
青春小説「アカシヤの伝説」第7回~世紀の一戦!
7
一九七四年、第二七回広島県高校総合体育大会バレーボールの部は、六月一日より始まった。
通称スケイチこと松本介一監督の突然の宣言により全員坊主頭とはなったものの、何となく、皆心にわだかまりを残しつつ予選に臨んだ舟入高校男子バレー部ではあったが、どうしたことか、連戦連勝、破竹の快進撃を続けていた。
下馬評も高く、シード校のため第一日目の一回戦は不戦勝、二日目、初戦となる二回戦を印之島高校に二対〇(十五対五、十五対二)のストレート勝ち。続く三回戦、同じくシード校の元町高校をこれも二対〇(十五対五、十五対三)と圧倒的な強さで順当に勝ち進んだ。二試合とも相手に十点も取らせない圧勝だった。
そして、大会三日目、準決勝はこの一~二年間、どちらが勝ってもおかしくない程フルセットの大接戦を毎回演じてきた宿敵、三陽高校との対戦。
三陽のエースは、我が母校祇園寺中の一年先輩の小田川さんで、負ければこの試合が高校最後となる。
この試合にかける凄まじい気迫が伝わってきた。
案の定、今回もフルセットの大接戦となった。
第一セットこそ十五対九で取ったものの、第二セットをあっさり五対十五で取られてしまった。ファイナルの第三セットは、まさに手に汗握る大シーソーゲーム、逃げる舟入に再三再四追いすがる三陽を最後の最後、土壇場で突き放し、十五対十三、セットカウント二対一で辛くも逃げ切り、遂に舟入が決勝進出を果たした。
達山さんや、浜地さんは、
「勝ったらインターハイじゃないか。おいおいやめようで。夏休み中バレーの練習じゃあ受験勉強どころじゃないぞ」
などと冗談とも本気とも判りかねるようなことをぶつぶつ言っていたくせに、結局勝った。
決勝の相手は高校バレーの名門、修徳高校。
全国制覇数限りなく、実業団や全日本など日本男子バレー界に幾多の人材を送り出している名門中の名門、相手にとって不足はない。
舟入が県大会の決勝に残ったというニュースは、その日の最後の授業が終わって放課後になる直前、学校に伝わった。
「男子バレー部が、県総体の決勝に進出しました。試合は午後四時からですので、みんなで行って応援しましょう」
と校内放送で流されたという。
県大会の決勝進出など、どの競技であっても凄いことで、スポーツにあまり力を入れていない舟入などではもう二度と無いことかも知れない、というようなことで四時の試合開始が近づくにつれて、次から次、授業の終わった舟校生達が男も女も続々応援に駆けつけてきて、県立体育館の二階南側観覧席は騒然となった。四~五百人はいただろうか、
「フレーフレーフナイリ、フレーフレーフナイリ、ワーッ!」
期せずして誰かが即興で音頭をとると、割れんばかりの手拍子と大合唱が沸き起こった。これほどの人の前でプレーするのは皆初めてだったが、緊張と言うよりも、声援が嬉しくて腹の底から力が沸き上がってくる感じだった。
「よし、いこうで!」とキャプテンの尾田さんを中心に、ベンチ前で十二人の円陣が組まれた。
「勝つぞ、絶対に勝つぞ!」
半田が自分に暗示をかけるようにハッパをかける。
「おーし!」
円陣の中の何人かがこれに呼応した。皆のテンションも上がってきた。
審判の試合開始のホイッスルが鳴った。
「おっしゃあ、いくぞーっ、フナイリーファイトー!」
「ウォーッ!」
円陣中央のキャプテンのかけ声に続いて全員で雄叫びをあげて、各自それぞれのポジションについてゆく。
今年の高校男子バレー広島県第一位をかけた試合が始まった。
舟入のスターティングオーダーは、前衛レフトに北村、対角線のバックライトが浜地、前衛ライトに達山、バックレフトが野本、センタープレーヤーでバックセンターが半田、そして前衛の真ん中が、セッターでキャプテンの尾田、これが舟入のベストオーダーである。
最高身長が達山さんの百八十センチで、チームの平均も百七十五センチという小柄な舟入チームの身上は、息の合ったコンビネーションバレーだ。速攻にオーソドックスなオープン攻撃を散りばめて相手を攪乱させ、一気に主導権を握って突き放す、この戦術に尽きる。
今回は予選からこのコンビバレーが絶好調でチームも乗りに乗っていた。そこへもってきて、この大応援団である。舟入の選手が一本レシーブし、スパイクする毎に大歓声が上がる。ポイントを取ればもの凄い拍手。いいところを見せたいので皆気合いが入っている。
打っては北村が相手の三枚ブロックをはじいて決める、守っては普段とても取れないような球もレシーブし、ジリジリと舟入が先攻してゆく。対する修徳は、何故か全体に浮き足立って元気が無いように見えた。
修徳のエース青田も今日は今ひとつ生彩を欠いていた。身長一九〇センチの超高校級である青田のスパイクが、小粒揃いの舟入の前衛にブロックされて思うように決らない。ブロックを上手くはずした球も、舟入の徹底したレシーブで拾われ逆にサーブ権を取られる。
一方の舟入は予選から続いていたテンポの良さに最後の一試合で益々磨きがかかった。
中央突破の半田のAクイックが見事に決まる。達山さんの打点の高い速攻も快調だ。セッター尾田さんの絶妙のトスワークが今日は冴えに冴えていた。
徐々に舟入のリードが広がり、気がついてみると十五対六で一セット目を舟入が取った。
「よし、いけるでいけるで~」
「勝とうぜ、絶対勝とうぜ!」
「おっしゃあー。」
コートチェンジ中も、流れる汗を拭いながら、皆口々に叫んだ。
「フナイリー、ガンバレー!」
二階の観客席から、誰かの手拍子で五百人の大応援団の三三七拍子が体育館に響いた。
二セット目は、流石に修徳も気合いを入れかえてきて、こちらのスパイクを良く拾ってつなげてくる。一進一退で思うように、リードを広げられない。
がっぷりと互角に組んだ試合で五対五まできた所でスケイチ監督は、たまらず作戦タイムを取った。
「焦らずに、ゆっくり落ち着いて行け。」
三十秒の小休止の後プレー再開。
修徳も負ける訳には行かないので必死だ。七対六で修徳が一点リードした。
「こりゃいかん」
そのあと、何とか舟入がサーブ権を取り戻した所で、スケイチは、さっとベンチを立って副審にメンバーチエンジを告げた。
「井上、里中行くぞ!」
「メンバーチエンジ、一番アウト八番イン、二番アウト七番イン」
副審がアピールした。
エース北村に代わって、我々ベンチの二年生の中から唯一この日試合のコートに立ったのは、井上である。ピンチサーバーとして、サーブの時からコートに入り、サイドアウトのローテーションで後衛から前衛に上がった所で、また、元の選手をコートに戻す。疲れたエースアタッカーを、その間だけでも休ませることが出来るので有効だ。井上は威力のある変化球サーブと、持ち前の反射神経で抜群のレシーブ力をもっていた。
「おりゃあ!」
かけ声と共に井上のサーブが修徳コートに飛んだ。
これは何なく取られトスに回された。レフトから青田が、ラインぎりぎりをねらって豪快にストレートにアタックを打ってきた。目にも止まらぬそのボールは舟入のコート上にあわや決まるか、と見えたその瞬間、バックレフトに入ったばかりの井上が横っ飛びに飛びこれを見事にレシーブ、次へつなげた。
この超ファインプレーには、二階の舟入応援団からもどよめきが起り、続いて割れんばかりの拍手に変わった。
井上の拾った瞬間、「キャァ―!」という女子生徒の悲鳴のような黄色い声も上がった。
「よっしゃ。井上。ナイスプレー!続けていこうで、いこうで」
ベンチの俺たちも思わず立ち上がって喝采し、叫んだ。
結局、このメンバーチェンジが効を奏したのか、修徳に傾きかけた試合の流れがまた舟入に傾き出し、修徳は八点までが精一杯、波に乗った舟入は、ポンポンポンと得点を重ね、十五対八で勝ち、セットカウント二対〇、ストレートで、優勝の栄冠を手にした。
高校バレー界での西の王者、あの修徳に勝ったのだ。しかも二セット共、十点も取られていないなんて。広島県の一位として、堂々とインターハイに胸を張って行ける。
そして、あの応援、大歓声、すごい拍手と熱気の渦。こんなこと今だかつて無かった。
コートで実際に戦った北村が、野本が、半田が抱き合って泣いていた。ベンチの新川も泣いていた。そして秘かに「負けようで」と言っていた受験生組、三年の達山さん、浜地さんも、ふたを開けてみれば大活躍であった。
修徳は、二位でインターハイ出場は決めたものの敗れてガックリきていた。
修徳の吉山監督は試合が終わるとものも言わず、さっさとコートから引き上げた。しかし、俺は吉山監督に、名門修徳の意地と誇りを見た思いだった。舟入に再三リードされても遂に一度も吉山監督は席を立たず、タイムアウトの一回も取ろうとはしなかった。
新鋭舟入ごときに慌てて作戦タイムなど取るのも恥、という気位がビンビン伝わってきた。
一言も発せず帰っていった吉山監督の背中に、俺はそれを感じた。
選手たちは明日からこってりとしぼられることだろう。
(つづく)