
人生のトライアングルが小さいほど幸福度が上がる
「住む場所、勤務先、子どもの学校。この3つの場所を三角形で結んだとき、その『人生のトライアングル』が小さければ小さいほど、人生の幸福度は高くなる」
この言葉を私にかけてくれた彼女は、仕事で国内外を飛び回り、3人のお子さんの受験もサポートしながら、夫婦仲も最高に良いという、まるで漫画の主人公のような女性だった。
そんな彼女と話ていたときに言われた言葉だった。専業主婦をしていた当時の私は「そんなもんかね」と他人事のようにコーヒーを飲んでいた。でもこの言葉が、数年後の私の人生を本気で変えることになるとは、そのときはまだ知らなかった。
いつか住みたいね、と言っていた街
今住んでいる街は新婚の時に夫と「いつかこの地域に住みたいね」と話していた街だ。
何より全てのアクセスがいい。半径1キロ以内に何でもある。病院もスーパーも映画館も駅もスタバも、そして大型本屋さんも図書館も学校も塾もある。まさに理想のコンパクトシティ。
以前、タクシーの運転手さんに教えてもらった。この地域は周りの地域と比較して、最近街が整備された場所なのだと。確かに道路も広いし、新しい家も多い。だからなのか、とにかく家賃が高いのだ。新婚当時の私たちは住めなかった。
「いつかこの場所に住めるように、仕事を頑張ろうね」
夫と決めていたあの頃の約束。その後、子どもも産まれたこともあり、郊外で広めだけど家賃の負担が少ない家を選択したり、夫の転勤で東京に行ったりして、頭から「この地域に住む」ということがすっかり消え去っていた。
人生のトライアングルへの挑戦
が・・・!いよいよ東京での仕事も終わり、地元に戻って来ることになったのだよ。
我ら、これから転勤の予定もないし、子どもも小学校に上がるタイミングだ。そんなときに漫画の主人公のような彼女からかけてもらった言葉が私の頭に響き渡った。
「住む場所、勤務先、子どもの学校。この3つの場所を三角形で結んだとき、その『人生のトライアングル』が小さければ小さいほど、人生の幸福度は高くなる」
東京の家賃に比べたら、地元の家賃が安く感じるし、今私は働いている。いけるかもしれない…。自分の中でいつもの欲望スイッチが入ってしまった。
まず目星をつけたのは2つの地域。1つは子どもの教育を優先とした地域で、公立の学校の評判も非常のよく、教育熱心な家庭が多いというエリア。そしてもう1つは、新婚のころから夫と「いつか住みたいね」と話し続けてきた、あの憧れの地域。
どちらを選んでも、人生のトライアングルは小さくなる条件を満たしていた。不動産会社の方に相談をしてみても「どちらも本当にいい場所ですよ」と太鼓判を押してくれるし、実際にネット上の口コミをみても評判には申し分ない。
だったら・・・確かめるしかない。
昼の雰囲気だけじゃなくて、夜の街の様子、周辺の環境、子どもが一人で歩くときの道の感じ。そういう「ネットではわからない空気感」をちゃんと見ておきたかった。でも私たちはまだ東京にいる。そこで頼りになったのが、地元にいる親と弟夫婦だった。
そこで始まったのが、両親と弟家族を巻き込んだ「住宅獲得大作戦」だった。
住宅獲得大作戦!!!
両親と弟夫婦を巻き込んだ「住宅獲得大作戦」は、12月〜1月の二ヶ月間のみと決め、キックオフ。
「このエリアの、この物件たち。昼と夜とで雰囲気をチェックしてきてほしい」「周りの感じとか、変な人いなさそうかとか、直感的に気になることがあったら全部教えて!」
そんな無茶ぶりにも、親も弟夫婦も「ええよ」と言って、夕方の時間や休日を使って見に行ってくれた。
私はSUUMOを眺めながら不動産会社の方と電話やZOOMでやり取りを重ね、現地調査は家族が担当する。まさに家族総出の作戦だった。
しかし、なかなか出会えない。条件に合いそうな物件を見つけては問い合わせて、家族に内見してもらっては「うーん、ここじゃないかな」という返事が続いた。焦る。もしかして早すぎ?!と思い始めた。
毎日毎日、SUUMOとにらめっこ。更新ボタンを押す指に、だんだん力が入ってくる。「やっぱり条件が厳しすぎるのかな…」なんて弱気になりかけていたある日のこと。
いつものように物件一覧をスクロールしていたら、ふと目に飛び込んできた文字があった。
「新着」
間取り、場所、家賃、築年数、周辺の環境。画面を食い入るように見つめながら、心の中で何かがカチッと音を立てた。
これだ、と本気で思ったんだよ。理屈というより、ほとんど直感だった。血が騒ぐような、あの感覚。すぐに不動産会社に電話をして、親と弟夫婦にもリンクを送った。
「ここ、昼と夜の雰囲気をチェックしてきてほしい!」
数日後、現地に行ってくれた親からLINEが届いた。
「静かでええとこよ。川もあって、道も広いし、なんか空気がきれいな感じ」「夜も変な雰囲気なかったよ。街灯もちゃんとあるし、子どもが歩いても大丈夫そう」
弟夫婦からもメッセージが来る。
「スーパーも近いし、子育てしやすそう」「マンションの共用部もきれいだったよ。管理もしっかりしてそう」全方向からの「いいね!」に背中を押されて、内見もせず私たちはそこで決めた。
入居は4月からだったけど、絶対に他の人に取られたくなくて1月に契約した。
結果、3ヶ月分余分に家賃を支払うことになったけれど、不思議とまったく惜しいとは思わなかった。新婚の頃から温め続けていた夢を、ようやく手にする時が来たのだと思ったから。
余談だけど、早くから契約していたおかげで、私たちが引っ越してくるまでの間、弟夫婦が何度かマンションに行って窓を開けて空気の入れ替えをしてくれていた。
「今日も換気しといたで〜」
「ポストにチラシたまっとったけん、抜いといたよ」
そんな報告が東京の暮らしの合間に届くたびに、まだ見ぬ「これからの生活の拠点」が、少しずつ現実味を帯びていくのを感じた。
そして迎えた、引越し当日。
私は初めて、これから住むマンションに足を踏み入れた。オンラインで何度も間取り図や写真は見ていたけれど、「本物」と向き合う瞬間のドキドキは、やっぱり別格だった。
本当に大丈夫だろうか。胸の奥でそんな不安が、一瞬だけ小さく顔を出した。でも、その不安は玄関の一歩目で、ほとんど消えた。
誰もいない、がらんとした部屋。何も置かれていないリビング。なのに、妙にしっくりくる。床の色や壁の質感、窓から差し込む光の具合。画面越しでは伝わらなかった「空気」が、身体になじむ感じがした。
引越し業者が来るまで少し時間があったので、両親と弟夫婦と一緒に、何もない部屋の真ん中に座って、ささやかなお祝いをした。コンビニで買ってきたお茶とお菓子を並べて、「ここが新しいスタート地点だね」と笑い合った。
窓の外を見ると満開の桜が、窓の外一面をピンク色に染めていた。その向こうには、穏やかに流れる川。水面に花びらがふわふわと浮かんでいた。
ああ、ここで自分たちの生活が始まるんだと思った。胸の奥から、じわっと温かいものが湧き上がってきた。
新婚の頃に「いつか住みたいね」と言っていた街で、子どもと一緒に、これからの日々を積み重ねていく。
そのスタートラインに、今私は立っている。その瞬間、「人生のトライアングル」とか「アクセスがいい」とか、そういう理屈を全部飛び越えて、ここに決めてよかった。心の底から、そう思えた。
人生のトライアングルは、幸福度を変えたのか?
あれから6年の月日が経った。私はいまだに、この地域に住んでいる。そしていまだに、しつこいくらい夫にこう言ってしまうのだ。
「この地域に住んでいることが最高に幸せ。本当にありがとう」
その様子を見る夫と娘は、またいつものことかと呆れ顔をするけれど、最後には必ず「そうだね」と同意してくれる。6年経っても飽きることなく同じセリフを繰り返す私を、二人は温かく受け止めてくれている。
答えは、間違いなく「変わった」だ。
でも「なぜ変わったのか」を突き詰めると、答えはとてもシンプルだった。人生のトライアングルを小さくするということは、要するに「毎日の移動時間をどれだけ減らせるか」ということだったのだ。
職場、学校、家。
毎日のように行き来するこの3つの場所が遠ければ遠いほど、私たちは知らず知らずのうちに移動時間にエネルギーを使うようになる。そして、その削った移動時間の分だけ、日々の暮らしの中に「余白」が生まれる。
その余白で、私は何をしているか。
娘が学校から帰ってきて「今日ね!」と話し始めたとき、「ちょっと待って、ママ疲れてるから」じゃなくて、ちゃんと立ち止まって話を聞いてあげられる。
仕事が終わって本屋に行って、気になるタイトルを手に取り、気づいたら両手いっぱいに本を抱えて帰ってくる。
週末の朝は、カフェでぼんやりと自分をチューニングする時間も、移動に体力を奪われていないからこそ、無理なく確保できる。
実際に、子どもの成長とともにその恩恵をさらに実感している。
娘が一人で塾に通えるようになったとき、「送り迎えが必要かな」と心配していたのが、あっさり「一人で行けるよ」と言われた時の安堵感といったら。子どもの自立も、移動時間が短いからこそ後押しできるのだ。
あの漫画の主人公のような女性が教えてくれた「人生のトライアングル」の本質は、きっとここにある。
削った移動時間の分だけ、日常の幸福を味わうための「余白」を自らの手で作り出すということ。人それぞれ、ちょうどいい人生のトライアングルの大きさは違うと思う。
自然の近くがいい人もいれば、郊外の静けさを選ぶ人もいるだろう。大事なのは「小さければいい」ということではなく、自分にとって何に余白を使いたいのかを知った上で、その余白を生み出せる場所を選ぶことなのかもしれない。
でも少なくとも私にとっては、この人生のトライアングルが「ご機嫌に生きるための土台」になってくれた。
散財するための本屋も、週末のモーニングのお店も、全部この人生のトライアングルの中にある。朝の時間を大切にする習慣も、この立地があるからこそ続けられている。
新婚の頃に夫と「いつか住みたいね」と話していたこの街を、今は娘と一緒に歩いている。
あの頃思い描いていた「いつか」が、今はちゃんと「いまここ」になっている。住みたい街に住むという、最高のわがまま。その一つを叶えたおかげで、他のところでは、わりと力を抜いていられるようになった気がする。
そしてきっとこれからも、私はしつこく言い続けるのだ。「ねえ、ここに住めて本当に幸せだね」って。
毎回呆れ顔をしながら「そうだね」と返してくれる夫と娘がいる、この小さな人生のトライアングルの中が、私の一番好きな場所だ。