
世界一のスパゲティ
小さかった頃、私の世界にはミートソーススパゲティとナポリタンしか存在していなかった。それで充分だったし、それ以外の存在を知らなくても、何ひとつ困らない。
私が育った海沿いの田舎町には、イタリア料理店なんてものがなかった。
喫茶店や食堂のメニューは手書き。たいてい「スパゲティ」という欄があり、ナポリタンとミートソースだけが律儀に並んでいる。
祖父母が経営していた喫茶店も、もれなくそうであった。
祖父が作るナポリタンは絶品。
ウインナーに玉ねぎとピーマン、それからほんの少しだけマッシュルームが入っていて、トマトケチャップでうっすらと色付いたナポリタン。
派手さはないが、ひと口食べればたちまち夢中になった。
店のカウンターに座るお客さんが「街でスープスパゲティを食べてきた」と祖母に話すのが聞こえる。
私はそれを、口の周りをケチャップと粉チーズでベタベタにしながら「給食に出てくるABCスープのようなものかな」とぼんやりと聞いていた。
やがて学生になり、私は少し大きな街へ出た。夜になってもネオンが消えず、飲食店の灯りが連なっている。初めて見たとき、地上にも夜空があるのだと思った。
そのころには、スパゲティにはもっとたくさんの種類があることを知っていた。ただ、それらは私にとって、図鑑の中の生き物のような存在だった。名前は知っていても、実際に出会ったことはない。
だが、もともと街に住んでいた大学の友人たちは違った。スパゲティをパスタだなんて気取った名称に言い換えて、新しい店が出来る度に会話に花が咲く。
「あそこのボンゴレ、すごく美味しいよ」
「私はフェットチーネが好き」
「カルボナーラって、超美味しいよね」
「わかる!カルボナーラは最強!!!」
カルボナーラという言葉が出ると、会話の熱量が一段上がる。そこまで言うのなら、どれほど美味しいのだろう。
私はそのカルボナーラとやらが少し気になった。
ある日の帰り道。
チェーン店のイタリアレストランの前に私はいた。
一人で食事をするなら、コンビニかファストフードじゃないと少し恥ずかしい。だけど通りに出ている立て看板に白いチョークで、半熟卵カルボナーラと書かれているのを毎日見て、毎日気になって、毎日思いを馳せていた。
とにかく、私は食べてみたかった。
その半熟卵カルボナーラとやらを。
カルボナーラが超美味しいということは、友人たちの会話で聞いている。それに半熟卵が乗っかってるだなんて、そんなもの更に超美味しいに違いない。
入口がある二階へと続く階段を覗くと、開けられた扉からボサノバがうっすらと聞こえてくる。手摺りには、イミテーションの葡萄が飾られていた。
意を決して小洒落た階段を上り、店内に足を踏み入れる。
可愛らしい制服を着た店員に案内され、窓際の一人用カウンター席へと案内された。
「半熟卵カルボナーラをください」
薄切りレモンが浮かぶ水を飲みつつ緊張しながら注文し、しばし待つと目の前にカルボナーラが運ばれてくる。
ほぅ……これがカルボナーラ……。
少し太めのスパゲティがクリーム状のソースを纏ってこちらを見ている。中央の高く盛られた場所に、半熟卵が王様のように鎮座していた。
ブロック状のベーコンは、所々カリカリに焼かれていて美味しそうだ。
フォークを手に取って、まずは半熟卵を崩さずに一口食べた。
……なんてこった。驚いた。
この世界にこんなにも美味いものがあることを、私は今まで知らなかった。
まろやかなクリームソースに黒胡椒がいいアクセントになって、私の舌を蹂躙している。
ベーコンの香ばしさと塩気が、丸い味のクリームソースと手を繋いで私に襲いかかる。
ひと口で、私の中の「スパゲティ」の定義が音を立てて変わった。
あまりの美味しさに、思わず自分が一人だと言うことを忘れて「美味しい」と呟いていた。
レモン水を飲んで一度気持ちと舌を落ち着かせてから、フォークで半熟卵を崩してみる。
黄身から、トロリと中身が溢れ出す。それをしっかりと纏わせながらフォークにスパゲティを巻いて口に運んだ瞬間、世界はもう一度ひっくり返った。
私の脳みそに稲妻が走った。口が喜んでいる。青天の霹靂とは、きっとこのようなことを言うのだ。
濃厚な黄身が、クリームソースを更に濃厚にしてカルボナーラをまた次の境地へと誘っている。
ねっとりと絡みつくソースが、私の舌と心を鷲掴みにして離さない。
一心不乱に夢中で食べて、空になった器にフォークを置いて私は呆然としていた。
眼下を歩く、少し疲れた様子のサラリーマンに向かって「カルボナーラを知っているかい?ぜひ食べた方がいい。元気になれるよ」と教えてあげたい。
新しい衝撃と圧倒的な美味しさに、頭の中がチカチカしている。その夢見心地な感覚のまま会計を済ませて、私は帰宅した。
これが私と未知のスパゲティたちとの出会いだ。
それからたくさんのスパゲティを食べ歩いた。
ボンゴレにはロッソとビアンコがある。
アラビアータは辛いもの。
ペスカトーレは贅沢なスパゲティ。
デート中には不向きなイカ墨。
フェットチーネはきしめんのような形。
スープスパゲティがABCスープとは全く別物であることも知った。
ミートソースはボロネーゼと呼ばれ、ナポリタンでさえ、ここでは洗練された「余所行きの顔」をしていた。
新しい味を知るたびに、私の知っていたあの「スパゲティ」は、記憶の隅へと追いやられていく。
そんなある夏、久しぶりに実家へ帰った私は、祖父母の喫茶店に立ち寄った。
少しくすんだ金色のドアノブを回して店内に入ると、タバコとコーヒーの香りが迎えてくれる。店の空気は、なにひとつ変わっていない。
久しぶりに顔を出した孫に、祖父母はとても喜んだ。それから、決まってこう聞く。
「腹は減ってないか?」
朝でも昼でも夜でも、必ず祖父はそう言った。戦争を経験しひもじい思いをした祖父は、空腹こそ人生で一番つらいことだと思っているようだった。
うーんと唸りながら革で装丁されたメニューを開く。正直、お腹は特に空いていない。でも、お腹は空いていないと答えても饅頭や煎餅、果てはバタートーストにクリームソーダが勝手に出てくる。
それならば自分が食べたいものを作って貰おう。
少し黄ばみがかったメニュー用紙に、油性ペンでメニューが書かれている。
ナポリタン 八百円
ミートソース 八百円
スパゲティか…
今の私は昔の私とは違う。「ミートソース」じゃなくて、「ボロネーゼ」だ。
……まぁ、久しぶりに懐かしい物を食べてみるのもいいかもしれない。
「じいちゃんのナポリタンが食べたい」
無愛想に私がそう言うと、「はいよ」と答えて祖父は小さなキッチンへと消えていく。
しばらくして運ばれてきた皿には、見慣れたナポリタンがあった。緑色の容器の粉チーズと、タバスコも昔のまま。少しだけ焦げた玉ねぎとウインナーも変わっていない。
特に何を思うことなくフォークを手に取って、ナポリタンを口に運ぶ。
……なんてこった。驚いた。
久しぶりに食べた祖父のナポリタンは、街で食べたどんなスパゲティよりも美味しい。
決して豪華じゃないシンプルな具材に、素朴な見た目なのに、どうしてこんなにも美味しいのだろう。
優しくて丸い味がするスパゲティに暫し閉口した後、小さい頃と同じように夢中で食べた。
口の周りをケチャップと粉チーズまみれにしながら、頭の片隅で思う。
私は小さい頃から、世界一のスパゲティを食べて生きていたのだ。
だから、他のスパゲティに興味を持たずに生きていた。小さい頃の私の世界は、最高のスパゲティで出来上がっていたのだ。
「美味いか」
祖父がにこにこしながらこちらを見ている。
「まぁ……美味しいよ」
照れくさくて、ぶっきらぼうに答える。しかし心の中には誇らしさがあふれていた。
私の祖父は、スパゲティを作る天才だったのだ。
初めてカルボナーラを食べた時と同じようにチカチカする頭をくっつけて、私は街に向かう電車に揺られていた。
それから、街でスパゲティを食べる度に祖父のナポリタンを思い出すようになった。
カルボナーラもペスカトーレも美味しい。
すごくすごく美味しい。
でも、祖父が作るナポリタンは、それらよりももっと美味しい。
祖父が他界した後、私は見よう見まねでナポリタンを作り始めた。
同じ具材、同じ手順で作っているはずなのに、どうしてもあの世界一のナポリタンに辿り着けない。
何年も同じことを繰り返し、試行錯誤しながらようやく祖父のナポリタンに近づいたころ、私のナポリタンを食べた人は、目を大きく開いて必ずこう言う。
「今まで食べたどのナポリタンよりも美味しい!」
そして、口の周りをケチャップと粉チーズだらけにして笑う。
そんなの当たり前だ。
だって、私が作るナポリタンは世界一のスパゲティを作る祖父のナポリタンなのだから。
カルボナーラも、ペスカトーレも、ボンゴレも文句なしに美味しい。
けれど、私の中でいちばん美味しいスパゲティは、今もこれからも変わらない。
海沿いの小さな町の喫茶店で、祖父が作ってくれた、あのナポリタンである。