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青春小説「アカシヤの伝説」第5回~波乱の終結

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    二時限目が終わると、変ったことに舟高では十五分間小休止があり、その時間全員が校庭に出て「業間体操」というものをする事になっている。音楽も,ブラスバンド部が吹き込んだ変テコなオリジナルの曲が校庭一杯に流れ、ラジオ体操みたいなそうでないような、「舟入高校体操」というのを皆で一斉にするのだ。
     まあ、体操そのものは皆適当にやっていて、校庭へ出ている少しの間、違うクラスの仲良しなどとぺちゃくちゃ話しをするのが、適度な気分転換にはなったりするのだが………。
     三々五々生徒が校庭に集まり出した。その時、 さっきの俺のクラスの山野真智子が、もう一人の女の子と一緒に先の方を指さして、
    「ねえ、あれ井上君じゃない?ねえ?どうしたん、あれ」と、すっとんきょうな声を上げ騒いでいる。見ると,バレ―部二年の井上洋が昨日までとはうって変わって見事な三分刈りの坊主頭を見せているではないか。ほかのクラスの連中も知らなかったらしくて、
    「おー井上きれいになったのう」と井上の周りに何人かが集まり始めた。
     どういう風の吹き回しか、なかなかのハンサムで、バレー部の中では一番ファッションのセンスも有り、最も髪を切りそうになかったあの井上が驚くべきことに、一夜にして早くも坊主にしてしまったとは。昨日の帰り「甘党の店 はま」での話しの時も居たはずだったから、坊主反対かと思っていたのだが…。
    「おい、ヤクシ、井上見たか?」
     体操が終わりみんながゾロゾロと戻り始めるとすぐに新川が追いかけてきた。
    「見た見た。まさかあいつが真っ先に切ってくるとはのう」
    「困ったことになった」
     バレー部では、三年生、一年生ともに四人ずつしかいなかったのだが、俺たち二年生は十一人もいた。五人はやめてしまったが、入部のときには十六人いた。これは、一九六四年俺達が小学校一年の年、東京オリンピックで「東洋の魔女」と言われた日本女子バレーチームが金メダルをとり、この時あたりからバレーボールが全国で急にさかんになってきていた。そして、一昨年、俺達が中学三年の年の一九七二年に、ミュンヘンオリンピックで松平監督率いる日本男子バレーチームが、念願かなって金メダルの栄冠に輝いた。
     世界のクズ、とまで言われた日本男子バレーが、ここまでに至る感動の物語は、テレビなどでもさかんに放映され、日本のバレーボールブームは、まさに頂点に達した観があり、高校でもその影響なのかクラブに入る人数もものすごく増えた。
     だから、クラブの練習や試合は六人のレギュラーメンバーを中心に整然と行われるのだが、クラブが終わって、クラブ内での色々なことでは、十一人もいる我々二年生が数の力と結束とで結構幅をきかせていた。坊主が好きな北村はともかくとしても、残る十人全員が、坊主頭阻止で一致団結して事に当れば、形勢逆転の可能性もあると思っていた。
     それが、二日目からこの有様である。この井上の脱落は、いったいどうしたことだろう。
                 
     恐れていた通り、井上の抜けがけによる坊主の波紋から、俺達二年生は総くずれとなった。中でも、高田と福崎の二人は、スケイチの強引なやり方に抗議の意思を込めて二分刈りの坊主頭に丸めた後、翌日そろって退部した。
     高田は、二年前、兄貴もスケイチの「スポーツ刈り宣言」でやめており、兄弟そろってこのスケイチのやり方に怒って退部するという最悪の事態になった。
     当然、これらのことは各クラスに瞬く間に知れわたり同級生たちの話題となった。二年の十クラスの内男子バレー部員は各クラスに散らばって十一人もいる。昨日まではフサフサと黒髪をなびかせていたのが、前ぶれもなく突然今日からは、丸刈りの坊主頭で登校してくるのだから、噂にならない訳がなかった。誰それはクラブをやめるみたいだ、とか聞きもしないのに色んな噂が耳に入ってくる。
    「ヤクシ、お前らどうなっとるんなら。スケイチにえーよーにやられよるんじゃあないんか。」
     おっさん面したテニス部の親分肌の隆本も、噂を聞きつけて声をかけてきた。
    「強いクラブには、それなりに悩みもある訳よ」と俺もやり返す。
    「おっ、言うてくれるじゃあないか」
     隆本と俺とは全く性格もタイプも違うのだが、妙に憎めない奴だった。テニス部とは、グラウンドでコートが隣同志ということもあり、お互い運動部員といった連帯感もあるのかも知れなかった。
     しかし、困ったことになった。スケイチの坊主宣言から、今日でもう三日目の金曜日だ。あと二日しかない。
     男子バレー部二十人のうち、四人の三年生は、以前の「スポーツ刈り事件」を経て残ったメンバーで、まさか、引退をすぐ前にしてやめる訳もなかった。そして一年生の四人も、中学時代のもともとの坊主頭がボサボサに伸びかけているだけでこれを切るのに余り抵抗があるとは思えない。残るは俺達二年だが、北村、野本、井上が早々と坊主にして練習に出ている。高田、福崎の二人は抗議の退部。
     この二人の行動の波紋は大きかった。また一見シティボーイ井上の抜け駆けあっけらかん坊主の影響も大きかった。皆で集まって色々話し合ったって、相談もなくて「一抜けた!」とやる訳だから結局のところ、残った俺達坊主反対派にしても、一人一人が自分で出した結論に従って身を処するしか無くなった。
    「薬師堂君」
     放課後、山野真知子がまた俺の側に来て言った。
    「バレー部大変なんじゃね。この間、薬師堂くんが朝松本先生に何か言ってたでしょう?あれみんなを代表して文句を言いに行ったらしいじゃない?」  やれやれ、もうそんなことまで話が伝わっている。
    「まあ、文句というか何というか、俺、頭にきとったからね」
    「いいとこあるのね。応援するから頑張って。」
     気持ちは嬉しいがこればかりは、応援されてもどうなるものでもない。
     
     結局この事件は、日曜日を挟み、翌週の月曜日には、やめた高田、福崎の二人以外の全員が頭を丸めて練習に参加したことで終結した。
     だが、今回のことで、スケイチこと松本介一教論は、我々生徒の人望をかなり落とした。月曜日のクラブの後のミーティングで青々とした十八人の坊主頭をぐるりと見渡して「このメンバーで、心機一転、インターハイを目指そう!」と力説した。
     しかし、大体がここ二~三年舟入高校のバレーが強いのには訳があるのだ。
     ここ二~三年、どういうことか、安佐南中学と、祇園寺中学のバレー部員が、舟入高校に進学先を選んで、そこでまたバレーを続ける、という風潮のようなものが何となく定着していた。この安佐南中と祇園寺中のある旧安佐郡部というのは、バレーの盛んな広島県の中でもとりわけ盛んな地域で、中学校の対戦ではこの両中学で戦われる地区大会の決勝が、その先は県大会の決勝までもちこまれるくらいレベルが高い地域なのである。
     特に、この安佐南中バレー部OBには、ミュンヘン五輪で金メダルをとった日本男子バレーの頭脳ともいうべき世界的名セッターの猫田がいるくらいなのだ。ここ数年間は中国五県選抜の大会でさえも、決勝戦は、祇園寺中と安佐南中で争われていた。
     だから決して根性論などではなく、この二つの中学でレギュラーを張っていたような連中が、どんどん入って一つのチームを作っているのだから、それはもう強くならないはずが無い。
     それなのに、やれ坊主だ、気合いだ、と精神論を振りかざして、しかも従わない者は切る、という独裁的体質なのだから支持されるはずも無かった。
     バレー部内も、二人の仲間を失い、又、今回のことで、見なくても良かった皆の心の底の部分が見えたりもして、何か気まずい雰囲気が残った。だが、そういう我々の落胆とは裏腹に、スケイチの思惑通り、この後わが舟高バレー部は創部以来の破竹の快進撃を続けることになったのである。
                    (つづく)


     
     
    作家/エッセイスト/ファイナンシャルプランナー /ラジオパーソナリティー、広島市在住 「広島にこだわり広島を題材にした作品を広島から発信」をモットーに小説や詩、エッセイを創作。 ◼️著書に小説「愛が降る球場物語」(ザメディアジョン刊)、自伝的エッセイ「カープファン物語」(新風舎刊)

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