
2026年7月8日、惨めったらしい僕の話
2026年7月8日水曜日、午後10時40分。
往生際の悪い僕は、今頃になってパソコンに向き合っている。
今日は「創作大賞2026」の募集締切日。
本来なら小説とエッセイ、どちらの部門にも応募をする予定だった。
入賞しようがしまいが、「書き切った」と満ち足りて次への自信につながるような、そんなゴールを目指していたはずだった。
けれど、何も進まずでこの有様である。
言い訳くさくなるけれど、何も行動しなかったかと言われると、そうでもない。
アイデアが浮かべば、その都度スマホのメモにあらすじやざっくりの構成案、結末までを記録していたし、不慣れながらパソコンを持ってカフェに向かい、執筆しようともした。
でもその全てが単発で終わってしまった。流れにならず、噛み合わず、うちに秘めた情動は結局情動止まりで終わってしまった。
自分の怠惰が執筆における最大の障害だと分かってはいる。
でも、なんだか最近、うまくいかないことが多過ぎて外に原因をなすりつけたくて仕方がない。
2025年1月末、思い切って会社を辞めて“1人の道”を模索した。
家族にも内緒で引っ越しも済ませて、何もない状態から挑戦を始めた。
当時もうまくいかないことは多分にあったし、そもそも「書くこと」に辿り着くまでにも紆余曲折あった。
それでも腐らずに続けられたのは、あるご縁があったからだった。
「書くこと」を始めてすぐの頃、Webコンテンツの小説執筆のご依頼があった。題材をもとに小説を描く内容だったけれど、実績がほぼないの当時の僕にとって、自分の書く文章が、描く物語が、世に出しても問題ないものなのかどうか、不安は大きかった。けれど、千載一遇のチャンスだと思って飛び込んだ。
飛び込んだ先は、とても楽しく満ち足りた。
題材をベースに依頼された結末に持っていくための展開を考えて構成する面白さも、読者が共感や納得できるような展開を現実的に検討することも、締切内でベストを尽くす書き方をすることも、全部が新鮮で刺激的だった。
また、担当者の方のフィードバックにも励まされ、「より良い作品を」と執筆に取り組んでいた。気づけば、半年継続してご依頼を受けて執筆を続けられていた。
「もっと様々な題材をもとに描いていきたい」
そう思いながら作品を納品した5月末、契約終了が言い渡された。
担当者の退職と制作体制の変更によるものだった。
僕にとっては青天の霹靂だった。
この出来事ひとつで僕は「書くことを仕事にできている」という自負と、「書いたものを評価して言葉で伝えてくれる存在」を同時に失った。それは自分が思う以上に大きい喪失体験だった。
ここに加えて、兼業している仕事の多忙も僕の悩みの種になっていた。
その仕事が嫌いなわけではない。むしろ好きだし、頼りにされていることも増えてきているようでやりがいもある。
けれど、心のどこかで「執筆を続けるための仕事」という位置付けが揺らいで、本来の目的が霞んできてしまっているように思うのだ。
執筆業を本業にしたい本音とは裏腹に、執筆が停滞している現状。その上、その原因を喪失感だの多忙だのに転嫁する体たらく。
こんな書き手は応援されないだろうし、そもそも本業にできない者のメンタリティだろう。
ただ、もし開き直るとするならば、そんなガバガバなメンタリティであっても、ひとつの公募の締切直前、惨めったらしくも文章を書き連ねる僕には、まだ「書くこと」を諦めない意欲や執念は残っているんじゃないかと思う。まだ、自分に期待してもいいんじゃないかと思う。
だから、今夜を再出発の日としてまた進みたい。
寄り道も遠回りもしながら、あーでもないこーでもないと言いながら書き続けたい。
とりあえず今夜は、それでいい。