
小説「劇団あざみ物語~泣かないのか、1978年のために」第14回~束の間の休息
14 束の間の休息
大 学 側 と 学 生 側 と の 激 し い 対 立 を よ そ に 、 季 節 は 容 赦 な く 移 り 変 わ っ て ゆ く 。
芝 居 、 ロ ッ ク ア ウ ト 、 公 演 、 抗 議 集 会 … と 熱 い 日 々 が 続 い て い た が 、 い つ の 間 に か 肌 寒 さ を 増 し て 秋 か ら 冬 へ 、 そ し て 、 あ っ と い う 間 に 一 九 七 八 年 の 暮 れ が 迫 っ て き た 。
結 局 、 混 乱 の 中 で 授 業 が 再 開 さ れ な い ま ま 神 大 は 冬 休 み に 入 っ た 。
薬師堂は久しぶりに多恵子と会うことにした。
多恵子は昨年の本公演「朝に死す」に衣装メイク係として加わった。世田谷女子短大1年の学生だったが、主役の芽衣子に誘われて1本だけあざみの芝居に参加したのだ。途中から彼女の存在がちょっと気になっていて、公演が終わった後、思い切って映画に誘ったことから二人のつき合いが始まった。
久々に会うのは公演や大学の紛糾のこともあったが、短大2年生の彼女が、保母を目指して就職活動に忙しかったこともあった。
新宿西口ポリス前でお昼に待ち合わせ。ボーリングでひと汗流した後、ハンバーガーとドリンクを買って歌舞伎町の映画館にしけこみ、食べながら「愛と喝采の日々」を観る。
バネッサ・レッドグレープとジェーン・フォンダの、ナチスが台頭するヨーロッパを舞台とした女同士の友情をたっぷりと堪能して映画館を出た頃には、もう外はすっかり薄暗くなっていた。
「いやー今日はよく遊んだね~」
「なんか疲れちゃった…」
どちらともなく人混みの中を東口までぶらぶらと歩き、喫茶「らんぶる」の地下房に落ち着いた。
遊んでいるときはそれほどでもなかったが、こうして面と向かって顔を突き合わせてみると、多恵子に心なしかいつもの明るさが無い。
それもそのはず、まだ保育園の就職先が決まっていなかった。保母の競争率は高く、就職活動は難航しているようだった。
薬師堂は極力その話題は避けたかったが、どうしてもその話になってしまう。
「で…どうなの?見通しの方は…」
「うん…なかなか空きが無くって…ここんとこちょっと暗いんだ…」
そう言ってひと口だけコーヒーカップに口をつけ、ゆっくりと置いたテーブルの上に視線を落とした。
「そっかー、オレたちは4年制でまだ2年あるけど、タエちゃんはこの春卒業だもんな~切実だよね…」
フーっと目をそらして左手で頬杖をついたまま多恵子は、
「あーあ、このままどこにも決まらなかったらどうしよう…」
「そんなことないよ。一生懸命やってんだから、どこか必ず決まるよ~」根拠もなく励ますのが少し虚しい。
「…いっそ誰かいい人と結婚しちゃおうかしら…なんてね…」
ひと呼吸おいて出た彼女の一言に、薬師堂は一瞬心臓が(ドクンッ!)と波打つのを感じた。
意識しているだけに、(それもいいかもよ~、、)と軽々しい相槌は口が裂けても言えない立場だ。しかし(じゃあ俺が面倒見てやるよ!)ときっぱりも言い切れない。親の僅かな仕送りとバイトで、とりあえず貧乏学生生活は維持しているが、経済的な自立には程遠かった。
大学2年の自分としては、まだ将来どうなるものか自分でも分からない。この2年間芝居に熱中し自由を謳歌してきたが、このままでいいとは自分でも思っていない。自分の将来に向って全力で突き進むというところまではまだ到達していなかった。
それに二人の仲も、まだそんなに決定的なところまで進んでいる訳でもない。
ぼんやりとそんな風なことを思い巡らせていると、多恵子が猫のように体を丸めて顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
「いや…別に…大変なんだなあ~と思って…」
「まあ、行きたかった所はスベったんだけど、ウチの近所の私立で2、3アテが無い訳じゃないのよ。何とかそこに入れればって思ってるんだ」
「ふ~ん」
久しぶりに会って散々遊びまわり、疲れていたこともあってか言葉が続かない。
「出よっか」
地上に出ると、夜の新宿のビルの谷間の空から小雪がちらちらと舞い落ちて来て、行き交う車のヘッドライトに照らされキラキラと光って見えた。
「ごはん食べてく?」
「ン…今日は帰る…」
「そっか」
多恵子を西口の京王線乗り場まで送って歩く。東口から西口に抜ける国電ガード下の暗がりを歩く時、どちらからともなく二人の肩と肩が触れ合った。
そっと薬師堂の手が伸びて、彼女の左手をゆっくりと握りしめた。多恵子はされるままに任せている。
二人はそのまま無言で西口広場を横切り、京王線の方に向って歩いた。
「ねえ…」
「うん?」
「クリスマスどうするの?」
「どうしようかな~…どうしようか?」
「ごはん作りに行ってあげようか?アパートに…」
何かを推し量るかのように多恵子が目を見つめながら静かに言った。
「えっ、ホント!?…いいねえ、そりゃいいや、そうしよう!」
それだけ言うのがやっとだった。喫茶店で就職のことを話題にしてからは、予想通り沈みがちな雰囲気になり少し気まずかったのだが、思わぬ展開に薬師堂は小躍りしたかった。
京王線の改札付近は急な冷え込みに、家路を急ぐ人たちで混雑し始めていた。
「じゃあ…次はイブにね。迎えに来てよ」
「うん、そうする。じゃあ…」
そう言って、握っていた手を離しかけた薬師堂の手を再び握り返して、グッと自分の方に引き寄せ、ちょっと前のめりになった彼の頬に多恵子は軽く唇を押し当てた。
(あっ!)と思う間もなく、彼女は身を翻し、背を向けて手を小さく振りながら人混みの中に消えていった。
ポカンと口を開けたまま薬師堂はアッ気にとられていた。
彼女のいつになく積極的な行動に戸惑いながらも、次第に嬉しさが込み上げてきた。
(9回裏ツーアウトからの逆転サヨナラ勝ちだ!)
見えなくなった多恵子を、そのままずっと、いつまでも見送っていた。
(つづく)