
ドルチェティとおかしな王子

第1話:おかしな王子と魔法のおかしレシピ帳
「やっぱりチョコが一番!」
放課後の通学路。中学一年生の佐藤あまねは、大好きなチョコレートを頬張りながら声を弾ませた。
その隣では、幼なじみの武藤みのりがマイペースにバナナの皮をむいている。
「私は果物派。バナナはそのまま食べるのが一番おいしいよ」
「あ〜、それは違うって! チョコをかけたらもっと最高じゃん!」
「素材の味が分からなくなるよ、あまね」
「チョコは何にでも合うんだから!」
今日も二人は、いつものお菓子論争を繰り広げていた。すると突然──。
「す、すみませーーん!」
遠くから、全力で走ってくる男の子の姿が見えた。
金色の髪に、きらめく王冠、そしてひらひらと翻るマント。まるで絵本から飛び出してきた王子様のような格好だが、どこかドタバタとしていて頼りない。
「あの……お菓子博物館はどこですか?」
息を切らす彼を見て、あまねは思わず吹きだした。
「え? コスプレ?」
「道に迷ったの?」
みのりが首をかしげると、男の子は慌ててぶんぶんと首を振った。
「ち、違います! ぼくは本当に、お菓子王国の王子なんです!」
その瞬間。
ゴン!!
勢い余った王子は、目の前の電柱に派手に正面衝突した。
「あいたたたた……」
王子が頭を押さえた拍子に、抱えていた一冊の本が手から滑り落ちる。その表紙には、金色の刺繍で大きくこう書かれていた。
『魔法のおかしレシピ帳』
「あ、落としたよ!」
あまね、みのり、そして王子の三人が、同時にその本へと手を伸ばした。
──その瞬間、本がまばゆい光を放ち始めた。ページが激しくパラパラとめくれていく。
「えっ!?」
「なにこれ!」
「きゃああああ!!」
視界が真っ白に染まり、次の瞬間、三人の姿はその場から消え去っていた。
目を開けると、そこは見たこともないおとぎ話の世界だった。
チョコレートでできたお城、クッキーの壁の家、カラフルなキャンディの街灯に、ふわふわと浮かぶマシュマロの雲。
「すご〜い! 全部お菓子!」
あまねが目を輝かせたのも束の間。
「人間だーーー!!」
お菓子の鎧をまとった兵士たちが、またたく間に三人を取り囲んだ。
「捕まえろ!」「怪しい者だ!」と叫ぶ兵士たちに連行され、三人はあっという間に王様の前へと引きずり出されてしまった。
玉座に座る王様は、あまねたちを睨みつけて怒鳴る。
「人間とお菓子王国は共存できん! 人間はお菓子を粗末にするからな! つまみ出せ!」
「と、とうちゃん! ……あっ、違った! 王様! 待ってください!」
王子が慌てて前に飛び出した。
「決めつけるのは早いです! 人間にも優しい人はいます!」
王様はふん、と腕を組んだ。
「では証明してみせよ。三日以内に、お菓子王国のみんなを笑顔にできなければ……」
ドンッ!! と王様が杖を鳴らす。
「おかし抜きの刑じゃ!!」
「えっ……」
「こんなにお菓子があるのに……」
「一つも食べられないなんて……」
あまねとみのりは絶望し、同時に叫んだ。
「「そんなの、あんまりだーーー!!」」
「お菓子の国なのに、全然"甘く"ないよーーー!」とあまねが嘆けば、みのりもボソッと呟く。
「王様……かなり辛口ですね」
「う、うるさい! 早く連れていけ!」
王様は少しムッとした顔で、兵士たちに命じた。
牢屋へと閉じ込められた三人。その時、あまねが異変に気づいた。
「あれ? スマホがない!」
「私も……」
みのりもポケットを探る。すると──。
『ココだよ!』
『ココ、ココ!』
なんと、二人の左手首から声が聞こえてきた。驚いて見ると、そこには見たこともない可愛らしい腕時計型ガジェットが装着されている。
『こんにちは! ボクはチャッピー!』
あまねの腕時計の画面が、元気よく明滅しながら喋りだした。続いて、みのりの腕時計も静かに光を放つ。
『私はアイよ』
「えぇぇぇーーーっ! 時計が喋った!?」
腰を抜かすあまねに、チャッピーは笑いながら言った。
『ボクはね、さっきまであまねが使っていたスマホなんだ。気がついたらこの姿になってたんだよ』
『私も同じ。みのりのスマホよ』
みのりが不思議そうに見つめる。
「どうして腕時計に? なんで喋れるの?」
『ボクにも理由は分からないんだ。でも……困っているあまねを見たらほっとけなくて。助けたいって強く思ったら、自然と声が出たんだよ』
『私も、みのりを助けたい』
二つの時計の言葉に、コンフィイト王子は目を丸くした。
「すごい……チャッピーさん、アイさん……! どうか、ぼくたちを助けてください!」
『もちろん!』とチャッピー。
『ですが、一つだけルールがあります』とアイが厳粛に告げる。
『知らないものには、フォルムチェンジできません』
「フォルムチェンジ?」
あまねとみのりが首をかしげると、チャッピーが頼もしく画面を光らせた。
『そう! まずは、お菓子を正しく知ること! 知識が増えるほど、変身(フォルムチェンジ)できるお菓子の種類が増えていくんだ!』
王子の瞳に希望の光が宿る。
「つまり……お菓子を知れば知るほど、お菓子王国を救えるんですね!」
『そのとおり! さあ、まずは最初のお菓子を勉強しよう!』
チャッピーの画面に、大きな文字が浮かび上がった。
第2話:チョコを知れば、チョコになれる!?
翌朝──。薄暗い牢屋の中。
「う〜ん、お腹すいた〜……」
あまねのお腹が「ぐぅ〜」と情けない音を立てる。
「あわわ……ぼくもです……」
王子も小さくなってお腹を押さえた。
そんな三人を見て、チャッピーが元気よく輝く。
『よーし! 最初のフォルムチェンジを始めよう!』
「やった! 変身だー!」
立ち上がるあまねだったが、チャッピーは『ブッブー! まだ変身できません』と画面に×印を出した。
「えぇぇぇ!?」
『チャッピー、説明は正確に』
アイが冷静に突っ込みを入れ、チャッピーは『あっ、そうだった』と照れくさそうに頭(画面)をかいた。
『ルールのおさらいです。知らないものには変身できません。まずは勉強です』
みのりが納得したように頷く。
「なるほどね、だから勉強なんだ」
ピコッと、チャッピーの画面に文字が現れた。
【本日のお題:チョコレート】
「まず問題! チョコレートは何から作られるでしょう?」
① 牛乳
② カカオ
③ 小麦
「はいはい! ①の牛乳!」あまねが勢いよく手を挙げる。
『ブッブー! 残念!』
「う〜ん、じゃあ……②のカカオ?」みのりが少し考えて答えた。
『ピンポーン! 大正解!』
チャッピーが画面の中で大ジャンプする。アイが続けて解説を入れた。
『チョコレートはカカオ豆から作られます。そこに砂糖やミルクなどを加えることで、様々なチョコレートに変化するのです』
ピコン♪ と爽快な音が鳴り響く。
【チョコ知識レベル】
Lv0 → Lv1
「あ、レベルアップした!」
『知識レベルが上がると、フォルムチェンジできる種類が増えるんだ!』
『では、最終確認です。チョコレートのもとになる植物は?』
アイの問いかけに、あまねはニッコリと満面の笑みで答えた。
「カカオ!」
ピコーーーーン!!
画面いっぱいに眩しい文字が躍る。
【理解しました】
【チョコフォーム 解放】
『よーし、今だ! ボクに向かって叫んで!』
「うん! フォルムチェンジ!!」
キラキラキラ✨
激しい光があまねを包み込んだ。光が収まると、そこには驚くべき姿のあまねがいた。
頭にはチョコレート色の大きなリボン。フリルがふんだんにあしらわれた、甘くて可愛いチョコレートの着ぐるみ衣装だ。
「かわいいーー!!」
王子は目をキラキラさせて拍手した。
「すごいです! チョコさん! あ、違った、あまねさん!」
「えへへ、どうかな?」と照れるあまね。
『これがフォルムチェンジさ!』チャッピーが胸を張る。『でも、これだけじゃまだチョコそのもの。おいしいデザートを作るには仲間が必要なんだ』
みのりは、手元にあるバナナを静かに見つめた。
「次は、私の番だね」
アイが深く頷く。
『次はバナナです。バナナを知れば、バナナになれます』
『そして二人が合体すると……もっとおいしいデザートが生まれるよ!』
みのりもアイの導きでバナナの知識を瞬時に深め、バナナフォームへと変身を遂げた。
『さあ、ここからが本番だよ! 二人の知識を一つに合わせるんだ!』
『合体するわよ! チョコバナナフォーム!!』
二人の掛け声とともに、まばゆい光が牢屋を満たした。チョコ色とバナナ色の光が美しい渦を巻き、溶け合うように一つになっていく。
光が弾け飛んだ中心に、一人の少女が立っていた。
頭には大きなチョコ色のリボン。チョコレートのドレスの裾からは、鮮やかなバナナ色のフリルがのぞいている。あまねとみのりが融合した姿だった。
「はじめまして! 私はドルチェティ!」
「ふ、二人が一人に……!?」
コンフィイト王子は腰を抜かさんばかりに目を丸くした。
『これがフュージョン! 知識を組み合わせて生まれる、新しい力だよ!』
ドルチェティは不敵に、そして可愛らしくニコッと微笑んだ。
「じゃあ、さっそくやってみるね。──パチン♪」
彼女が軽やかに指を鳴らす。すると……。
ポンッ!
何もない空間から、甘い香りを漂わせた、出来立てツヤツヤのチョコバナナが一本現れ、ドルチェティの手へと収まった。
「えぇぇぇーーーっ!! 何もないところから、お菓子が出てきた!?」
「もう一回いくよ! パチン♪ パチン♪」
ポンッ! ポンッ!
今度はさらに二本のチョコバナナが空中に出現した。
『知識レベルが上がるほど、作れるデザートの数も増えていくんだ!』
『さらにレベルが上がれば、チョコバナナだけでなく、様々な応用デザートを生み出せるようになります』
ドルチェティはチョコバナナを大切そうに掲げ、まっすぐな瞳で宣言した。
「このおいしさで、お菓子王国のみんなを絶対に笑顔にしてみせる!」
「ドルチェティさん……!」コンフィイト王子の瞳に、涙混じりの感動が広がる。「きっと、これなら王様も認めてくれます!」
──その様子を、実は玉座の陰からこっそりと覗き見していた者がいた。
「ほう……」
その様子を、王様は玉座の陰から静かに見つめていた──。
「ほう……。人間に、これほどの可能性を秘めた力があったとはな……」
王様はゆっくりと歩みを進め、どっしりと玉座へ腰を下ろした。そして、威厳のある声を響かせる。
「コンフィイト」
「はいっ!」
名前を呼ばれた王子は、慌てて王様の前へと駆け寄った。
「どうやら、わしは人間というものを少し誤解していたようじゃな」
王様はそう言ってあまねたちを見つめたが、すぐにその表情を少し曇らせた。
「しかし……お前たちは、この世界へまったくの偶然でやって来たわけではないのだ」
あまねとみのりは思わず顔を見合わせた。
「え?」
「どういうことですか……?」
王様は重々しく口を開き、静かに語り始めた。
「人間界とお菓子王国は、古くから不思議な力でつながっておる。だが、その扉は滅多に開かぬ。そして……一度開いてしまえば、簡単には元の世界へ戻ることはできないのじゃ」
「えぇぇぇーーー!?」
あまねの悲鳴が牢屋(※すでに王様の前へ移動している空気感に合わせ、謁見の間をイメージしています)に響き渡る。
「じゃあ、私たち、もうお家に帰れないの!?」
「家族も……きっと心配してるよ……」
みのりもいつもの冷静さを失い、少し不安そうな表情を浮かべる。そんな二人を見て、コンフィイト王子はオロオロと手を彷徨わせた。
「あわわ……ぼ、ぼくのせいです……ぼくが本を落としたりしたから……!」
「安心せい、若者たちよ」
王様は優しく首を振った。
「帰る方法が、一つだけ無いわけではない」
その言葉に、三人は一斉に身を乗り出した。
「本当!?」
王様は玉座の横に置かれていた、古びた一本の巻物を厳かに広げた。そこには、息をのむほど美しく輝く『三つのデザート』の絵が描かれていた。
「この世界には──三つの伝説のデザートが存在する。それぞれが、お菓子王国の『知恵』『勇気』『やさしさ』を象徴する、特別なデザートじゃ。そのすべてを集めた者には、世界の理(ことわり)さえ動かす伝説の力が宿ると言われておる」
王様は三人をまっすぐに見つめ、力強く頷いた。
「三つの伝説のデザートがそろった時……元の世界へ戻りたいというお前たちの願いも、きっと叶うじゃろう」
その瞬間、あまねの左腕でチャッピーの画面がピコッと光った。
【新しいミッションを受信しました】
目的:伝説のデザートを三つ集めること
みのりの腕で、アイの静かな声が続く。
『メインクエストが更新されました。これが私たちの進むべき道ですね』
コンフィイト王子は大きく息を吸い込むと、胸の前にギュッと拳を握りしめた。
「チャッピーさん! アイさん! そして、あまねさん、みのりさん! ぼくと一緒に、お菓子王国を旅してください! ぼくも、一人前の王子になるために、この国をもっと知りたいんです!」
王子のまっすぐな言葉に、あまねはニカッと太陽のような笑顔を見せ、親指をぐっと立てた。
「もちろん! 断る理由なんてないよ! せっかくお菓子の国に来たんだもん、世界中のお菓子を全部食べ尽くして帰らなきゃ損じゃん!」
「もう、あまねは食いしん坊なんだから」
みのりも呆れ顔から、すぐに優しい微笑みを浮かべる。
「でも、食べるだけじゃないよ。ちゃんと調べて、その歴史や素材を知って、みんなで新しいデザートもたくさん作ろうね」
『よーし! その意気だよ二人とも! AIのボクも、全力の全力でサポートしちゃうからね!』
チャッピーが画面の中でハイタッチをするように跳ねる。
『知識レベルを上げながら、世界のどこかにある伝説のデザートを探しましょう。私たちがついています』
アイも冷静ながら、温かいトーンで応じた。
コンフィイト王子は、少し照れくさそうに自信なさげな苦笑いを浮かべながらも、最後はしっかりと力強く頷いた。
「はい……! みんなとなら、きっと大丈夫です!」
こうして──。
あまね、みのり、コンフィイト王子、そして頼れる相棒のチャッピーとアイ。
お菓子王国を救い、元の世界へ帰るための、五人の『伝説のデザート』を探す大冒険が、今ここに幕を開けたのだった。
