メインコンテンツへスキップ
見出し画像

『星露の森の仕立て屋』Peche, the Little Tailor in Seiro Forest第11話「ある晴れた日の午後」

    森のファッションショーから、数日が経ったある日の午後。

    星糸のアトリエでは、ペーシェさんとリンクが、いつものように洋服の依頼について打ち合わせをしていました。

    「そういえば、ポムが新しいエプロンを欲しいって言ってたよ。今のエプロン、もうくたくたなんだって」

    「お茶会でも頑張ってたもんね。相変わらず、メープルにつまみ食いを怒られてたけど」

    ふたりはそんな会話を交わしながら、のんびりとアフタヌーンティーを楽しんでいました。

    そのときです。

    コンコン、と。
    アトリエの玄関ドアを叩く、小さな音が聞こえました。

    あまりにも微かな音だったため、最初は気のせいかと思っていたペーシェさんでしたが、控えめながらも長いあいだ続いていることに気づき、思わずリンクと顔を見合わせます。

    「いったい、誰だろう?」

    ペーシェさんのアトリエを直接訪ねてくる動物といえば、リンクくらいです。

    不思議そうに首を傾げながら、ペーシェさんが玄関のドアを開けるとーー。

    そこには、ミルクが立っていました。

    数日前とは見違えるほど、生き生きとした姿です。

    ペーシェさんとリンクは、思わず目を瞠りました。

    「ひさしぶり」

    そう言ってはにかむミルクは、ファッションショーのときとは違う、生成り色のワンピースを着ています。

    「いま、お邪魔しても大丈夫かな」

    ふたりは顔を見合わせてうなずくと、小さな午後のお茶会に、ミルクを招き入れるのでした。

    ⸻

    「ミルク、なんだか雰囲気が変わったね」

    リンクが、歌うような声で言います。
    そのままハミングを始めてしまいそうなくらい、嬉しそうな様子です。

    「そう、かな……。最近、やりたいことがたくさんありすぎて、すぐに目を覚ましたくなっちゃうんだよね」

    照れくさそうに答えるミルクの大きな瞳には、生きる力が満ちていました。

    ペーシェさんは、ミルクの前に置かれたティーカップへ、そっと熱い紅茶を注ぎます。

    「あのね。今日、このアトリエに来たのは、じつはふたりにお願いがあって……」

    ふたりは顔を見合わせると、

    「「なぁに?」」

    と、声を揃えて尋ね返しました。

    「えっとね、あのね……」

    そう言って、しばらく言い淀んでいたミルクでしたがーー。

    「ここで働かせてください!」

    突然、ふたりに向かって深く頭を下げると、そのままピタリと静止してしまいました。

    それから、どれほどの沈黙が続いたことでしょう。

    ミルクの前で湯気を立てていた紅茶が、焦茶色に変わり始めたころーー。

    「喜んで」

    その声に、ミルクがはっと顔を上げます。

    ペーシェさんとリンクが、満面に笑みを浮かべながら、こちらを見つめていました。

    「うそ……本当にいいの!?」

    ミルクが、潤んだ瞳でふたりを見つめます。

    「もちろんだよ」

    「そうなったらいいなぁって、じつは思ってたんだ」

    ペーシェさんが、少し照れくさそうに笑いました。

    リンクは、祝福するように甲高い声でハミングを始めます。

    「この間のファッションショーで思ったの。はじめは、私はこの森では何の役にも立たないって。だから、全部を忘れて、南の島で人生をやり直そうって。

    でも、ふたりが私のために、あんなに素敵な洋服を作ってくれるのを間近で見ていたら……。

    もしかしたら、この森でも、私にできることがあるのかもしれないって思えてきて」

    「それで、フラミンゴのおばあちゃんに優勝を譲ったんだね」

    ミルクは、こくんとうなずきます。

    「私はふたりに魔法をかけてもらって、変われたの。だから今度は、私が魔法をかける側になりたいなって。

    もちろん、私に何ができるのかは、まだわからないよ。でも、そのお手伝いがしたいの」

    「その気持ちだけあれば、十分さ」

    リンクが祝福するように言うと、場の空気がふわりと和らぎました。

    「じゃあ、乾杯をしましょう」

    ペーシェさんが、そう言って紅茶の注がれたティーカップを掲げます。

    「いいね。いったい、何に?」

    リンクがウインクしながら尋ねました。

    「もちろん、これからの私たちの未来と……ミルクの仲間入りに」

    三人は、それぞれのティーカップを高く掲げ、そっとぶつけ合いました。

    ある晴れた日の午後。

    長い長いティータイムは、まだ始まったばかりです。

     
     
    maison de pêcheは、 ヒメアルマジロの妖精ペーシェさんが営む 小さなアトリエと言葉の居場所。 忙しさや正しさから少し離れて、 静かな夜に気持ちをほどく文章を書いています。 ぬいと暮らすこと、手を動かすこと、 説明しなくていい気持ちの話。 店主は自称・じわん系。

    あなたへのおすすめ