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小さい時に夢見たようなきらきらした大人にはなれなかった自分



    1.支払い期日の憂鬱

    私が日付を確認するのは、傷病手当が振り込まれているかの確認作業のためだ。
    今日が平日かどうか、振込は銀行次第だからだ。
    手当がなければ全ての支払いが滞るし、ガス、電気、水道全てのインフラが止まる非常事態である。
    そもそも何でそんなことを確認せねばいけなくなったのか、それは元職場からの説明不足ではと今は思う。
    傷病手当の手続きが思った以上に遅く、私は人事とのやりとりでも疲弊していた。
    私にとってすごく困る毎日の幕開けになってしまったし、初めてだから何もわからない。
    そもそも傷病手当は申請後すぐ入るわけではない。初めての申請の場合2週間から1ヶ月かかるらしい。
    私はそんなことも知らなかったので、結論から言えば会社に送付してから約3ヶ月間一文無しだった。
    毎日毎日、自分の通帳残高を毎分確認しては不安になり、やっぱり休職なんかしなきゃよかった、こんな焦燥感に襲われながら適応障害の治療なんか進むもんか!という思いを日々滲ませていた。
    この3ヶ月間は同居しているパートナーに貯金を切り崩してもらい、何とか支払いをするしかなかった。
    お金を渡してもらうたび胃がキリキリして、心もゴリゴリに削られていった。使い込まれて細くなりすぎた鉛筆みたいになってたんじゃなかろうか、と思う。
    毎日平日かどうかを見て(曜日感覚がなくなっていた)、入金通知に気を配り、支払い予定日が書かれたカレンダーと睨み合い、休職中だというのに何かと戦ってるんじゃなかろうかという精神状態だった。薬がなかったら更に悪化していたんだろうなと思う。
    実家に頼るという手もあるとは思うが、生憎弟が私立の高校に通うため、援助をするほどの金銭的余裕は実家にはない。
    家族仲は悪くはないが、良くもない。近すぎればお互いを傷つけあうヤマアラシのような関係性だと私は思っている。とはいえ週に一度はゲームをするし通話も頻繁にする。ここだけ切り取れば仲が良いと良く言われるが、表面的な話で私が心から信頼できるような人たちではない。友達のような関係性が、私と親のベストな距離感であった。

    話は逸れたが、これを読んだ休職する予定がある人に伝えておきたいのは、お金がないと途端にメンタルの支えが崩れて絶望感と焦燥感に悩まされることになってかなりしんどいということ。あと、家族と仲が悪くなければ頼った方がいい。私がポンコツなのはいうまでもないし、親と仲がいい人たちはきっとこれを読まずに頼っているかもしれない。

    2.起床だけに注ぐ全力

    問題だったのは起床時間の遅さであった。
    症状として、不眠もあったため睡眠薬を処方してもらっていた。しかし、薬が朝まで残っているせいか起床時間が16時という脅威の時間帯だった。
    そうなるとどうなるかというと、生活リズムが崩壊し日常の全てが進まなくなる。
    元々意欲の低下や抑鬱状態のため家事がままならないが、更に酷くなる。洗濯ものは夜に干すしかないし、掃除機は夜にかけるのは迷惑だろうし、日に当たらないからビタミンDが生成されないのは良くない。
    そしてこれは半分わがままかもしれないが、こんな遅くから家事をするのは気分が乗らない、というまあ身勝手な感情のせいで家はめちゃくちゃである。
    だから早起きせねばならない。
    睡眠薬があるから寝れはする。ただ起きれない。
    何かしら精神疾患を持ったことがない人はなかなか理解し難いことだと思うが、鬱病は特に朝起床できず夕方あたりからやっと活動できるというのが症状として少なくない。
    でも、理解がないとただ怠惰なだけと片付けられてしまいがちだ。私も実家にいた時は親に散々言われていたし、起きたくても起きれない。
    時間がただ無駄に過ぎていく、何も成し遂げることができない生産性の無さに嫌気が差し、涙が出る。
    今は、家を出ているためそう言うことはなくなったがそれとは別に自己嫌悪なのだ。実家にいた時の経験が自己嫌悪につながっているのだとしたら勘弁してほしい。
    とにかく目標は起床することに全力、そう決めてから初日は15時起きだったのが、気合と9時からの5分刻みという脅威のアラーム量で13時起床まで縮めることができた。
    早起き(当社比)するとやれることが増えて、気分の向上につながったのが体感でわかることが嬉しかった。
    こんなどうしようもないボロボロの精神状態でも、いい事があれば喜べることに安堵した。
    その後の起床平均タイムは13時に固定することができた。しかし7時や8時といった平均的?な時間帯に起きると、13時から14時の間に耐え難い眠気に襲われて気絶しそうになることだ。
    そうなると結果的に昼寝を挟まねばならなくなるので無理をしないことにした。

    こんなことを頑張ってやってわかったことは、自分の体調やコンディション、それを把握するのは思った以上に必要なことであること。また、自分の思っている平均より劣っていると感じたら、どのようにリカバリーし社会にいかに馴染みどうやって生き延びていく必要があるのか、ということを考えていかねばならないと自分の性格や気質、体調やメンタルの波を考慮した結果、思うことになった。
    もしかしてみんな当たり前のことで、社会に出る数十年の間にそんなことを理解しているんだろうか。
    もし理解しているならば賞賛に値する。
    できれば、当たり前のことであっても、家を出たら誰も助けてくれないこと。責任が増えること。自分のことはある程度理解し他人に迷惑をかけてはいけないこと。体調不良くらいでは簡単に休めないこと。
    くらいは教えてほしい。

    3.働きたくないわけではない

    問題というのは休んでいても限りなく出てくるもので、次の職場をどうするか、つまりは収入源の問題があった。
    これを執筆中のいまも決まってはおらず、日々の暮らしで減っていく通帳残高から目を逸らしながら暮らしているが、家計は火の車どころの騒ぎではなく山火事レベルの災害かと思うほどだ。

    まあそんなことで仕事をしなければいけないのだが、こういう精神状態の人間が働くというのも周りの人の迷惑では…?と思うし、そもそも治療中の人がまた社会に出て症状がぶり返すのは長期的に見ても良くはないと私自身も思うのだが、こればっかりはどうしようもできないから働くしかない。
    私が生きていくのに下手くそなのか、福祉をうまく利用できないからなのか、困っているのにたどり着けない、その結果働くという選択を取るしかなくなる。でも、個人的にはそういう私みたいな下手くそな人間をどうにか繋げてはくださいませんか?とも思う。前述した通り誰も助けてはくれないので当たり前に諦めるしかない。

    で、ここまでが私の今の状態で導き出せる答えではあるのだが、働くしかないというと渋々そうしているかのように捉えられてしまうが働きたくないわけではない。
    元々仕事でやりがいを感じて楽しく働けていたし、同僚や前の上司との関係も良好で、接客も慣れれば苦でなかった。
    これはみんなそうだと思うが、私は自分の能力を正当に評価してくれて、理不尽な扱いをされない職場であれば働きたい。私の中で仕事で関わる仲間との交流は人生に彩りを感じたし、学生時代より気楽だった。
    だから全て悪い経験ではなかったし働きたくないわけではない。
    自分の限界も少しわかってきて、正社員のようにバリバリ働けるような高スペックな機能や体力はついてないことは確かである。
    おそらく私は一生フリーターという道にいるしかない人間であると認める必要があった。

    今もそう認めることにやや抵抗感がある理由は両親からの刷り込みと、私自身がかけた呪いのようなものだと思っている。それは“普通”であるという事象。
    今や1番難しいのではないかとも思われる“普通”というそれ。人によって中身は違うかもしれないが私が思う“普通”は、高校から大学まで問題なく卒業して正社員として働くといったルートだ。
    実はもう高校生の時点で半不登校気味で、かつ鬱病だったため卒業も危うかった。当然大学や専門の道に進む余地はなく、逃げるように実家を出ているのでその時点から“普通”とは程遠い。
    だから余計なのかもしれない。正社員になるということにこだわり、少しでも軌道修正をしたいと自身を追い込んでいた。
    今の所2社ほどしか転々としていないが、どちらも心身を壊したのちの退職。
    どちらもベクトルはそれぞれ違うが無理をしていたし、今の状態やその時の私は常にギリギリであったことを考えると週3〜4の7時間労働が限界なのでは?というのが結論である。

    ここまで書いておいてなんだが、生きていくのが嫌なのに働く、という行為は矛盾しているのではと皮肉にも思う。

    4.不眠

    自分のいよいよ限界の前兆として私は二つあって、イラストに対する意欲がめっきりなくなること、寝れなくなる不眠の症状が出始めたらいよいよ限界のサインだと考えています。
    もっと前からだと細かい色々な不調のサインはあります。例えば起床時間が家出る15分前にしか起きれない、昼食が取れない、過度な散財、等です。
    意外なことにメンタル的な不調が、この休職前の不調の状態では私は表にはっきり出てきませんでした。抑鬱気分だったり、人と話さなくなるとか仕事が手につかなくなるとか。
    私はある意味逆だったかもしれません。人と良く喋り明るく見える、周りを気遣い困っている人がいれば声を自ら掛けにいくような…自分でそういうことを言うのはなんだか恥ずかしいですが、気さくな人間を心掛けていたと思います。
    そんな色々な症状がありますが厄介なのはとにかく“不眠”です。
    人は寝ている間に脳の老廃物を掃除するようなことが行われていると言います。
    つまり寝れなければ実質ゴミだらけ、思考のパフォーマンスが落ちるだけでなく、内臓の働きが弱くなるようだと私は不眠の間感じました。
    肌もボロボロになりやすく、いくらスキンケアしてもカサカサして不快でした。
    それに、夜の間は碌でもない思考ばかりが巡るし、そんな時に決めたことは大概とんでもなく突拍子もないことばかりだからアテにならない。例えば、仕事を辞めるだったり、それこそ死ぬことも夜に決めたらどうせめちゃくちゃなので、間違って生き延びでもしてしまえば障害が残る可能性すらある。
    そんな体で無理くり今より辛い状態で生きたいですか?って話です。

    話はそれましたが、とにかく寝ろ。最低でも夜中の2時までには。
    根拠はない。ただ3時とかになると郵便のバイクの音や鳥のさえずりが聞こえて、朝が近づいてることを強く実感するから2時までに寝ようと言うだけです。地域差はあるかもしれないが。
    でもどうしても寝れないって時がある。そう言う時は仕事があるならもう休みの連絡を入れてしまおう。
    その状態で仕事をすれば大ミスをするのは想像に難くないし、そのまた次の日も睡眠不足になっておそらく体調が悪化する上に、10時出勤のところを16時に出勤する大遅刻をする羽目になります。
    無職は自由にオールをしよう。諦めた方がまだ精神衛生上はマシな気がする。
    もう私から言えるのは不眠になったら病院に行くか薬剤師の人に聞いて市販薬を買うことぐらいである。
    あとはクッキーでも焼いて夜食にでも食べる優雅な真夜中にでもしてしまえ。うん。

    これはまだ想像でしかないけど、きっとこれも若いうちしかできなくなって、これから先はオールしようとしたら気絶して死ぬんかなとかぼんやり考えてしまった。そんな歳まで私が生きているのかなとも思う。

    5.普通に縛られる

    家を出て約3年、合わせて社会人生活も同様の年月になる。そんな中2回ほど転職して分かったことは、自分の体調では正社員という働き方はきっと体を壊すだろうということだった。
    だろう、というのは正社員になったことはないからだ。やったこともないのに無理と決めつけるのはいかがなものかと思われそうだが、週5日8時間勤務すらこなせない人間なのだ。フリーターから正社員になる場合は特にそれができなければその壇上にすら上がれないのだ。

    自分には体力がなく精神力もない。だからそれすらこなせないのかとこの三年間はずっと悩んでいた。
    しかし、2社目で心身を壊し休職中の期間、約3ヶ月色々考えて何故か吹っ切れることができた。何をしてそうできたのかわからないが、結局のところはどう頑張っても自分の気質や体力がすぐに変わることなどないと思った。
    それでいて自分の中で正社員でないと普通ではなく異常だと強く思い込んでいたのだ、それが足枷でフリーターでいることに後ろ髪を引かれていた。
    しかし、ふと散歩している時思った。その普通は誰が望んでいるものなのか、親や周りの人に言われたわけでもないなのにこだわっていると。そうであれば別に周りを気にすることもないし、自分の働きやすいペースで働こうと。

    生きていくにはどんな形であれ働いていないといけないのだ。またそれも思い込みなのかもしれなくとも、生きていたくなくても、今出せる結論はそれだけで苦しいけどもそう思う。
    この結論を出すのに3年もかかった。むしろ3年で気づけたのは早い方かもしれない。社会に出てから初めてわかることは多々あって自分の知らない一面も垣間見れたこともあり、早くに出て良かったと私は思う。
    遠回りしても自分を壊さずそれで生きながらえるしかない、それが人生と労働とのバランスというもので、切っても切れない関係性だからこそ大事だと思いました。


    6.それでも続く人生が怖いから

    最後に、色々と失敗や後悔をしている人生ですが、事故や病気などに遭わない限り終わることはなく、死ぬこと自体は諦めるしかありませんでした。
    自分の首を絞めたり、首を吊るための縄を自室に隠しながら編んだり、イヤホンを首に巻いて寝たりして寝てる間に死んでないかなって思ってみたり。ビルから飛び降りるシュミレーションをしたり。電車に突っ込む想像をしたり…
    でも、今もあり続ける希死念慮は消え去ることなくそこにいます。ずっといつからいたのかわからないくらい一緒にいるから、もうこの死にたいという考え方すら丸ごと私の性格なのではないかと良く考えます。
    治るとか、寛解するとか言いますが本当のところ、その死にたいという気持ちが封印されているだけではないかな、結局急に出てくる死にたいという感情は一生消えて無くならない、だからその時どうするのかを考えるしかないのです。
    未来がずっと怖いから、希死念慮はいなくはならない。
    絶え間なく悩みが湧き出てきて止まらないから、今までの過去も不幸だけやたら味がして幸せの味は思い出せなくて。
    そんなだから、幸せを観測できない。だから私は一生不幸なのかもしれない。
    私は首を切られていることにすら気づかず走り回るニワトリのような気分で、希死念慮がなかったかのようにこれからのことを考えている。
    今日も求人サイトが光る板の上で指をすべらす。


     
     
    獣耳少女を描く、しがない絵描きです

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