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青春小説「アカシヤの伝説」第11回〜友情、そして迷い

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     日一日と陽が短くなり、一夜毎に寒さが増してくる。
     十一月に入ると、運動部各種目の秋の新人戦のシーズンとなる。各校とも三年生が抜け、メンバーを組み替えて鍛え直した成果を競い合う。
     真っ青に澄み渡った秋晴れの日曜日、市立工業高校体育館では、広島市地区の高校男子バレーボール新人戦が行われていた。
     インターハイでも立派に通用した六人のレギュラーメンバーの内、三年の三人が抜けたポジションを目指してこの九~十月の二ヶ月、歯を食いしばってハードなトレーニングを耐えてきた。その甲斐あってか、遂にこの俺がレギュラーポジションの一角を担うこととなったのだ。
     スターティング・オーダーで前衛のライトが俺のポジションとなった。前衛レフトがエース北村、その対角後衛ライトが第二エースの野本。セッターにバレーセンス抜群の井上が入った。これはバックセンターからスタート。前衛中央には、速攻ABクイック、時間差何でもござれのセンタープレーヤー、ナイスガイのキャプテン半田。そして、俺の対角バックレフトには長年一緒にベンチを温めてきた小原が入った。
     あまりに今までチームが強かったため、中学三年間と高校の二年間計五年、試合に登録はされても控え選手として出番が無く、ベンチを暖め続けてきた俺だったが、一年生にもズバ抜けた技量の者は今年はいないし、今回はチャンスと見て秘かにレギュラー入りを狙っていた。
     その苦労も実り遂に念願叶って、レギュラー入りを果たした。スターティングメンバーとして試合開始のホイッスルを聞いた時には思わず武者震いした。
    (やるぞー、見てろよー)
    と腹の底から力が沸いてきた。今まで公式試合に出番の無かった五年間、たまりにたまった物が一気にほとばしり出る感じだった。
     試合では初スタメンと言うことで、がむしゃらにプレーするのに精一杯で、何がどうなったのかほとんど覚えていない。まあ俺の所に上がったトスは一本あったか無かったかというところだ。あくまで俺は補助アタッカーであり、囮のクイックに入ったり、ブロックに跳んだりするのが役目だ。
     その点、平等なのはサーブである。
     サーブは野球の打席と同じで全員に順番に必ず回ってくる。控え選手だったこの五年間、サーブの技術を磨くしか試合に使ってもらえる可能性が無かったから必死になってサーブ練習をしていた。それが実ったか、何本かサービス・エースも決まった。長年下積みの練習の甲斐あったというものだ。
     結局一試合目、二試合目には順当に勝ったが、三試合目、準々決勝で敗れてしまった。この夏の文句のつけ所の無いメンバーからすると何ランクも落ちる俺なんかがレギュラーにいるのだからこの程度のものだと、負けても自分自身はサバサバしていた。それどころか三試合もフル出場してそこそこのプレーが出来たことの心地良さと疲労とでこの上もない満足感を感じていた。
    「ヤクシ、なかなかサーブが良かったのお。何本決まったかのお」
     出番は無かったが、いつも俺とベンチを暖めていた小出が帰る道々俺を褒めてくれた。長年の下積みの苦労を知っているだけにお世辞でも嬉しかった。
    「まぐれ、まぐれ」と、一応俺も謙遜という言葉は知っている。
     セッターの井上も初めてのフル出場で、俺と同じく負けても生き生きとして一年生のつけたスコアブックを見ながら帰りのバスの中で楽しそうに今日の試合を振り返っていた。
    「井上、今日一本だけどんぴしゃりAクイックが合うたな」
    「うん、あれは惜しかった」井上も俺を見てニヤっとした。
     ジャンプ力の無い俺は、滞空時間が短いので何度井上とAクイックの練習をしても一度もタイミングが上手く合わなかったのだ。それが今日二試合目の途中、井上が上げたトスにどんぴしゃりのタイミングで打てたAクイックが相手コートに突き刺さった、と思ったのだが、その寸前にこちらの誰かがネットタッチをしていて、結局幻のAクイックに終わった。が、後にも先にもあんなにきれいに打てたAクイックはあの一本きりだった。スコアブックの上での記録には残らなかったが、俺の心のノートには鮮烈に記録された。 井上との生涯一度の忘れられない幻のAクイックだった。        
                    

     色々なことのあった一九七四年も終わりを告げ、新しい年一九七五年が開けた。この四月からはいよいよ三年生となる。それは同時に、大学受験の勉強に本腰を入れて取り組む時期が来たということだ。
     中学三年間まるまるバレー漬けであったため、高校に入ったら色んな事に首を突っ込んで視野を広めたいと思っていた俺だったが、入学式当日から先輩にバレー部に引っ張り込まれ、しかもこのチームが強かったために、この二年間というもの、バレー部の活動を中心にして自分の高校生活が回っていたような気がする。
     この二年間、何に一番打ち込んだかと問われれば、やはりバレーボールだったように思える。
     だがしかし、これでいいのだろうか?バレーで身を立てられる訳でもないし、このままずるずると今まで通りバレーを続けていて大学に無事進学できるであろうか。二兎を追う者は一兎をも得ぬ、という。
     確かに日頃から地道に努力していれば三年の八月までクラブを続けようが現役で志望校にパスできるかも知れない。しかし、厳しい練習の後、風呂や食事を終えて机についても、二~三〇分もすると激しい睡魔におそわれなかなか上手いように勉強もはかどらない。
     バレー部の場合、とりわけ「クラブを続ける」という意味が、即ち「インターハイ連続出場を目指す」ということであって、このインターハイ出場権を得るということは並大抵のことではない。ある程度の勉強時間の犠牲というものは当然出てくるし、そこを両立させようとすれば寝る時間を削ってでも努力する、ということになる。
     バレーは嫌いではない。だが、かれこれもう七年間も毎日毎日飽きもせずバレーを続けてきている。それこそ無我夢中でやって来た。そろそろ卒業してもいい時期ではないだろうか。今バレーをやめることに後悔はない。ただ、今まで雨の日も風の日も、苦しみや喜び、悔しさ、嬉しさを共にしてきた「友」を捨てることになるのが、それが嫌だ。他の新三年生のメンバーも、皆大学進学を希望していて、俺と同じ立場なのだ。それをさっさと見限って、自分のことだけを優先しようとする……それが裏切りでなくて何であろう?何年もかかって育んできた友情も一夜にして無に帰してしまうだろう。
     かといって、このまま三年になってバレーを続けても勉強が気になって練習に身が入らないだろうし……。
     この間、電車で偶然バレー部の二年先輩の浜尾さんにバッタリ会った。浜尾さんはこの一年間の受験浪人生活を振り返ってつくづくと言った。
    「浪人なんかするものじゃないぞ。絶対するなよ、浪人なんか」
     この言葉が俺の頭の中で鳴り響き、苦しませるのだ。
            (つづく)


     
     
    作家/エッセイスト/ファイナンシャルプランナー /ラジオパーソナリティー、広島市在住 「広島にこだわり広島を題材にした作品を広島から発信」をモットーに小説や詩、エッセイを創作。 ◼️著書に小説「愛が降る球場物語」(ザメディアジョン刊)、自伝的エッセイ「カープファン物語」(新風舎刊)

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