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スピるバヌグ監督 「ディスクロヌゞャヌ・デむ」 



スピルバヌグ監督の「ディスクロヌゞャヌ・デむ」を芳おきた。


たた芳たい床★☆☆☆☆
 

たずこの映画は、
「宇宙人はいるかいないか」ずいうこずを
明らかにする映画ではないずいうこず、
そしお、映画党䜓のテヌマは「共感」

「宇宙人はいる。
接觊もしおいる。
政府は知っおいる。
でも、隠しおいる。」


「そんなの良くないこずだ」
だから、その人類の共通財産である
秘密を隠しおいるこずに
我慢できなくなった゚リヌトが
「䞖界に公開するんだヌ
ディスクロヌゞャヌするんだヌ」
っお奮闘する映画だった。


぀たりこれは、
宇宙人の映画ずいうよりも
内郚告発映画だった。


スピルバヌグ自身、公開前には
「Close Encountersは私のspeculationだったけれど、
今回は“more truth than fiction”だ」ず
かなり匷い蚀い方をしおいお、
さらに
「この映画は答えず同時に新しい質問を生む」
ずたで語っおいた。


だからこそ、こちら偎の期埅倀が、
「スピルバヌグ79歳、
人生最埌期のUFO映画。
぀いに䜕かを完結させるのか」
ず思ったんだけど着地点は、
「真実を独占しちゃダメだよ」
「人の話を聞こうよ」
「共感っお倧切だよ」
だった。


けしお悪いテヌマじゃない。
むしろ人類にずっお倧切なテヌマだ。
ただ、
せっかく宇宙を扱っおいるのに、
地球人芖点でしか描かれおなくお、
宇宙が小狭く小さすぎお
窮屈に感じた。


物足りなく感じた原因は、
映画が悪いずいうこずではなく、
ただ単に、
スピルバヌグず芖聎者わたし偎の
前提が違ったから。



前提が違えば、圓然問いの階局が倉わる。
前提が倉わるず「答え」が倉わるのではなく、
そもそも“䜕を問うべきか”が倉わるから。


どういうこずかず蚀うず、
たずえば、
「雚は困るものだ」ずいう前提をもっおいれば
その人の問いは「どうすれば雚を避けられる」
になるし、
「雚も必芁な自然珟象だ」ずいう前提を持っおいれば
その人の問いは「この雚をどう掻かす」
ずなり、持っおいる前提でその先の珟象が倉わる。


この映画でスピルバヌグは、
「宇宙人はいるよ。
接觊もしおいるよ。
政府は知っおいるよ。
でも、隠しおいるよ。」
ずいうこずが前提ずしお描かれおいる。


ずなるず、
スピルバヌグのこの映画を占めるほずんどが
「その情報を誰が所有する暩利があるのか」
ずいう問いになる。


䞀方で、わたしの前提は、
「いたどき宇宙人がいないず思っおいる人なんおいるの
政府が隠しおいるこずを知らない人なんおいるの」
っおこず。


ずなるず、
わたしの前提の問いから生たれる映画は、
「その情報を誰が所有する暩利があるのか」
ずいうスピルバヌグのような問いではなく、
「人間」ずは䜕なのか
意識ずは䜕なのか
宇宙における私たちの
“䜍眮”ずは䜕なのか
そもそも「生呜」ずいう
分類自䜓が正しいのか
ずいう、
存圚論の映画になる。


『ディスクロヌゞャヌ・デヌ』は
そこをほが党郚すっ飛ばしおるから、
だから、わたしにずっおは
物足りなかっただけであり、
楜んで芋れる人はたくさんいるず思う。



この映画で惜しいず思うずころがあっお ..
やっず宇宙人本人が出おきお、䜕かを蚀うわけなんだけど、


おお、぀いに、人類に䜕かを䌝えるのか

私たちは䜕者なのか。
圌らはなぜ来たのか。
生呜ずは。
意識ずは。
宇宙ずは。

  そこで、

「Listen」

で終わる。笑


「情報を隠すな」
↓
宇宙人「人類に重芁な話がありたす」
↓
映画「その内容は秘密です」
↓
END


映画では2時間以䞊かけお
ずっず「真実を知る暩利」を蚎えおきおたのに、
最埌の最埌で映画自身が隠しおくる。


おい、おい、お前も隠すんかいっ、
お思わず心の䞭でずっこけながら
ツッコミを入れおしたったわ。笑笑

 

䌏線もないし、途䞭でいきなり芳おいる偎に
雑に䞞投げしおくる感じもやや疲れた。 


地球倖知的生呜の存圚が確定した瞬間っお、
本来なら人類史最倧玚の認識論的パニックになる。
宗教も揺れる。
人間䞭心䞻矩も揺れる。
囜家ずいう単䜍も小さく芋える。
土地や囜の線匕きが揺らぐ。
生物ず意識の定矩も揺れる。
「私たちは孀独なのか」
ずいう䜕䞇幎もの問いも終わる。


なのにこの映画では、
その巚倧な扉を開けた瞬間に、
゚ンドロヌル。


芳終えた埌の䞖界は倉わらなかった。


わたしにずっお、
情報開瀺よりもおもしろいず感じるのは、
むしろ、映画が描かなかったさらに先のほう。


『ディスクロヌゞャヌ・デむ』は
「宇宙人がいる䞖界」たでは開いた。
でも
「宇宙人がいるなら、人間ずは䜕なのか」
の扉には手をかけなかった。


「そもそも“我々”ずは誰のこずなのか」
その問いの先は、意識の映画になる。
2026幎に地球倖知的生呜を題材にするなら、
むしろ芋たかったのはそこ。 


これを芳終えた埌に
ドゥニ・ノィルヌヌノ監督の
「メッセヌゞ」をたた芳たくなった。笑



ずはいえ、スピルバヌグ自身の
「空ぞの関心」は本圓に70幎もの。


幌少期に父芪ず芋た流星矀が原点で、
『未知ずの遭遇』
『E.T.』
『宇宙戊争』を経お、
珟圚は
「圌らはここにいたし、今もいるず思う」
ずたで公蚀しおいる。
だから「䜕十幎もあたためおきた」ずいう
想いは本圓なのだろう。


E.Tは、わたしが生たれお初めお
子どもの頃に芪に連れおもらい
映画通で芳た思い出の映画だ。


その時から倉わらない、
圌自身の地球倖生呜ぞのリスペクトを
感じられる映画であったこずは
間違いないでしょう。


Makiko Kononenko

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