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母ちゃんは、好きを諦めない。

    ミクロマコ

    「次の授乳の間まで、続けて寝かせてもらえないでしょうか」

    出産して数日。

    看護師さんへの私の訴えは、ただの弱音にしか映らなかった。

    「自宅に帰ったら、これ毎日ですからね。
    あなたがやるしかないんですよ。」

    授乳とオムツ交換の時間を毎回記入するボードを眺める。

    その日は授乳14回、オムツ交換10回。

    新生児のお世話は、眠れないのが当たり前。

    そう、当たり前のこと。

    誰も、がんばってるね、なんて声を掛けてはくれない。

    ただただ、泣くだけのこの子の命を繋ぐのが自分の使命なのだと、歯を食いしばった。

    **

    退院して、自宅での育児が始まった。

    とにかくよく泣く子で、常に抱いていた。

    この子が何を伝えたいのかが分からず、それが苦しかった。


    育児って、なんて心身を削られるのだろう。

    朝まで続けて眠れるようになるまで2年以上かかった。

    自分の食事は立ったままつまみ食いの日々だった。

    好きだったことをやる時間も体力もない。

    温かい紅茶を飲むことも、
    足を伸ばして入る湯船も、
    私の日常からは遠い存在になってしまった。


    **

    「うちもワンオペだよ」

    口を揃えて、近所の”ママ友”と呼ばれる人たちはそう言った。

    同じ括りの中にいるはずなのに、その人たちは見た目も華やかで、とてもキラキラして見えた。

    なぜだかみんな、卒なく子育てしているように感じて不安になった。

    私だけ、上手くできない。
    私が不器用で、効率も悪いから、
    子育ても家事も上手くできないんだ。


    言葉を話せない我が子との、一対一の閉鎖された日々。
    身内に不安や辛さを理解してもらえない苦しさ。
    私は孤独に苛まれ、どんどん塞ぎ込んでいった。

    **

    産後から一年は、ひと言でいうなら
    「苦しかった」
    これに尽きる。

    そんな日々の中、私がひたすらに続けていたことがあった。

    それは、毎日娘の写真を撮ること。

    仕事でほとんど娘と接することができない夫や、遠方に住む両親へ、娘の日々の変化を伝えるために写真を撮り続けていたのだ。

    それは私の習慣を超え、クセにまでなった。

    フォルダを見ると、年間で6000枚以上撮影していた。

    家からほとんど出ることもなく、よくもまあそんなに写すことがあったものだ、と今は思う。

    そんなある日、プロのカメラマンさんが赤ちゃんの写真を撮ってくれるイベントを偶然見付けた。

    「娘を撮ってもらいたい」

    その一心で、家からほとんど出なかった私と娘は、初めて電車に乗った。

    バスと電車を乗り継ぎ片道1時間。

    家ではなかなか用意できない可愛らしい背景とセット。

    そこで、プロのカメラマンさんが娘を撮影してくれた。

    イベント会場も明るく賑やかで、様々なブースもあり、とてもワクワクした。

    この初の遠出が、産後
    自分を見失っていた私に
    「本当は外に出るのが好きだった」
    ことを思い出させてくれたのだった。

    それからの私は、娘と参加できるイベントを見つけては県内のあちこちに出掛けるようになった。

    遊びのイベント、学びの講座、マルシェ、絵本の読み聞かせ、プレイパーク。
    企業が集まる大規模なものから、個人の方がされているものまで、様々な場所へ参加した。

    そして、参加しているうちに、主催する側にもなった。

    よく泣き、よく動き回り、こだわりも強い娘を同行しての打ち合わせは、心が折れそうになる瞬間も多々あった。

    それでも、
    好きな物に関わる企画を練ったり、
    どうしたら来た人に楽しんでもらえるだろうと準備したり、
    それをお披露目して喜んでもらえる時間は、本当に充実していて楽しかった。

    企画会議中、娘を見守ってくれる方、同席しながら遊んでくれる方、預かってくれる保育の方、
    たくさんの方に協力してもらいながら活動させてもらった。

    そうするうちに、私は私を取り戻していった。

    大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、
    本当に自分を少しずつ取り戻していったのだ。

    孤独な育児で産後うつになった私は、
    考える、という力を失ったかのようだった。


    人並みに話すこともままならなかったし、
    考え決断することができないから、
    食べるものや着る服もどうしていいか分からなかった。

    そんな毎日が恐ろしくて、笑うこともできなかった。

    それが、外に出て、好きだった歌うことや、絵本やお芝居に触れることで、段々と回復していったのだ。


    「私が好きなことをして笑顔でいられなければ、この子に優しい母親でいられない」

    これが、私の子育てで譲れない軸。

    半日は私の好きなことをさせてもらって、
    もう半日は娘の好きなことをとことんする。

    そんな暮らしを送るようになって、私たち親子は、この十年バランスを保っている。

    **

    【あの日 母になった私へ】

    親になったからといって、子どもの要望だけに応えなくても、大丈夫。

    親になったからといって、自分のやりたいことを諦めなくて、大丈夫。

    どうか、好きなこと、やってみたいことに蓋をしないで。

    子どもは、親のどんな後ろ姿も見ている。

    目一杯楽しめる大人の姿は、小さな瞳の希望になれるはずだから。

    「なんて面白そうなんだろう!やってみたい!」

    そう思わせられたなら、好きなことに巻き込んで、一緒にやってみたらいい。

    あなたの好きは、あなたの大切な子にもきっと伝わるから。

    そして、好きなものに触れたあとは、

    思い切り大切な我が子のことを愛せるから。


     
     
     
    ひと言ひと言が、誰かの想いと繋がれますように。心を動かされた出来事や人、場所などを書いています。 第一回鎌倉文章コンクール五行歌「鎌倉市長賞」受賞 諸々活動アカウントまとめ→https://lit.link/mikuromako55