
短編小説『副業界の羅針盤』
Xのタイムラインに流れてきた一つのアカウント。「元底辺大学生」「note月収180万」「凡人でも再現可能」。大学生・中村智也は軽い好奇心からフォローし、招待されたLINEオープンチャットに足を踏み入れる。200人を超えるメンバー、高額な情報商材、曖昧な実績報告。智也はただ純粋な疑問を投げかけ続けるだけだったが、その質問は次第に「闇の副業マシン」の綻びを暴いていく。友人・上田の不自然な態度、崩壊するグループ、そして半年後、消えたはずのアカウントの後継者からの新たなDM。SNS時代の情報商材詐欺の構造を、静かな筆致で描く物語。
第一章 フォロー
Xのおすすめ欄に、そのアカウントが流れてきたのは大学の講義が終わったある日の昼休みだった。
@yami_fukugyou_machine
プロフィール欄にはこう書いてあった。
「元底辺大学生|note月収180万達成|AIで自動収益の設計図を公開中|凡人でも再現可能|DM解放中」
アイコンは青みがかった暗闇に立つ男のイラスト。
アカウント名は、闇の副業マシン。
中村智也は3秒プロフィールを眺めてから、フォローした。
副業に興味がないわけではないが、親からの仕送りでなんとか大学生活を送ることはできているし、そんなにお金に興味はない。
何か面白いことを探していた時に、自分の本能が、これだと言っている気がした。
固定ポストには長文が載っていた。
「1商品150万」「1記事100万」という数字が踊り、URLのリンクに飛び、無料で読める部分だけ読んでみた。
文章は上手かったし、リズムがあり、根拠があるように見えた。
翌日、DMが来た。
「フォローありがとうございます!副業に興味ありますか?今だけ、」
「お、それ誰?」と声をかけてきたのは、同じ学部の上田浩だ。
「わからん、副業のお誘いらしい」
「うへぇ、胡散臭いやつ?」と上田は興味津々でスマホの画面を覗いてくる。
「それもわかんない。ただ何も知らないで拒絶するのも、あれだから、話だけ聞いてみるわ」と言ってみたものの、面白いものが見たい、それが本音だった。
改めてそのメッセージを見ると送信者は闇の副業マシンからだった。
「フォローありがとうございます!副業に興味ありますか?今だけ限定で、実践者だけが入れるLINEのオープンチャットのグループに招待してます」
「オープンチャットならいいかな、個人情報は守られるし」
気楽な気持ちで、その招待を受けることにした。
グループ名は「闇の副業マシン攻略(210)」。
すでに200人を超えるメンバーがいた。
アイコンのほとんどは見知らぬ顔で、プロフィール欄には「副業挑戦中」「在宅ワーク勉強中」という言葉が並んでいた。
管理人のアイコンは、Xと同じ青の男だった。
第二章 解剖
数日後、グループにnoteの記事リンクが流れた。有料の記事だ。
1記事5000円とかなり高額だ。
「1本で180万円。これは”量”ではなく”設計”の話です」
智也はスクロールしながら読んだ。途中で手が止まった。
言葉の意味がよくわからなかったので、いくつか質問を送ってみた。
数分後、闇の副業マシンから返信が来た。
「リスクの分散ですね」
「記事をいっぱい書けば売れるわけでない」
とそれっぽくも、何か腑に落ちない回答ばかりが並ぶ。
智也は返信を読み返した。
答えているようで、何も答えてもらっていないような気がした。
今日は大学の講義が午前中で終わったので、駅前のカフェに寄ることにした。カフェラテを注文し、席を探す。
ちょうど客の入れ替わりの時間帯なのだろう、いいなと思っていた席が空いたので、そこに荷物を置いて、注文したカフェラテを取りに行った。
カフェラテを一口飲んだところで、もう一度グループの画面を開いた。
「勉強になります。記事購入を迷っているのですが、この記事を買われて、実際に稼げるようになった方はこのオープンチャット内にどれくらいいらっしゃいますか?」となるべく丁寧に文章を考えた。
既読が少しずつ増えていく。しかし誰も返信しない。
15分後、闇の副業マシンだけが答えた。
「実はあの記事はまだ1つしか売れてないんですよ笑」
続けて、「別のnoteのアカウントで月20万を生み出しています」
「グループコンサルやってますが、そこでは初月約10万の収益上げた方がいますね」と連投してコメントが返ってきた。
「なるほど、この記事は1つしか売れてないのか」
静かに分析する。
「この記事はほぼ売れていない」という告白は、正直さの演出か。
怪しいな。
続けて返信を考えた。
「そうでしたか、それではその別のアカウント(note)で利益を上げている記事を購入したいです!」
「ちなみにそのグループコンサルにはいくら払えば参加できますか? また何人くらいいて、どれくらいの割合で稼いでいるのでしょうか?
自分にもできるのかが気になりました!ご返答よろしくお願いします!」
既読が50になった。返信は来なかった。
15分後、届いたのは一言だった。
「instagramは運用が簡単なのでおすすめですよ」
第三章 沈黙
翌日、家のベッドの上で智也は同じ質問を繰り返した。
「ありがとうございます!ただ先ほどの質問にまだお答えいただいていないのですが、コンサルの料金と稼げた人の割合だけ教えていただけますか?」
しばらく間があった。
そして通知が来た。
闇の副業マシンがメッセージの送信を取り消しました。
何かを送ろうとして、やめたのだろう。
次に来たのはLINE公式アカウントのリンクと、
「こちらに直接ご連絡ください。対応いたします」というメッセージだった。
個人チャットへの誘導。
闇の副業マシンの意図を読んだ上で、あえてグループに返した。
「いえ、こちらでお願いします!ここにいるみんなも気になると思うので!」
第四章 崩壊
それから48時間、返信はなかった。
200人全員が沈黙している。
まるでみんなが画面の前で息を潜めているようだった。
3日目の朝、メンバー数が170になっていた。
自分はこのグループから離れる気はなかった。
もうこの実績が架空のもので、ただ情報商材を売りつけるペテン師にしか思えなかった。
しかし、4日目。
闇の副業マシンから返信がきた。
「そういった質問の内容は、私の考えたビジネスの真髄になりますからね。なので興味があるようでしたら、直接LINEを頂く形をとっています。」
すると他の方から「その真髄をもってして、記事が1つしか売れないのってどういうことなんでしょうか」
いい質問だと思った。
闇の副業マシンは
「まだこのアカウントは駆け出しだからですかね。
このオープンチャットも行動力ある人はほぼいないので近々消そうと思っています。ポジショントークをミスったなと今回の学びです。笑
他にも500人のオープンチャットはありますが、そちらに誘導するのは嫌なので、引き続き、本当に売れたい人はLINEを直接ください」とかなり苦し紛れの返信がチャット内に残る。
「闇の副業マシンさんを信頼してオープンチャットに入ったのに、行動力がないお前らがダメだ、教育ミスったからこのグループ消すわ。は失礼じゃないですか?」
「情弱ビジネスってことですよね」
「闇の副業マシンの別アカウント、全部特定されてますよ」
ダムが決壊し、濁流のようにコメントが流れ、このメッセージを最後にこのグループは削除された。
毎日投稿されていたXのリポストも、「稼いだ方の報告をお待ちしています」という定型文も、何もなくなった。
Xで「@yami_fukugyou_machine」を検索すると、アカウントはまだあった。
固定ポストの「DM解放中」という文字だけが、虚しく残っていた。
エピローグ
キャンパスの廊下で、上田浩と鉢合わせた。
「闇の副業マシンのグループ消えたな」と智也が言うと、上田は少し目を泳がせたように見えた。
「まあ……闇の副業マシンさん、忙しいだろうし、あんな荒らされちゃ、時間の無駄だと思ったのかもな」
「コンサルの料金、結局返答なしだもんな」
上田は答えなかった。
智也は会話を切り上げ、先に歩き出した。
後ろで上田がスマホを取り出す音がした。
何をしているのかは、訊かなかった。
闇の副業マシンはその後Xのアカウントでは一度も発言することはなかった。
Xの闇の副業マシンのアカウントは、半年後に突然消えた。
結局あの記事を買ったのは誰だったのだろう。
智也のSNSアカウントに、DMの通知が鳴る。
アカウント名は「副業界の羅針盤」