
とある小さな小瓶に纏わる物語
ジャンヌ・ダルクは1431年5月30日、フランスの北西部に位置するルーアンという都市で火刑に処されました。彼女は当時19歳でした。

ジャンヌは、当時すでに聖女としての名声を持ちつつありました。
ブルゴーニュ派やイングランドにとっては彼女の死後にも注意を払わなければなりませんでした。
彼女の遺体の一部が残れば、それは聖遺物となり、戦意向上の原動力となってしまうかもしれません。
彼女の遺体は、残らず集められセーヌ川に流されたと聞いています。
後には何も残されていません。ですので遺体の入ったお墓もありません。
そういった歴史だったのですが、1867年にパリの薬局で「ジャンヌ・ダルクの火刑跡から採取された」という説明書きがある瓶が発見されました。

真偽の程は長く解りませんでした。
それを判断するには、様々な調査方法の発展を待たなくてはいけませんでした。それが判明したのは、なんと2006年。結構最近です。
様々な分析の結果、この小瓶の中身はジャンヌの物では無い事が判明しました。その正体は紀元前6世紀から紀元前3世紀のエジプトのミイラでした。
中世では、ミイラはお薬の原料ともされていたそうです。
1867年というと、ナポレオン以後しぱらくしてジャンヌとナショナリズムが結び付けられ、ジャンヌの人気が高くなっていった頃です。
きっとお金目当てか話題作りに偽造されたものだと思います。
現在この小瓶はシノン城内にある展示スペースに展示されています。
ジャンヌは死後も沢山の人に愛されると共に利用されてきました。
でもそれは、それだけその生き方が多くの人を惹きつけた証でもあると思っています。
彼女はきっと、そんな未来の名声など考えず、ただただ目の前の「やるべきだと思った事」にがむしゃらに取り組んだ結果の人生だったのだと私は思います。
