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[南方戦線物語]『おっちゃん』の太平洋戦争 ~"死ねば問題解決""みんなで死のう"の時代を生き延びて戦後に実業家として成功した人のホンネ~ 1万1190字


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    戦時中の漫画より


    プロローグ:南方戦線なんぽうせんせんで戦って捕虜になった『おっちゃん』

    50年近く前に親戚の『おっちゃん』が話してくれた戦争中の体験談である。『おっちゃん』は関西の財界の大物。私ざっくばらんが養子に行くことになっていた人物。養子話は実母がひねり潰つぶして御破算ごはさんとなった。以降、私は『おっちゃん』には会っていない。

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    南方戦線の日本兵

    今回の執筆にあたり、実際の出来事との整合性を見ました。『おっちゃん』の話はほぼ事実であり、ちゃんと追跡できました。


    全国民が国&軍からの命令に絶対服従したわけではない

    太平洋戦争を回顧かいこする特集がマスコミで増える季節になりました。

    ――悲壮ひそうな…
    ――悲惨ひさんな…
    ――愚おろかしい…
    ――無謀むぼうな…
    太平洋戦争については必ず"お約束の形容詞"がつきまといます。

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    政府&軍の政治宣伝プロパガンダ&命令に日本人全員が"鬼畜米英きちくべいえい、撃うちてし止やまむ"などと叫んで素直すなおに従したがっていたわけではありません。

    政府&軍の政治宣伝プロパガンダ&命令に疑うたがいを覚おぼえた人たちは、自分自身が潰つぶされないよう、巧たくみに動きました。その一人が『おっちゃん』でした。

    以下『おっちゃん』の会話風で記述していきます。

    戦時中のコンテンツはどうしても白黒写真&白黒フィルムがほとんどのため、現代人の我々から見れば、いまひとつ実感がわきません。今回は、着色されたコンテンツのみを採用することで、現代社会との連続性を示してみました。
    閲覧時のデータ容量が重たくなることをご容赦ようしゃください。



    『おっちゃん』の南方戦線物語

    日本は日華事変で物資不足→そこへ大東亜戦争へ突入

    ワシの家は裕福だけど、日華事変からは"物"が無かった。おカネがあっても物が無くて買えなかった。物資統制のせいだ。漁港だから食糧には困こまらなかったのが幸さいわいだ。

    戦前の日本はめちゃくちゃ豊かな国だった。戦前に牛肉のステーキを食べたことが何回もある。日華事変ですべてが変わった。そこへ大東亜戦争が始まった。

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    当時の日本は肉類の不足が深刻だった



    家計を助けるために軍へ入隊

    ワシは軍隊に入って口減くちべらしになろうと考えた。ワシの分の食事が浮うくし、周囲からの評判も良くなるから。

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    戦前の漫画より:兵舎内での食事の様子
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    戦前の漫画より:兵舎内での食事の様子


    従弟いとこたちも何人かが同じ師団にいた。目端めはしの利くやつらはみんな軍隊に入った。

    地元には善通寺ぜんつうじ第55師団があった。後にニューギニアでのポートモレスビーの戦いにからむ軍隊。おっちゃんもこの戦いに参加した。

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    戦前の漫画より:中国語会話も兼ねた内容
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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より

    従弟いとこの1人は陸軍中野なかの学校へ抜擢され、中国本土の民撫プロパガンダ工作に従事した。

    この人が戦地から送って来た写真は、検閲けんえつのせいで本人以外の人物がほとんど切り取られており、小さな断片みたいな写真が多い。『日華親善野球大会』の代表選手として出場した写真があるし、中華民国臨時政権の汪兆銘おうちょうめいとおぼしき人物とのツーショットもある。モンゴル向けやソ連向けの民撫プロパガンダ工作にも従事していた模様。

    現地で戦死したとのことだが「あの人が死ぬわけない。どうせ中国人かモンゴル人として生き延びているよ」と周囲は言っていた。

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    戦前の漫画より:満州における警備。不気味なソ連と対峙しており、みんなが嫌がった
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    戦前の漫画より:『斥候せっこう』:敵地探索任務


    当時は『満州でひと山を当あてる』『南方なんぽう天国』と言われていた。満州や東南アジアへ行けば物がたくさんあって、豊かな生活ができるという話。『外地がいち』と呼んでいた。

    日本本土『内地ないち』の貧まずしい生活から逃のがれるために軍隊に入るやつが多かった。

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    戦前の漫画より:日本の生命線だった満州


    ワシは、英語の辞書と、中国語・マレー語の語学講座の本をずっと持っていた。

    「敵性語として英語は禁止された」という話は、見せしめ用の話。「大っぴらに英語をしゃべるな」ということであって、戦後にマスコミが大袈裟おおげさに話を煽あおっている。

    英語がそこそこできる奴は軍隊で重宝ちょうほうされた。


    軍隊は弱い者いじめが大好き

    「軍は正義」「軍は聖職」などと当時は言われていて、あこがれもあった。

    ところが、イジメの毎日だ。上級兵から呼び出されて、難癖なんくせつけられて、殴なぐられる。新兵は全員やられた。

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    戦前の漫画より:訓練での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:訓練での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:訓練での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:訓練での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:訓練での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:検査での注意がイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:検査での注意がイジメの理由になった


    カツアゲも当たり前。上官は何も言わない。尊敬できるような上官はいなかった。(軍隊はそういう場所なのだ)と学んだ。

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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より:「動きが遅い」はイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:「動きが遅い」はイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:「動きが遅い」はイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:「動きが遅い」はイジメの理由になった


    二・二六事件で軍隊は庶民から人気があったけど(それは一面だけだ)と薄々わかってきた。「軍人たちは自分の出世のために戦争を続けたがっている」というホンネも見えてきた。

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    戦前の漫画より:幹部からの注意はイジメの理由になった
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    戦前の漫画より:「気が利かない」はイジメの理由になった


    イジメがひどいので、気ごころ知れた仲間の間では「戦場に行ったら、真っ先に上官から撃ち殺そうぜ」と冗談半分で言い合っていた。


    ニューギニアへ遠征:お腹なかいっぱいで、ケンカせず

    師団はニューギニア島へ派遣された。日本が制海権をまだ握にぎっていたから、無事に着いた。

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    緑色:ニューギニア島

    『南方天国』は本当だった。あんなに食べ物に恵まれたのは日華事変以来だった。

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    戦前の漫画より:炊事の様子
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    戦前の漫画より


    お腹なかが充みたされるとニンゲンは喧嘩けんかしなくなるみたいだ。あれだけ大嫌いだった上官たちだが、ごきげんで、良い人になった。実は、みんな良い人だった。内地ないちでは鬼おにか夜叉やしゃかに見えた人たちなのに。

    わかって良かった。お腹が空すいて、みんながイライラしていたのだろう。

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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より


    みんなが仲直りできた。飢うえることは罪つみ作りだと思った。「戦場に行ったら、真っ先に上官から撃ち殺そうぜ」は取り消した。

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    戦前の漫画より


    米豪軍を蹴散けちらす!…飛行場はセメントで"手作り"

    初めて鬼畜米英きちくべいえいと遭遇そうぐうした。南方天国で腹はらごしらえできたし、アジア解放の聖戦だ、白人どもをやっちまえ、ってな感じで、勢いきおいで勝った。

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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より


    ――鬼畜きちくどもは、たいしたことないな!
    ――桃太郎の鬼退治おにたいじでござる!
    …とみんなで大笑いした。団結心が高まった。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    ニューギニア島で飛行場を作ることになった。鍬くわや鎌かまで草刈くさかりして整地せいちして、石拾いしひろいして、セメントを手でこねて、ペタペタと…手作り飛行場だ(笑。

    1週間でセメントが乾いた。ゼロ戦がいっぱい飛んできて、がたがたの滑走路を行き来した。みんなで万歳三唱した。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
    『ゼロ戦』は"躍進日本"のシンボルだった

    『おっちゃん』が参加したのはホーランジア飛行場建設工事。昭和しょうわ18年=1943年3月に完成。

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    ニューギニア島は島全体がほぼジャングル状態。
    赤点:島の首都であるポートモレスビー 黄点:ホーランジア飛行場


    米軍の猛反撃で大混乱→山を越えることに

    米軍が大反撃を開始した。なぜか日本軍はこてんぱんに負けるようになった。ゼロ戦が撃ち落されていく。米軍の戦闘機ばかり飛んできて空襲される。

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    いつの間にか、アメリカ軍が制空権を握っていた


    転進てんしんの命令が出た。「ジャングルを抜けて海岸に出ろ」と。「陣形じんけいの立て直しだ」と。

    みんな陽気ようきなもので「ジャングルの大蛇だいじゃを食べながら、のんきに行きますか」などと言い合った。
    ――持久戦じきゅうせん、どんと来い!

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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より


    ジャングルは悲惨

    いざジャングルに入ると、危ない動物や昆虫がいっぱいいた。
    ――大きな猿の集団:幻の『ギガントピテクス』??
    ――虎
    ――鰐わに
    ――毒蛇
    ――蠍サソリ
    ――毒蜘蛛どくぐも
    ――人喰い蟻
    日本ではお目にかからない生物ばかりだった。

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    得体えたいの知れない野蛮な部族からも襲われた。

    最初の数日でかなりの兵隊が蚊かに咬かまれてマラリアになっていた。

    飲み水が無い。どの水も泥水で、飲めない。飲むと下痢げりする。水筒の水は貴重品になった。

    「ジャングルの大蛇を食べながら、のんきに行きますか」なんて笑っていたのは三日目まで。みんな意気消沈して、マラリア患者を運びながら山をトボトボ歩いた。


    大蛇だいじゃを機関銃で撃ち殺すも、肉は臭くさくて食べられなかった

    体長20メートルの大きなニシキヘビが目の前にいた。ニンゲンを丸呑みできるほど大きなヘビ!

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    拳銃ではビクともしなかったので、ワシらは機関銃で頭をぶち抜いて退治した。

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    ――これはごちそうだ! 何百人分の食糧かな!

    さっそく肉を切り裂いて、火であぶった。臭いが、ウンコの臭いがする。嫌な予感がしながら食べてみたら、ウンコそのものの食感と臭いだった。食べられない。

    「ジャングルの大蛇を食べながら、のんきに行きますか」は幻まぼろしに終わった。せっかくのごちそうが幻まぼろしに終わった。

    ヘビは血抜きしないと食べられない。お腹に糞ふんがたまっていることもある。全長20メートルのヘビの血抜きは時間がかかりすぎるけど。
    ワニの肉なら、そのまま焼いて食べられる。しかも、すごく美味しい。ワニを獲ればよかったのに… byざっくばらん


    米豪軍に挟はさみ撃うちされ、上官たちは切腹ハラキリ

    ふらふらの中、米軍との接近戦になった。腹減って、マラリア患者ばかりで、戦闘にはならない。最初に勝った時とは真反対だ。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    上官たちは状況判断がつかず、命令はヤケクソだった。敵が十字砲火じゅうじほうかを構かまえているところへ「最後のご奉公ほうこうで突撃せよ」と命じたのだ。

    (あほか!)と思った。無駄死むだじにだ。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
    日本軍が白兵戦に持ち込めた突撃作戦は太平洋戦争の初期のみ。
    米軍が十字砲火陣地を構築して以降の突撃作戦は死者を増やすだけだった。


    ワシらの目の前で、上官たちが米軍に向かって啖呵たんかを切って切腹ハラキリした。かっこいいとは思わなかった。

    (兵隊たちをほったらかして無責任すぎる。しかも敵を挑発して興奮させやがって! なんてことしてくれるんだ!)――と思った。

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    バカ真面目まじめに、本気で、十字砲火に突撃する兵隊もたくさんいた。無駄死むだじにだ。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    やってられないので、ワシは「突撃してすぐ撃たれた」というフリをした。地面に伏ふせておれば敵の十字砲火に当たらない。同じことを考えたやつが何人かいて、生き残った。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    (ここで死んだら無駄死むだじにだ。次の戦いでやり返して見せる!)と心に誓ちかった。


    山を無事に越えたのは百人もいなかった

    米豪軍に蹴散けちらされ、マラリアの兵士はジャングルでほとんど死んだ。食料と水がまともに無いから、飢うえて死ぬ兵士もいた。

    命令通りになんとか到着したのは百人もいなかった。体調の思わしくない者は内地ないちや別の場所へ後送こうそうされた。五体満足なのはワシら20人ほどだけだった。

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    戦前の漫画より
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    戦前の漫画より


    ご飯をもらって数日の間養生ようじょうしたら、サイパン島へ行けと言われた。

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    衛星写真より 上:サイパン島 下:テニアン島


    地獄のサイパン。ここでも無駄死むだじに。偽装投降して米軍に一矢報いっしむくいることに

    サイパン入りしてまもなく、米軍が押し寄せた。十字砲火どころではない。すさまじい猛攻撃だった。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    ここでも「最後のご奉公ほうこうだ。自決せよ」と触ふれ回る軍人たちがいた。自殺の無理強むりじいだった。サイパン島では、民間人にも自殺を無理強いしていた。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    (なんですぐ自決じけつなんだよ? やり返せよ? どうして、そういう発想がないのだろ?)――とワシは軍の命令が情けなく思えた。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    ワシは考えた。
    ――ワシは犬死いぬじにしない。米軍にひと泡吹あわふかせてから死んでやる。そうでないと気が済まない!

    ワシは偽装投降した。英語はちょっとわかるから。日本人が続々と自決していく中、ワシは投降した。米兵たちはびっくりしていた。日本兵が投降したことと、ワシが英語をしゃべることで。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    英語をしゃべったら、米兵が親近感を持ってくれた

    どうやら胃腸病を患わずらっていたらしく、米軍基地の病院で治療を受けた。衛生的で、きれいだった。物が無い日本軍とは大きな差があった。

    ワシはあくまで偽装投降だ。基地の内部事情を探さぐり、どこをどう攻撃するか思案した。歩けるようになると、積極的に歩いて、基地を調べた。英語を多少解するから、米兵たちは親切だった。ワシがうろうろしていても、逆に丁寧に教えてくれた。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    そのうち、米兵たちは「これはお前に特別だ」と、果物やチョコレートやジュースや缶詰をワシにくれるようになった。アメリカの豊かさを痛感させられた。

    ――なんで日本人は投降せず、自殺を選ぶのか?
    …米兵たちには一番の謎だった。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
    戦陣訓せんじんくん:生きて虜囚りょしゅうの辱はずかしめを受けず。
    「捕まるくらいなら死ね!」と大多数の日本人は解釈していた。


    ――そういうふうに教育されている。それがカッコイイと思っている。ニューギニアでは、十字砲火の中に突撃命令が出て、たくさんの兵隊が喜んで万歳突撃ばんざいとつげきして死んだ。上官たちは米軍の前で切腹はらきりした。でも、ワシはカッコいいとは思わない。

    「ワシはカッコいいとは思わない」と答えると、米兵たちは「お前は日本人でも常識のあるやつだ」と言った。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    アメリカはアスファルトの空港をたった一日で造った!

    数日後、米兵たちが「部屋の換気をせよ」と日本人捕虜へ通達した。窓を開けると、暑くて眩まぶしい日差ひざしが照っていた。

    外には、見たことの無い大きな機械類があった。何の兵器なのかと思っていたら、その機械類がフル稼働して、たった一日で、大きな、アスファルトの滑走路を数本も作った。

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    『おっちゃん』が見た光景の想像図


    ワシらはニューギニアで、セメントを手でこねて、でこぼこの滑走路を、一週間かけて作った。アメリカは、アスファルトでできた、綺麗な、平らな滑走路を、何本も、たった一日で造った。

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    『おっちゃん』が見た光景の想像図

    テニアン島のハゴイ飛行場の話。実際には丸二日かかっているが「あっという間に立派なアスファルトの滑走路が数本できた」のは事実。

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    テニアン島のハゴイ飛行場。B29専用巨大飛行場。滑走路が4本見える。
    アメリカは重機類を動員して、たった二日間で完成させた


    工事用機械類を実際に触らせてくれた。米兵たちに感謝!

    ワシは仲良くなった米兵たちにきいた。
    ――あの機械類は何なんだ? すごい機械類だ。日本も欲しい。あんな機械類があれば、工事がはかどる。

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    ブルドーザー


    ――じゃ、見に行こう!
    米兵たちは、ワシを機械類の近くまで連れて行って、実際に触らせてくれた。技師を呼んで、目の前で運転して見せてくれた。大きな機械をたった一人で運転しているなんて信じられなかった。

    ワシは機械の迫力に驚くと同時に、最新の機械類の素晴らしさで感動した。

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    グレーダー:道路を平らに整地する


    米兵たちはワシに丁寧に詳しく説明してくれたが、専門用語だらけで、当時のワシの英語力ではわからなかった。とにかく素晴らしい工事用機械類だった。

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    ショベルカー

    今でいうブルドーザー、ショベルカー、グレーダー、ロードローラーらしい。

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    ロードローラー:アスファルトを平らに仕上げる


    B29を初めて見た! 工業力&技術力の違いに圧倒されて自爆テロを放棄

    その後、見たこともない巨大な飛行機が続々と飛んできた。銀ピカで眩まぶしかった。

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    『おっちゃん』が見た光景の想像図


    すごい数だった。目の前の滑走路は、その巨大な飛行機でいっぱいになった。

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    『おっちゃん』が見た光景の想像図


    仲良くなった米兵たちが話しかけてきた。
    ――あの爆撃機で東京を攻撃する。あの爆撃機の胴体は焼夷弾しょういだんでいっぱいだ。日本はすぐに負けるだろう。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん

    ワシは正直に言った。
    ――あんな大きな飛行機が空を飛ぶなんて信じられない。それも何十機もある。あなたたちの工業力と技術力は信じられない。ワシは日本は世界でも有数の工業国だと思っていた。ナチス・ドイツが世界一の工業力と技術力を持っていると思っていた。
    ――空港をたった一日で造り、あんな大きな爆撃機を飛ばす、あなたがたの国がうらやましい。日本も早く、あなたがたの国のような工業力と技術力を持ちたい。

    ワシは思った。(そもそも、アメリカの工業力と技術力を知っていれば、戦争なんかしなかった。国に騙だまされたようなものだ。)――と。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    ワシは自爆テロ計画を諦あきらめた。すべてでアメリカに負けている。ここで米兵を数十人殺したところで、大勢たいせいには影響ない。日本の負けは確実。むしろ、今からの日本をどうするのかを考えた方がいい。日本は空襲をされたら、あの機械類が必要だ。あの機械類を日本に持ち帰りたい。

    米兵たちは言った。
    ――我々はコーヒーを飲みながら東京を空襲する。日本人はその下でたくさん死ぬ。日本には早く降伏して欲しい。このままでは犠牲者が増えるだけだ。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん
    我々はコーヒーを飲みながら東京を空襲する。日本人はその下でたくさん死ぬ。


    ――コーヒーを飲みながら東京を空襲する。
    …に、工業力と科学力の差を痛感した。


    帰国後、B29の大空襲と原爆を知る

    戦争終結後すぐにワシは米軍の飛行機で日本へ戻れた。米兵たちはいっぱいお土産をくれた。英語がそこそこ解せることで米兵たちが特別扱いしてくれたようだった。「また会おうぜ」と、連絡先を教えてくれた。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    四国まで米軍の飛行機で来て、田舎の駅までは米軍のジープで送ってもらった。駅からは徒歩で家へ向かった。3時間ほど歩いた。入隊前と変わらぬ風景に、ほっとした。

    田舎では「なぜ死ななかったのだ! 非国民ひこくみんめ!」と玄関で父親おやじから怒鳴どなられた。しばらく玄関で立っていたら、父親おやじと母親おふくろが泣きながらワシを抱き寄せた。

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    戦前の漫画より:平和時ならこのような光景になったはず


    ――アメ公のせいでめちゃくちゃだ。アメ公が憎にくい!
    ――原爆まで落しやがって! 鬼畜米英だ!
    家族はみんなそう言うので、ワシは、サイパンで見た光景を話した。大きな機械類、目の前で見たB29のこと…

    ――おまえ、B29を間近まぢかで見たのか?
    ――はい。それそれは大きな大きな飛行機で、あんなものを空に飛ばすアメリカの技術力に圧倒されました。

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    「近くに来たら竹槍たけやりを投げれば当たる」と多くの日本人は思っていた


    田舎はB29の空襲は無かったが、空飛ぶB29の編隊はしょっちゅう見ており、あまりにも近くに見えるから、母親おふくろは「近くに来たら竹槍たけやりを投げれば当たる」と思っていた、という。情けない話だ。

    ――いやいや、とんでもなく大きな飛行機です。だから低空飛行に見えるのです。

    家族はみんな、驚おどろいた。
    ――工事用の機械類が素晴らしいのです。工事用の、すごい機械類がアメリカにはあります。人足にんそくの何百人分もの仕事をする機械があって、たった一人が運転しています。今からの日本の立て直しに絶対必要です。素晴らしい機械です。何とかならないかな、と考えてます。

    ――ほう。くわしく聞かせろ。
    商売人の父親おやじが興味を示した。


    日華事変以来の甘いお菓子に家族が涙した

    ここでようやく、米兵たちからもらった食料を家族に見せた。

    贅沢品ぜいたくひんから遠ざかっていた家族は「久しぶりにみるなあ!」と一斉いっせいに声を上げた。クッキーやらチョコやらキャンディーやら、甘い物。日華事変前以来の甘いお菓子だった。

    家族全員が黙々もくもくと食べた。みんな涙なみだが出て来た。

    ――たくさん死んだ…。×××オッサンも…●●さんも…△△君も…
    ――×●×さんも…
    数えてみれば、この小さな集落だけで20数名が戦死した。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    ほとんどが、ナチスドイツが降伏した後からの戦死者だった。ナチスドイツが降伏した時に日本も降伏しておれば、無駄な死傷者は無かったし、原爆も落されずに済んだし、B29が空襲することも無かった――と、ワシは今も思う。


    アメリカと商売をせねば!

    ――今からは、ボロボロの日本を立て直す時代だ。アメリカから機械類と製品を持ってきて、早く日本を立て直さなければならん。
    ――アメリカとの人脈コネは、どうやって作ればいいのやら?
    ――進駐軍が入って来るから、そこからかな?

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    家族全員で、今からの商売について真剣に話し合った。

    幕末の神戸開港直後に神戸へ出向いて外国人相手に商売しているような一族だから、これからのことに関心が高かった。
    英語や中国語を勉強する環境が当たり前なので、外国人アレルギーが無かった。当時の日本では珍しいケースかもしれない。


    進駐軍から工事用機械類に関する依頼が来た!

    実際に進駐軍が来た際、工事用機械類の日本への持ち込みに関して、進駐軍からワシに任まかされることになった。サイパンでお世話になった米兵たちがワシのことを覚おぼえてくれていた。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん


    「日本人にちゃんと機械の操作を説明してやってくれ」という。あの機械類が稼働している現場をちゃんと見たのは日本人ではワシくらいなものだ。ありがたい話だった。

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    プラモデルの箱:撮影:ざっくばらん




    "受け身の人""指示待ちニンゲン"はバカを見た時代でした

    「とりあえず、みんなで死ねば問題解決」の時代

    社会全体が戦争で混乱しています。戦地では敵に遭遇そうぐうして、命懸いのちがけの混乱となります。

    混乱に対処する術すべの無い責任者リーダーは、責任を痛感し、あるいは後々の責任追及から逃れるために自害します。責任者リーダーを失った人たちはますます混乱します。

    (とりあえず、みんなが死ねば問題が解決する)――という、戦時中の自決の無理強いは、解決策を見いだせない社会&組織の"混乱の極きわみ"とも言えます。

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    みんなで死ぬから怖くない!…と本気で思っていた時代でした


    今は、コロナ騒ぎとコメ騒ぎで個性&地域性&国民性&社会性が丸わかり

    コロナパンデミックでは「命に係かかわる危険の真っただ中における行動」が丸わかりになりました。個性&地域性&国民性&社会性が露骨にさらされました。

    今の日本のコメ騒動。「生活に係かかわる危険の真っただ中における行動」が丸わかりになりました。やはり、個性&地域性&国民性&社会性が露骨にさらされております。

    コロナとコメ騒ぎは戦争ではありません。しかしながら「生活&命に直結する重大リスクに直面した際の発想&行動」という点において、「社会全体が再び戦争に巻き込まれた際の発想&行動」と一線上にある気がします。

    「社会全体が再び戦争に巻き込まれた際の発想&行動」は、コロナとコメ騒ぎと同じ発想&行動を取るであろう――と推測されます。

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    テレビで言ってたよ、「お米の値段は下がりません」って。
    テレビはいつも正しい。
    …とうことで、コメの買いだめに忙しい人もいる


    責任者リーダーの判断力が怪あやしい時は自分で考えて動くように!

    今回の『おっちゃん』の体験談のポイントは次の一言ひとことに要約できそうです。

    ――"受け身の人""指示待ちニンゲン"はバカを見た時代。


    ・召集令状が来るまで穏便おんびんに戦争から逃のがれようとした人たち
    ・「敵性言語」という表向おもてむきの話を真まに受けていた人たち
    ・十字砲火への突撃命令に疑いを持たず飛び込んだ人たち
    ・「最後のご奉公だ」という"投げやりな言葉"にニンゲンとしての美徳を感じていた人たち=マスコミの美化報道に流されていた人たち
    ・自決の無理強いに疑問を持たなかった人たち
    ・国&社会&軍から追い込まれて「どうぞ御意おすきなように」という考えが癖くせとなって、判断力を失った人たち
    ・進駐してきた米軍&米兵に接近アプローチできなかった人たち
    ・"鬼畜米英きちくべいえい"と刷り込まれたままの人たち

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    戦陣訓せんじんくん:生きて虜囚りょしゅうの辱はずかしめを受けず。
    「捕まるくらいなら死ね!」と大多数の日本人は解釈していた。


    80年前の話とは言え、『おっちゃん』の話は今に通じる教訓が盛りだくさんのように思われます。それを実感していただければ、今回のリポートは成功です。

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    五族協和 王道楽土 大東亜解放! 未来は明るい!
    …と言っておきながら「死んでご奉公を」。
    とんでもない時代でした。


    ご参考までに

    太平洋戦争当時は、やけくそ&現実逃避で、多数の人々が「自分自身を呪のろっていた」のかもしれません。

    自分自身を呪のろうと、本人の意思とは無関係に"死へまっしぐらモード"になります。

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