
書道教室の思い出
小学1年〜小学3年の途中まで、真津理少年は
書道教室に通っていた。
家から徒歩5分くらいの所にある、70過ぎの
婆さんが1人でやっている小さな教室である。
通い始めた理由は覚えてないが、おそらく母に
連れて行かれ気付けば入会手続きが済んでいた
とかそんな感じだと思う。
だが決して嫌々行かされていたわけではなく、
むしろ喜んで通っていた。なぜなら夏場は
アイス、冬場は温かいコンポタジュースが貰えるからだ。当時はこのアイスやコンポタジュースを貰う代わりに、仕方なく習字を書いてやっているという認識だった。
何かを得るには相応の対価を払う必要がある
という世の中の仕組みを、真津理少年は書道教室で学んだのであった。
アイスやコンポタジュースをくれる時点で
なんとなく伝わると思うが、この婆さんは
非常に子供想いでいつもニコニコしている
優しい人であった。
教え方は下手糞で頻繁に方言が混ざるので
何を喋ってるのか分からない事が多々あったが、それでも優しさや温もりを感じる人柄であった。
そんな婆さんが最もニコニコする時があった。
それが月謝袋を渡した時である。
当時は月謝という言葉の意味など知らず、封筒も簡単には開けられないので中身を知る由など
なかったのだが、とにかくその正体不明の封筒を渡すといつも満面の笑みを浮かべていた。
教室に通う数十人の生徒達の笑顔よりも
何の接点もない数人の英世の真顔のほうが
好きなのであろう。欲に忠実な婆さんである。
そんな書道教室に通い始めて1年以上が経ち
小2の秋ごろ、生徒達の作品を書道コンクール
へ応募する事になった。
しかしコンクールに提出する作品を書く当日、
習字道具を持って来るのを忘れてしまった。
書道教室に来て習字道具を忘れるという、
買い物に来て財布を忘れるサザエさんと同レベルのアホである。
しかもその日は家に鍵がかかっていて取りに
帰るわけにもいかず、他の人が書き終わるのを
待ってから道具を貸してもらう事にした。
そうして他人の筆で書いてみると、ものすごく
書きやすいではないか。
面倒くさがり屋な真津理少年は普段から筆の
手入れを全くしておらず、筆先がガチガチに
固まった状態で書いていたのだ。
【弘法筆を選ばず】ということわざがあるが、
あの頃使ってた筆を弘法に渡したらおそらく
筆と匙を同時に投げたであろう。
他人の筆の書きやすさに感動すら覚えた。
そうして借り物の習字道具と婆さんから貰った
半紙で書いた作品を提出したらまさかの
"入選"してしまい、地元新聞にも入選者として
名前が掲載された。
賞品があるとの事でワクワクしながら袋を開けると、小さい墨汁と半紙が100枚入っていた。
もはや賞品ではなく嫌がらせである。
後日、習字道具を貸してくれた人から
『筆が固まって使いづらい』とクレームが来た。
お詫びに小さい墨汁と半紙100枚を渡そうと
したが、即答でいらないと断られた。
入選しておきながら人の筆をダメにする、
これぞまさに【弘法にも筆の誤り】だろうか。
テヘペロ。
✨皆さん道具は大切に使いましょうね✨