いつか色付いて月見フォカッチャ
玄関のドアを開けると、少し冷えた風とすれ違った。パラパラと髪を吹き上げるそれは、どうしようもなく秋だった。
マンションの階段をトントンと降りていく。ついこの間まで腕にぺたぺたまとわりついた風は、すっかり姿を消したみたいだ。外に出てすうっと深呼吸をすると、心臓がぷかぷか浮いているような気がした。
乾いていて、静かで、何かが終わったような、始まったような匂い。その空気に触れたとき、いつも思い出す景色がある。
左側は見渡す限りの田んぼで、右側は最近できた黒いアパート。その真ん中を貫くぼこぼこしたアスファルトを、ジグザグに歩いていく。弾むように、踊るように。もうすぐ到着する小学校から、運動会の日だけ流れる音楽が聴こえていた。
秋というだけで無条件に嬉しくなってしまうのは、きっとその景色のせいだ。それでも、運動会が何年生のときだったのか、学校に着いてから何をしたのかは全く覚えていない。かろうじてあるのは、四葉のクローバーのバンダナ、クローンみたいに形が揃った丸いおにぎり、まだ赤ちゃんだった弟のような、欠片みたいな記憶だけだ。なんだか、思い出は落ち葉のようだと思う。時が経つにつれて美しく色付いて、最後ははらりと落ちていく。
会社の入り口にいる警備員さんに挨拶をすると、への字口のおじさんがにこっと笑顔になって嬉しい。
オフィスの机に荷物を広げて、いつもはポケットにしまっている私用携帯をパソコンの横に置いた。今日は9月10日。きっときっと、創作大賞の中間選考結果が発表されるのだ。ブブッとスマホが光るたびに、そわりと心臓が跳ねる。通知の8割は楽天グループからのものだった。
外回りに出てお昼を食べて、3件目の打ち合わせを終えて営業車に乗り込んだとき、結果が投稿されていた。ぎゅいんと内臓が捻り上がる。ペットボトルの水をごくごく飲んで、そっと記事を開いた。心拍数が分かる。顎と頬が熱い。親指を何度も動かして、画面を下へ下へ滑らせる。
多分だけど、名前がなかった。なんだか信じられなくて、4回見直した。やっぱりない。絶対ない。
頑張ったら、何でも叶うものだと思っていた。吹奏楽部の県代表も、第一志望の大学も就職先も、全部全部、死ぬ気で努力したら手に入った。
気がついたら30分間、取引先の駐車場にいた。
帰らなきゃ。
ここ最近の営業車では好きすぎて滅したり爆裂愛したりしていたが、全くそんな気にならない。無音の車の中で、胃がぐるぐるする。悔しい。悔しい。なんでなん。
オフィスに着いて、速攻パソコンを回収し退勤した。こういうとき、涙が出るものと思っていたけど違うみたいだ。ふわふわする。5回連続でんぐり返りしたいような気持ち。
穴開けパンチをミスったように欠けた月の下を早足で歩く。ずんどこずんどこ風を切って、緑の看板をくぐった。通過しても落選しても、モスの月見フォカッチャを食べると決めていた。
爆音で流れる店内放送。少し声を張って注文しているカップル。ここのモス、いつも音でかいんだよな。
無事に月見フォカッチャを注文し、テーブルでぼんやりスマホをいじりながら店内放送を聴き流す。ふと、運動会のアナウンスを思い出した。毎日お昼休みに練習した応援団のバトン。大きく響きわたる優勝チームの名前は、私のチームの名前じゃなかった。
ああ、そうか。あまりに綺麗に色付いているものだから、すっかり忘れていた。何年も時を超えて心を浮き立たせるようなその思い出は、元から綺麗な色をしていただろうか。
ワクワクしたときも悔しかったときも、いつか等しく染まってしまうから。その全てが落ちたとき、近所の子どもがわさわさ集めて遊べるくらい、たくさんたくさん積もらせることができたらいいな。
パリッと噛んだウインナーから塩気と旨みがあふれて、ほんの少し口角が上がった。
