
【俳句とエッセイ#10】祖母の湿った手
まだ祖母が生きていた頃、こんな句を詠んだ。
陽炎や引いた祖母の手湿りおり
ラジオ番組に投句したら取り上げられて、「情景が浮かびますね」とコメントをもらった。
実際は、祖母とは疎遠だった。
母と祖母の関係はよくなかったし、祖母自身、子どもを好きではなかったようだった。私も、ごくたまに会う、神経質で少し意地悪そうな祖母が苦手だった。
だから、この句は本当ではなかった。祖母の手を引いたことなどなかったし、手の湿り気を覚えているわけでもなかった。
数年経って、施設に入っていた祖母がいよいよ老衰でほとんど寝ているようになった。遠方に住んでいたので、これが最後になるかもしれない、と思いながら、母と一緒に久しぶりに祖母を訪ねた。
祖母はずっと寝ていた。
死期が確実に迫っているわりに、顔も体も痩せこけているわけでもなく、肌はつやつやとしていた。壁にはにこやかに笑っている祖母の写真や施設で書いた絵手紙などが掛けてある。幼い時はあまり見たことがない顔だった。軍服姿の祖父や、先立った娘の写真もあった。
窓の外では向かいの小山が初夏を迎えていた。爽やかな緑が見えたが、部屋の中は風の音も鳥の声も聞こえない。昔、うちの家にあった派手な柄のソファのしなびた匂いがした。
母は大きな声で、「お母さん、起きてる?真音が来たよ」と呼びかける。祖母は少し眉を寄せたようだったが、結局目は閉じたままだった。
特に話すこともなく、部屋を少し整えてから、母は何かしらの手続きをしに先に受付に向かった。
部屋に残されて、私はしばらくベッドの脇にただ立っていた。柵がやけに生々しいクリーム色なのが気になった。シーツの冷たい白さが浮いていた。
それから、おもむろに靴を脱いでベッドに上がって寝そべった。横になっている祖母の背面から遠慮がちにそっと腕を回す。背中は硬直したように硬く、丸まっていた。
ほとんど触れあった記憶がない祖母の体は、思っていたより熱かった。
重ねた手は、ふっくらとしていて、本当に湿っていた。
「おばあちゃん」と呼びかけてみた。少し涙が出てきて、出来すぎていていやだ、と思いながら手で拭った。祖母は眠ったままだった。
ドアの向こうから、食器を並べるカチャカチャという音と施設の人たちの声が聞こえた。
えい、とベッドを降りた。
寝ている祖母に向かって「ありがとうございました」と放った言葉が、音のない部屋で行き場をなくしたように空虚に漂っていた。
祖母はその年の冬に息を引き取った。眠るようだったと母から聞いた。
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陽炎や引いた祖母の手湿りおり