
青春小説「アカシヤの伝説」第10回~世界中の誰よりきっと
10
インターハイに始まり、インターハイに終わった感のある思い出深い夏も終わりを告げ、蝉に代わって鈴虫やコオロギたちが夜を限りに泣き続ける秋も深まってきた。
晴れ上がった日の日中などは、まだまだ太陽光線も強烈だが、日が暮れるとめっきり肌寒くなってきた。日没も大分早まってはきていたが、薄暗くなってもまだ居残っている生徒が結構多い。
それもそのはず、舟入高校の各クラスでは十月に行われる文化祭の準備に慌ただしい。
舟入では、一~二年生は、テーマその他一切自由で各クラス毎に出し物をやることになっている。喫茶店をやる所あり、お化け屋敷をする所あり、また、ハイカラにも八ミリを回して自主映画を創り映画上映する所あり……と、てんでバラバラで全く統一性はないのだが、日頃は何かと縛られることの多い学園生活。こればかりは生徒委せで全く自由なので、日頃鬱積したエネルギーがほとばしり出ることと相成るわけ。
学校あげてのお祭り騒ぎと化してとても心地よい。各クラスとも張り切ってその準備に余念がないのだ。
俺たちのクラスでは、一年の時には初めてということもあり皆で張り切って食べ物屋をやろうということで「ワラビ餅とところてん屋」というのをやった。これがまあ、いざ作って売ろうとするとなかなか大変で、事前の練習や準備も大変なら、当日の店の切り盛りも大変だった。おかげで他のクラスの出し物を見て回る時間など全く取れず、疲れただけで散々だった。
それで今年は無難なところで「ガラクタ市」をたてることに落ち着いた。まあ早い話がバザーであって、これなら各自使い古した物を持ち寄って、後は店番を二~三人置いて交代でよそのクラスの出し物も存分に見て回り、文化祭を楽しもうという魂胆なのである。
文化祭の出し物と言っても、やはり世相の影響は免れない。今年は何といっても香港の生んだカンフースター、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」が爆発的なブームとなった年だ。
それらを反映してか、この「燃えよドラゴン」を真似たような映画を作るクラスが続出した。バレー部の小出と井上のクラスでも、訳の分からないような台本を誰かが書いて、連日遅くまで教室や中庭などを舞台に撮影を繰り返していた。どんな駄作が生まれるのやら。詰め襟の学生服を着た者同志がヌンチャクを振り回しながら「アチョー!」とやり合う事になるのだけは大体想像がつくのだが……。
さて、そんな中わがバレー部の面々はと言えば、三年生は直方インターハイでの藤見寺工に敗れたあの一戦が事実上の引退試合となり、一応クラブ活動には終止符を打つこととなった。後は大学進学を目指し、遅れていた受験勉強に本格的に埋没することとなる。
残された我々一、二年生は、これからは一から新しいチームを作り直していかなければならない。秋から冬に向けては特にボールに触るのを最小限にとどめて基礎体力作り、筋力アップなどに重点を置いたサーキットトレーニングが練習の中心となる。
五〇メートルダッシュの繰り返しや校庭を何周も走るマラソンもきついが、とりわけ辛いのは鉄亜鈴を使っての筋力トレーニング、中でも極めつけは四キロの鉄亜鈴を片手に一つずつ計二ヶ八キロを持ったまま、砂場でしゃがみ跳びを十回も二〇回も続けるトレーニングで、これはへとへとに疲れる。しかし、これらを一二ヶ月も続けていると筋力は確実にアップしているらしく、アタックや、サーブのスピードが目に見えて違ってくる。こんな早いアタックを打てたのか、と自分でも判るくらい効果抜群なのである。
ヘロヘロになる程の厳しいトレーニングが終わったある土曜日の夕方、三々五々帰ってゆくバレー部員たちを尻目に、部室には野本と新キャプテンの半田、そして俺の三人が残っていた。
その日の練習が始まる前、野本が練習の後話があるから残っておいて欲しいと言うのだった。それにしては半田も残っているようなので変な気はしたのだが。
普段寡黙で余り口数の多くない野本が言いにくそうに切り出した。
「ヤクシ、実はなあ、この間、小出や小原らが話しているのをたまたま聞いたんだが、ヤクシが昔から中原美紀のことを好きだったって言うのを初めて知ってびっくりした。半田とは帰る道が一緒なんで、いつか帰る道々そんな話になって、半田も中原が好きだっていうことで、こりゃあ一度三人できちんと話をしといた方がいいかなあ、とまあこんな訳なんだ」
何ということだ!俺と野本と半田とは、祇園寺中学~舟入高校と、もう五年越しでバレー部のチームメートとして同じ釜の飯を食ってきた仲間なのだ。その三人が、よりにもよってまた、一人の女の子に思いを寄せることになるなんて。
「僕は近いうちに自分の気持ちを伝えようと思ってる。」
半田がきっぱりと言った。
半田が中原のことを思っていたとは意外だった。だが、野本のことは俺の方は知っていた。それについては苦い思い出があるのだ。
中学三年の夏休みが始まって間もない頃、バレー部の三年生の八人が北村の家に泊まって大騒ぎをしたことがあった。夜も更けた頃、誰かが、好きな人を公表し合おう、と言い出して、順々にそれぞれ顔を赤らめながら意中の人の名前を言い合った。俺も今まで誰にも言えず一人思い悩んできたが、遂に言うことになったかと、内心、友に打ち明けるのが恥ずかしくもあり、また嬉しくもあった。ところがそのとき野本の番が先に来て、野本が「中原美紀」と言い放ってしまったのだ。続いて俺の順番がやって来たが、野本のことを考えるととても言う気になれず、「特に好きな子はいない」とどの女の子の名前も挙げずに逃げたのだ。その時の俺の胸の中の大激震など誰も知りはしなかっただろう。
野本はこの時皆に打ち明けたことで自分自身ふっ切れたのか、この後は彼女に積極的にアタックするようになった。
いつだったかバレーの練習の後、何人かで繁華街へ繰り出すというので俺もついて行ったところ、何とそれは野本が美紀に送る誕生日プレゼントを買いに行くのにひやかしで皆がついて行ったのであった。それも知らず、のこのことついて行って本当に悔しい思いをした。
いっそ、あの時思い切って自分も打ち明けてしまっていたら、どんなにか楽だったろうと思った。野本とも真正面からやり合うことができただろう。 その時は真剣に考えていた。
俺は野本の心を知っているが、野本は俺の心は知らない。俺があの時嘘をついたからだ。
死ぬほど中原に恋い焦がれていながら、自分の心を正直に友の前にさらけ出すことをしなかったからだ。正々堂々野本に打ち明けることなく、友を出し抜くような真似は出来ないと思っていた。しかし思わぬ事からそれにけりをつける日が遂にやってきたのだ。
「三人の中の誰かが彼女とうまくいったなら、その時は後の二人は潔く諦めること」
俺たちは三人だけの暗黙のルールを守ることを誓って別れた。
正々堂々、男と男の勝負だ!負ける訳にはいかない。
誰が何て言ったって、世界で一番彼女のことを愛しく想っているのはこの俺なのだから。 (つづく)