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アラフォーたちは歩けない

    第一章 到着、即負傷

    東海道新幹線が新大阪にするりと止まり、わたしは両手に熱々のミル挽き珈琲を持ってKの隣に乗り込んだ。

    東京で暮らすKと会うのは数ヶ月ぶりだ。Kは明るめの色に染めてきっちりと切りそろえられたボブカットに、雨なのに重そうな黒いワンピースを着込んでいた。今から美術館に行きます!という雰囲気がきちんと出ている。思いきり歩きやすい格好をして、極限まで荷物を減らしてきただけのわたしは感心した。
    「仕事忙しいの?」「まぁねぇ・・。」珈琲を手渡しつつKの近況を探る。

    Kはアラフォーあるあるで出世したため仕事が増え、部下についたのは新入社員でさらにやることが増え、終電で帰るような生活らしかった。それで返信が遅かったのか。
    通常、LINEを一ヶ月既読スルーされたら旅行の計画は流れそうなものだが、わたしたちの付き合いは長い。30年以上になる。
    それにわたしも仕事柄、要所で忙しいステークホルダーの意向を取り入れつつ計画を前に進めることにかけてはプロなのだ。

    Kはさらに、今日もちょっと仕事の電話をしないといけない、ごめんね。と言っていて、おいおいまじで社畜じゃないかよと思いながらも口には出さず、気にしないでいいよとひと言。過労でメンタルを病んでいないかは気にしていこうと決める。

    この日、日本列島を2つの台風が横切っていた。わたしたちは西へ向かった。いつもとは違い、東京と逆方向の新幹線に乗っていることが心地よかった。車窓からは田んぼや山がみえてきた。2回乗り換えてワンマンの2両しかない普通電車で今日の目的地に着いた。雨が降っていたが、幸いそこまで荒れた天気ではない。

    ランチに何を食べるか相談しながら街の洋食屋や台湾料理屋の前を通る。昼どきで、そこらじゅうからいい匂いがする。そして夜は和食だしねと言いながら、ハンバーガーに決めた。穏やかな瀬戸内の海をみながら黙々とハンバーガーをほうばる。

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    ランチを終えたわたしたちは海岸沿いを歩いて宿へと向かった。道路を挟んで向かいにはリハビリ施設があった。景色がよいので窓が大きくとられていて、おじいちゃんたちがジムにあるウォーキングマシーンみたいなやつでほがらかに身体を動かしているところが見える。おじいちゃんたちもこちら側、海のほうを見ていた。

    いいね、あんな老後っていいね、天国かもね。

    色あせた大きなTSUTAYAの看板もあった。
    最近みなくなったねTSUTAYA。借りなくなったねDVD。
    わたしたちはただ思いつくことを言い合った。

    軽く地図をみながら、わたしがKの少し前を歩いていた。人通りは少なく、傘に当たる雨の音だけがしていた。わたしは子どもの頃を思い出していた。わたしとKは北陸の田舎で育った。

    と突然、ガタッと音がして「痛っ」と声がした。

    振り返ると段差の下でKの両手が地面に着いていた。
    大丈夫?立てる?手をどうぞ、と手を差し出す。Kは「ありがとう。いたたたた・・歩けないかもしれない・・。」と言い出す。なん・・だと・・?

    なお、段差は5cmほどである。こういう時、子どもはすぐに立ち上がるがアラフォーはだめなのか。
    もし時間を巻き戻せるなら、段差のない道を選びたい。でももう起こってしまったのだ。

    Kの後頭部と裾が踏まれたワンピース、そして底の厚いレインブーツを見つめる。転んだ原因の半分くらいはその装備にありそうだなという無駄な分析をしている間になんとかKは立ち上がった。よかった。
    片方のひざは大きく擦りむいている。痛そう。

    とりあえず絆創膏を買おうということになり、5m先のセブン-イレブンまで限りなくゆっくりと歩く。
    去年も出張中に地下鉄でこけて、靴が履けないほど足が腫れて、2ヶ月間歩けなかったんだ、とKが話し出した。

    初めて聞くエピソードだった。普段、わたしたちは東京と大阪で離れて暮らしている。日常をこまかに共有しているわけではないのだ。
    その時と同じ足首をひねってしまったとのこと。うーんわたしたちの旅は宿に着く前に終了してしまったのだろうか。まぁとにかく今は手当だ。

    絆創膏と、患部を冷やすための冷却スプレーを買って、さらに少し歩いて宿に到着した。新しくて感じのよい、コンパクトなホテルだった。Kにはロビーに座ってもらって、チェックインの手続きをする。幸い、もう部屋を使えるらしい。

    部屋に着いてわたしはまずGeminiに手当の相談をした。足を高くして圧迫と冷却、安静。枕をベッドの足元に置いてそこに足をのせてもらい、タオルを足に巻いてスプレーで冷却。Kは近くの整形外科を探して電話。あの海岸で見たリハビリ施設に併設された病院にはやはり整形外科が入っていた。

    が、このときすでに午後であり、外来は終わってしまったとのこと。せめてドラッグストアでシップやサポーターを買うことになった。足ひねり経験者のKはこういう時に何を買うべきかだけは的確だった。買い出しは当然わたしがひとりで行くことにした。

    そしてわたしが部屋を出るとき、ベッドに横になり足を固定した状態で、Kはほんとうに仕事の電話をしていた。何事もなかったかのように。わたしの親友はやばい状態だ。いろんな意味で。

    かくして、わたしはひとり見知らぬ田舎を雨の中「ドラッグコスモス」に向かって歩き出したのだった。

    第二章 漫画と老い

    わたしが調達したシップやサポーターを身に着けて、ほっとしたように横になったKに「これはもう、休めというお告げだと思う。」とわたしははっきり言った。

    「そうだね・・。ごめんねぇ・・。」と力なくKは言った。「いいって。どうせ雨だしゆっくりしよう。わたしは温泉でも入ってくるわ。晩ごはんは一緒に行こう。」

    宿の近くに温泉施設があり、宿泊者は何度でも入ることができるらしい。入ってみると内風呂、露天風呂が何種類かと、サウナまである。天気が悪くて、しかもまだ早めの時間だからか空いている。

    塩からくてぬるめの温泉の効能には「ねんざ」と書かれていた。あとでKにも教えてやろう。

    降ったり止んだりする雨をみながらいろいろな形の湯船とサウナと、ととのいスポットを行ったり来たりして時間を無為に過ごした。いよいよそれにも疲れてきて風呂からあがり、のんびりと着替えて髪を乾かした。

    それでもまだ時間があった。Kは部屋で寝ているかもしれない。わたしは上の階の休憩室をのぞいてみた。

    そこには壁一面の漫画棚が二面くらいあった。ボロボロになった「ちいかわ」、懐かしい「フルーツバスケット」、そんなに続いてたの?って感じの「BLEACH」、最近の「呪術廻戦」「鬼滅」なんかもそろってる。
    「ハイキュー!!」を読もうかとも思ったが、一冊で区切りのいい漫画のほうがいいだろう。わたしは最近読んでいなかった「きのう何食べた?」24巻を手に取った。その時点での最新巻だった。

    この漫画はサザエさん方式ではなくきちんと歳をとる。主人公のシロさんとケンジの老いが久しぶりに会った親戚のおじさんみたいに伝わって来た。わたしがこの漫画から離れている間に、シロさんはケンジと結婚式を挙げ、そこにはお互いの親や同僚も出席したらしい。休憩室の椅子に寝転がりながら、ふたりの人生の歩みを思った。

    その巻の終わりに、突然シロさんのお母さんが亡くなる。この物語の初期には、変な壺を買ったりと妙なやり方でシロさんを心配していたお母さんだ。

    かつて家に来ないでくれと言ってごめんなさい。妻にはもろいところがあって、あの時はああ言うしかなかった。でも、妻は生きているうちにあなたを受け入れることに間に合った。あなたがこれからも息子と共に生きてくれることが、どれほどありがたいか。という意味のことをシロさんのお父さんがケンジに言って、わたしもケンジも涙を流した。

    去年久しぶりにわたしの実家に来て、真っ先に父の仏壇に手を合わせてくれたKの後ろ姿を思い出した。

    わたしとKは友人関係であり、彼らのように同性愛の関係や家族ではないけれど、ここまで長い付き合いになると代わりになる存在はもういない。相手に人としてゆるぎのない信頼がある。たぶん、どちらかが死ぬまで関わりは続くんじゃないか。これは目標とかじゃなくて、ただの希望であり予測だ。

    親しそうに一緒に温泉に入る女性たちをみてわたしは「いーなー」と正直思ったし、この時間は家にいるはずの子どもと夫に会いたくなった。わたしとKはこのまま、明日には何も見ずに新幹線に乗ってただ帰るのかもしれない。お互いに忙しい中、少しの無理をして決行した結果がこれだ。
    ただわたしたちはもっと大きな流れの中で今この旅の中にいる。そういえばKが旅行に財布を忘れていたこともあったっけ。仕方がない。あるいはもっと若いときであったら、お互いにもう少しイライラしたり、気まずくなったりしたんじゃないだろうか。

    第三章 「最悪」

    わたしが宿に戻ると、幸いにもKは歩くことができて、夕食をとるために徒歩5分くらいの小さなお店に歩いて向かった。
    「はい、ここ段差あるよ〜。」このあたりから、わたしはKに動線のあらゆる段差を事前に告知していた。
    出入り口の段差のことを、見送るとき毎回言ってくれる近所のバーのマスターを思い出した。そんなに心配しなくても、大した段差じゃないし、と毎回思っていたが、あの行いの意義と優しさを今のわたしは知っている。

    これから夕食だというのに、わたしたちは歩くことに神経を使いすぎていた。「旅行なんだし、テンションあげてこう!」「そうだよね!」空元気を振りしぼる。天気は雨。

    外からは全く様子の見えない小さなお店にたどり着いた。勇気を出して扉を開けて中に入ると、明るい店内で地元のひとたちがわいわいとご飯を食べて飲んでいた。カウンターとテーブルがひとつ。予約した名前を告げ、店主と思われる男性に促されてわたしたちは静かにカウンターの隅に座った。

    真正面のでかい液晶テレビがまぶしい。カウンターの前に汚れたお盆、その内側には請求書や明細書が雑然と積まれている。向かいの棚には「アリ撃退」のスプレーの横にグラス。微妙だ。観察すればするほどこの店はあまりよくない予感がしてくる。落ち着こう。少なくとも地元の人が来店しているじゃないか。

    生ビールが運ばれてきて自分の思考が途切れてほっとする。店主にご旅行ですか?どちらから?と聞かれて、手短にそれぞれ東京と大阪からきたこと、明日は直島に渡ろうと思っていることを伝えた。にこやかに。さすがにKのケガのことまでは言わない。

    ひととおり聞いて「最悪ですね〜。」と店主は言った。わたしは笑えなかった。彼は天候のことを言っているのだろうが、わたしの連れは旅行の初日にコケて足をくじいてるわけで、ほんとに最悪だからだ。それを言わないし感じないようにして、やっとここにたどり着いた努力をパーにされた気がしたのだ。予感的中だ。

    なぜこいつは初対面の我々にそんなことを言うのだ?そういえば、わたしは予約の電話のとき、店主が最後に「それではお待ちしています。」の「す。」を言う前にうっかりスマホを触って失礼にも電話を切ってしまった。もしかしてそれがめちゃくちゃ感じ悪くて、予約から1ヶ月を経て、こうやって対面で復讐されているのかもしれない。

    そんなことを豪速で思考している間に、店主はわたしの前からいなくなっていた。
    「や〜これで足をケガした話なんかしたら、最悪どころじゃないよね。」「普通にひかれるよね。」「言えないわぁ。」わたしとKは笑い合った。

    わたしたちの絶妙に暗い反応をみて、店主はその後、当たり障りのない接し方に変更してくれた。幸いにも刺身など素材もよく、料理はわるくなかった。普段、元気なときならいつまでも酒を飲んでいるわたしたちだが、そのときは1時間ほどで食事をきり上げ、なんとかふたりで温泉に入りに行った。湯上がりにはビール、ではなくフルーツ牛乳を飲んだ。言うまでもなく、アルコールはケガの治りを遅くする。

    今日は早く寝よう。それしかない!わたしたちはKの足が少しでもよくなるよう祈り、眠りについた。

    第四章 オープン・フィールド

    「私はいつも通りには歩けないから、わるいけれど、ひとりで予定通り直島に行ってきてくれないかな。」とKは言った。「え、いいの?」とわたし。置いていくのはさすがに悪いかと思ったのだ。「いいに決まってるよ。ここまで来て直島に行かないなんてないよ。私も調子よければ後から行くからさ。」と昨晩からKは言ってくれていた。

    わたしは2日目に、朝から地中美術館に行く予定を組んでいたのだ。そしてKが直島に行くのは3度目で、わたしは初めてだった。

    2日目の朝がきて、Kの足は思ったより腫れてはいなかった。「前回足をひねったときは、そのまま仕事して出張に行って新卒の引率をしたんだよね。そのあと腫れて。」「・・歩けなくなったのはそのせいじゃないの。」「それはみんなに言われたよ・・。」

    今回は同じ轍を踏まず、休んだのがよかったのだと言い合った。Kはチェックアウトの時間までゆっくりすると言い、あとで直島で落ち合おうと約束をして、わたしは先に宿を出た。雨は止んでいた。

    直島はアートの島らしいから、とにかくしゃれた場所なのだろうと思っていたが、フェリーから降りてきた直島帰りの人々は雨具を着こみ、昨日の悪天候を耐えた苦労がにじみ出ていた。

    フェリーはゆっくりと進み、島々が近づいてくるとそわそわと人々が出口に並び出す。わたしもその流れに乗る。
    外は風が吹いて肌寒い。わたしは上着をはおり、半袖の男性が寒そうに腕をさすった。
    フェリーから降りてまずバス停に向かうと、松葉杖をついた女性が先頭に並んでいた。足の悪いひともがんばって来ているのだ。しかも海外から。中年の夫婦に、高齢の女性のペア、雨具を着た家族もバスを待っていた。ここはのどかな普通の島に見える。来ている人が多国籍で、水玉の赤いカボチャがある以外は。

    町内バスとベネッセの巡回バスを乗り継いでいる間に人が減ってきて、地中美術館の開館を待合室で静かに待った。こんなところに美術館を作るなんて勇気あるなぁ・・と思いながら。

    おばあさんが売店の女性に、この辺の生活はどうですか?と尋ね、海が穏やかで子どもたちを遊ばせやすいですね。野菜とかはあんまりとれなくて、食よりは景色って感じです。と売店の女性が答える。

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    そうしているうちに、開館するのでこちらへどうぞ、と言われ、意図を持って整えられた庭を通る。どこに美術館があるのか全然わからない。細い通路を進み、階段を降りたと思ったら、美術館の内部に入り込んでいる。順路はない。わたしは楽しみにしていたジェームズ・タレルの部屋へまず向かった。

    青い立方体の光を観察して、投影か・・と思ったあと、道は二手にわかれた。案内人に「どちらからでもどうぞ」と言われて右の部屋に入ると写真でみたことのある、天井がぽっかりと四角く空いた部屋に出た。この日は曇りで、建物と空の境界はあいまいだ。

    みんなはモネの部屋に行っていて、誰もいない。座ってぼうっと上を見ていると、油断した頃にバサバサッと鳥が通り抜ける。ここにいると、カオスな外界と自分が和解できているような気がした。気に入らないこと、思い通りにいかないことをすべて許せそうな。

    のんびりしたあと、左の部屋へ。こちらは順番待ちらしい。靴を脱いで若い男性2人組と一緒に部屋に入る。祭壇みたいな階段をてきとうに登ろうとすると、下で待ってくださいと言われる。この部屋にはいろいろとルールがあるらしい。その後の展開で男性の2人組は声を出して驚き、わたしはサマー・ウォーズの電脳世界を思い出した。
    わかってしまうと、なんともシンプルだ。

    わたしはアートだけをみてものすごく感動したりすることはあまりない。でも、この美術館ではたった3人のアーティストの世界観に向かってすべてが設計され、自然という不確実なものまで取り込まれていて、その整合性の取り方に強く惹かれた。

    わたしが地中美術館を出るとき、入れ違いで地中美術館にやってきたKとタッチする。足の調子もわるくなさそうだなーと思う。
    階段ばっかりだけど探せばエレベーターがあったよ!とLINEする。

    わたしにはこの滞在でもう一つ、Kとの合流を遅らせてでもどうしても行っておきたいところがあった。南寺という場所だった。同じくジェームズ・タレルと安藤忠雄の作品だ。お世話になっている人は、南寺で人生変わったらしい。またバスを乗り継いでいく。

    本村エリアは古民家が連なる町で、公民館や郵便局もある。真っ黒な南寺は公園の隣に静かに建っていた。その公園のベンチで犬や猫を眺めて時間をつぶす。島にはなぜ野良猫が多いのだろう。
    時間が来て、案内に従って南寺の中に入るが中は真っ暗だ。前の人にぶつかってしまう。「まずベンチに座ってくださいね。」と言われるがどれがベンチなんだ。
    わからないことは怖いし不気味だ、ということをわたしは全身で体感した。

    そして、そんなことできない!と思っていたことが、帰りにはあっさりとできていた。

    わたしは数ヶ月後に仕事を辞めてしばらく何もしない予定で、それが実は恐ろしかったが、自分で決めたのだから前を向かなければなんて思っていた。でもいくら計算して、計画を立てても本当は恐ろしかった。
    わたしは本物の闇のなかに置かれて、そう感じてもいいのだと理解した。わからないから、やったことがないから怖いのだ。その闇の中でもぞもぞしたり、時間をかけて待っていれば少しずつわかってくるのだろう。ありがとうジェームズ・タレル。

    南寺の恐怖を克服したわたしは町内バスの中でKと合流した。Kも無事に地中美術館を堪能できたらしい。あれ?なんか別行動は多いけどふつうの旅行になってきてるな。よかったな。

    わたしたちは直島の塩アイスを食べたりして、今度は一緒にフェリーに乗り、また普通電車に乗った。帰路につくのだ。

    第五章 逆転

    あとは新幹線に乗って帰るだけだ。とうとう無事にここまで来たんだ。

    新幹線の出発まであと1時間はあった。お土産をみて、駅構内の角打ちコーナーで地ビールで乾杯するわたしたち。立ち呑みができるなんて初日からは信じられない、足もいい感じだね!やーよかったよかった。

    わたしが東京に住んでいたときには、Kとはあらゆる場所でこうやってよく飲んだものだった。また、こういう時間を過ごしたかったんだ。

    わたしたちのほかに、学会か何かの帰りのスーツのおじさん集団がお疲れー!なんて言い合ってビールや地酒を飲んですでに酔っぱらっていた。巨大な蠅がカウンターのまわりをうろつき、去っていった。

    わたしはたった350mlのビールを50mlほど残してなかなか飲み終えられない自分に気がつきはじめていた。Kのグラスはとっくに空いている。普段ならノーカウントにできるくらいの量だ。何かがおかしい。酸素が薄いような気がする。しゃがみこんで水を飲んでみたがだめだった。酔っぱらっているというより、頭が重くてただ息苦しかった。

    わたしの異変に気がついたKがホームで座って新幹線を待とう、と言ってくれて、わたしたちは改札に向かった。でも歩いているうちにわたしの視界は壊れたディスプレイのように画がところどころ白く欠けはじめた。これはだめだ。

    目が見えなくて歩けない、と正直にKに言って、近くの郵便コーナーで体調が悪いので休めるところはありませんかと聞いた。が、郵便コーナーの人はもちろんわからない。わたしはその場でしゃがみこんだ。

    ここで待ってて駅員呼んでくる、とKが言ってわたしから離れたことを感じる。

    わたしは何も考えられなかった。郵便コーナーの人がオフィスチェアを出してくれた。それにつかまってありがたく座ると冷や汗がどっと出て、視界が戻り出した。

    何が起こったのかをようやく理解する。わたしは低血圧で、たまにこの迷走神経反射をやってしまう。でもこれまでは全て、病院での処置や検査の後に起こったことで、まさか大好きなビールを飲んでいるときにやってしまうなんて・・。

    そしてKが車椅子を持った駅員とともに戻ってきた。まじか、足をケガしてないわたしが車椅子に乗るのか・・。
    迷走神経反射自体は別に危険な状態ではないが、急に倒れて頭などを打つのをさけるため、血圧が戻るまで安静にする必要がある。あるけど・・。

    Kも駅員もわたしを車椅子に乗せてどこかへ連れて行く気まんまんである。このオフィスチェアに座ってれば大丈夫そうなんですけどとは、もう言えない。

    親切そうな駅員はわたしを車椅子に乗せ、それを押して「改札はあとでなんとでもなりますから!」と構内を爆走。Kがこのスピードについてこられるか心配だった。「あの人も足をケガしているのですが」と言おうとしたが、車椅子が2台になったり話がややこしくなりそうでためらっているうちにドアの前で停止した。

    駅員は清潔そうな休憩室に通してくれた。Kもついてきていた。
    「出るときに声かけてくださったらいいですから!」と駅員は車椅子と共にさわやかに去っていった。
    死ぬほど気まずかったがセオリーを守り、ベッドに横になるわたし。Kもソファーに腰を下ろす。

    「新幹線乗れそう?」「あーうんたぶん大丈夫。ごめんねぇ。」

    初日と立場逆転である。口にこそ出さないが、Kの全身から「お互いさまだから!」というオーラが立ち昇っている気がする。くそっ悔しい。ここで最後までわたしがしっかりしていれば・・。たぶんジェームズ・タレルの生み出した緊張とビールの緩急の落差のせいだ。あれで血圧が下がりすぎてしまったのだ。ジェームズ・タレルめ・・。

    そして、わたしたちは予定通りの新幹線で帰った。ここで無事に帰れなかったら伝説の旅となり、ふたりで旅行に行くのは危険だからもうやめよう、となるかもしれないから絶対に無事に帰るのだ。
    新幹線では当然のように血圧の話になった。完全に中年だ。Kはわたしと逆で高血圧らしい。

    アラフォーの旅は危険がいっぱいだ。家にいたほうが安全なのに、なぜ旅に出てしまったのか。
    それでもわたしたちの感想は「楽しかった。ありがとう。」だった。

    今度はもう少し体力をつけて、宿にこもるような安全な旅でもしようか、と話をして、またわたしたちは新大阪で別れた。

     
     

    mamedai

     
     
    東京から関西に移住した元プロダクトマネージャー。キャリアブレイク中。 子どもと夫の三人暮らし。いつも等身大。 Amazonアソシエイトに参加しています。