださないように」
ルールによって、ボクたちは、
安全にくらせるようになった。

学校で教わった。
親に言われた。
自分で経験した。
そうやって、すこしずつ、
ルールがつくられてきた。
つみかさねてきた、
ルールの集まりが、“じぶんルール“。
「人に迷惑をかけない」
「遅刻はダメ」
「空気をよみなさい」
ルールをまもれないときには、モヤっとする。
まもれたときには、ホッとする。
“じぶんルール”があるから、
「人にメイワクをかけたな」って、
申し訳ないきもちになる。
「遅刻しちゃいけない」って、
電車に走って、とび乗る。
「空気をよまなきゃ」って、
自分の言葉を、心の奥にのみこんだりする。

モヤっとするのも、
イイきもちになるのも、
それってぜんぶ、
“じぶんルール” が、顔をだしてる。
自分で決めたつもりがないのに、
いつのまにか持ってたルール。
もしかすると、キミのモヤっとも、
まだ気づいていない”じぶんルール”を
教えてくれているのかもしれない。
いっしょに探してみよう。
2.その1 効率重視の“じぶんルール”
ムダのなかにこそ、みつかる楽しさがある
「どうせやるなら、時短でやらなきゃ」
「その時間、ムダじゃない?」
きづけば、ぼくらの毎日は、
“効率”に支配されている。
それって本当に“いいこと”なんだろうか?
いまは、“効率のよさ”が評価される。
仕事、家事、人間関係、遊びでさえも、
“コスパ”や“タイパ”って言葉をよく聞く。
ボクはこれを、
効率重視の“じぶんルール”って呼んでる。
それは、必要なルール。
でも、“効率”が最優先になると、
ムダな時間=悪になって、
偶然の出会いや、小さな笑いを、
見失ってしまう気がするんだ…

久しぶりの旅行。
「まずここに行って、次はここで…」って、
効率よく、予定をつめこむほど、
“楽しむ”はずの旅が、
“こなす”作業になってしまう。
焼肉食べ放題。
やっぱり、ご飯が好き。
つい、いっぱい食べちゃう。
モグモグ。モグモグ...
「その食べ方。コスパ悪いからやめなよ」
......。
ゲーム。
はじめから、攻略情報をみて、
いちばん効率のいい方法でクリア。
最短でクリアはできる。
でも...一本道をただ歩いてるだけ...。
達成感よりも、“むなしさ”がのこる。
なにが起きるかわからないからこそ、
ハラハラしたり、ドキドキしたり、
するんじゃないかな?
効率重視の“じぶんルール”。
しばられすぎると、心がカチカチになって、
楽しめなくなっちゃう。
“ムダ”のなかにこそ、
みつかる楽しさがある。
今は、ムダを楽しむときーー、
そんな時間をつくってみるのが好きなんだ。
その“ムダ”が、
実は1番大事な時間だったり...しないかな?
その2 和をおもんじる“じぶんルール”
きらわれたくない、空気をよまなきゃ
会議で発言したい。
だけど、手が上がらない。
「変な発言じゃないかな?」
「空気が悪くならないかな?」
飲み会の誘い。
本当は帰りたい。
「誰が行くんですか?」
「みんな行くなら...」
気づけば「了解」してる。
こんな経験、ないかな?
この時、ボクの中ではルールが動いてる。
「これを言ったら、嫌われちゃうかな」
「波風をたてないようにしよう」
きっと、だれにでも経験があるはず。
ボクはこれを、
和をおもんじる“じぶんルール”
って呼んでるんだ。
なぜ、ボクたちは、
こんなルールを持ってるんだろう?
昔から日本では、
「周りとうまくやろうね」
「ケンカしちゃダメだよ」
人とぶつからないように。
仲良くやっていけるように。
みんなで協力できるようにしてきた。

そんな考えが、
ボクたちの中にも残ってる。
あいてのことを尊重して、
大切にする、やさしいルール。
だけど、
「人に嫌われたくない」
この気持ちが強くなると、
「絶対によくおもわれなきゃ」
「認められなきゃ」って、
しらないうちに、
だれかの評価をきにして、
自分がちぢこまっちゃうことがある。

でもそれは、人を大事にしたい
“和をおもんじるルール”が、
はたらいているだけなんだ。
だけど、それにしばられすぎると、
「もっと頑張らなきゃ」って、
心がつかれてしまう。
やさしい“和のこころ”から生まれたルール。
なじみ深い、和のルール。
ボクたちは、こんなふうに、
「効率重視のルール」や、
「和のルール」を、
じぶんの“ルールブック”の中にもってる。
これが、“じぶんルール”。
いつでも、ボクたちは、
“じぶんルール”をまもろうとしてる。
ルールがまもれないと、モヤっとする。
そのモヤっとが、
怒りになったり、
不安になったり、
悲しみになったりする。
逆に、
「ルールをぜったいまもるんだ!」って、
しばられすぎても、
「ほんとうのことが言えない、気をつかう」
「すこしのズレも許せない、楽しめない」
くるしくなる。
結局、ルールをまもれなくても、
まもろうとしすぎても、
くるしくなる。
まもるところは、まもる。
ゆるくするところは、ゆるく。
ふんわりと、きつすぎない、
そんなふうに、ルールをやわらかくしていこう。
3.モヤっとチャンス!ーそのモヤっと。は“じぶんルール”からのお知らせ
ルールが守れないと、モヤっとする。
じゃあ、モヤっとした時は、
どうしたらいいんだろう?
ボクは、モヤっとした時は、
むしろチャンスだと思ってる。
こどもの頃。
「早くしなさい!」
何度も言われた。
朝のしたく。ご飯。学校。
大人になる。
エレベーターが閉まるのが遅い。
レジが進まない。
前の人がゆっくり歩く。
「なんでこんなに遅いんだろう」
うーん。
なんかモヤっとする...

あ。
今、モヤっとしてたな。
もしかして....
「早くするべき」
っていうルールが、
顔を出していただけ。
こんなふうに、
モヤっとの中には、
気づいていない“じぶんルール”
が隠れていることがある。
だから、
モヤっとした瞬間に、
こころの中で、
おっきな声で、さけんででみよう。
「モヤっとちゃーんす!」
大げさなくらいが、
ちょうどいい。
まずは、
「あ、今モヤっとしたな」
と気づくこと。
モヤっとが、
“じぶんルール”をみつけるチャンスに変わるよ。
モヤっとするとき=
“じぶんルール”が反応してる時。
このモヤっとの瞬間を、
「モヤっとちゃんす!」で、
ばっちり、つかまえるんだ。
そうすることで、
どんなときにモヤっと?するのか、
なにに対してモヤっと?するのか、
“気づく”ことができる。
すると、少しずつ、
じぶんルールがみえてくる。
モヤっとのままにしておくのは、
とてももったいない。
モヤっとしたら、
まずは試してみよう。
それだけで、
キミの心はやわらかくなる。
あれ...?それだけ...?
そうだよね...
そう言われるとおもってた。
もっと知りたいキミには、
モヤっとメモが、おすすめ。
「モヤっとちゃーんす!」って、
さけぶだけじゃなくて、
こんどはメモするんだ。

こんなふうに日常のモヤっとを、メモする。
スマホのメモ機能がおすすめ。
ある日、
困っている人を手伝った。
でも、自分が少し損をして、モヤっとした。
スマホにメモしておく。
夜になって落ち着いたら、
スマホのメモを見て、聞いてみる。
「なんでイヤだった?」
「どんなルールが反応した?」
すると、
「あ...ボクは”困っている人を助けたい”
って、思ってたんだ。」
そんなふうに、
自分の“大切にしている考え”がみえてくる。
じつは、こうして見つかった、
「〜するべき」
「〜したい」
それこそが、“じぶんルール”。
このふり返りをしている時、
最初は少し疲れるかもしれない。
自分のイヤな気持ちを、
見つめ直すことになるから。
でも、メモができると、いままで、
なんとなく、
イヤだった事の“理由”がみえてくる。
「これって前にもあったな」
「ああ、“こういう時に反応してるんだな”」
心のクセをパターンとして、
認識して受け止められるようになる。
たとえば——
困っている人を手伝って、
損をしてしまった日。
以前なら、
ただモヤっとして終わっていた。
でも今は、
「ボクには、大切にしている“やさしさ”がある」
そう思えると、気持ちが前向きになる。
モヤっとメモを続けることは、
じぶんルールを理解する練習なんだ。
でもねー。
じっさいにメモをするのって、
思ってるよりも…めちゃくちゃ大変なんだ。
あたらしい習慣を身につけるのって、
ほんとにむずかしい。
だから、
「モヤッとちゃーんす!」って、
こころの中で、さけぶだけでもいい。
さいしょは、恥ずかしいかもしれない。。。
だけど、モヤっとが徐々に、
チャンスに変わっていくよ。
それをボクは「モヤちゃん」って呼んでる。
余裕があって、できるぞ!っていう人は、
モヤっとメモを、やってほしい。
モヤっとの理由がわかったとき、
とても、スッキリするんだ。
4.人間関係と“あいてルール”
― 人はそれぞれ違うレンズで世界を見ている ―
人と関わる中で、モヤッとする瞬間って、
だれにでもあるよねー。
でも、よく考えてみると、
“じぶんルール”があるように
相手にも“あいてルール”があるんだ。
人間関係がこじれるとき、じつは、
「ルールのすれ違い」が原因のことが多い。
キミが“フツウ”と思っているルールが、
相手にとっても“フツウ”とはかぎらない。
たとえばーー
「残業してる人がえらい」
という“じぶんルール”を持つ人は、
早く帰る部下をみると、モヤっとする。
でも部下にとっては、
「仕事は効率よく早く終わらせるもの」
っていう、ルールが“フツウ”かもしれない。
そうやって、
おたがいのルールがぶつかることで、
関係がギクシャクしてしまうんだ。
“じぶんルール”があるように、
“あいてルール”もある。
「自分が正しい」
「相手が間違ってる」
って考えるんじゃなくて...
「ちがうレンズで見てるだけ」とおもってみよう。

「あの人は“こうあるべき”と思ってるんだな」
「この人にとっては、“それがフツウ”なんだ」
自分と相手が戦ってるんじゃない。
“じぶんルール”と“あいてルール”が、
ぶつかってるだけ。
そう思えるだけで、
イヤな気持ちがすこし、よわくなる。
「あの人のルールは、どんなルールだろう?」
「ボクは、その違いを受け入れられるかな?」
モヤっとメモをして、
“あいてルール”を知ろうとしてみる。
その瞬間、
今まで“敵”だって思っていた人は、
少しだけ、理解したい人に変わる。
人間関係は、少しだけやわらかくなる。
そこで初めて、対話がはじまるよ。
よく怒る人はいるけど。
その人が怒ってるんじゃない。
”ルール”が、その人を怒らせてる。
5.公共のルール
「自転車は車道を走ってください」
歩道を走れば、歩行者とぶつかるかもしれない。
実際に車道へ出る。
車、バス、トラック。
すぐ横を通っていく。
うしろから、ビューンっ!
て大きな音で追い抜かれる。
怖い。うーん。
モヤっと。
「モヤっとちゃーんす!」
...なんかモヤっとしてたな。
なんでモヤっとしてたんだろ?
「自転車は車道を走るべき」
公共のルール。
たしかに、道路はみんなの場所。
ルールがあるのは当然。
でも、そのルールを守るための場所が、
ちゃんと作られてないこともある。
自転車レーンが急に消える。
道が狭い。路駐もある。
「ここ走れってこと…?」
不安になる。
「自分の身を守るべき」
だから、
歩道を走る自転車の気持ちもわかる。
でも、
歩行者からすると、今度は自転車が怖い。
結局みんな、“自分の身を守ろう”としてるだけ。
モヤっとしていたのは、
どちらかが悪かったから、じゃないんだ。
ボクの中で、
安全のための“公共のルール”と
安全のための"じぶんルール"が
ぶつかっていただけ。
6.そして悪者が減った。
この考え方を知ってから、
ボクの世界は、
少しだけ変わった。
前は、モヤっとすると、
「なんであの人は、あんなことをするんだろう」
そう考えていた。
でも今は、
「あ...この人にも、
その人なりのルールがあるんだ」
そう思うことが増えた。
もちろん、
許せないこともある。
理不尽なこともある。
でも、その人自身が、
ボクを苦しめているんじゃない。
その人が信じている”ルール”が、
その人を動かしている。
そう考えられるようになった。
そして、
自分のことも、
責めすぎなくなった。
イライラした日も、
落ち込んだ日も、
「ボクってダメだな」
じゃなくて、
「どんなルールが反応したんだろう?」
そう考えられるようになった。
モヤっとは、
悪い人を教えてくれるものじゃない。
悪者を減らすためのものだった。
だから、
今日もまた、モヤっとしたら、
「なんでだろう?」
って考えてみる。
そこには、
まだ気づいていない、
“じぶんルール”が、
隠れているかもしれないから。
では、また会いましょう。

ぜひコメントお待ちしてるんだー!