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無意識にとらわれていないか。

    Maki Rindoh

    どうしてもこうしよう、こうするべきだ、というまででもなく、なんとなくこうするものだ、こうした方がよいと思い込んで無意識にやってしまうということがある。

    自分で制限や縛りをつけたからといって、なにか効果があるというわけではないのだけど、特に意図するほどでないのにそうしてしまう。
    意味ないな?と思ったり、別にこんなことしなくていいのに、と思ったりもするのだけど。

    *

    そのうちのひとつが、文章を書くときの文章量。
    自分が読むときに読みやすい量が、1000~2000文字なのもあり、またそれくらいが読みやすいというように言われていると聞いたこともあり、なんとなくそのボリュームくらいにしてしまうことが多い。

    書く内容が少ないかもなぁと思いながらでも、無理やり増やすのでなくなんとなく1000文字弱になっている。
    勢いでいろいろ書いてしまったなと思うときでも、2000字を超えることはほぼない。

    自分が読むときに、多分1000文字に満たないくらいのボリュームの記事で読み終わって満足することが少なく、2000字3000字を超えるようなものだとつまらないと読み切れなかったり読んだ後につかれたりするからだと思う。

    自分の読みやすいボリュームに無意識に合わせている。

    それが、ほかの人にとって読みやすいかどうかとは別なのに。

    *

    自分の文章が、短くても読んだ人を満足させたりまた読みたいと思ってもられるような内容だとも思っていないし、長くても読み切ってもらえる文章力もないと思っているというのも大きいと思う。

    無難に読みやすい量なら、読んでもらいやすいかもしれないという期待があるかも。

    なんとなく読めてしまうというのと、読みたくて読むというのは全然違って、できたら後者がいいなと思うのに前者に寄っていってるのは矛盾しているとも思うけど。

    特に、どのくらいの量でと意識して書いているのではないのだけど、書くづらくなく書きすぎないような、そのくらいの量で書きやすいだろうという内容を選んでいるのではないかと思ってしまうこともあり、このくらいがよいだろうという思い込みにとらわれて何か失っているようにも思う。
    気にしなければもっと楽しく書けるかもしれないし、もっと書きやすいかもしれないのに。

    *

    無意識にとらわれているのではないか、自分に制限かけていないかと思うと不安になる。
    制限かけなかったら見える世界があるかもしれないのにな、と思って。

    ないものを求めているだけなのかな?

    だけど、変な思い込みとかなくして自由でいたいと思う。


     
     
     
    ライティング・ライフ・プロジェクトファシリテーター、キャリアコンサルタント、グラフィックレコーダー。 伝えること、人の力を引き出すこと、人と人の関係性を高めること=組織力を高めることにが好きです。  #ライティング・ライフ・プロジェクト #WLP #キャリコン #グラレコ

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