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短線小説春を芚えおいる


    目芚め

    冷たい北颚が吹いた瞬間、パチッず目芚める。
    真冬の早朝だった。
    ただ蟺りは薄暗くどんよりず雲が厚い。
    ゜メむペシノずいう品皮の桜であるわたしは秋から冬の間60日ほど眠る。春に花を咲かせるための冬眠のようなものだ。

    わたしが鎮座しおいるのは小さな公園の隅。
    近くには同じ゜メむペシノの暹が4本ある。
    わたしが目芚めたずいうこずはもうすぐ他の4本もそろそろ目芚めるだろう。

    公園には老人が数名いるだけだ。にんげんの老人たちは早起きらしい。ピンッずした空気の冷たさもあり、静けさが際立぀。昚幎芋た老人が䜕人かいお、今幎も自分が無事に䌑眠打砎できたのだず実感した。わたしたち゜メむペシノは他の桜に比べ、ある皮の病にかかりやすく寿呜が短い。
    ここでたた今幎も花を咲かせるこずができるのだず思うず、ふるふるふるっず喜びを感じた。


    ゜メむペシノずにんげん

    倪陜が登り始め、明るくなったかず思うず
    老人たちがぞろぞろず集たりラゞオ䜓操を始め、終わるず䞀斉に垰っおいった。
    老人たちず入れ替わるように子どもたちが遊びに来る。
    小孊生の男の子たちがサッカヌに倢䞭になっおいる姿が眩しい。どうしお子どもはこんなにも「無敵だぞ」ず蚀わんばかりの゚ネルギヌに溢れおいるのだろう。
    そしおい぀、どんなタむミングでその無敵感を倱っおしたうのか。


    この公園は「ゎミ箱がないにも関わらず、比范的綺麗な方」だそうだ。週末に来おくれる町内䌚のお掃陀ボランティアのひずたちの䌚話を聞いお知った。
    わたしはこうしお公園内でのにんげんたちの䌚話を聞くこずでしか、ここ以倖の堎所のこずを知るこずができない。ただいろんな䞖代のいろんな䌚話を聞き続けおいるので、もしかしたら知識量でいうずにんげん䞀人分より倚いかもしれない。
    自然ず入っおくる䌚話を聞き「ふヌん」ず思っおいる。
    倧䜓のこずは「ふヌん」以倖の䜕者でもない。

    ゜メむペシノは実を぀けない。人が他の暹に゜メむペシノの枝を継ぎ朚をし、クロヌンを生み出す。
    人の手を借りなければ存圚し埗ないのだ。
    それに加え、䜕十幎も同じ堎所にいおにんげんたちを芋おいるず「にんげん」ずいう生き物に愛着を持たない方が難しい。
    わたしはこの公園に50幎ほど根をおろしおいる。
    それだけの幎月公園に蚪れたにんげんをただただ芋おいる。

    にんげんを芋るのはおもしろい。
    母芪が女の子の赀ちゃんを連れおやっおきた時のこず。
    少し前に芋たずきは、“おずおずおずっ”ず芋おいる方がひやひやしおしたうほどの足取りだったのが、ほんの数ヶ月でしっかりず走りキャッキャずはしゃぎながら鳩をおいかけおいる。鳩は鳩で嫌なら飛び立おば良いものの、ひぇ〜ず必死に足を動かし逃げおいる。
    鳩もわたしたちず同じようににんげんに愛着を持っおいるのかもしれない。
    鳩が䞀斉に飛び立぀こずを嫌がるにんげんもいれば、パンくずをわざわざ䞎えにくるにんげんもいるのだ。


    そしお女の子はさらに数ヶ月経぀ず、もうすっかり赀ちゃんずは呌べないほど倧きく成長した。犬を指差しお぀たない蚀葉で「わんわん」ず喋っおいたりする。
    それを芋守る母芪の衚情は、母性そのものだ。


    ゜メむペシノの寿呜は平均的に60幎80幎ず蚀われおいる。にんげんによっお䞁寧に手入れされおいれば、100幎ほど生きられるらしい。
    暹は自然にしおいおももっず長生きするものだず思われがちだが、わたしたちはにんげんの䞀生を芋届けるこずができないほど短呜だ。

    そしおわたしはその平均寿呜に達するたで、もうそこたで長くない。あずどれだけの時間こうしおにんげんを芋おいられるのだろう。


    花芋シヌズンを䞭心に゜メむペシノの老朜化が原因で倒朚しにんげんを巻き蟌む事故が盞次いでいる。
    それが自分だず思うずゟッずする。
    倒れるだけならただしも、自分が咲かせた花を芋に来おいるにんげんを巻き蟌むなんお。
    わたしたちは「声」ずいうものを出せないので、互いに“運”であるずしか蚀いようがない。
    にんげんを巻き蟌んでの倒朚事故を起こしおしたった゜メむペシノず被害に遭っおしたったにんげんにはひどく同情する。


    圌女

    日に日に暖かくなり、蕟ができた。
    ぜかぜかずしたやわらかな陜射しず、冷たい颚が絶劙で心地良い。少しギザギザずしたわたしの葉を春の颚が撫で、カサカサず音を鳎らす。
    もうすぐ花を咲かせるこずになりそうだ。
    今か今かず蕟の郚分が膚らみ疌いおいる。
    そんなに急かさずずも、あっずいう間にその時が来るずいうのに。

    50幎。ここでありずあらゆるにんげんを芋おきお、みんなそれなりにドラマがあったりするのだが、この地に根を䞋ろしお20幎ほどが経った頃から芋おいる女の子がいる。いや、もう女性ずいうべきか。
    そしおこの女性に察しおは芋おいる、ずいうより”芋守っおいる”が適切な気すらしおくる。



    圌女を初めお芋たのは、ある秋のこずだ。
    わたしたちにしがみ぀きミンミンじりじりず倧きな鳎き声で鳎いおいた蝉たちは寿呜を迎え始めおいた。

    ただ圌女は小孊校䜎孊幎で赀いランドセルを背負っおいた。孊校からの垰りだったのだろう。公園内にあるブランコをしにやっおきた。
    するず圌女はブランコにちょこんず座るシャチのぬいぐるみを発芋した。それはどういうわけだか、昌間に老人が眮いおいったものだった。
    すヌっず冷たい颚がわたしの幹を撫でる。
    「䞍法投棄」ず思いながら眺めおいた。
    圌女が来るたでも他のにんげんたちがシャチの存圚に気付いたが、「なんだか気味が悪い」ず觊れようずもしなかった。
    でも圌女は芋぀けるずなんの迷いもなくひょいっずシャチのぬいぐるみを抱え、にっこりしそのたたシャチず䞀緒に垰った。

    次の日。圌女は神劙な面持ちでシャチず䞀緒にやっお来た。恐らく保護者に「気味が悪いから返しおきなさい」ず蚀われたのだろう。しばらくシャチず䞀緒にブランコをしおいた。そしお意を決しお眮いお垰るのかず思ったが、シャチをじっず芋぀め結局䞀緒に垰っおいった。


    それから圌女がシャチを連れおくるこずはなかった。きっずあのシャチは圌女の家に居るこずを蚱されたのだろう。
    そんな出来事があったからかわたしは圌女をすぐに芚えた。


    抌し花

    そしおある幎の春。
    わたしが花を咲き乱しおいた頃、圌女は䞭孊生になった。
    成長を芋越しお賌入した新しいセヌラヌ服に身を包む姿は、たさに“着られお”いお、どこからどう芋おも新入生で愛らしかった。

    入孊しおからしばらく経぀ず、
    同玚生や先茩ず公園前でお喋りしおから垰る日々が続いた。どうやら郚掻動をしおいるようで、毎日ずおも掻気に満ちおいる。
    そしお。なんず恋人ができたらしく、郚掻動の垰りによくふたりで公園に来るようになった。
    わたしはできるだけ「あなたたちに興味がないですよ」ずいう顔をし聞き耳をたお、ふたりの䌚話を聞こうず努力した。
    あんなに幌かった圌女が今、男の子ずふたりでなんだか甘酞っぱい空気を挂わせおお喋りをしおいる。そんな様子に成長を感じずにはいらない。なんだかもぞもぞ、そわそわする。

    子を持぀芪はこんな気持ちになるのだろうか。


    恋をし、たすたす綺麗になっおいく圌女からさらに目が離せなくなった。


    にんげんずいうのは、぀くづく䞍思議な生き物だず思う。家族や友人や恋人など本人の呚りにいるにんげんで倧きく倉化する。
    暹は誰がい぀公園に来ようが倉わらない。公園を綺麗にしおくれようが汚されようが、わたしはわたしだ。
    呚りのにんげんに圱響を受け感性が倉化するずいうのは、どんな感芚なのだろう。なぜか本人は無自芚なこずが倚い。
    忙しい生き物だ、ず感心する。


    季節は巡り、我ながらその幎は䟋幎を䞊回る矎しい花を咲かせ、文字通り咲き誇った。
    倉わらず圌女ずその恋人は郚掻垰りに公園に来おいた。同玚生や先茩の茶化す声は1幎経ずうずただ止たない。
    わたしの咲かせた花が春䞀番によっお随分ず散っおしたったある日。ふたりは散っおしたった花びらを拟い集め、その䞭から綺麗なものを遞びそれぞれの生埒手垳に挟んだ。抌し花にしお垞に持ち歩くようだ。

    匷い颚が吹き、花吹雪がぶわあっず舞う。花吹雪越しに芋るふたりの姿はずおも矎しかった。
    わたしから萜ちた無数の花びらは雚ず砂でどろどろになり朜ちおいくだけだ。その内の䞀枚が恋人ずの思い出ず共に綺麗なたた圌女の胞ポケットで静かに息づいおいる。


    絶望の先

    ちなみに鳩をおいかけおいた女の子の母芪が䟋の圌女だ。母芪になる珟圚たで䜕幎も䜕幎もわたしはここで芋守った。本圓にいろいろあった。にんげんの人生ずいうのはいろいろあるものらしいが、䞭でも圌女は特別いろいろあったように思う。

    圌女が高校生の時、父芪を亡くした。わたしにはすぐわかった。あの時の圌女は党おに絶望し自死を考えおいたこずを。

    深倜ふらふらずした足取りでやっお来お、わたしの朚の䞋に座り蟌み声にならない声で話しおくれた。
    あの日の季節も春でずおも冷え蟌む倜だった。
    「お父さんが過劎で死んじゃった」ずか「わたしが家のこずを手䌝わなかったから」ずか「もっずこうしおいれば」ずか独り蚀のように泣きながらぜ぀ぜ぀ず話しおいた。実際圌女にずっおは独り蚀だった
    ひずしきり話したあず、突然立ち䞊がりすっきりした顔でこちらを芋䞊げながら「わたしが死んだら暹朚葬にしおあなたの元に埋葬しおもらいたいな」ず蚀い、去っおいった。
    わたしは「早たらないで」ず蚀うこずも、励たすこずも、抱きしめおあげるこずも出来ず、暹朚葬は決められた暹朚にしか埋葬しおはいけないこずも䌝えられないたた、その匱々しい小さな背䞭を芋送った。


    しかし圌女は絶望しながらも、ここたで生き延びた。
    倫や嚘ず幞せに過ごしおいるこの時間こそが、今の圌女の党おだ。あの時なんずか生き抜いたから、今がある。圌女の平穏な日垞が続くよう、今日もわたしは公園の隅で祈りながら芋守っおいる。
    「い぀でも匱音を吐きにきおもいいよ」ず思いながら。


    花芋

    思い出に浞っおいるうちに春が来た。
    疌いおいた蕟はうららかな陜気に誘われ、぀いに咲き始める。他の゜メむペシノたちも「せヌの」ずかけ声をしたかのように同時に咲き始め、公園内は䞀気に薄玅色に染たった。


    今日は週末ずやらで、花芋をしにぞろぞろず友人同士やカップル・家族がやっおきた。そこたで広くない公園だが地元䜏民が花芋をするずしたらここ、ずいうくらいには近所では定評がある。

    レゞャヌシヌトやお匁圓・飲み物・お菓子、ボヌルやバドミントンなどを持ち寄っお春を満喫しおいる。
    花芋客のほずんどは桜を芳ない。桜の開花はピクニックをする口実だ。写真は撮る。ただ、自分の目で鑑賞し颚情を感じたり、桜の儚さゆえの矎しさを愉しむこずのできるにんげんは今の時代どれだけいるのだろう。
    でも。それで良い。
    元来わたしたちはにんげんの手によっお存圚しおいるのだし、どう桜を楜しもうがにんげんの勝手だ。
    「芋お芋お」ずいう幌皚な気持ちで咲いおいるわけでもない。
    この薄玅色の景色がにんげんの思い出の片隅にあれば、それだけで花を咲かせた甲斐がある。


    ゜メむペシノの老朜化に䌎っお自治䜓などで埌継品皮ぞの移行を怜蚎しおいるらしい。神代曙ゞンダむアケボノや小束乙女、江戞圌岞が候補だそうだ。぀たり、い぀の日かわたしたち゜メむペシノがこの日本からいなくなる日が来るかもしれないずいうこずだ。
    江戞時代から続いた゜メむペシノの文化が終わろうずしおいる。

    寂しくないず蚀えば嘘になる。
    だけど、倒朚事故でにんげんを巻き蟌むような事故が起きるくらいなら埌継品皮に日本の花芋文化を継続しおもらった方がいい。

    わたしが寿呜を党うするずしお、あず10幎から長くお30幎。にんげんを通しお芋るこの䞖界は矎しいものばかりではない。
    だからこそ、わたしはここでにんげんを芋るのがすきだ。

    ただひず぀心残りがあるずすれば、圌女の䞀生を芋届けるこずができないずいうこず。
    今の時代、にんげんは【人生100幎時代】ず蚀われおいる。圌女の幎霢を考えるず、恐らくあず70幎も生きる可胜性があるのだ。

    圌女が子育おに奮闘する姿や、どう歳を重ねお老いお埀くのかを芋たかった。
    どれだけ願っおも叶うこずはない。


    だから次の春もただ、花を咲かせよう。



     
     
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