
【小説・ヴィーナス症候群】[834]ラーメン食べたい
「ラーメン食べたいわぁ」
深夜2時。大阪の端っこ。
竹本柚葉は、配信用のハイスペックPCが放つ青白いLEDの光の中で、ぽつりと呟いた。
彼女には両腕がない。だが、そんなことは彼女の「引きこもりエリート生活」の障害にはならなかった。
柚葉の正体は、海外を中心に人気を誇るVTuber「セイレーン精錬」。
その間違いまくりの日本旅行で、スパチャ(投げ銭)の額は毎月とんでもないことになっている。
要するに、引きこもりだけどガチの資産家だった。
「カウンターで食べたら腰いわしてまうし… ちゅうか、この時間じゃもう近所の店開いてへんし……」
窓の外を見ると、大阪の端っこゆえに街灯はまばらで、静まり返っている。
柚葉は畳の上に置いたスマホを、慣れた足の指先でサクサクと操作した。
画面に並ぶのは、深夜営業している家系ラーメン。
配送料や深夜手数料。画面に表示された合計金額は、ラーメン1杯とは思えない額に跳ね上がっている。
だが、そんなもの今の柚葉にとっては1秒のスパチャにも満たない。
「よし、Uberで注文完了」
画面をタップした瞬間、深夜の静寂のせいか、急に冷静さが戻ってきた。
外は真っ暗。こんな夜中に、わざわざ遠くの市内から、自分の食欲のためだけに自転車やバイクを走らせてくれる人がいる。
画面に表示された高額な決済通知を見つめながら、柚葉はぽつりと言った。
「……我ながらアホやわ」
自分で自分に突っ込みを入れ、少しだけ落ち込んでいると、40分後にインターホンが鳴った。
置き配されたラーメンを足で器用に部屋へと引き入れる。
届いたのは、スープと麺が別々になった最新のセパレート容器。
遠距離の逆境を跳ね返し、スープはまだ熱々だ。
柚葉は床に座ると、右足の指で器用に箸を挟み、スープの中に麺を滑らせる。
そして、絶妙なコントロールで麺を持ち上げた。
ズズッ、と勢いよく麺を すする。
「……んんーー! 濃厚! 染みるわぁ……!」
五臓六腑に染み渡るスープの旨味。さっきまでの自己嫌悪が一瞬で吹き飛ぶ。
結局、美味いものの前では人間は無力だ。

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