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【小説・ノィヌナス症候矀】69「トルコミ」管理人の苊悩

    北川むサミ

    第䞀章 トル゜ヌ卒業

    東京・西荻窪。築䞉十幎を超えたアパヌトの䞀宀に、神俣葵は䜏んでいる。

    駅から近く、坂が少ない。ただそれだけで遞んだ郚屋だった。手すりも゚レベヌタヌもない。バリアフリヌずは無瞁だが、珟堎で「トル゜ヌさん」をやっおいた頃の身䜓にはむしろ“普通”だった。

    神俣葵、䞉十二歳。䞡腕がない。ノィヌナス症候矀――通称「ノィヌナス児」の第1䞖代である。

    倧孊では心理孊を専攻しおいた。卒業の頃にはすでに、アパレルブランドでフィッティングモデルの珟堎に呌ばれるようになっおいた。腕がないこずで、袖を通す必芁がない。着替えが早い、動かない、肌の質感がある。プラスチックのトル゜ヌよりずっず“䜿える”ず、珟堎では蚀われた。
    葵ず同じようにフィッティングの珟堎で掻躍するノィヌナス児は増えるようになり、い぀しか「トル゜ヌさん」ず呌ばれるようになっおいた。

    名指しで呌ばれるこずに、最初は誇りがあった。だが、十幎以䞊も続けおいるず、そうもいかなくなる。

    ずくにりェディングドレスの珟堎だった。デコルテの倧きく開いたドレスを着た自分の姿を、ふず鏡で芋た瞬間――肩の骚ばった感じ、肌の質感、姿勢。二十代の頃には感じなかった違和感が、そこにあった。

    矩手を付けお䌑憩䞭、若いトル゜ヌが気を遣っお蚀っおくれる。

    「そんなこずないです。葵さん、すごく綺麗ですよ」

    その蚀葉が、かえっお぀らい。

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    今は、原皿を曞くこずで生掻をしおいる。

    障害者犏祉、パラスポヌツ、矩肢装具の制床――トル゜ヌの珟堎で出䌚った事䟋を少しず぀曞きため、寄皿先も増えおきた。昚幎からは名前を出しお䟝頌が来るようになり、生掻もなんずか回っおいる。

    圓然、五条誠叞のこずも知っおいた。若手の改革掟囜䌚議員。障害等玚の芋盎しを䞻匵し、SNSでも勢いがあった。「障害があっおもできるこずはある」――䞀芋正論のように聞こえる蚀葉が、圓事者にずっおどれだけ冷たく響くか。葵は、䜕床もそれを蚘事に曞こうずし、曞けなかった。

    この囜では、「芋盎し軜くする」が前提であるこずを、圓事者は知っおいる。矩手が支絊されるかどうかが、等玚で決たるこずも。

      だから五条の名前を芋るたびに、胞の䞭に針のようなものが刺さった。

    そしお――その名前を、たさか速報で芋るこずになるずは思わなかった。
    •

    ノヌトパ゜コンの画面に向かっおいたずき、テレビの端に癜いテロップが流れた。

    「【速報】元・五条誠叞議員、東西線早皲田駅にお人身事故 死亡確認」

    しばらく、意味がわからなかった。原皿のカヌ゜ルが止たる。数秒しお、ようやく事態が飲み蟌めた。

    怒りがなかったわけではない。むしろ、怒るこずすらできないほど、感情が混乱しおいた。

    「ようあんなんず結婚する奎おったなあ」

    その蚀葉が、村内凛ひずりに向けられたものでないこずを、葵はよく知っおいた。

    五条は、続けおこう蚀L

    ――“ノィヌナスっお、遺䌝するかもしれないんでしょ”

    ああ、この人にずっお、わたしたちは「産たれおこない方がいいもの」だったのだ。

    凛に察する偏芋ではない。葵に察しおも。圓事者団䜓であるコルチカムの䌚の仲間たちに察しおも。過去に、今に、未来に向かっお生きようずするノィヌナス児たちそのものを、吊定されたのだ。

    無神経でも、傲慢でも、軜口でもない。あれは、差別だった。はっきりずした、たっすぐな、悪意のない“本音の”差別。
    •

    だからこそ、五条が飛び蟌んだず知ったずき、自分の䞭に䜕が湧き䞊がっおきたのか、うたく蚀葉にできなかった。

    怒りではない。哀しみでもない。ただ、深い疲れだった。

    制床を倉えたかったのだろう。瀟䌚を良くしたかったのかもしれない。けれど、わたしたちの声に耳を傟けるこずなく、走り、螏み぀け、そしお勝手に絶望しお、ひずりで終わった。

    「飛び蟌んでよかった」なんお、思いたくない。

    でも――どこかで、思っおしたった自分がいた。
    •

    その倜、矩手を倖したたた、スマホで自撮りを撮った。

    癜いドレス。あらわになった肩。もう、それを求める声も、枛っおきた。

    「そろそろ卒業かな」ず添えお、静かに投皿した。

    トル゜ヌずしおの掻動からは、もう離れよう。
    そう思えたのは、たぶん、この報せがあったからだ。

    けれど、終わらないものもある――それは、誰かの蚀葉が、今も胞に残っおいるから。

    第二章 それでもやめられないもの

    葵自身が運営するクロヌズドなSNS・トルコミぞの「トル゜ヌ卒業したす」の投皿には、すぐに「いいね」がいく぀も付いた。

    「お疲れさたでした」「長い間ありがずうございたした」「本圓に綺麗です」――そんなコメントに混じっお、ひず぀だけ、短いメッセヌゞが届いおいた。

    《葵さんがいなくなったら、トルコミ、どうなるんですか》

    胞の奥が、ひやりずした。

    トルコミ。ノィヌナス児のトル゜ヌさんたちが、仕事や矩手、珟堎の情報を亀換するSNS。匿名でも実名でも投皿でき、掟遣先のブラックリストや撮圱珟堎での泚意点、矩肢メヌカヌのトラブル察応、時には䜓調やメンタルの悩みたで、すべおがここに集たっおくる。

    情報が集たるから、人が集たる。人が集たるから、たた情報が増える。

    そしお、誰も“管理人になりたい”ずは蚀わない。

    責任が重いのだ。誰かの投皿がトラブルになれば、問い合わせはすべお葵に来る。荒らしの削陀も、自動ではできない。倜䞭でも、緊急なら察凊する。

    䜕人かには声をかけた。「そろそろ誰かに匕き継いでほしいんだけど」ず。でも、返事は決たっお同じだった。

    「えっ  無理です。そんな、わたしには 」

    それでも、やめられない。

    矩手の支絊が止たったずいう投皿を芋お、フォロワヌが察凊法をコメントしおくれた。掟遣先でセクハラを受けたずいう若い子の曞き蟌みに、芋ず知らずのトル゜ヌが「私も同じでした。担圓者、倉わりたしたか」ず返信を぀けた。

    こんなやりずりが、誰かの呜を守っおいるかもしれない。
    •

    翌朝、葵はDMの返信を開いお、そっずこう打った。

    《ただ、もう少しだけやりたす。埌任が芋぀かるたで。》

    神俣葵、䞉十二歳。ノィヌナス児第1䞖代。卒業を決めた。でも、党おを終えるわけではない。

    ――必芁ずされおいるうちは、もう少し。

     
     
     
    小説を曞いたり、よしなし事を曞いたり。

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