ある虚無感にさいなまれた日の日記

雨が降っている。東京は今日で34日連続雨らしい。
軽い吐き気とともに起床。ここ数年、深夜に必ず目を覚ますため、常に睡眠不足を感じている。
朝は体が重く、今日もまた虚しい一日が始まるのかといきなり絶望。
子と夫を見送ってPCを立ち上げる。
メールとChatworkをチェック。
ここ一週間、仕事の依頼がない。
メールの整理をしていたら、昨年亡くなった父がまだ生きていたころのメールを見つけてしまい、しばし泣く。

昨年は、もうフリーランスではやっていけないという焦りから、突如事務仕事のパートを始めたところ大失敗に終わった。
とかいいつつ、ついIndeedなどを見てしまう。
あの職場が良くなかったのか、それとも己の能力不足なのか・・・
もう一度チャレンジすべきか、今の個人事業主でもう少し頑張るのか・・・
無駄だと思いつつ、ポートフォリオに掲載する架空案件の作成。
虚しい。
スマホが鳴って、何かと思えばDuolingoのキャラ、リリーからのメッセージだった。
最近始めたこの英語学習アプリは、報酬系が刺激されまくっているのか結構続いている。そしてやり始めるとなかなか中断することができずに怖くなるほどだ。
特に、キャラに電話をかける設定で会話をするところが妙にわくわくしてしまう。
近頃、誰とも電話をしていないからなのか。

それが終わると、ピアノでも弾くか、という気分になった。
ショパンの雨だれを練習しようかとおもったけれど、先日、子どものピアノの発表会で生徒さんが弾いていたラフマニノフ「鐘」がすばらしかったことを思い出し、楽譜をダウンロードした。
この、モスクワ中に響き渡る絶望の鐘。
意味ありげに目くばせしながら通り過ぎるロシア正教会の僧たちの姿が目に浮かぶようだ。
youtubeで様々な人の演奏を聴きながら、改めてうっとりしてしまう。
譜読みがつらいが頑張ろう。10年後くらいには、弾けるかもしれないのだし。

それから不安で仕方ないPTAの事務処理を点検して、さらにまた不安に駆られながら雨音を聴く。

午後3時、近藤絢子『就職氷河期世代』を読む。
自分が一番なりたくなかった自分になぜかなってしまったことの一つに、時代の流れもあったのではないかと自分を慰めてみる。
しかし、しっかりと社会の中に席を確保して、家庭も確保して、バリバリ明るく生きている人たちもいるのだし、結局は個人の力量なのか。
私はいったい、何がしたかったのか。
なぜ、こんなにだるいのか、なぜ頻繁に腹痛が起きるのか、すぐにメンタルが落ちるのはなぜか、ストレス耐性がこんなに低いのはなぜか。
わからない、とかいってる場合じゃないんだろうか。



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