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You will be quiet #9


         1

     いま僕の頭の中に、繰り返し浮かんでは消える、一つの模様がある。
     それは、鷺沢の右手首にあるアザと、聖先輩の右手首にある、アザだ。
     その二つは  僕の見る限り  まるで瓜二つで、そっくりなのだ。
     僕はいま、この謎に取り憑かれている。
     ……そんなのはただの偶然にすぎないし、考えすぎだよ、なんて言われても、僕は絶対に、納得はできない。
     なぜなら、その二つは、あまりに似過ぎているからだ。
     あまりに似過ぎているから、恐ろしいのだ。
     今朝も僕は、いつもの通学時間に、等々力駅から大井町線に乗りこんでいた。
     というか、いまではこの僕は、いつもの通学時間に乗り込まないことが、とうていできなくなっている。
     それは、ほとんど呪いのようなものなのだ。
     なぜならば、その車両には  あの聖先輩が、乗っているからだった。
     そして僕は、必ず毎朝、彼女のもとに馳せ参じなければならないからだった。
     僕はもともと、時間にはとても几帳面な性格だ。
     でも、聖先輩のおかげで  いまではそれに輪をかけて、正確になってしまっている。
     まず、乗り込む車両のドアを間違えないのは当たり前だが、ただその列の先頭に並べばいい、というわけでもない。
     二番目か、三番目あたりが、ちょうどいい。
     そのあたりから、中に入っていくと  向かって右側の、長椅子の前あたりに、先輩は立っている。
     それも、必ずだ。
     必ずだからこそ  それが僕にとっての、呪いとなるのだ。
     つまり、僕も必ず、そこに居合わせなければならないのだ。
     もちろんべつに、そんなことが、誰かから強制されているわけでもない。
     ないけどでも  僕はそうしなければならない、と、心から思うのだ。
     呪いの、呪いたるゆえんだろう。
     もちろん今朝も、いつもと同じ行程をたどって、僕は七時九分発の、その電車の中にいた。
     そしてもちろん  聖先輩も、そのいつもの場所で、吊り革を握っている。
     そして、その右手の袖から  例のアザが、半分くらい、その姿を見せていた。
     先輩はいつも、すました顔で、窓の外を眺めている。
     僕が乗り込んできたところで、こちらに顔を向けて、挨拶してくるわけでもない。
     僕が  いつの間にか、先輩の体に密着するような体勢になっていても、そうなのだ。
     先輩の髪は、栗色と茶色の中間くらいの色で、そのつややかなショートヘアーの上で、天使の輪が綺麗にできている。
     窓から入る朝日をかろやかにはね返して、前髪の向こうにある瞳にも、その光は当たり、キラキラと輝いていた。
     そんな感じで、毎朝例外なく、先輩は電車に乗っているのだ。
     その表情も同じなら、姿勢も同じだ。
     そして、もう一つ  僕にとって重大極まりない、そんな「同じこと」が、ある。
     それは  この通勤通学ラッシュの混み合う車内にいれば、必然的に導かれるものだった。
     つまり  いま僕は、聖先輩と体が向かい合わせに密着しているような、そんな状態だが  僕はその先輩のお尻に、手を回しているのだった。
     さらに  僕のものは、いまにも張り裂けんばかりに激しく勃起していて  怒張どちょう、という言葉があることを、先日国語の授業で知った  その僕の怒張したものは、先輩のちょうど股間のあたりに、ぴったりとあてがわれているのだった。
     僕は先ほどから、湧き出てくる唾を何度も飲み込みながら、先輩の柔らかいお尻の肉を、右手で軽く揉んでいた。
     でも先輩は、まるで抵抗しない。
     「同じこと」とは、つまり、このことなのだ。
     僕は毎朝  このように、聖先輩と体を密着させ、彼女の体をまさぐり、時には激しく怒張した僕のものを、先輩の体に押し付けたりしているのだった。
     こんなことを、僕と先輩は、このところ毎朝繰り返している。
     僕が必ず、この電車に居合わせなければならない理由が、これでわかってもらえただろうか。
     しかもみっともないことに、僕はその最中に、何度もパンツの中に大量に射精してしまうこともあった。
     だからいまでは、替えのパンツを持参してくるのは必須で、駅の公衆トイレでいそいそと、学校に向かう前に履き替えることになる。
     僕がそのように、一人で射精し完結してしまっているときも、聖先輩は、表情を変えないでいた。僕がつい目を閉じ、その快感に耐えたあとに目を開いてみても、彼女の顔色は、何一つ変わっていない。
     このことに  僕は最近、少し解せないようなものを、感じ始めているのだ。
     僕がまさに絶頂を迎え、気を大量に放って果ててしまったことは、おそらく先輩にも、わかっているはずだ。
     あまりの気持ちよさに腰が抜けてしまいそうになり、体を小刻みに震わせてもいるのだから。
     そのことを嫌悪したり、あるいは喜んでみたり(喜ぶ、ということもあるのだろう、きっと)してくれればまだしもなのだが、先輩はその手の感情を、決して僕には見せてくれない。
     ただ、時折、僕の目をまっすぐに見るばかりだ。
     そして、すぐに窓の外に、その視線をそらす。
     僕は、このときいつも、まるでめまいのような困惑を、覚えるのだった。
     僕の手はいま、先輩のスカートの中に入っていて、みせパン(たぶん、そうなのだろう)の上から、先輩の丸いお尻を撫ぜている。
     ここまでは  これまでの経過から、容易にたどり着くことは、できていた。
     しかし、今日はここから、これまで躊躇して試みたことのない行動に、出てやろうと思っているのだ。
     このことは、今朝  いや、先日の晩、いや、先日の学校での授業中  綿密に綿密に、計画しておいたものだ。
     つまり、僕はこれから、先輩の性器の方にまで手を伸ばし、みせパンという関門を超え、さらに下着、という関門をも越えて  陰毛の茂みをかき分け、そこがどのような状態になっているのか、確かめてやろう、と思っているのだ。
     つまり、僕にこのように愛撫されて、先輩も興奮しているのか。
     自分一人で絶頂を迎えて、パンツの中を大量の精液でべたべたにしているのは僕だけじゃなく  先輩の性器もまた、とろとろとしたような液体で、満たされているのだろうか。

     ……いったい、どうなのか。

     そのことを、ぜひとも確かめたいと思っていた。
     というか少なくとも、僕にこのような行為をさせるのを許している時点で、先輩は僕に好意を持っている、ということなのだろうか?

     ……こんなにも可愛い、一学年上の先輩が?
     いまだ全力で童貞の、この僕に?

     にわかには、とても信じられないのだ。
     その信じられなさが、今朝僕に、そのような行動をさせる勇気を与えていた。
     僕の心臓は、あまりの緊張と興奮で、まるでドラムロールのような連打を繰り返していた。それでも僕の右手は、お尻から太ももの前あたりにまで、無事に移動を終えていた。
     こうなったら、もう面倒くさい。
     下着の中に直接に手を突っ込み、先輩の陰部めがけて、まっすぐに手を伸ばすしかない。
     ……しかし、どうやら時間切れのようだった。
     電車のアナウンスが  そろそろ自由が丘に到着することを、この僕に告げていた。
     等々力から自由が丘までは、たったの二駅しかない。時間にして、ほんの六分程度だ。
     躊躇する時間も含めれば、まるで足りなかった。
     やがて電車が停車し、扉が開くと、満載になった乗客が、ホームに吐き出されていった。その流れに合わせて、僕も先輩も降車するのだが、これも毎朝、その後に必ず起こる、あることがある。
     東横線に乗り換える段階で、聖先輩は、いつもどこかに姿を消してしまうのだ。
     理由はわからないけど、どこか決まった車両に乗ることに、しているのかもしれない。
     気にはなっても、何せ大量の朝の利用客と、同じ学校の生徒で駅の構内は溢れかえっているのだから、すぐに見失ってしまうのだ。
     さらに、もう一つ  あまり考えたくはない、想像がある。
     聖先輩は、自由が丘駅のどこかで、彼氏と待ち合わせでもしているんじゃないだろうか。
     そこから二人で  学校に向かっているのだろうか。
     そして  その彼氏に、自由が丘までの道中、一学年下の後輩に、毎朝痴漢されていて困っている、などと、相談しているのではないか。
     そしてそのうち  僕はもう一度、警察に通報されてしまうのだろうか。
     深海の底の底、海水の重みでぺったんこになった、光の届かない世界でひっそりと棲息することを強いられている深海魚のような、そんな気持ちになってくるのだ。
     僕の頭の中から  そんな聖先輩のことが、こびりついて離れなくなっていた。

         2

     聖先輩が、どの車両から乗っているのか  それとも、自由が丘から彼氏の自転車に2ケツで学校に向かっているのか  考えれば考えるほど、深海魚のようになっていく僕は、東横線に乗り換えたら乗り換えたで、また頭の痛い問題に、直面することになる。
     これ以上、言わないでもわかってもらえたなら、とても嬉しい。
     つまりは、あの鷺沢かなえのことだ。
     鷺沢は、僕が彼女に痴漢のことを指摘していらい  それまでに乗っていた車両を変えるようになっていた。
     それから苦労して、あいつが乗っている車両を見つけだし、そこからまたあいつが姿を消し  ということを、何度か繰り返したあげく、鷺沢はついに観念したのか、それ以上車両を変わらなくなっていた。
     それもこれもすべて、もちろん先日の北島からの、
    「サギの『監視』が必要だ」
     という、頼みあってのことだった。
     と  いちおうの理由は、いまやつけられるようには、なっている。
     なにせ北島は、鷺沢の唯一の親友なのだから。その親友からの、強い頼みごととあっては  いきおいそのようなしつこい行動に出ざるを得ないし、そのことで、鷺沢から文句を言われる筋合いはない、というものだ。
     でも  北島から頼まれなくても、きっと僕は、鷺沢の「監視」を続けていたろう。

     ……私の痴漢をやめさせたいのなら、そうしてみればいいじゃない。

     そう僕に言ったあいつのセリフは、一日たりとも忘れたことはないのだ。
     その鷺沢は、いつも車両の中に入った右側の、長椅子の前に陣取っていた。不思議なことに  それはあの聖先輩と、まったく同じなのだ。
     しかも、もう一つ、同じことが、ある。
     それは、あの例の、右手首のアザ、だ。
     十一月の朝の細やかな光が窓から入って、満載の乗客を照らしている中、ひときわ鷺沢の存在感は、そこで際立っていた。
     その目鼻立ち、姿勢、出してるオーラ  そのすべてが、ちょっと尋常じゃないものだ。
     僕は、あらためて  惚れ直す、なんて可愛げのある感情じゃ追いつかない  そんな鷺沢に見とれていた。
     鷺沢の右手首のアザは、制服のシャツと羽織っているネイビーのカーディガンの袖が、吊り革をつかんでいるためずれていて、半分ほど、その模様が見えている。 
     その様子も、あの聖先輩と、まったく同じなのだった。
     僕と鷺沢の今朝の位置は、あいだに一人、小太りのスーツ姿のサラリーマンを挟んだような、そんな格好だった。ちなみに、こんな満員電車の中でも、これまでに一度だって、鷺沢と体が密着するような、そんな状態になったことはない。
     鷺沢が僕のことを避けているのは、もう十分にわかっていることだし、そもそもそんなことはべつにどうだっていい。
     もちろん、向こうも十分に、この僕の存在を認識している様子だった。
     その表情はというと  うんざりしているようにも見えるし、何も考えていないようにも見える。
     お互いに、朝の挨拶を交わすわけでも無論ない。
     僕は今日も、そのようにして、鷺沢の「監視」を続けながら、あいつの右手首のアザを、ただひたすらに見つめていた。
     すると、次第に  ある奇妙な考えが、自分の頭の中に、ふいに閃いてくるのがわかったのだ。
     つまり、いまや僕の中で  鷺沢と聖先輩とが、「二重うつし」になるのだ。
     その、二つのイメージは、繰り返し繰り返し、くっついては離れたり、する。
     鷺沢と聖先輩の容姿が似ている、ということじゃない。
     背丈も若干鷺沢の方が高いし、髪も同じミディアムヘアーでも、鷺沢は漆黒の黒髪で、先輩よりもわずかに短いようなおかっぱだった。
     共通しているのは、二人ともとんでもないような美少女、ということだ。
     そんな二人のうち、僕は聖先輩には、彼女を痴漢することを(いまのところ)、許されている。

     で、あるならば  あの「同じアザ」を持つ鷺沢にも、もしかしたらそれは、可能ではないのだろうか?

     そんな奇妙な考えに、囚われたときだった。
     学芸大学に電車は到着し、僕と鷺沢のあいだにいた、例の小太りのサラリーマンが、電車から降りていった。
     その、一連の乗客の入れ替わりの妙の中で  ある、偶然が出来したのだ。
     僕と鷺沢はそのとき、偶然から必然への流れの中で、体をお互いに密着させるような、そんな状態になっていた。
     僕と鷺沢は、体を向かい合わせにして、重なりあった。驚き半分、そして、困惑半分、といった感じで  僕の顔を一瞬、上目遣いで見つめる。
     とたんに、僕のものが  さっき駅のトイレで新しいパンツに変えたばかりなのにも関わらず  ゼロコンマ一秒くらいで激しく屹立してしまったのがわかった。
     それが、鷺沢の股間のあたりに、強く押し付けられているのが、いかんともし難い。
     僕は恥ずかしさで、狂い死にしそうだった。向こうにも、その「勃起度合い」がおそらくはダイレクトに伝わってしまっている。
     その態勢のまま  しばらく僕たちは、電車に揺られていた。
     僕の性器の先端からは、すでに先走った液体が、いくらか流れ出しているようだった。鷺沢は自分の胸の前に左腕をあげ、ブロックしているが、とはいえ意外にも豊かなその胸の感触は、誤魔化しようがない。
     僕の理性は  弾け飛ぶ寸前だった。
     なにより、あの鷺沢と  あいつの痴漢をやめさせるのが目的にも関わらず  ここまで接近というか、密着状態になったのは、これが初めてなのだ。
     すぐ目の前にある鷺沢の頭髪からは、柔らかなトリートメントの香りが漂ってくる。 
     その香りを袋詰めにして、持ち帰りたいくらいだ。
     むさぼるように呼吸したくなるのをこらえて、僕はなんとか通常の深呼吸くらいにおさえていた。
     心臓が、いまにも口から飛び出そうなくらいに、拍動し続けていた。そんな僕は、やはり鷺沢のあの右手首のアザを、見続けていた。
     ……そして、やはりこう思うのだ。
     僕は、同じアザを持つ聖先輩からは、それを許されている。
     で、あるならば  鷺沢にも  。
     僕の腕が、鷺沢のお尻の方に伸びかけた、その瞬間だった。
     電車が到着のアナウンスとともに停車し、車両のドアが開いて、一斉に乗客が降り始めた。
     固く閉じられた貝殻が、バキッ、と音をたてて切り離されるようにして、僕と鷺沢は密着から解かれ、その瞬間、チラッとだけ、鷺沢はこの僕を見ると、早足で同じ学校の生徒にまぎれて、改札の方に向かっていった。
     僕がその場に立ち尽くしたまま動けないでいると、背後から誰かに、
    「おはよう」
     と声をかけられた。
     北島だった。
    「……なに、どうしたの」
     北島が、不審者を見るような、そんな顔をして聞いた。
    「あ、ねえ、サギ見なかった? あの子どこにいるんだろ  」 
     僕は何も答えずに、さっき僕の顔を見たときの鷺沢の表情を、繰り返し繰り返し、頭の中で思い描いていた。

     
     
    短編小説、連載小説を発表しています。 現在自身初となる長編小説も並行して執筆中です。 作品のご感想をぜひお寄せください。

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