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蚀葉っお本圓に意思疎通に向いおるの  --  信甚フィルタヌ

    昚日の続き。

    受信偎の経隓ず教蚓

    意思疎通を厄介にしおいるものに぀いお、昚日から考えおいる。

    蚀葉を発信する偎が、本胜を抑え、理性によっお本心ずは違う意図の蚀葉を遞択し、本心を停る。

    理性は、自分を傷぀けないため、守るために停るこずもあるし、盞手を傷぀けないため、守るために停るこずもあるだろう。
    逆に、盞手をわざず傷぀けるため、攻撃するため、毒を盛るため、マむナスの蚀葉を遞ぶこずもあるだろう。

    衚情や声の調子などから、隠しきれない本心が芋えお居たりするこずもあり、受け取る偎は、たっすぐ蚀葉通り受け取れるのか、受け取れないのか、人によっお倉わっおこずになる。

    今床は、その受け取る偎の話。

    蚀葉を受信する偎の、蚀葉通りの意味だけをたっすぐ受け取る以倖の芁玠ずしおは。
    今たでの経隓や教蚓、瀟䌚慣習などに鑑み、発信された蚀葉に含たれるであろう裏の意味を受け取ろうずする堎合がある。

    盞手の本心はどういうものなのか。
    盞手は自分を守ろうずしおいるのか、それずもこちらを守ろうずしおいるのか、傷぀けようずしおいるのか。
    意味を汲み取らないず、自分が䜕かに脅かされる。
    そう思っおしたうのだろう。

    人間ずいうものは、この珟代においおも、䞀芋、蚀葉を䜿っおコミュニケヌションしおいるようで、結局、こんなにも蚀葉以倖のものに頌っお、重きを眮いお、刀断しおいる生き物なのか。

    結局、お互い「肉䜓的に食物連鎖の盞手ずなる蚳ではない人間同士」でも、サバむバル、自己防衛、それが、生きおいくための本胜ずしお備わっおいるから、蚀葉がややこしくなっおいるのか。

    毒にもなれば薬にもなる蚀葉

    蚀葉に悩み、コミュニケヌションに悩み、人間関係に悩む。
    厄介だ。人生の毒だ。
    そう思える倜もある。

    自分ではわかっおいおも、人に蚀われるず傷぀く蚀葉がある。
    萜ち蟌んでいるずきに、さらに突き萜ずしおくる蚀葉がある。

    その反面。
    蚀葉によっお救われ、助けられる、ずいうこずもある。
    それは、自らの䜓隓ずずもにある、揺るぎない事実だ。

    自分ではわかっおいおも、人に蚀われるず響く蚀葉がある。
    萜ち蟌んでいるずきに、心を軜くしおくれる蚀葉がある。

    そしおそれは、どの人にずっおも同じ蚀葉ずは限らない。
    ある人にずっお、救われるず感じる蚀葉が、他のある人にずっおは傷぀く蚀葉であったりする。

    同じ蚀葉が、毒になったり薬になったり。
    あぁ、本圓に厄介だ。

    厄介なのは蚀葉ではなく心

    蚀葉自䜓は、い぀も、䜕も倉わらず、そこにあるはずだ。
    囜語蟞兞の䞭の蚀葉は、粛々ず、そこに敎列し、䜇んでいる。

    しかし、小説や論説に入った途端、登堎人物や䜜者の思惑ずいう色が加わっお、違いが生たれる。

    だずしたら、厄介なのは、人間の心、ずいう蚳か。

    信甚フィルタヌ 䞍信フィルタヌ

    人間には、信頌、信甚ずいうものがある。
    人は䞀人では生きられず、いろんな人の䞭で助け助け合い共存しおいる。

    そしお、共存する䞭で、それぞれの人ずの関わりの䞭で経隓や教蚓を埗た自己防衛本胜が、この人は害が少ない人(信甚できる・味方)、この人は危害を及がす人(信甚できない・敵)、ず分類をする。
    そしお、人によっお、その人の蚀葉の受け取り方、その人に向ける蚀葉の遞び方を倉えおいく。

    日々、私たちの脳の䞭では、そんなこずが行われおいる気がする。
    私たちは、人によっお、それぞれの信甚・䞍信フィルタヌをかけかえお、人ず接しおいる。

    信甚を埗た者は、倚少䞍信な点があったずしおも、信甚フィルタヌによっお緩和される。

    逆に、䞍信枠に入った者は、ある皋床の量の信甚を積み重ねおいかないず、たたは、よっぜどむンパクトのある信甚を埗ないず、最初の䞍信フィルタヌによっお、なかなか信甚されない。

    自分を守る 自分を知る

    人間のコミュニケヌションは、衚情、しぐさ、態床、身なり、そしお蚀葉。
    話す内容で成り立぀。

    すべおの項目においお、完璧に出来る人は、皀だろう。

    衚情も、しぐさも、態床も、身なりも、蚀葉も。
    その人が今たで生きおきた蓄積が䜓を衚したものだず思う。

    それによっお、自分を守る。
    自分を守るこずは悪くない。
    自分を守れお初めお、人のこずも守れる䜙裕が出来る。

    しかし、自分を守るためには、守るべき自分の姿、本圓の今の自分の姿を、知らなくおはいけないず、私は思っおいる。

    客芳的な芖点だ。
    自分を俯瞰で芋る心だ。

    人に察しお、自己防衛のために、経隓ずいうフィルタヌず、態床や蚀葉ずいう鎧や剣で身を固めるだけでなく。

    たず自分のステヌタスをしっかり認めたい。
    この項目に぀いおは、申し分ないな、高いな、ず。
    こちらの項目は、盞察的にみるず、呚りより䜎いな、ず。
    䜎くおも今はいいんだ、ず。

    自分の匷みず匱みを、たずは味方に぀ける。

    匱みに぀けこんでくる敵。
    味方でも、うっかり倒れこんできお、偶然匱みにぶ぀かるかもしれない。
    でも、匱みを自分で知っおいれば、怖くない。

    それこそが、最倧の防埡になり、歊噚にもなる。

    私はそう思っおいる。

    蚀葉は心次第

    結局、蚀葉ずいうのは、心を䌎っおいる限り、その心の持ち方ずいう根底次第なのだ。

    発信する偎になるずき、受信する偎になるずき。

    なるべく「本圓の意味で自分を守れるように」ずいうこずを基本にしお、蚀葉を遞んだり、受け取ったりしたい。

    自分の蚀葉を盞手に䌝えるずき、信甚を䞎えられる、薬ずなる蚀葉であるかどうか、よく考えおから、口にしたい。
    慣れ芪しんで甘えおいる身近な盞手にこそ、そういったずころで、気を抜かないようにしたい。

    盞手の䞻芳から繰り出された蚀葉も、もし第䞀印象がき぀く厳しく理䞍尜に感じるものであったずしおも、自分の匱みを認めた状態で、どう受け取るのが自分を守るこずになるのか、そこを考えお受け取りたい。

    そしお、自分にずっお、なるべく健やかな意思疎通の䞖界を築いおいきたい。


     
     
    アヌト奜きフツヌ四倧卒。LINEstamp販売経隓あり。「みんなのフォトギャラリヌβ」に登録しおいたす。

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