
私の骨の履歴書
とにかく私は、よくケガをする子でした。
幼稚園の頃は、スイミングスクールのプールサイドでこけて腕を骨折。
小中学生になってクラブ活動を開始してからは、鼻の骨を折ったり、肩を脱臼したり。
脱臼というのは、簡単にいうと関節がおかしなことになって骨がすぽんと抜けることです。
自分で外したり戻したりできる人もいるらしいのですが、私はそうではないので、ただただ激痛です。
とまぁ、その度に救急車で病院へ運ばれて、その都度電話連絡を学校から受け取っていた母は
「生きた心地がしなかった」と今でも言います。
ちなみに、クラブはバスケットボール部でした。
クラブ中に脱臼を3回経験しています。
あれは痛いです。
子どもたちがバスケをやりたいと言い出したら、私も心して臨もうと思っています。
いまのところ、そのきざしはありません。
ホッ。
社会人になってからは、趣味で続けていたフットサルで足首を捻挫し、そのリハビリ中に古傷の肩の脱臼を再発。
足のリハビリ中に肩の脱臼というのもおかしな話ですが、私の肩はすでに限界を迎えていたようです。
学生時代は手術はしていなかったのでこれを機に手術しておこうかということになりまして。
20代になってもなお、親に迷惑と心配をかけておりました。
ちなみに、フットサルの捻挫は、初めて一緒にプレーした彼氏(現在の夫)に、脚を狩られてべらぼうに腫れ上がったのがきっかけです。
その捻挫のリハビリ中に手術しなければいけないほどの脱臼を再発しました。
それ以降、夫とは二度とフットサルを共にしないと誓いました。
その誓いはそれから15年ほど経った現在もかたく守られています。
とにかく、ケガをしやすかった私なのですが、ケガをする子はことごとくケガをしませんか?
思い出すのは、小学校時代のこと。
自転車でドリフトをかますのが好きな近所の鼻垂れ小僧は、常にどこかの骨を折っていました。
娘の小学校の友人も、3ヶ月前に足を骨折したときいていたのに、最近また反対側の足を骨折したとききました。
ケガをする子はとにかくケガだらけなイメージです。
かたや、ケガをしない子はとんとしない。
その子の体の柔軟性や、運動能力によるもの?
(ちなみに肩の脱臼は、体が柔らかすぎるとなるらしいです。どないせぇと?)
それとも、慎重な子はそもそもケガをするようなことはしないから?
謎は深まるばかりで、答えはみつかりません。
「わが子がケガをしたらどうしよう」
と自分のことは棚にあげつつ恐れおののきながらも、2人の子どもたち(小学生)はこれまでに大きなケガの経験はありません。
親に心配をかけない、親孝行な子たちだなと思います。
私は親に迷惑をかけっぱなしでしたので。
さて、昨夏のことですが、私はまたケガをしました。
息子が熱を出したある日のことです。
私は大慌てで冷蔵庫のゼリー飲料を取りに行きました。
「よっしゃ、冷蔵庫に残ってた!ゲット!」
とガッツポーズしつつ意気揚々と冷蔵庫の扉をしめたときー。
まだ冷蔵庫内に残留していた自分の腕をその扉で強打してしまいました。
「あっ…!」
腕、正確には肘なのですが、扉があたった瞬間、
「これはやってしまった」
という後悔の念と、あまりの痛さに悶絶。
ひぃーひぃーとその場にうずくまる私を心配して病床から様子をみにくる息子。
「お母さん、大丈夫? (汗) 」
と発熱で真っ赤な顔をした子どもに心配される始末。
これは、絶対に骨だと確信した私。
だてに何度も骨を折ってません。
骨のときの痛みはわかります。
「くぅっ、大丈夫やから、寝とき」
と全然大丈夫じゃない感じで息子に伝えつつ、休日診療を探します。
その日は土曜日の午後でした。
発熱している息子をお留守番させ、夫に車を出してもらい、営業している診療所に向かいました。
息子の看病をするはずが、その息子を自宅に置き、なぜか自分が病院にいるなんて滑稽すぎる…
なーんて考えながら、じんじんする肘を自己流で固定し保冷剤で冷やしながら診察を待ちました。
うむ、痛すぎる。
この保冷剤のかたさも、こんなケガには地味にきついのです。
「骨は大丈夫やね」
「冷蔵庫で打ったの?そう、痛いね、レントゲンみたけど骨は大丈夫やね」
と、医師は言いました。
「ウソやろ?これは骨の痛みだよ…」
愕然とする私です。
でも医者が骨ではなく、靭帯だと言ったので信じるしかありません。
たいした処置もなく、帰宅。
お熱の息子はお利口さんで寝てくれていました。
そこから3週間。
どう考えても靭帯じゃない痛みを抱えながらの私は、この期間に
・1泊2日の伊勢志摩温泉旅行
・閉会間近の大阪万博
に参戦。
どちらのおでかけも基本的に、痛みで正気ではありません。
楽しさも喜びも半減。
伊勢神宮では、
「とにかくこの痛みをどうにかしてくれ」
という個人的なお願いに徹するのみ。
もっと祈るべきことは他にあったはずです。
閉会間近の大阪万博はえげつない人の数と、暑さでした。
自分の腕の痛みと闘いつつ、なんとか入場できたものの、娘が体調不良を起こし会場内トイレで嘔吐。
「一刻も早く家に帰ろう」
ということで家族の意見は満場一致。
滞在時間たったの2時間という謎の万博訪問となりました。
(会場までの移動時間の方が長かったで。)
靭帯ではここまで痛くならんよ。
と、骨の経験者である私は思いました。
意を決して、休日診療ではない最寄りの整形外科にいってみました。
冷蔵庫暴行事件から約3週間後のことです。
「あぁ、これ、骨やってるね」
「痛かったでしょ?処置間違えてるから治るの時間かかるよ」
と整形外科の先生がいいました。
ですよねーーー!!!
激しく同意の私です。
むしろ、骨やってるのに、なんだかその事実が自分の考えと一致したことが嬉しくてニコニコして診察結果を聞いていました。
「ですよね、めちゃくちゃ痛かったです」
とこれまでの辛さをその先生にぶつけました。
会計待ちの待合室で、私は関係各所に
「やっぱり骨やで、靭帯じゃない」
「あれは、ぶつけた瞬間にやったと思った」
「骨や!」
と、興奮冷めやらぬままスマホでメッセージを送りまくりました。
もはや痛みがどうとか、骨にヒビが入っているとかそういうことうんぬんではなく、
『私はまた骨を折った』
(正確にはヒビだけど)
という確固たる事実に高揚していました。
今回のこの経験からケガをしやすい人というのは
ケガをすることに対して一種の変態的喜びを持っているのではないか
と考えるようになりました。
骨を折ったって、なんの得もないし痛いでしかない。
でもこうやってひとつひとつの傷を、心にとどめ自分の肉体を慈しみ、愛する。
そんな人がケガをしやすい人なのかもしれません。
……知らんけど。
ちなみに骨をやってばかりの私ですが、ここ数年の健康診断における骨年齢・骨密度は20代前半並みなのだとか。
(私はアラフォーです)
何度もやらかしていますが、骨には自信と愛着があるんです。