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Photo byplanetarian_t

【わすれないで】

    僕にはもう体がない。
    僕の体はもう燃えて灰になった。

    体がなくなる少し前のこと。
    僕はママの助けがないと歩くことさえできなかった。
    昔は、走ることが大好きだったのに。

    何かを食べたり水を飲むことも
    もう一人ではできなかった。

    でも、体がなくなった今は、
    そんな時期があったなんて嘘みたいなんだ。

    空気みたいに軽い。
    どこにでも、好きなところへ飛んでいける。

    だから、少し陽を浴びてごろごろしてから
    家族のところに飛んでいく。
    それが今の僕の生活。

    僕の家族。
    僕のママには二人の娘がいる。
    もう皆一緒に暮らしていないから、
    それぞれのところへ飛んでいくんだ。

    家族が離れて過ごしていても、
    僕はすぐに移動できるから。

    まずは、ママの所へ。
    ママは僕がいなくなってしばらくは
    寂しそうだった。

    でも、もう大丈夫。
    最近、僕と同じ種類の犬がやってきたんだ。

    その子が生まれる前から、
    お母さん犬のお腹にいる時から、
    引き取るってママは決めてたんだ。

    同じ種類の犬なのに、
    毛の色も、体格も、性格も、僕と全く違うんだ。
    彼を見ていると思わず笑っちゃうよ。
    僕以上にドジなんだから。
    食べものじゃないものまで、全部食べちゃうんだ。
    ママは一生懸命世話を焼いているよ。

    それでね、彼がママの所へやってきたのと同じ時期。
    ママの2番目の娘、マヤちゃんの赤ちゃんも生まれたんだ。

    僕に体があった頃は家の中で
    お目にかからなかった生き物だ。
    わうわうと言葉じゃない音を発してる。

    新入りの犬は赤ちゃんが遊びに来ると
    誰も遊んでくれないから、いやそうな顔をしてた。
    でもすぐに慣れて、その間によく寝てた。

    ママもマヤちゃんも、家族はまたよく笑うようになった。
    僕は少し寂しかったけど、嬉しかった。
    ママとマヤちゃんは大丈夫。心配ない。

    僕がそばにいなくても、
    笑ってるから。

    悲しそうな時も、必ず誰かがついてくれてる。

    あとは、そう。ミラちゃんはどこだろう。
    ミラちゃんはママの最初の娘、お姉ちゃんだ。
    どうやら、ミラちゃんが一番遠くにいるなあ。

    僕はヒョイっとミラちゃんのところに向かって飛んだ。

    ミラちゃんも1人じゃなかった。
    誰かと一緒に暮らしてた。
    男の人だった。

    僕は男の人が苦手なことが多かった。
    大丈夫かなあ。
    僕は気になって、なるべくミラちゃんを
    見守ることにした。

    ミラちゃんはよく笑っていた。けらけらと。
    家の中でも、外でも。

    でも、僕はわかった。
    ミラちゃんの心は、笑ってないよ。

    ミラちゃんの部屋は相変わらず、ミアちゃんらしかった。
    でも、体のない僕でも感じた。
    部屋は冷たくて何だかとげとげしてるみたいだ。

    ミラちゃんが1人部屋にいる時、
    僕は昔みたいに体を寄せて座った。

    でも、僕がいることに気づいてない様子だった。

    ミラちゃんはついに、部屋で泣くようになった。
    僕はたまらずに膝に乗って、
    下からミラちゃんの顔を覗き込んだ。

    悲しいんだねって。

    ミラちゃんは子供の頃からよく家で泣いてたからね。
    その度に僕は駆け付けてたんだ。
    だからわかるよ。

    でも、もう、ミラちゃんは僕の存在に気づかない。
    全くこっちを見ないで、泣いている。

    本当に悲しそうだった。
    僕は悲しかった。

    ある時、ミラちゃんは引っ越した。
    家を出て、1人で暮らし始めたんだ。

    そして、飛行機に乗って
    どこか遠くへ行った。

    僕は心配で足元にくっついて付いていった。
    大きな海がある場所だった。

    僕は飛行機に乗ったことがなかったし、
    海も初めてて、わくわくした。

    海ってキラキラしてて、とっても綺麗だね。
    だからなのかな。

    ミラちゃんの目も、キラキラしてた。

    僕は昔、一緒にお出かけした時を思いだした。
    いろんな場所へ行った。よく競争もした。
    ミラちゃんは僕と出かけた時は、よく笑ってた。

    僕は嬉しくなった。

    だから、

    少し張り切って、海の上を走り回って
    ふたつも虹をかけたんだ!

    少し虹の色が薄くなっちゃったけどね。

    ミラちゃんは友達とおしゃべりを始めて、
    気づいてくれるか心配だった。

    でも、ちゃんと気づいてくれた。
    急いで写真をとってくれた。
    すごく笑ってた。

    僕は嬉しかった。

    そして、これは僕は予想してなかったから、
    びっくりしたんだけど・・・

    海から帰って、ミラちゃんがママの家に行って、
    その時の写真を見せたんだ。

    そうしたら、ママがその写真を見て、
    なんだかここにロッシがいるみたい、って言ったんだ!

    いきなり名前を呼ばれて、僕は本当にびっくりした。
    さすがママ!

    僕は嬉しかった。

    不思議なことに、それからミラちゃんは、
    僕に気がつくようになったんだ。

    どうして気付いてるってわかるのかって?
    僕が走ったりしたら、ミラちゃんがこっちに顔を向けるようになったんだ。

    僕は嬉しかった。



    ある時、僕がいつものように
    ママの家の裏の山の原っぱで、
    ごろごろとお腹を出して日向ぼっこしていた。
    すると、急に目の前にきらきらした光の粒達が現れた。

    びっくりして、飛び上がって体をひっくり返した。
    だんだん光の粒が集まって、きらきらした塊になった。

    塊は形を変え、1匹の犬が現れた。
    見たことのない犬。

    体の大きさは僕と同じくらいだ。
    でも、全身が、青や白に光っている。
    明るかった原っぱがさらに明るくなる。

    僕は眩しくなって目を細めた。
    その犬は体をぶるぶるっと震わせた。
    光の粒がわっと広がった。
    まるで濡れた犬が体を震わせた時、水が飛び散るように。

    不思議な匂いがした。
    ミラちゃんが飛行機で行った、あの海のような。

    犬が口を開いた。
    「こんにちは、ロッシさん。
    僕は、ある神様にお使いしている犬です。
    今日は、神様からの伝言を伝えにやってきました。」

    フレンドリーな明るい声だった。
    僕はさらにびっくりして、ぽかんと口を開けて
    固まっていた。

    その犬はどこからか宙から大きな本を取り出して、
    床にどさっと置いた。
    本まできらきら輝いていた。
    それを小さな前足で器用にペラペラっと音を立ててめくった。

    「そろそろ生まれ変わりのタイミングが来ています。
    ですので、準備はいかがですか?」

    はて?僕は尋ねた。

    「あのぅ、生まれ変わりってなんですか?」

    お使いの犬はにっこり笑って言った。

    「ロッシさん。
    あなたがご家族を愛した時間は、
    神様の大きな庭に、とても美しい花を咲かせましたよ。
    だから、神様はあなたにご褒美を差しあげたいとおっしゃっています。」

    ご褒美!僕の大好きな言葉。
    でも、その前に彼が言ったことを理解できなかった。
    「僕は、その、神様に会ったこと、ないんだけど・・・」

    お使いの犬は今度は困ったように、眉尻を下げながら笑った。

    「ロッシさんは犬としての、行いがとっても良かったです。
    体がなくなる時、たくさんの人がきてくれましたね。
    これは素晴らしいことです。
    その後も、家族のことをしっかり見守っています。
    神様はそれを知っています。
    だから、神様はその功績を認め、ご褒美をくださいます。」

    とにかく僕は知らないうちにいいことをして、
    何かご褒美がもらえるみたい。

    僕は嬉しくなって思わず口角が上がった。耳も。
    「どんなご褒美ですか?美味しいおやつですか?」

    僕はママからよくもらっていたご褒美を思い出した。
    焼き芋、りんご、朝ご飯の時に分けてもらった食パン・・・

    「はい。ご褒美ですが、ロッシさんの体は役目を終えて、
    なくなりましたね?
    ですので、新しく体を作ります。
    また家族に触ってもらったり、
    ご飯をもらったりできると思いますよ。」

    「それはすごい!じゃあ、またママ達の、
    前の家族のところに帰れるんだね?」
    「あ。それはわかりません。」

    お使いの犬が首を振った。
    「また人生も新しくなりますから。
    新しい生き物になると、今のロッシさんとしての
    人生の記憶もなくなります。

    ただ、ご褒美として、次の人生を選ぶことができます。
    何の生き物になるのか」

    僕は何も言えなかった。
    全然おやつじゃなかった。
    嬉しいのか悲しいのかよくわからなかった。

    ママ達、家族に会いたい。撫でてほしい。
    でも、次に生まれ変わったら、
    みんなに会えたとしても、みんなは僕だとわからないはずだ。

    僕だって、僕であるとわからないってこと?
    それって、意味があるのかな。

    「新しい体で生まれたら、さらに楽しい人生が送れると思いますよ」
    「・・・少し、時間をもらえますか?」

    僕はお使いの犬の目をじっと見て尋ねた。
    「僕、もう少し考えたいです」

    「もちろん、いいですとも」
    彼は言った。

    「また、聞きにきます。
    じっくり考えてくださいね」
    そう言い残して消えていった。キラキラと。

    すっかりもとの山の原っぱに戻った。
    土の匂い、今は花のない梅の木、太陽の光。

    それから僕は考えた。
    そういえば、昔、いろんな犬に出会ったなあ。
    特に近所の公園はいつもいろんな犬がいた。

    いや待てよ、犬じゃない生き物もいたなあ。

    道にいた猫ってやつは気に食わなくてよく喧嘩した。
    奴ら、簡単に高い塀を飛び越えるし、逃げ足が早いんだ。
    爪だって隠し持ってる。
    ミラちゃんはよくあれを怖がってた。

    あとは何だろう・・・
    そうだ、鳥のこともよく追いかけて空に逃げられたし、
    あったかい時期は蝶々もよく見たなあ。
    鳥と違って、ふわふわ飛んでて可愛かった。

    あとは、牧場へ行って、大きな牛とか、馬も見たことがある。

    僕は・・・何になったらいいんだろう・・・

    何だか頭が痛くなってきた。
    僕はミラちゃんのところに飛んだ。

    もう朝に近い夜だった。
    ミラちゃんは眠ってた。

    こんなに眠ってるのは最近珍しいくらい、深く深く眠りに落ちてた。

    僕も隣に体を寄せて、丸くなった。


    気がついたら僕は・・・
    水の中にいた。あったかい。

    お風呂かな?いや違う。
    僕の体は小さく小さく折りたたまれているような、
    心地いいけど、ちょっと窮屈な感覚。

    目も開かない。

    不思議と、目は閉じているはずなのに
    僕は見えた。
    わかった、僕は、
    また、黒い体の、犬の赤ちゃんじゃないか!

    今、お母さんのお腹の中にいるんだ!

    僕は焦った。
    あのお使いの犬は時間をくれると言ったけど、
    もう生まれ変わるんだ、
    生まれ変わってしまうんだ

    「ロッシ」

    誰かが僕を呼んでる。
    この声は・・・

    「やっぱりロッシだ」

    ミラちゃんだった。
    ミラちゃんがどこからか、子犬の僕をじっと見ている。

    「・・・僕だってわかるの?」

    僕はまた焦った。
    見た目が前とは全然違う。
    何より・・・僕・・・

    ミラちゃんとこうやって話すのは、
    初めてじゃないか?
    僕は人間のような言葉を持っていなかったから。
    でも、僕達は今言葉で話している。

    「わかるよ」

    ミラちゃんは静かに答えた。
    僕は面食らった。
    いっぱい聞いてみたいこと、伝えたいこと、
    あったはずなのに、

    急だったからかな。
    気がついたらこんなことを聞いていたんだ。

    「僕のことを、覚えている?」
    「覚えているよ、当然」

    ミラちゃんは笑った。
    「黒い服を着る時は、ロッシのこと思い出すんだよ。
    あと、深い青色のものを見た時。
    朝、青いカップでコーヒーを飲むときは
    ロッシの目を思い出すんだ。
    あれは青じゃなくて正確には瑠璃色なんだけど」

    そうだ、僕は黒い体に、青い目の犬だったんだね。
    ミラちゃんは続けた。
    「朝にパンを食べるときは、
    一口ちぎって、こっそりロッシに分けたのを思い出すんだ」

    ミラちゃんは丸まっている小さな僕を、
    両手で掬うように触れた。

    「ロッシ、これから誰と会ってもね、
    何があっても」

    「ロッシが、1番だよ。
    ロッシは特別なの。
    私の、私たちの1番の家族だよ。」

    それを聞いてすぐ、僕の体は
    熱くなって震えた。
    嬉しかった。

    僕は、安心して、そのまま眠ってしまった。



    気がついたら、いつもと同じだった。
    重みのある体はない。

    いつもの原っぱの上にぷかぷかと浮いている僕。

    なんだ、まだ生まれ変わってなかったんだ。

    でも、なんだかいつもより温かった。
    僕はまたミラちゃんのところへ飛んだ。

    最近寒いから、できるだけ
    温めてあげたかったんだ。

    昔は、僕はとても寒がりで
    ミラちゃんによく温めてもらっていたけど。

    朝に近い夜、僕たちはまた一緒に眠った。


    気がつくと、ミラちゃんは何かに追われていた。
    多分人間だと思うけど、影みたいに真っ黒だった。

    僕は迷わずすぐにそれに飛びかかった。
    自分でもびっくりするほど軽やかに跳べた。

    僕の体は、トラ猫だった!

    思ったよりも高く跳べてしまったから、
    僕はそいつの頭の方に着地して、そのまましがみついた。

    指先に力を込めると、鋭い爪が伸びた。
    そのまま、しがみついているそれに爪を立てた。

    それは、かなり痛かったみたい。
    叫び声を上げてたちまち消えた。
    僕は今度は空中で一瞬浮いた。

    ミラちゃんは慌てて走ってきて僕をキャッチした。
    そして言った。

    「ロッシじゃん」

    僕はまた面食らった。
    「どうしてまたわかったの?
    こんなに見た目が違うのに」

    「わかるよ」

    ミラちゃんは僕の頭を撫でながら言った。
    「怖かったよね、震えてるもん。
    これは絶対ロッシだよ。
    ありがとうね。」

    僕たちは一緒にその場で腰を下ろした。
    僕は話した。
    神様からのお使いの犬が来た話、
    生まれ変わりのこと。

    ミラちゃんはじっと聞いていた。
    「そうだったんだ、ロッシは本当にお利口だったからね。
    嬉しいね、何にでもなれるね。」
    「嬉しいけど、何になったらいいかわからないんだよ。」

    沈黙が流れる。
    僕は聞いてみた。

    「・・こんなのはどう?

    チワワとか、ちっちゃな犬。
    ミラちゃんは赤いカバンに僕を入れて、
    いろんなところに連れていってくれたよね?

    僕がもっと小さくなったら、
    もっと簡単に、いろんなところへ一緒に行けるよ。

    ミラちゃんが本を読むときは膝に乗って
    一緒に読んで、ついでにミラちゃんのお腹を温めるよ。」

    さらに僕は続けた。

    「それからこんなのはどう?

    逆に、ゴールデンか、ラブラドールみたいにおっきな犬。
    僕はミラちゃんと一緒に寝てた時、よく潰されかけてたけど、
    大きくなったら、僕がミラちゃんの枕になれるよ。

    マヤちゃんに会いに行っても、
    マヤちゃんの赤ちゃんを包んで子守りをするよ。
    一緒に遊んで、危ないところに行かないように見守るんだ。」

    「それから、こんなのはどう?
    ドーベルマンとか、カッコよくて強い犬。
    さっきみたいにミラちゃんに危険な人が寄ってきたら、
    うーっと威嚇して噛みついて、守るんだ。
    カッコよく側に立って、護衛するんだ。

    昔の僕よりタフなはずだから、
    ミラちゃんと一いっぱい走ったり、
    一緒にトレーニングできるよ。」

    「それから、こんなのはどう?

    ボルゾイとか、毛が綺麗でおしゃれな犬。
    ミラちゃんが素敵な服をきたら、一緒に
    ポーズを決めて写真を撮るよ。

    そうしたらさらに素敵な写真になるでしょう?
    ミラちゃんが新しい服を作ったら、
    僕ともお揃いで着られるよ。」

    「あ、犬じゃなくって、今みたいな、猫でもいいかも。
    でも、ママは猫が嫌いなんだっけ・・・」

    じっと聞いていたミラちゃんが、
    大笑いして手を叩いた。
    「そうだよ、驚いた、ロッシ、いろんなこと覚えてるねえ」

    それから、ミラちゃんは小さく笑って言った。
    「ありがとう、でもね・・・」

    「ロッシがなりたいものになったらいいんだよ、
    ロッシの行いが良くて、
    せっかく神様が選ばせてくれるんだから」

    僕は頭を右に傾けて、少し考えた。
    「僕は・・」

    「なんでもいいんだ。
    生まれ変われるなら、
    生まれ変わっても、またミラちゃんと一緒にいたいよ」

    ミラちゃんは、目を丸くして息を呑んだ。

    「僕たちが一緒にいた時を思い出して」
    僕は思い出しながら話した。

    「僕は珍しい色だったんだよね?
    真っ黒だった。

    時々、誰かに言われたんだ。
    シュナウザーなのに、黒なの?って。
    でもミラちゃんはかっこいいでしょって言ってくれた。」

    「僕の体は普通より小さかったんだよね?
    いろんな人に言われたよ。
    それに、ドッグランで勇気を出して挨拶した
    ラブラドールの女の子に相手にされなくても、

    こんなにハンサムなのにね、って家に帰ってから慰めてくれた。」

    そんなこともあったねーとミラちゃんは笑った。
    黒のラブラドールの女の子だった。

    僕は鼻をひくひくさせてまた続けた。
    「僕はね、かっこいい犬になりたかった。
    でも、怖がりで、繊細だった。

    マンホールの上は気持ち悪いから歩きたくないし、
    時々逆立ちしてうんちしたし、
    トリミングの時はいつも台に乗せられた後、
    足を踏み外すから鈍臭いって言われるし、
    コンクリートやフローリングの上でどうしてもお座りできなかった。
    お尻が冷たくて気持ち悪いから。」

    「そうだよ、いつもわざわざカーペットまで移動して
    お座りしてた。カーペットまで遠くでも。
    とにかくなんか、変だったね。」

    「そう、今思えば、僕、変な癖がいっぱいあった。
    カッコよくなかったけど、
    それでも、一緒にいてくれた。
    僕の変な癖も面白がってくれたんだ。
    だから、僕は僕でいられたんだよ。」

    ミラちゃんは、うんうんと頷いた。

    「ママも、僕の好物をよく知ってて、
    いつもキッチンで僕の分も作ってくれたんだ。
    僕は言葉が話せないのに、ちゃんと僕が大好きなものを
    わかってくれてたんだ。

    僕が歩けなくなってからも、
    僕のいつもの散歩コースをたくさん歩いてくれたんだ。」

    ミラちゃんは、またうんうんと頷いている。

    「ミラちゃんもママも、昔、謝ってきた事があるよ。
    もっといい家にいた方が、ブルーノは幸せだったかなって。

    でも、僕は幸せだった。

    それに、みんなは僕をドジだって笑ってたけど、
    僕はミラちゃんがドジで心配だった。
    危なっかしくて。」

    2人で笑った。
    本当にたくさん思い出があった。

    「僕たちは本当に似てたんだ。
    いや、僕がミラちゃんに似てしまったのか。」

    ミラちゃんは鼻をぐうぐう鳴らして笑った。
    堪えきれずに溢れるみたいに。

    「だから、また一緒にいようよ。」

    ミラちゃんは泣きだした。
    でも、悲しそうには見えなかった。

    「ロッシ、ごめんね、私も今、
    何になったらいいかわからないの。

    なんとなくあるような気もするんだけど、
    はっきりとはわからないの。
    何になりたいのか。

    でも、なりたいものが見つかったら、
    きっと、きっとなれるよね。」

    ミラちゃんは僕を抱き寄せた。
    僕はもう猫じゃなかった。
    僕は黒い、元の犬の僕だった。

    「ロッシ、私見つけるよ。
    なりたい自分。そしてなるからね、その自分に。

    だから・・・その時がきたら、
    その時に私のところに来てね。
    ロッシがどんな姿になっても、必ず見つけるから。」

    僕の視界がぼやけてきた。

    「その時はロッシが私のことを、
    忘れてるかもしれないけど、大丈夫。
    前以上に大事にするね。

    もしかしたら、もはや、動物じゃないかもしれないね。
    もし植物だったら毎日お水をあげる。

    何にせよ、今日何が楽しかったのか毎日聞くし、
    ママのところにもちゃんと連れて行くよ。」

    僕は嬉しかった。

    「ミラちゃん、あの新入りを思い出してよ。
    ママの家に来た、新しい子のこと。」
    「もう、あの子のことも知ってるの?」

    「うん、見てるよ、あの子のことも。
    全然僕たちと違うよね、
    明らかに美味しくなさそうなものも、口にすぐ入れるし、
    びっくりするほど早食いでお腹壊すし、
    なんでも破壊する。
    いつまでもトイレでおしっこしなくてママが困ってる・・・」

    ミラちゃんは苦笑いした。
    「そうだね、同じ犬なのに、ロッシとは全然違うね」

    「そう、だけどね、いいんだよねきっと。

    ママも、この子はこういう子なんだって言って、
    僕の時とは違う愛し方をしてる。

    ダメなところもいっぱいあるけど、
    それでも笑って、離さないでしょう?家族だから。」

    僕はミアちゃんの目を見た。
    「それね、あの子、ミラちゃんのこと好きなんだ。
    わかるでしょう?

    初めて会った時に、ミラちゃんが
    自分が近づくまで待ってくれて、
    甘えに行った時に遊んでくれて、
    いたずらするとしっかり叱ってくれる。

    みんながマヤちゃんの赤ちゃんに集中して
    寂しかった時も、時々様子を見に来てくれた。
    嬉しかったんだって、それが。

    今の僕、なんでもわかるんだ。」

    ミラちゃんはくすくす笑った。

    「だからね、ミラちゃん、
    怖がらずに、自分らしくいて。あの子みたいに。
    自分の気持ちに気づいて。

    それを伝えて。
    いっぱい笑って、いっぱい怒って。
    遠慮しないで。

    たまに、あの子に会ってあげて。
    今みたいに。

    あの子はミラちゃんの
    髪が長くても、短くても、
    ミラちゃんの体に絵が増えても、
    何色の服を着てても、喜んで歓迎するよ。
    あの騒がしいハグで。」

    僕たちはまたいっしょに笑った。
    新入りはいつも楽しそうに早足でドスンドスン歩く。
    慎重派な僕とは正反対だ。

    「あの子の真似をしたらいいんだ。
    すごく自分の感情に素直だよね?
    僕はあんなにフレンドリーになれない。
    今なら、あれを羨ましく思うんだ。

    困ったら思い出してね。
    簡単でしょう?」

    「そうだね、その通り。
    彼と散歩すると、これからたくさん楽しいことが
    いっぱい起こる気がしてくるんだよね。」

    銀色か白か、きらきらの光の粒が僕たちの間に入ってくる。
    たちまち眩しくなって、ミラちゃんをはっきり見られなくなった。

    「ロッシ、たぶん、そろそろ起きる時間だ。」
    僕は意図せずどこかへ飛んでいきそうだった。
    体が引っ張られる。

    ミラちゃんの声が聴こえた。さっきより少し早口だ。
    「目が覚めたら、この会話も忘れてるかもしれない。
    でもね、必ず気づくからね、ロッシ。
    目に見えなくても、私がどこか行く時、
    必ずロッシも連れて行く。」

    僕は必死に顔をミラちゃんの方に向けた。
    さっきより遠いけど、ミラちゃんの目がしっかり見えた。
    ああ、僕を見てる。

    まだ間に合う。
    僕が伝えたかったこと。

    「忘れないで。」

    いつも、そばにいるから。


    ※あとがき(ミラ目線)
    階段を上がる音、ママの声がする。
    ドン!何かが私の寝ているベッドを揺らす。
    もしゃもしゃの毛の感覚、
    私の顔を舐めてくる舌。

    ロッシ!
    じゃなくて、新入りの犬、テオだった。

    普段私を起こす時、部屋にテオなんて連れてこないのに。
    どうして今日に限って。
    ありがとうママ。そしておはよう。






















     
     

    望月

     
     
    宇宙人の、脳内整理。

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