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【短編】アイスキャンディー戦争

    先日、法事に行ってきました。そこでの従妹たちとの
    やり取りと、私の子供のころの写真、母との記憶、
    色々なものを詰め込んで、短編小説風のエッセイに
    してみました。

    ===============================
    たたりーたーらーたたりーたーらー

    奈緒は、お焼香の最中に唱えられるお経を、ただなんとなく聴いていた。

    少し曇りがちで、五月末にしては肌寒い日曜日の午前中。叔母の五回忌の法事のために、市内にある由緒あるお寺を奈緒は訪れていた。久しぶりに会う従兄弟たち。ほとんどの従兄弟は、すでに両親を見送っており、当の奈緒も昨年母を亡くし、現在は父と二人での生活だった。
    「久しぶり、お父さんは元気?」
    「うん、元気元気。今日は地域の出合いに行ってくれてる」

    互いの近況報告をしながら、奈緒は従兄弟たちと本堂へと入った。本堂に広がるお線香の香りが、奈緒の心をすんと鎮めてくれるような、それでいて背筋をすっと伸ばしてくれているようだった。

    すぐに法事は始まり、低くよく通る声でお経が唱えられる。奈緒は、どこで手を合わせればいいかわからず、周りと同じような動きに徹していた。

    三十分ほどで法事は終わり、各々の車でお墓参りへと向かった。途中、道を間違えてしまい、一旦引き返しているうちに、奈緒は到着が最後になってしまった。到着すると、すでに先に到着していた従兄弟たちがお墓の掃除をし、お花もほとんど飾り終えていた。

    曇っていてよかった。暑いとお墓参りって大変なんだよね。おばちゃん、曇らせてくれてありがとう。そんなことを考えながら、従兄弟たちの手際よくお墓を整える様子を、奈緒は手持ち無沙汰に眺めていた。

    みんなが順番に墓前で手を合わせ終えたとき、
    「そういえばさ、この前、お母さんにそっくりな人を見かけて」
    と、従兄弟(叔母の娘だ)が話しだした。
    「スーパーで歩いてたらさ、横をすっと通った人の横顔がそっくりで。あまりにもそっくりだったから、走って追いかけちゃってさ」
    従兄弟は、その時の驚いた様子を身振り手振りをつけて話をしてくれた。
    「わたしも、おばちゃんにそっくりな人とすれ違ったことあるよ、びっくりした」
    そう続けたのは、別のいとこの奥さんだ。叔母のことをとても慕っていた。
    「あー、俺は親父とそっくりな人見たことあるわ」
    叔母を慕っていた奥さんの夫(つまり、奈緒の従兄弟)も話に加わった。
    「なんだろうね、あれ。でさ、追いついて前から見ると全然似てないんだよね。でも、横顔がびっくりするくらい似てるの、不思議だよね」
    他の従兄弟たちも、うなずきながら話に耳を傾けている。

    いいなぁ、わたしはお母さんに会わないなぁ。そんな従兄弟たちの会話を奈緒は羨ましい気持ちとともに聞いていた。

    「ただいま」
    家に帰ると、父はまだ出合いから帰ってきていなかった。がらんとした部屋で奈緒は、着替えもせずにもらってきたお弁当を広げ、割りばしを割る。今日の割れ具合は成功だ。

    お弁当は煮物、焼き物、揚げ物と全てを網羅しているかのような豪華さで、全部食べると食べ過ぎになるボリュームだった。
    天麩羅は全部食べて、だし巻きとお魚と煮物は夜用に取っておこう。ご飯作らなくて済んじゃった、ラッキー。奈緒は、残したおかずを別の皿に取り、サランラップをかけて冷蔵庫を開け、父が間違って食べないように、自分のものを入れる段と決めている段にしまい込んだ。

    ただ、奈緒には気になっていることがあった。奈緒は自分の段をしっかりと決め、そこ以外は使わないようにしているのだが、父はたまに奈緒の段に侵入してくる。奈緒が買い物から帰ってきて、冷蔵庫にしまおうとした時、スペースが全て奪われ、冷蔵庫の入れ方を変えなければならないことがちょこちょこあるのだ。
    お父さんが、私のスペースに入っているおかずを食べないように釘をさしとかないと。奈緒は冷蔵庫を閉めながら、そう決めた。

    それから、奈緒は本棚から大きな大きなアルバムを取り出した。奈緒が赤ちゃんの時から小学生くらいまでの写真を、母が丁寧に一言添えながら貼り付けていたものだった。奈緒は、一番お気に入りのアルバムを抱え、畳に直に座り込み、パラパラとページをめくり始めた。
    そこには、小さな自分が色んな表情をして写っていた。
    「お母さん、まめだったよなぁ。こんなにきれいに貼ってくれて」
    すごい寝相で寝ている自分や、父と遊んでいる自分、祖母に抱っこされている自分。母がほとんど写っていないのは、母が撮っていたからだろう。
    「お母さん、自分との写真はよかったのかな」

    そんなことを考えながらページをめくると、奈緒の一番お気に入りの写真が目に飛び込んできた。
    「これこれ、いつ見てもシュールだよね」
    その写真には、玄関に座り、恨めしそうにカメラを見つめ、泣きながらアイスキャンディーを食べる奈緒が写っていた。どうしてこの姿を撮ろうとしたのか、昔、母に聞いたことがあった。
    その時、母は
    「かわいかったから」
    と、とても嬉しそうな楽しそうな顔で答えてくれた。
    「これ、可愛いのかなぁ……あれ……この写真、何か後ろにモヤがかかってない?なにこれ?こんなの今まであったかな?」
    奈緒は目をこすり、もう一度写真をじっくり眺めた。

    ……え、ここ……え……なに、何で床が見えるの?え?うち?の和室だよね?え、私、どうしちゃったの?幽体離脱?寝てないのに?
    私は、自分が上から部屋を眺めていることに気づき、慌てて辺りを見渡してみた。どう考えても我が家なのに、我が家ではない違和感。何かおかしい……って、テレビが……私が子供の頃に家にあったテレビだ!タンスの置き方も違う。急いで板張りの部屋に行こうとするが、どうやったら進むのかわからない。

    私は、なんとか平泳ぎのように手を動かし前進して板間に行くと、小さい頃に遊んでいた滑り台があった。部屋に不釣り合いなほどの滑り台。父の背と同じくらいの高さがあって、公園にある滑り台より少し小さいくらいの代物だ。今改めて見ると、すごいものが部屋に置かれている。

    「ダメ!さっき食べたから!」
    母の怒っている声が、台所の方から聞こえてきた。私は、再び平泳ぎのような手の動きで前進し、台所へ入って行った。
    「たべたい!もうひとつアイスっ!」
    そこには地団駄を踏みながらアイスキャンディーをねだる幼い日の私がいた。ショートカットで少し日に焼けていて、たぶん3歳か4歳くらいだ。袖が赤と白のボーダーで身頃は赤のTシャツを着た私。

    子供の頃、ほんとにおしゃれな服を着せてもらってたよな。目の前でアイスをねだり母とバトルをする私を見ながら、私はそんなことを考えていた。

    ……あれ、私、怪しい人っていうかお化けじゃん……え、お母さんから見えてないの?これ、大丈夫なの?
    私は、逆さまになってぬっと母の目の前に顔をつきだしてみたが、何の反応もなかった。これは、見えてないやつだ。

    「だから!もう一つ食べたんだから、絶対にだめ!なんで言うこと聞けないの!」
    母が、チビ私に怒った。
    「たべたいもん……」
    チビ私は、目に涙を一杯にためて、しゃくりながら懸命に訴えている。
    「ダメなものはダメ!」
    母は依然として怖い声でチビ私を叱っている。そう、本当に怖かった。毎日毎日恐怖で泣いていた自分を私は思い出した。ただ、私は母がどんな表情で怒っていたのかまったく覚えていない。私は、興味本位で母の表情をそっとのぞいてみた。

    ……え、なに、その切なそうな顔……。私は、母があまりにも申し訳なさそうな苦しそうな顔をしていることに衝撃を受けた。そんな顔しながら、あんな怖い声をどうやって作ったのだろうか。母の演技力に脱帽していると、
    「う……うぐっ……ぐすっ……ぐすっ……」
    チビ私がさらに泣きだした。涙はぷくぷくしたほっぺをつたい、ぽとぽとと床に落ちている。このままでは、床に水たまりが出来そうな勢いだった。
    「そうやって泣かない!泣いてる子は、お母さん嫌い!」
    「うっ……うっ……」
    「嫌い」という言葉で、懸命に泣き止もうと唇を噛み、小鼻をぷくっぷくっと膨らませながら涙をこらえようとしているチビ私を見て、自分のことながら可愛そうになってきて、思わず私も泣きそうになった。

    「……あと一本よ、約束できる?」
    その姿に、母がとうとう折れた。チビ私は、泣きながらコクリと頭を縦に振った。その様子を見て、母は冷凍庫から白いアイスキャンディーを一本取り出し、袋を開け、チビ私に差し出した。
    「こぼすとアリがくるから、玄関で食べるのよ」
    そう言って、チビ私を玄関に連れていき、そこに座らせた。チビ私は、まだウサギのように真っ赤な目で鼻水をずるずるとさせながらアイスキャンディーを頬張った。
    「おいしい?」
    母の問いかけに、上手く喋れずにうなずくだけだった。

    しばらく母は横に座り、アイスキャンディーをくわえたウサギ目のチビ私を眺めていたかと思うと、急に立ち上がり何かをとりに畳の部屋へと駆けて行った。そして、すぐに戻ってくると、チビ私の向いにしゃがみこんだ。
    「奈緒、こっち向いて」
    何をするかと思えば、母はカメラをチビ私に向けだした。そのカメラは、どこかに出かける時には必ず母が持っていた懐かしいカメラだった。

    チビ私は、アイスキャンディーをくわえたまま上目づかいに、だが、にこりともせずに母を見た。私は思わず、チビ私の後ろに立ってブイサインをしてみた。写りもしないのに。
    「奈緒、ハイチーズ」
    カシャ
    撮り終えた母の顔は、これでもかというくらいふにゃふにゃで、デレデレの顔だった。
    あぁ、お母さんはいつもこんな風に私を見てくれていたのか。

    「あれ、モヤ、なくなったな、ってあれ?私、昼寝でもしてたっけ?」
    奈緒は、目をこすりながら部屋を見渡したが、そこはいつもの部屋だった。

    そして、確かに写真に映っていたはずのモヤは消え、そこにはショートカットに袖だけ赤と白のボーダーになっている赤いTシャツを着て、涙目で玄関に座り、恨めしそうな顔で白いアイスキャンディーをくわえた自分が映っているだけだった。

    なんか楽しい夢だったな。お母さん、夢に出てきてくれたんだ。ありがとう。出てきてくれないって言ってごめんね。奈緒は、母の遺影の前に座り、お線香を一本立てた。

    「ただいま」
    父が帰ってきたようだ。
    「あ、お父さん、冷蔵庫にさ……」

    白檀の香りがふわりと部屋に広がった。
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    母がふにゃふにゃのデレデレの顔で写真を撮って
    いたかどうかはわかりません。
    でも、きっとそうだったんだろうな、
    そんな妄想全開の思い出です。


     
     
    40代、楽しいかどうかを基準に生きてます。日々のことを書き綴っていこうと思います。たまに毒も吐きます。変なこだわりを全力で書いているかもしれません。 何かくすっと笑っていただけたら嬉しいです。

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