
『内緒で職場でしている行動。』〜誰にも言ってないけど、私はゴミを拾っています〜
仕事中、誰にも言っていないことがある。
たぶん職場の人も知らない。
というか、知られたくない。
でも、その習慣を始めてから、少しだけ仕事の景色が変わった。
だから、ここだけの話。
私は職場で、こっそりゴミ拾いをしている。
……いや、そんな立派な話ではない。
ボランティア精神に満ち溢れているわけでもないし、「地域をキレイに!」みたいな熱いタイプでもない。
むしろ昔の私は、落ちているゴミを見ても普通にスルーする側だった。
「誰かが拾うでしょ」
心の中でそう思っていた。
実際、私の職場は毎日とてもキレイだ。
床も、トイレも、ゴミ箱も整っている。
それは毎日、お掃除業者の方が丁寧に掃除をしてくださっているからだ。
でも、不思議なことに敷地内にはなぜかゴミが落ちていることがある。
風で飛んできたレシート。
どこから来たのかわからないビニール袋。
誰かのマスク。
「あれ? なんでここに?」
そんなゴミが、なぜか毎日ある。
きっかけは、“運がいい人”の話だった。
私には、昔から「この人、本当に運がいいな」と思う知人のAさんがいる。
なぜかタイミングがいい。
なぜか人に恵まれる。
なぜか助けてもらえる。
本人に、「運が良くなる方法ってあるんですか?」と聞いてみたことがある。
でも返事は、
「別に何もしてないよ(笑)」
だった。
(絶対なんかやってるだろ……)
そう思っていた。
すると後日、Aさんをよく知るBさんが、こっそり教えてくれた。
「Aさん、道に落ちてるゴミを拾ってるよ」
……え?
最初は正直、「そんなことで?」と思った。
でも、その言葉が妙に頭に残った。
だから、試しに自分もやってみようと思った。
ところが。
これが全然できない。
本当に、できない。
ゴミを見つける。
「あ、ゴミある」
そこから始まるのは、壮大な“脳内会議”だ。
拾う?
いや、やめとく?
でも今なら拾える。
いや、誰か見てるかも。
自意識過剰かな。
ていうか、ちょっと汚いし。
いやいや、徳を積むんじゃなかったのか?
……結局、通過。
数秒の間に、脳内会議がめちゃくちゃ開催される。
しかも、拾えなかったあとは決まって少し後悔する。
「今、拾えたよな……」
次の日。
またゴミ発見。
でも、やっぱり拾えない。
そんなことを繰り返しているうちに、私はあることに気づいた。
「自分、ゴミを探してるな」
今まで視界に入っていなかったものが、急に見えるようになったのだ。
そして同時に、ある思いが込み上げてきた。
“キレイって、勝手に維持されてるわけじゃない”
ということ。
暑い日も、寒い日も、雨の日も。
私たちが「当たり前」だと思っているこの景色は、毎日誰かが掃除をしてくれているから保たれている。
掃除をしてくださる方を見る目が、以前とはまったく変わった。
毎日当たり前のように保たれている“キレイ”は、誰かの積み重ねでできている。
本当にすごい仕事だと思った。
ある日、ようやく勇気を出して、小さなゴミをひとつ拾った。
たったそれだけなのに、不思議と気分がよかった。
「なんか、いいことしたな」
たぶん、誰にも気づかれていない。
感謝されるわけでもない。
給料が上がるわけでもない。
運が急激に良くなるわけでもない。
でも、ほんの少しだけ自分の気持ちが整う。
「自分は正しいことをした」
そんな静かな自信が、胸の奥に灯る。
それ以来、私はこっそりゴミを拾っている。
たまに拾えない日もある。
普通にスルーするときもある。
でも、以前の自分とは確実に見えている景色が違う。
不思議なことに、ゴミを拾うようになってから、仕事でも“小さな違和感”に気づくことが増えた。
以前なら見逃していた、
「なんとなく元気がない」
「少し表情が違う」
「いつもと空気感が違う」
そんな小さな変化に、前より自然と気づけるようになった。
たぶん、
“見ようとしている人”には、見えるものが増えるんだと思う。
最近は、ゴミを見つけるとこう思うようになった。
「ラッキー、徳ポイント落ちてる」
たぶん、ちょっと変。
でも、こういう“誰にも言わない小さな習慣”こそが、案外、自分という人間を作っていくのかもしれない。
徳を積むって、本当は人に言わない方がいい気もする。
だから職場では秘密。
でも、noteならいいかと思って書いてみた。
たぶん明日も私は、誰にも気づかれないように、小さな徳ポイントを拾っている。
そんなことをしながら、少しずつ自分の心を整えている。
今日もどこかに、誰にも気づかれない“小さな徳ポイント”が落ちている。