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【小説・ヴィーナス症候群】(番外編53)14歳の忠臣蔵①突然の退部

    南アルプスの険しい稜線が、夕暮れの空に巨大な影を落とし始めている。
    国中中学校の放課後、サッカー部の部室は、中体連の最後の大舞台を控えた熱気と、いつも通りの男子中学生の軽いノリに包まれていた。

    着替えを済ませた深沢が、スパイクの紐を結び直しながらニヤニヤと口を開いた。
    「いやさ、マジで河西の奴がバカだからさー。昨日20モールで、ドレス着たモデルさんにいきなり抱きついてやがんの」(本編889話)

    その言葉が落ちた瞬間、狭い部室にドッと大爆笑が沸き起こった。
    「はははっ! マジで!? バカじゃねーの!?」
    「何やってんだよ、お前!」

    チームメイトたちから一斉に突っ込まれ、ユニフォームに着替えていた河西は、バツが悪そうに頭を掻きながら口を尖らせた。

    「だってさ、腕がなかったし、全然動かないからさ……本気で人間だと思わなかったんだもん」
    「いや、どう見ても人間だろw」
    「お前、ピッチ離れたらマジでIQゼロだよな!」

    田中や清水が腹を抱えて笑う。

    そのとき、部室の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。立っていたのは、いつもと違って一切の笑顔を消した顧問の古屋だった。
    「河西。ちょっと職員室に来い」

    低く重い声が、部室の笑い声を一瞬で凍りつかせる。
    「あ、はい……」と、河西は戸惑いながらも、古屋の後に続いて部室を出て行った。

    グラウンドでの練習が始まっても、河西は戻ってこなかった。
    そればかりか、いつもなら真っ先に指導に立つはずの古屋までもが姿を見せない。

    「おい、始めるぞ! 先生たちが来るまで、いつも通りのメニューをこなす!」
    キャプテンの小田切が声を張り上げ、その日の練習を仕切った。

    いつも国中中サッカー部の心臓としてピッチを広く走り回る河西がいないせいか、パス回しのテンポがどこか狂う。
    部員たちの間には、言葉にできない不穏な空気がじわじわと広がっていた。

    2時間のメニューが終わり、すっかり日が落ちたグラウンドで部員たちが片付けを終えた、その時だった。
    校舎の陰から、トボトボと歩いてくる人影があった。河西だった。

    「あ、河西! どこ行ってたんだよ」

    小林が駆け寄ろうとして、その足を止めた。
    近づいてきた河西の目は、信じられないほど真っ赤に腫れ上がっていた。

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    「河西……? どこ行ってきたの?」

    怪訝そうに覗き込む仲間たちの前で、河西は絞り出すような声で、ぽつりと言った。

    「俺……サッカー部、辞める」
    「は……? 辞める? バカか!?」

    小田切が思わず声を荒らげた。

    「最後の大会の直前だぞ!? なんでだよ。なんか部活に不満でもあったのか? あるならちゃんと言えよ、話してみろって!」

    深沢や田中も河西の肩を掴み、詰め寄る。
    しかし、河西は首を激しく横に振り、涙をボロボロとこぼしながら、震える声で言葉を繋いだ。

    「20モールが……弁護士雇って、警察に被害届出すって……」

    部室の前が、水を打ったように静まり返った。
    あまりに突飛で、中学生の日常とかけ離れた単語の連続に、誰も言葉が出ない。

    「弁護士……警察……? おいおい、大げさすぎるだろ! 終わったことなのにさ!」

    小林が憤慨したように声を上げた。
    「じゃあ何か? 古屋も、河西のこと警察に突き出すって言ってんのかよ?」
    「違う……!」

    河西は袖で涙を拭った。

    「古屋は大丈夫だ、お前を切り捨てたりはしないって言ってくれてる……! でも、教頭が……『大会に出たいなら、今すぐ河西を辞めさせろ』って……。そうじゃないと学校の責任問題になるからって、古屋に……」

    その言葉を聞いた瞬間、部員たちの間に激しい怒りが走った。

    「あのハゲ、何考えてんだ……!」
    「自分たちの世間体のために、河西を犠牲にする気かよ!」

    夕闇の中、国中中サッカー部の面々は、自分たちの絆を脅かす「大人の論理」に対して、激しい敵意の炎を燃やし始めていた。

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    小説を書いたり、よしなし事を書いたり。

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