5/22(金)、11℃雨(最悪なのはわかっている)
自炊飯(鶏とキャベツの炒め物、にんじんのかきたまスープ)
地下アイドルを辞めて数年経った今でも、連絡を取り続けているお客さんがいる。そうやって関わりがあるお客さんはその人だけだ。
デビューしたばかりの頃から、ずっと私を推してくれていた人だ。
七十代半ば。
初めて会った頃からすでに父親くらいの年齢だったのに、10年近くが経ち、いまではもう「高齢者」と呼ばれる側にいる。
私は結婚したことも、子どもがいることもその人には話していない。なので話す内容も限られてきて当たり障りない会話しかできない。
それでもその人は毎日連絡をくれる。
天気の話。
食べたものの話。
病院の待ち時間の話。
最初は、律儀な人だなと思っていた。
でも気づけば、そのやり取りは一年以上続いていた。
一日九時間、スマホの通知が途切れない日もある。
返事をしないでいると、「寂しいです」とぽつりと送られてくる。
その短い言葉を見るたび、胸の奥がじわっと重くなる。寂しいんじゃないんだよな、と毒づきたくもなる。
私はたしかに、ステージの上では「誰かを元気にしたい」と思っていた。
疲れた会社員とか、家庭で居場所をなくした人とか、そういう人たちが数十分だけ現実を忘れられる場所になれたらいいと思っていた。
でも、人生までは背負えない。
その人には家族もいる。友達もいる。
現実の世界で関わってくれる人がちゃんといる。
なのに、どうして私たちは毎日、当たり障りのない天気の話を何時間も続けているんだろう。
地下アイドルだった頃、私は「優しい子だね」とお客さんによく言われた。
たぶんその優しさで、ここまで来てしまった。
この優しさは嫌われたくないが故の必死の取り繕いだ。
アイドルは、優しいほど境界線が曖昧になる。
相手の孤独を受け止めようとして、自分の生活との境目がわからなくなる。
感謝はしている。
本当に。
昔の私を支えてくれたことは事実だから。
あなたがステージから見えると嬉しくて、どんなに落ち込んでてもその日一日頑張れたことは事実だから。
でも最近、ときどき苦しくなる。
私はもう、誰かの寂しさを埋めるためだけにスマホを開きたくない。
あなたが健康で幸せに生きていてくれたら、それでいい。
そう願っているだけなのに、
画面の向こうで私はまだ、「優しいアイドル」のままでいることを求められている気がする。
優しさの搾取をされているようで苦しい。
