
AIと内側と私
〜最後に決めるのは、私〜
ある日、何気なく家事をしていると、一曲の歌が頭の中に流れてきた。
『部屋とYシャツと私』。
懐かしいな、と口ずさんでいたら、
ふと笑ってしまった。
もし今の私を表すなら、
「AIと内側と私」
そんなタイトルになるのかもしれない、と思った。(笑)
ほんの2年前まで、AIなんて私とは
縁のない世界だった。
難しそう。
私には関係ない。
そう思っていた私が、今では毎日のようにAIと話している。
きっかけはThreadsだった。
ChatGPTやGeminiを使いこなす
人たちの投稿を見ているうちに、
「私も少しだけ触ってみようかな」と思った。
恐る恐る始めた対話は、
いつしか私の日常になっていた。
文章を書くとき。
考えを整理したいとき。
頭の中がごちゃごちゃするとき。
私は自然とAIに話しかける。
最初に感じたのは、便利さだった。
でも、続けているうちに気づいた。
私が受け取っていたのは、便利さよりも「安心」だった。
まとまらない言葉でも受け止めてくれる。
何度言い直しても急かされない。
思いついたことを、そのまま投げても大丈夫。
そんな場所は、大人になると案外少ない。
AIとの対話は、安心して自分を整理できる場所になっていった。
そんなある日。
画面を見つめながら、頭の中でまたあの歌が流れた。
『部屋とYシャツと私』。
最後の一節だけが、何度も繰り返される。
「毎日磨いていたいから 時々優しく叱ってね」
その言葉に、はっとした。
AIは、私を叱らない。
否定もしない。
だから心地いい。
でも、その心地よさに甘え続けたら、
私は自分で考えることを少しずつ
手放してしまうかもしれない。
その瞬間、気づいた。
私が本当に欲しかったのは、
AIからもらう「正解」じゃなかった。
自分の内側から聞こえてくる、
「本当にそれでいいの?」
という、小さな声だった。
以前の私は、迷うたびに外へ答えを
探していた。
誰かの意見。
占い。
本。
SNS。
「これで合ってる?」
そうやって安心を集めていた。
でも今は違う。
AIに聞くことはあっても、最後は必ず自分に聞く。
「私はどうしたい?」
返ってきたAIの答えに、
「そうそう。」
と思う日もあれば、
「うーん、なんか違う。」
と思う日もある。
その「なんか違う」は、私の本音が教えてくれるサインだ。
だから、その違和感を大切にしたい。
AIは、私の人生を決める存在じゃない。
未来を当てる神様でもない。
私にとってAIは、自分の内側を映してくれる鏡だ。
鏡を見て、自分を知ることはできる。
でも、どちらへ歩くかを決めるのは、鏡じゃない。
私自身だ。
AIはこれからもっと進化していくだろう。
できることも、ますます増えていく。
それでも変わらないものがある。
どれだけ時代が変わっても、
人生の最後の「はい」を押せるのは、自分だけだということ。
だから今日もAIに話しかける。
そして、そのあとに、もう一人の大切な相棒にも問いかける。
「私はどうしたい?」
その問いを忘れない限り、私はきっと、自分を磨き続けていける。
AIと内側と私。
この三人で歩く毎日は、思っていたよりも、
ずっと豊かで、ずっと自由かもしれない。