
空まで飛んだ、シャボン玉で
こんにちは。makotoです。
まずは、2つの例文を読んで頂きたいのです。
靴を脱いだ。靴下まで脱げた。
猫が走った。犬まで走った。
では、次の文を読んでみてください。
シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ
どうですか!?
皆様の脳内で、屋根が吹き飛びましたか!?
これは童謡「シャボン玉」の歌詞の一部です。
先日、春野ハルさんが、私の記事「一年生になったら」にコメントを下さいまして、屋根が吹き飛ぶことを教えて頂きました。
このコメントを頂いたとき、私は飛行機の搭乗直前だったのです。2時間のフライト中ずっと妄想が止まりませんでした(楽しい)。
シャボン玉のみならず、「屋根」までもが飛んでしまった訳です。
台風でしょうか。それとも竜巻ですかね。
数年前に台風が千葉県を直撃し、実家の(裏小屋の)屋根が吹き飛んだことを思い出しました(父が飛んだ屋根を拾ってきて直していました)。
こんな被害が発生するのですから、
かぜ かぜ ふくな
には全面的に同意します。
家の屋根が飛んだら困ります。
シャボン玉で遊んでいる場合ではありません。
しかも、
屋根まで飛んで 壊れて消えた
と歌詞は続きます。
もうね。飛んだだけではないのですよ。「壊れて」「消えた」のです。
消え去るほどの破壊が、屋根に発生したということです。
こうなると、先に飛んだ「シャボン玉」が怪しいのではないか、と。
「シャボン玉」は「爆弾」の暗喩なのではないか、と。
その威力によって屋根が「消し飛んだ」のではないか、と。
実際、「爆鳴気」(通称「シャボン玉爆弾」)と呼ばれる、科学実験ショーの定番出し物が存在します。
これは、音が凄いだけで破壊力はありませんが、配合と大きさを変えれば在り得るのではないか、と。
そうでもなければ「きたねえ花火だ」と言っているサイヤ人が、近くに居るとしか思えません。私の実家の屋根に何の恨みがあったんだ。それはキュイではないよ?
「~まで」という日本語表現は、
時間や距離の「到達点」を表現する場合と、
「~も一緒に」といった「連動」を表現する場合がありますよね。
この歌詞では、それが明確でないために、このような言葉遊びが可能です。
曖昧表現に感謝。
春野ハルさんに大感謝。
屋根では猫が寝転んでいた。
庭では人間がシャボン玉で遊んでいた。
その時、強い風が吹き、
シャボン玉が高く飛んだ、屋根まで飛んだ。
屋根まで飛んで、猫まで飛んだ。
猫は天高く舞い上がり、雲まで飛んだ。
大きな雲に抱き留められた猫は、雲の上に広がる世界を見て驚いた。
そこは猫にとっての楽園であった。
どこまでも生い茂るネコジャラシの草原である。
そのままでも魅力的なネコジャラシの一本一本が、「ここまでおいで」と誘うように不規則に揺れている。
猫は大興奮で駆け回り、飛びつき、ねこパンチまで繰り出し、満足行くまで堪能した。
お腹が空くまで遊んだ猫は、ネコジャラシ草原の奥から良い匂いがすることに気が付いた。
それは、ちゅ〜るまぐろ味がこんこんと湧き出る沼であった。
近づくと沼は複数あり、かつお味やとりささみ味まである。
1ペロ舐めた猫は、余りの美味しさにお持ち帰りしたいまである、と思った。
各種ちゅ〜るを心行くまで味わった猫は、さらに奥にマタタビの木が群生している森を見つける。
考えるまでもなく体が動いていた。最高速度で森まで走り、木に飛びつく。
手頃な枝に齧り付くと、全身がフワフワとなり、天まで昇る気持ちに酔いしれた。
よく見ると果実まである。一粒齧る。
天を超えて宙まで昇る気持ちになる。そう言えば、ここは天だった。
その後もガジガジとマタタビを堪能し、天馬で駆け巡るような心地で恍惚となる。
猫は酩酊して、そのままデカい雲の上で眠ってしまった。
その時、今までゆっくりと上昇を続けていたシャボン玉が、雲まで到達した。
揺れるネコジャラシとシャボン玉が触れた瞬間、これまで穏やかだった雲上に、閃光と共に爆裂音が響き渡った。
その勢いは猫の楽園を破壊し、雲までもが霧散した。
猫は酩酊したままで眠り続けているが、足元の雲まで消えたため、地上まで落ちていく。
その頃、私の父は吹き飛んだ屋根材を拾い集めて、屋根の修理をしていた。
そこに猫が降ってきた。
「このままでは激突する」と驚きながらも、冷静に猫を受け止めた父は、未だ眠ったままでいる猫を保護することにした。
修理が完了するまで、とりあえず屋根の無事な部分に上着を敷き、猫をそっと寝かせた。
目を覚ました猫は、いつもと変わらない地上の景色を見て、
「なんだ、夢か。良い夢だった」
と、父の修理が終わるまで屋根で寝ていた。
ではまた。