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芋出し画像

第十二話 別途玄欟

十䞉回目。

男は、癜い床の䞊に立っおいた。

もう、叫ばなかった。

笑いもしなかった。

床を殎るこずもなかった。

スマホを投げるこずもなかった。

正の字を刻もうずもしなかった。

赀いボタンを怖がろうずもしなかった。

癜石を怪物にしようずもしなかった。

ただ、立っおいた。

右足が痛い。

腹は枛っおいる。

喉は枇いおいる。

眠い。

党郚、同じだった。

癜いタむル。

壁はない。

倩井はない。

颚もない。

匂いもない。

䜕もない。

䜕もないこずにも、もう驚かなかった。

男は、ゆっくり息を吐いた。

「たたか」

そう蚀った。

声は癜い床に萜ちた。

萜ちお、消えた。

それだけだった。

十䞉回目。

それが本圓に十䞉回目なのかは、もうわからない。

十回目かもしれない。

十五回目かもしれない。

癟回目かもしれない。

ただ、䜕床もここに来た。

䜕床も癟幎を過ごした。

䜕床も面談宀に戻り。

䜕床も抌した。

それだけは、わかった。

男は、ポケットからスマホを取り出した。

二〇二五幎䞉月十䞀日。

午埌䞉時四十䞃分。

六十䞉パヌセント。

圏倖。

右䞊のひび。

い぀もの画面。

い぀もの数字。

い぀もの傷。

写真フォルダを開く。

䞃枚。

CR倧富豪。

倧戞屋の定食。

バス停の時刻衚。

契玄曞の䞀郚。

営業䌚議のホワむトボヌド。

間違えお撮った倩井。

本人確認甚の自撮り。

男は、しばらく䞃枚を芋おいた。

今たで、それらは責めるものだった。

倱敗の蚌拠だった。

逃げた蚌拠だった。

芋なかった蚌拠だった。

読たなかった蚌拠だった。

話さなかった蚌拠だった。

だが、十䞉回目の男には、少し違っお芋えた。

それらは、残っおいるものだった。

自分が芋なかったものを、芋せるために残っおいた。

そう思った。

男は、営業䌚議のホワむトボヌドを開いた。

五味 〇件。

赀いれロ。

片桐の声が聞こえた。

「確認しろ」

「準備しろ」

「報告しろ」

「困ったら早めに蚀え」

「確認っお、芋るこずじゃないぞ」

片桐は、敵ではなかった。

五味を朰した䞊叞ではなかった。

少なくずも、最初は。

䜕床も蚀っおいた。

䜕床も教えおいた。

怒鳎る前に。

呆れる前に。

疲れる前に。

真人は、それを聞いおいた。

聞いおいる぀もりだった。

頷いおいた。

メモも取っおいた。

だが、本圓には聞いおいなかった。

「はい」ず蚀えば、聞いたこずになるず思っおいた。

「わかりたした」ず蚀えば、わかったこずになるず思っおいた。

男は、ホワむトボヌドの写真を芋぀めた。

五味 〇件。

れロ。

そのれロは、ただ成瞟の数字ではなかった。

芋なかった数だった。

確認しなかった数。

盞談しなかった数。

報告しなかった数。

先に延ばした結果の数。

男は、写真を閉じた。

次に、契玄曞の䞀郚を開いた。

小さすぎお読めない。

拡倧しおも、文字はがやける。

さらに拡倧しおも、読めない。

読めない写真。

読めないたた残っおいる写真。

男は、画面を芋ながら蚀った。

「読めなかったんじゃない」

違う。

「読たなかったんだ」

読めるように撮るこずもできた。

その堎で読むこずもできた。

人に聞くこずもできた。

片桐に聞くこずもできた。

癜石に玄欟を持っおきおもらうこずもできた。

だが、しなかった。

読む前に、わかった気になった。

芋たから倧䞈倫。

写真を撮ったから倧䞈倫。

契玄曞にサむンしたから倧䞈倫。

なんずかなるっしょ。

ならなかった。

男は、写真を閉じた。

倧戞屋の定食を開いた。

焌き魚。

味噌汁。

ご飯。

湯のみ。

箞袋。

画面の端の、沙玀の指先。

薄い氎色の袖。

顔はない。

沙玀の顔は、写真の䞭にない。

男は、その指先を芋぀めた。

沙玀は、真人を芋捚おたのではなかった。

䞀緒に珟実を芋ようずしおいた。

「倱敗したずころに、私も立たせおほしかった」

そう蚀っおいた。

その蚀葉を、真人は受け取れなかった。

情けなさを芋せるのが嫌だった。

頌りないず思われるのが怖かった。

倱敗を共有するより、笑っお逃げる方が楜だった。

「倧䞈倫だっお」

「なんずかなるっしょ」

それで、沙玀の前からも逃げた。

沙玀が歩いおいったのではない。

真人が歩かなかった。

男は、画面の端の指先に觊れた。

觊れたのは、ガラスだった。

沙玀ではない。

指先ですらない。

ただの写真。

それでも、男は蚀った。

「芋おなかったな」

癜い床は䜕も答えない。

だが、それでよかった。

答えは、もう倖から来るものではなかった。

男は、CR倧富豪の写真を開いた。

金色のポスタヌ。

笑う倧富豪。

札束。

䞀撃。

逆転。

人生を倉えるチャンス。

新装開店たで、あず䞉日。

あの日、真人はただ入らなかった。

ただ遞べた。

䞉日間、遞べた。

行かないこずもできた。

求人に応募するこずもできた。

カヌドの利甚明现を芋るこずもできた。

督促の通知を開くこずもできた。

誰かに盞談するこずもできた。

だが、写真を芋た。

䜕床も芋た。

行く理由を育おた。

行かない理由を薄くした。

男は、ポスタヌの金色を芋おいた。

䞀億円ず同じ色。

パチンコ台の光ず同じ色。

赀いボタンの向こう偎にあるはずの色。

金は、い぀も未来の顔をしおいた。

だが、その未来は、い぀も今から逃げるためのものだった。

勝おば返せる。

䞀億円があればやり盎せる。

抌せば楜になる。

その未来は、真人に今を芋せなかった。

男は、写真を閉じた。

バス停の時刻衚を開いた。

有効期間。

2020.4.1〜2020.9.30。

写真の䞭には、最初から曞いおあった。

ここたでだ、ず。

この先は䜿えない、ず。

だが、真人は芋おいなかった。

時刻衚を芋おいたのではない。

確認した気になっおいた。

男は、写真を閉じた。

間違えお撮った倩井を開いた。

癜っぜい倩井。

蛍光灯の端。

䜕の意味もない写真。

その癜が、癜い空間に䌌おいた。

䜕の意味もないものにも、意味が生たれるこずがある。

䜕の意味もないず思っおいたものが、埌になっお、自分を芋せるこずがある。

男は、倩井の写真を閉じた。

最埌に、自撮りを開いた。

本人確認甚の写真。

疲れた顔。

笑っおいない目。

無粟ひげ。

少し開いた口。

五味真人。

䞉十二歳。

男は、しばらくその顔を芋おいた。

他人に芋えた。

䜕癟幎も、他人のように芋えおいた。

だが、今は少し違った。

これは、自分だった。

情けない自分。

逃げた自分。

芋なかった自分。

読たなかった自分。

話さなかった自分。

抌した自分。

そしお、これからたた抌すかもしれない自分。

男は、画面の䞭の真人に蚀った。

「お前が、俺だ」

画面の男は答えない。

「俺が、お前だ」

それも、答えなかった。

圓然だった。

写真だからだ。

だが、男にはそれでよかった。

十䞉回目の癟幎は、静かに過ぎた。

男は、ほずんど叫ばなかった。

ほずんど笑わなかった。

幻も芋なかった。

いや、芋たのかもしれない。

沙玀の声が聞こえた気がする倜があった。

片桐がホワむトボヌドの前に立っおいる気がする日もあった。

癜石のネクタむが、癜い床の遠くに揺れおいるように芋えたこずもあった。

パチンコ屋の電子音が、耳の奥で鳎ったこずもあった。

コンビニの蛍光灯を思い出すこずもあった。

倜勀明け。

真人は、い぀も同じコンビニに寄っおいた。

棚に䞊んだ匁圓。

冷蔵ケヌスの猶チュヌハむ。

レゞ暪の揚げ物。

自動ドアの音。

真人は匁圓ず酒を持っお、レゞの前に立぀。

その時間には、い぀も同じような顔ぶれがいた。

毎朝、同じ猶コヌヒヌを買う䜜業着の男。

新聞を買う老人。

小さな子どもを連れた母芪。

倜勀垰りらしい別の男。

真人は、その人たちを芋おいた。

芋おいたが、䜕も知らなかった。

名前も。

仕事も。

家族も。

䜕に疲れおいるのかも。

どこぞ垰るのかも。

䜕も知らなかった。

そしお、盞手も真人のこずを知らなかった。

真人は、そのコンビニでは、倜明け前に匁圓ず猶チュヌハむを買う男だった。

それだけだった。

店員にずっおも。

ほかの客にずっおも。

ただの客。

ただの顔。

ただの䞀人。

だが、その「ただの䞀人」の䞭にも、人はいた。

真人は、それを芋おいなかった。

䞖界は、自分の倱敗ず借金ず䞍安だけでできおいるず思っおいた。

だが、違った。

片桐には片桐の疲れがあった。

沙玀には沙玀の埅っおいた時間があった。

契玄が流れた倫婊には、生たれおくる子どもがいた。

コンビニの垞連には、それぞれ朝があった。

癜石にも、癜石の圹割があった。

真人は、ずっず自分だけを芋おいた。

いや。

自分すら芋おいなかった。

自分の䞍安を芋おいた。

自分の恥を芋おいた。

自分の逃げ道を芋おいた。

本圓の自分は、芋おいなかった。

十䞉回目の男は、癜い床の䞊で、それらをひず぀ず぀芋た。

片桐。

沙玀。

流れた契玄の倫婊。

CR倧富豪のポスタヌ。

バス停の時刻衚。

督促の封筒。

暗い郚屋。

電気の止たった冷蔵庫。

コンビニのレゞ。

癜石。

赀いボタン。

そしお、五味真人。

党郚を、芋た。

芋たからずいっお、蚱されるわけではない。

芋たからずいっお、過去が倉わるわけでもない。

沙玀が戻るわけではない。

契玄が戻るわけではない。

借金が消えるわけではない。

癟幎が消えるわけでもない。

だが、芋ないたた抌すよりは、たしだった。

男は、そう思った。

ある幎、男は癜い床に座り、ぜ぀りず蚀った。

「䞀億円じゃなかった」

声は小さかった。

「欲しかったのは」

そこたで蚀っお、しばらく黙った。

䞀億円が欲しかったのだず思っおいた。

借金を返すため。

生掻を戻すため。

人生をやり盎すため。

だが、違った。

欲しかったのは、金ではなかった。

金の向こうにあるものだった。

䜕も決めなくおいい時間。

誰にも䌚わなくおいい堎所。

䜕も読たなくおいい空癜。

誰にも返事をしなくおいい癟幎。

督促の電話に出なくおいい癟幎。

沙玀ず話し合わなくおいい癟幎。

片桐に報告しなくおいい癟幎。

契玄曞を読たなくおいい癟幎。

自分の人生を、決めなくおいい癟幎。

男は、癜い床を芋た。

「俺は」

口に出す。

「䞀億円が欲しかったんじゃない」

その蚀葉は、癜い空間に萜ちた。

今たでで、䞀番重く萜ちた気がした。

「人生を決めずに枈む癟幎が、欲しかったんだ」

蚀っおしたえば、簡単だった。

だが、その簡単なこずに気づくたで、䜕癟幎もかかった。

男は笑わなかった。

泣きもしなかった。

泣けなかった。

ボタンを抌した瞬間、泣いおいなかったから。

ただ、目を閉じた。

癜い空間に涙はなかった。

それでも、䜕かが少しだけ静かになった。

十䞉回目の癟幎は、終わりに近づいおいた。

スマホの日付が䜕床も戻る。

䞉月十䞀日。

䞉月十䞀日。

䞉月十䞀日。

䞀幎が消える。

たた始たる。

たた消える。

男は、もう数えなかった。

数えなくおも、終わりが近づくこずだけはわかった。

䜕床も経隓したからではない。

䜓が芚えおいるわけでもない。

ただ、癜い空間の静けさの䞭で、終わりだけが少し濃くなる気がした。

癟幎目。

䞉月十䞀日。

午埌䞉時四十六分。

男は、立っおいた。

い぀ものように。

右足が痛い。

腹は枛っおいる。

喉は枇いおいる。

眠い。

党郚、同じ。

だが、男の目は、赀いボタンを探しおいなかった。

癜石を恐れおもいなかった。

䞀億円を憎んでもいなかった。

ただ、埅っおいた。

午埌䞉時四十䞃分。

声がした。

「おかえりなさいたせ」

癜い床が、面談宀の色を垯びた。

叀いカヌペット。

机。

黒い箱。

赀いボタン。

癜石。

グレヌず青のストラむプのネクタむ。

「ご刀断を」

真人は、怅子に座っおいた。

䞉十二歳の五味真人。

䜕も知らないはずの真人。

だが、今回は、ほんの少しだけ違った。

目が、赀いボタンだけを芋おいなかった。

机の䞊の契玄曞を芋おいた。

分厚い玙。

黒い文字。

眲名欄。

抌印欄。

真人は、赀いボタンから目を離した。

契玄曞に手を䌞ばした。

癜石は、䜕も蚀わなかった。

止めなかった。

急かさなかった。

真人は、契玄曞を開いた。

䞀ペヌゞ目。

文字が䞊んでいる。

読みにくい。

现かい。

面倒くさい。

い぀もの真人なら、そこで流しおいた。

だが、今床は目を萜ずした。

䞀行ず぀。

契玄者。

契玄期間。

䜓感時間。

癟幎。

孀独な空間。

珟実時間。

ほずんど倉わらない。

契玄解陀。

䞍可。

真人は、ゆっくり読んだ。

意味がわからないずころで、止たった。

癜石を芋た。

「ここ」

声が出た。

「この“ほずんど”っお、具䜓的にはどれくらいですか」

癜石は、穏やかに答えた。

「通垞、お客様の生掻䞊、問題が生じない範囲ずされおおりたす」

「通垞っお、誰にずっおの通垞ですか」

癜石の目が、少しだけ现くなった。

笑ったのかもしれない。

「玄欟に定矩がございたす」

真人は、契玄曞に目を戻した。

次の項目を読む。

身䜓状態の固定。

飲食䞍芁。

睡眠䞍芁。

老化なし。

倖郚通信䞍可。

第䞉者ずの接觊䞍可。

真人は眉をひそめた。

「睡眠䞍芁っお」

「はい」

「眠くならない、ずいう意味ですか」

「いいえ」

癜石は蚀った。

「眠る必芁がない、ずいう意味です」

真人は黙った。

喉の奥に、䜕かが匕っかかった。

理由はわからない。

だが、そこで流さなかった。

「眠気は」

「契玄時点の状態に準じたす」

「空腹は」

「同様です」

「痛みは」

「同様です」

真人は、自分の右足を芋た。

゚レベヌタヌを降りたずきにぶ぀けた右足。

小さな痛み。

忘れおいた痛み。

そこに、ほんの少しだけ意識が行った。

癜い床の男は、䜕も蚀わなかった。

蚀う必芁がなかった。

真人は、たた契玄曞を読んだ。

䞀ペヌゞ。

二ペヌゞ。

䞉ペヌゞ。

癜石は埅っおいる。

時蚈の音はしない。

面談宀の倖の音も、遠い。

真人は、䜕床も止たった。

質問した。

「契玄解陀䞍可ずいうのは、期間䞭の解陀ができないずいうこずですか」

「はい」

「契玄前の撀回は」

「もちろん可胜です」

「䞀床抌したら」

「契玄履行開始ずなりたす」

「途䞭で死ぬこずは」

「契玄期間䞭、身䜓損壊その他通垞の生理的倉化は䌎いたせん」

「぀たり、死ねない」

癜石は䞀拍眮いた。

「その衚珟を甚いるお客様もいらっしゃいたす」

真人は、癜石を芋た。

「他にも抌した人がいるんですか」

癜石は答えた。

「個別のお客様に関する情報はお答えできたせん」

「いるんですね」

癜石は埮笑んだ。

「ご刀断に必芁な情報は、契玄曞および玄欟に蚘茉されおおりたす」

玄欟。

その蚀葉が、面談宀に萜ちた。

真人は、手を止めた。

癜い床の男も、手を止めた気がした。

以前の自分なら、ここで笑っおいた。

「ああ、倧䞈倫です」

「いいですっお」

そう蚀っおいた。

読むのが面倒だったから。

早く終わらせたかったから。

わかった気になっおいたから。

だが、今床の真人は䜕も蚀わなかった。

遮らなかった。

契玄曞の該圓箇所に目を戻す。

蚘憶の保持。

消去。

䟋倖的残存。

別途玄欟。

真人は、その文字を芋た。

芋た。

今床は、ちゃんず芋た。

癜石が静かに蚀った。

「別途玄欟もお読みになりたすか」

面談宀は、静かだった。

赀いボタンは、黒い箱の䞊にある。

抌せば䞀億円。

抌せば癟幎。

いや。

もう、それだけではない。

抌せば、たた癜い床。

抌せば、たた右足。

たた空腹。

たた喉の枇き。

たた眠気。

たた䜕もない癟幎。

それを、真人は知らない。

知らないはずだった。

だが、䜕かがそこにあった。

癜い床の男は、蚀わなかった。

抌すな。

ずは蚀わなかった。

怖がれ。

ずも蚀わなかった。

ただ、芋おいた。

真人が䜕を芋るのかを。

真人は、癜石を芋た。

それから、契玄曞を芋た。

赀いボタンを芋た。

もう䞀床、癜石を芋た。

「お願いしたす」

そう蚀った。

癜石は、ゆっくり頷いた。

「かしこたりたした」

癜石は立ち䞊がった。

棚の方ぞ歩いた。

背䞭は普通だった。

歩き方も普通だった。

怪物ではない。

悪魔にも芋えない。

ただ、仕事をしおいる人間のようだった。

癜石は、薄い冊子を持っお戻っおきた。

契玄曞よりは薄い。

だが、文字は现かかった。

衚玙には、こう曞かれおいた。

別途玄欟。

蚘憶の保持・消去・䟋倖的残存に関する事項。

真人は、その衚玙を芋た。

息を吞った。

吐いた。

ペヌゞを開いた。

癜い床の男は、䜕も蚀わなかった。

読め。

ずも蚀わなかった。

もう、蚀う必芁はなかった。

真人は読んだ。

䞀行ず぀。

蚘憶保持に関する条項。

契玄期間䞭の蚘憶統合。

契玄終了時の蚘憶消去。

次回契玄履行時における䟋倖的残存。

契玄者の意思決定に圱響を及がす可胜性のある感芚残䜙。

認知的䞍敎合。

違和感。

嫌悪感。

既芖感。

未確認の恐怖。

それらの取扱い。

真人は読んだ。

途䞭で止たった。

䜕床も読み返した。

癜石に質問した。

「぀たり、契玄期間䞭の蚘憶は、珟実には基本的に残らない」

「はい」

「ただし、次に同じ空間に入るず、統合される」

「はい」

「珟実偎には、違和感や既芖感のような圢で残るこずがある」

「その堎合がございたす」

「でも、それは本人が気のせいずしお凊理するこずもある」

癜石は、ほんの少しだけ目を䌏せた。

「そのように蚘茉されおおりたす」

真人は、読み続けた。

ペヌゞをめくる。

条項。

䜆し曞き。

䟋倖。

陀倖事項。

定矩。

難しい。

面倒くさい。

読みたくない。

だが、読んだ。

読めないずころは戻った。

わからないずころは聞いた。

癜石は答えた。

答えないずころは、答えないず蚀った。

嘘は぀かなかった。

真人は、玄欟を閉じた。

面談宀に、沈黙が萜ちた。

癜石は蚀った。

「ご䞍明点はございたすか」

真人は、少し考えた。

「ありたす」

「はい」

「これは」

真人は赀いボタンを芋た。

「抌さないこずもできたすよね」

癜石は頷いた。

「もちろんでございたす」

「抌さなければ、䞀億円は」

「支払われたせん」

「契玄も」

「履行開始ずなりたせん」

「垰っおいい」

「はい」

癜石は静かに蚀った。

「ご刀断は、お客様にございたす」

真人は、赀いボタンを芋た。

赀い。

ただの赀いボタン。

䞞くお、぀るりずしおいる。

抌せば䞀億円。

抌さなければ、䜕も倉わらない。

借金は残る。

督促も残る。

家賃も残る。

封筒も残る。

暗い郚屋も残る。

仕事がないこずも残る。

沙玀がいないこずも残る。

片桐の声も残る。

五味真人も残る。

䞀億円を埗るか。

癜い癟幎を埗るか。

それずも、䜕も埗ずに垰るか。

それずも・・・

真人は、赀いボタンを芋おいた。

癜石は、䜕も蚀わない。

「ご刀断を」

その声だけが、静かにあった。

真人は、契玄曞を芋た。

別途玄欟を芋た。

自分の右手を芋た。

その手は、ただ動いおいなかった。

癜い床の男は、芋おいた。

䜕癟幎もかけお、ようやくここたで来た。

読むずころたで。

質問するずころたで。

遮らないずころたで。

「いいですっお」ず蚀わないずころたで。

ここたで来た。

だから、あなたはたぶん思う。

今床こそ。

今床こそ抌さない。

真人は、赀いボタンを芋た。

癜石が蚀った。

「ご刀断を。」

真人は、少しだけ笑った。

それがどういう笑みだったのかは、誰にもわからない。

救われた笑みだったのか。

諊めた笑みだったのか。

理解した笑みだったのか。

壊れた笑みだったのか。

それずも、ただの癖だったのか。

真人は、右手を䞊げた。

カチッ。

ヌ 終 ヌ

最埌たでお読みいただきありがずうございたす。

真人は、なぜ最埌に抌したのか。

私の䞭にも、ただひず぀の答えはありたせん。

あなたは、あの最埌の「カチッ」をどう受け取りたしたか
よければ、コメントで聞かせおください。

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