
青春小説「アカシヤの伝説」第12回~バスのふたり
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何て嬉しいんだろう、俺は中原美紀に嫌われてはいなかった。それどころか、ここの所、二人はちょっといい仲なのだ。
俺はこの間のことで、てっきり美紀に嫌われてしまっただろうとしょげ返っていたのに、どうということは無かったのだ。
先週の火曜日、学校の食堂での出来事だった。昼休み、クラスメートの今野と学生食堂に行った。すると彼女も来ていた。俺がカレーを二人分、今野がうどんを二人分分担して取ってきて持ち寄って食べるのが日課となっていた。順番待ちの生徒の列が長く、ようやく俺の番が来てカレー二皿を持って相棒の今野を捜すと、驚いたことに、中原美紀と同じテーブルにちゃっかりと腰を下ろして何食わぬ顔して食べている。
実は、二年の春の修学旅行の時、今野には俺が美紀に片思いしていることを知られてしまっていた。今野は気を効かせたつもりなのか、わざと彼女の近くに座ったのだ。
「おーいヤクシ、こっちこっち」と今野が大声で手招きしていた。
今野の左隣の席が一つ空いていて、その隣りに彼女が友達と向かい合って座っていた。俺は今野にカレーを一皿渡したが、慌ててしまって、そそくさと今野の斜め右前側に席を取ってそこで黙々と食べ始めた。ところが、うどんを既に今野が彼女の隣に置いている。
「おい、ヤクシ、こっち来いよ。うどんここに置いてるぞ」
と今野が言っているのに、頭に血がのぼってしまって、そのうどんをわざわざ取りに行って自分の席に戻って黙々と食べ続けたのだ。
ここのところ、彼女の前に出ると前々からこうしようと決めていた予定の行動以外は、自然な立ち振る舞いが全く出来ない。友人がわざわざ呼んでいるのに知らん顔して行かないというのは、よっぽど俺が彼女を毛嫌いしていると写ったことだろう。その日からガックリとしょげ返っていたのだった。
ところがそれから一週間後、昨日の月曜日家への帰り、俺の乗っていたバスに、途中から彼女一人が偶然乗り込んで来た。
「やあ」という感じで軽く声をかけた。彼女も俺に気づいて小さく「ああ」とこちらを向いた。
さあ、それから俺の方はと言いえば、先週の学食でのことが頭にこびりついていたから一体何をどう切り出そうかとまごまごしていた。と、意外にも先日のことなんか全く無かったかのように彼女の方から話しかけてきたのだ。
「どこから乗ったの?」
「うん?十日市から」
「そう」
スムースに会話が始まって、食堂でのことは、単に俺の考え過ぎだったのか、と内心ホッと安心しかけていたところに、
「この間食堂で………うどんのびちゃったでしょう?」
と、急に話がそこへ戻ったのでドギマギしてしまった。
「う、うん、まあ」
「何かおかしかった、あの時の薬師堂君。最近私を何かすごく意識してない?中学校の時からずっと知ってるのに、変によそよそしいのよね」
ズバリ核心をつかれて、俺はカーッと顔が耳たぶの辺りまで真っ赤になって行くのが判るくらいにウロたえてしまった。だが咄嗟に、言うチャンスが有ればいつか言おうと思ってずっと胸に秘めていた言葉が、内心の臆病さとは裏腹に大胆に口をついて出た。
「いやー、中原さんが最近見違えるようにきれいになったんで、もう意識しちゃってまともに見れないんだよ」
「そ、そんなこと言われたって……」
今度は美紀の頬が、ポッと紅をさしたようにほんのりと赤みがかった。
かろうじて何とかピンチを凌げた。やっと平静さを取り戻して、
「卓球部はいつ引退する?」
「一応私は六月まではやるつもりだけど」
「そうか。実は俺、今色々考えてるんだよね。バレーも長いこと続けてきたけど、そろそろ潮時かな、とかね」
「そうね。バレー部の場合半端じゃないものね」
別れるまで、ずっと二人で色々なことを話した。話が途切れることは無かった。
俺はもう、天にも昇るくらい嬉しくて、彼女が俺のことを嫌いとかそう言うのでは全然無くて、俺の彼女を意識するあまりの頑なな最近の態度が、彼女との意志の疎通を一方的に妨げてきていたのだということが判ってとっても安心してバスを降りた。
最近彼女に対する俺の思いは募るばかりで、彼女を意識しすぎてまともに口すらきけないようなぎこち無い自分にもういい加減にこの恋は諦めようかと内心本気で思い始めていたのだった。
だけども、そんな考えはあっという間に跡形もなく消え失せてしまった。
やっぱり中原美紀が一番素敵だ。
それに、俺は美紀との接点を発見した。
彼女と俺とは同じ町内なのだが、郊外行きのどのバスでも俺は帰れるけれども、彼女はその中の団地行きバスに乗らないと帰れない。このバスの便は数少ないから、美紀が帰りに乗るバスの便は大体決まってくる。そのバスに二区間前からこっそり俺が乗っておく。すると横川駅前から一人で乗ってくる美紀に会えるというわけだ。
ここの所毎日のようにその手を使って、美紀と二人色々なことを話しながら帰るのがちょっとした楽しみになっている俺がいる。
(つづく)