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『父の言葉が今も刺さっている。「この年収で家族を養えるのか?」』

    「お前、この年収で家族を養っていけるのか?」
    数年前、父親にそう言われた。
    正確な言葉は覚えていない。
    でも、その時に感じた悔しさだけは今でも覚えている。

    父は私を責めたかったわけではない。
    心配していたのだ。

    しかし当時の私は、その言葉を素直に受け取れなかった。
    なぜなら、自分自身が一番そう思っていたからだ。
    私は37歳。
    妻と2人の子供がいる。
    持ち家のローンもある。

    現在の年収は約500万円。

    決して生活できない金額ではない。
    日本全体で見れば平均的かもしれない。
    それでも私は時々、不安になる。
    教育費。住宅ローン。老後資金。物価上昇。
    そして何より、
    「自分はこのままでいいのか」
    という不安だ。
    大学を卒業した私は、大手自動車部品メーカーに就職した。
    1年目から海外へ赴任して、今では考えらないような激務で疲弊していた。
    そんな時に出会ったのが、当時大学生だった今の妻である。
    たまたま帰国していたタイミングで出会い、そのまま交際に発展。
    交際した直後から、海外と日本の遠距離恋愛。
    当初はポケットWi-Fiもあまり普及していなかった為、ホテルのロビーにある無料Wi-Fiを駆使して、連絡を取り合い、時差を跳ね除け交際を続けていた。
    ただ、あまりの激務に私自身、メンタル不調になってしまい、プロジェクトが落ち着いてから、『休職』に入った。
    『うつ病』と診断された。
    何も考えれなくなった。何もやる気が無くなった。
    眠れなくなった。
    甘えかも知れない、自分が弱いかも知れない、自分を責めた。
    どんどん、責めた。
    休んでいる間に同期と差が出てしまうと考えると、余計に焦った。
    友達にも親にも相談出来なかった、
    うつ病になった事が恥ずかしかった。
    2ヵ月ほど休職して退職を決断した。
    もう、職場には戻れないと思ったからだ。
    親には反対された。
    それなりの安定した会社で、辞めるのはもったいない、
    これからどうするんだ?質問されたが答えれなかった。

    とりあえず、行動しなきゃと、自分に言い聞かせ
    この期間に『本』を沢山読んだ。
    自己啓発の本や、お金の本など、本屋に行って、興味がある本を取り合えず手に取ってみた。
    前向きになれる本もあり、
    次第に体調が良くなり、次は仕事について少しづつ考える余裕が出てきた。

    『激務は嫌だ、競争社会も嫌だ』
    自分の中で、何かが切れてしまったような感覚。
    もう、やりがいや理想を追うのでは無く、ゆるい仕事をしたい。
    動機は何であれ、『公務員』を目指す目標が出来た。
    公務員試験は年一回、タイミング的に約1年後の試験に向けて準備した。
    退職時に入ったボーナスを全部使って、公務員の予備校に通った。
    授業を受けたり、自習を毎日した。
    1日10時間以上勉強した。楽しかった。
    昨日できなかった問題が、今日は解ける。
    少しづつ点数も上がっていく。
    やればやるだけ、知識がついていく実感があった。
    後戻りが出来ない状況をつくって挑んだ公務員試験に無事合格した。

    地方公務員になれた。
    親も安心してくれた。
    周囲からも羨ましがられた。
    安定。
    福利厚生。
    社会的信用。
    当時の私は、
    「人生の勝ち組ルートに乗った」とすら思っていた。
    しかし数年後、そのレールから自ら降りることになった。
    理由は単純だった。
    もっと挑戦したかった。
    毎日同じ仕事、挑戦のない日々、チャレンジできない日々。
    狭い社会での人間関係。
    全部が嫌になっていた。

    うつ病になる前に、激務ではあったが、感じていた
    仕事への『プライド』『やりがい』『責任感』
    今の自分には何も無いように感じた。
    何も不自由はしていなかった。
    パワハラするような上司も居ないし、前ほど激務ではない。
    何も感じずに、淡々と仕事をこなせば、毎年昇給する。
    役職に就かなくても、1年が過ぎれば、昇給する。

    俺って、何がしたいんだろう。。。。
    考えてはいけない『悪魔のキーワード』
    答えは出ない『悪魔のキーワード』
    通勤途中も、仕事中も、ずっと頭の中で考える。
    今の自分は仮の自分。
    本当はもっと輝ける場所がある。
    今はまだ、本気を出していないだけ。
    考えれば、考えるほど、ハマっていく。
    33歳、住宅ローン有、2人の子供を持つ父親。
    何物でもない自分が、最後に何かができるギリギリの年齢。

    たまたま、ネットで見かけた、
    『自己理解』という教材。
    もともと、自己啓発には興味があり、本は沢山読んでいた。
    これが、ドンピシャにはまった。
    一回の賞与にあたる金額を振込、自己理解のプラグラムを受講した。
    メンターと呼ばれる、サポーターと
    過去の自分、未来の自分を話し合った。
    ますます、『起業』に対する憧れが、大きくなった。
    何をしたいわけではない、ただ何か行動したい。
    行動すれば、何者かになれる気がする。
    そんな期待が日に日に大きくなっていった。

    年度末、上司に退職すると伝えた。
    約5年間、公務員として働いた。
    係長に昇格する目前で決意した。
    理由は、
    自分の『係長像』が見つからなかったから。

    色んな職場で、色んな係長に接してきた。
    自分の保身に徹する人、部下、組織に無関心な人
    別にそういった考え方が悪いとも思わない。
    ただ、10年後の自分を想像したとき、自分の未来を見ている気がした。
    そこの席に座って、ある程度の役職に就き、それなりの給与を貰って
    毎日同じ電車の乗って、ルーティン業務をこなす。
    それが、ある意味『幸せ』だと感じる人もいるであろう。
    だけど、一度芽生えた『違和感』は自分の心に根を生やしていた。

    起業したい。
    自分の力で稼ぎたかった。
    お金を貰うという行為に、『リアル』を感じたかった。
    30代の私は、
    会社に依存せず生きる人たちが輝いて見えた。
    世間的にはそんなことを考える世代ではない。
    だけど、抑えられなかった。
    だから退職した。

    だが現実は甘くなかった。

    起業する勇気もなければ、
    ちょうど、同タイミングで退職した友人とビジネスプランを考えた。
    『自分たちに何ができるのか』
    『誰の役にたてるのか』
    今思えば、明らかに順番が逆だった。

    私は起業したかったのではない。
    正確には、
    「起業家になりたかった」のである。
    自由になりたかった。
    認められたかった。
    会社に縛られたくなかった。
    しかし、
    誰に何を提供するのか。
    どんな価値を生み出すのか。
    それは考えていなかった。
    だから失敗した。
    起業とは肩書きではない。
    誰かの問題を解決する行為である。

    気づけば収入は減り、口座残高は日々減っていく。
    自信も失った。
    その後、私は転職を繰り返した。
    気づけば4回。
    履歴書の職歴欄はどんどん埋まっていく。
    転職のたびに期待した。
    今度こそ理想の職場だ。
    今度こそ人生が変わる。
    今度こそ自分を評価してもらえる。
    しかし現実は違った。
    会社が変わっても、
    上司が変わっても、
    仕事内容が変わっても、
    結局、自分自身が変わらなければ同じ悩みを繰り返す。
    私はそれを身をもって知った。

    私は長い間、
    「給料=自分の価値」だと思っていた。
    年収が高い人は価値が高い。
    年収が低い人は価値が低い。
    そんな考え方をしていた。
    だから給料明細を見るたびに苦しかった。
    手取り25万円。
    頑張っても大きくは変わらない。
    そして同級生の話を聞く。
    年収800万円。
    管理職。
    起業。
    資産形成。
    SNSを開けばもっとすごい人がいる。
    年収1000万円。
    副業月収50万円。
    FIRE達成。
    私は焦った。
    置いていかれている気がした。

    だが最近、少し考え方が変わった。
    きっかけは子供だった。
    ある日、小学2年生の息子が漢字テストで再テストになった。
    朝、家族総出で勉強した。
    妻も私も必死だった。
    そしてその日の夕方。
    帰宅した息子が言った。
    「一問間違えちゃった。悔しい。」
    私は驚いた。
    90点を取れたことではない。
    悔しいと思えたことに。
    もっとできたはずだ。
    もっと頑張りたい。
    そう思えたことに。
    その瞬間、
    私は息子から大切なことを教わった。
    人生は点数ではない。
    結果だけでもない。
    成長しようと思えることそのものに価値がある。
    私は37歳になった。
    若くはない。
    でも老人でもない。
    人生を諦めるには早すぎる。
    かといって何もしなければ、
    10年後も同じ悩みを抱えているかもしれない。
    だから私は副業を始めた。
    大きく稼ぐためではない。
    人生を取り戻すためだ。
    挑戦する自分を取り戻すためだ。
    子供たちに、
    「失敗してもいいから挑戦しなさい」と言うためには、
    まず自分が挑戦しなければならない。
    そう思った。

    私はまだ成功していない。
    年収500万円。
    転職4回。副業も結果が出ていない。
    世間から見れば、平凡な会社員かもしれない。
    それでも私は思う。
    人生は、成功者だけのものではない。
    迷いながらでもいい。
    失敗してもいい。
    挑戦をやめなければ、人は何度でもやり直せる。
    息子が漢字テストで一問間違えて悔しがったあの日。

    私は気づいた。
    人生に必要なのは満点ではない。
    もっと良くなりたいと思える気持ちだ。

    だから私は今日も挑戦する。
    37歳。まだ途中だ。

    #創作大賞2026 #ビジネス部門


     
     
    37歳|2児の父|会社員 大手自動車部品メーカーでうつ病になり、 転職して公務員になったものの、人生を変えたくて転職 転職を繰り返し年収ダウン。 人生をずっと悩んでいる自分だからこそ 失敗も焦りも隠さず、リアルを発信。 同じように悩む会社員パパの励みになれたら嬉しいです。

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