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恋の賭け、成立条件緩和中【第1章】

    はじめに

    note仲間の ひがちゃん にインタビューをして、それを元に、小説を書きました。もちろん少し創作していますが、しかし大半はインタビューで教えていただいたエピソードです。
    (固有名詞や年代、年齢、地名などは事実と異なります)

    第1章 平成15年(2003年)

    1.小宮山ひまり 23歳

    ・4月6日

    小さな公園の桜は満開だった。
    私は、昨日と同じベンチに座り、青い空を見上げた。

    青空を背負ったソメイヨシノに、私は心を鷲掴みされた。心臓がギュ~っと収縮したのだ。
    美しかった。それも最上級の美しさだ。

    私は、幼馴染の仲間恵を連想した。女優、アイドル、モデルなどに、何度もスカウトされたその美しさは、故郷の嘉手納市内の同世代で、知らない人はいないほどなのだ。

    私は、元気に咲く、ハイビスカスや向日葵ひまわりが好きだった。向日葵ひまわりが好きなのは、私の名前に似ているからという理由も加わっている。
    東京の桜は「白い」と聞いていて、一昨年も、昨年も、そう思っていたが、もう誤魔化せない。

    私は、ハイビスカスや向日葵ひまわりより、ソメイヨシノが好きになっている。見惚みとれてしまう。たくさんの花びらを一気に咲かせて、明るく元気なのに、美しいなんて。なんて素敵なのだろう。

    私は、この公園のすぐ近くにあるローソンで、ランチパックと缶コーヒー買ってあった。コンビニ袋から、それらを出してベンチに置いた。今日の朝食を、ここでと思いついた自分を褒めてあげたい気分になった。

    携帯電話が鳴った。予想通り、恵からだった。携帯電話の小さなディスプレイに『メーグー』と表示さている。

    「おはよう」と、私は言った。
    「ひまり、誕生日おめでとう」と恵は言った。

    「ありがとう。メーグーは、私の誕生日に必ず電話してくれるから、そろそろかなって思ってたさ~」
    「ひまりに彼氏ができたら、1番を獲っちゃ悪いからさ~、午後になってから電話するつもりさ~」
    と、メーグーは沖縄のイントネーションで言った。

    「まったく~、恋愛運の乏しい私に対して、そんなヒドイことを言う? しかも誕生日に?」
    「またそんなこと言ってぇ~。恋愛運が乏しい? ひまり、たくさんモテてたでしょ~よ。何回も言ったけど、ひまりのこと好きな男子、いっぱいいたんだから」

    「そんな慰めやお世辞は、聞きあきたさ~。あ、メーグー。話変わるけど、私、6月に帰省するって決まったの~」
    「シンケン~⁉ 嬉しい! やっとひまりと会えるさ~。丸2年会ってないんだからね~」

    「あの~、そ、それがね。宮古島へのツアーでさぁ~。嘉手納には寄れないんだってぇ~」
    「は? 宮古島⁉ ひまり、どういうこと!!!」

    私は思わず、携帯電話を耳から離した。10センチ以上も耳から離したのに、それでも興奮したメーグーの声がビンビン響いた。
    満開のソメイヨシノが、まるでその声に呼応したみたいに、ザザ~ッと揺れて、けっこうな量の花びらが舞った。

    「どういうこと~⁉ 沖縄に帰ってくるのに、嘉手納に寄らず、私にも会わずに東京に戻るってワケぇ~! そんなの帰省って言わないさ~!」

    私は、メーグーの怒りを鎮めるために事情を説明した。

    「だからさ~。メーグーにはデ~ジ会いたいさ~。旅行会社にもお願いしたんだけどね、私だけ那覇空港からは別便にって、それは出来ないって言うのさ~」
    「あんた、実家にも寄らないワケ⁉ オカアにも会わないの?」

    メーグーが、私のことを「あんた」と呼ぶときは、かなり怒っている。
    私は、火に油を注ぐことのないように、かなりの注意を払って言葉を選んだ。

    「私、沖縄の海が、恋しくて恋しくて、もう~、我慢ならなくなったさ~。そしたら、たまたま、チラシで格安ツアーを見つけたの」
    「そりゃあ、6月は梅雨だから、安いに決まってるさぁ~」

    「それがね、6月24、25日の2泊だから、たぶん、梅雨明けしているはずさ~。あとね、私、今まで離島って1度も行ったことがなかったのよ~。だからさ、メーグー、沖縄の海が見れて、格安で、初めての離島で、って、これって一石三鳥なのよ~。分る~?」
    「ぜんぜん分からんさ~。ひまり、引越ししたばっかりなんでしょ?」

    「そうなの、今度はバストイレが別で床もフローリングの、デ~ジ素敵なアパートなの! メーグー、いつでも泊まりに来てイイからね~。東京も、どこでも案内するからさ~」
    「引越しもして、さらに宮古島に旅行だなんて、アンタ、よく、そんなにお金があったわね?」

    いつものことではあるのだが、メーグーは、だんだんお姉さん口調になってきた。私の方が、数ヶ月誕生日が早いのに、シッカリ者のメーグーは、ごく自然にお姉さんのポジションを取ってしまう。実際、メーグーには妹がいるので、ネエネエ口調は無意識に出てしまうのだと思う。ひとりっ子の私は、たぶん、無意識に甘えているし。

    私は、「2年間バイトで貯めた貯金がスッカラカンさ~。だから今回は嘉手納には寄れないの。那覇から別便にすると、追加で、メッチャお金がかかっちゃうの~。メーグー、あんまり怒らないで~。今日は私の誕生日なんだしさ~」と、少し甘えた声で言ってみた。

    「ふ~っ。東京に『ちょっと勉強してくる』が、もう丸2年だよ。ひまり、私と一緒に仕事をするって約束、まさか、忘れてないよね?」
    「大丈夫! 忘れてないよ。ただいまアルバイトを頑張って、接客業というものを猛勉強中さ~。バイトリーダーだし!」
    と、私は力説した。

    「ああっ、ヤバイ! 私、リクとデートなの。準備しなきゃ。電話切るね」と、メーグーは言った。

    「誕生日に、叱られて、彼氏がいます自慢までされて、私って可愛そうじゃない?」と、私は、会話を一方的に終わらされる流れにイラっとして、少し絡んでみた。

    「ハイハイ、もう時間がないから。またね」と言って、メーグーは、あっさり電話を切った。

    私は、ツーと言った携帯電話に向かって、「ハイは1回でイイさぁ~!」とボヤいた。

    缶コーヒーを軽く振って、プルトップを引いた。そして、私は缶コーヒーをひと口飲んだ。

    「まーさん!」と、言葉にして言ってみた。

    少しスッキリした。
    美味しいコーヒーの味って、凄かったりするのだ。ソメイヨシノの花を眺めながら、ランチパックも食べた。

    やさしい美味しさが口に沁み、ピーナッツの濃厚な香りが鼻腔に広がった。

    私は、メーグーに憧れながら育った。メーグーになりたいと、子どもの頃は本気で思っていた。目が覚めたら、私とメーグーの心が入れ替わっていたならと、妄想したこともあったのだ。

    メーグーは、身長が165センチで、モデルのように美しいスタイル。身長は私よりも10センチも高くて、何度も羨ましく思った。しかも、成績まで学年トップだった。どの教科も、3位を下回ったことがないのだ。

    要するに、私とメーグーは対照的なのだ。

    私は、自分の天然パーマの前髪を引っ張ってみた。こんなクルクルのくせ毛では、天使の輪ができることは絶対にないのだ。しかも、染めていないのに、私の髪は少し茶色っぽい。
    思わず、ため息が出てしまった。

    また風が吹き、白い花びらが舞った。
    いや。
    上品な、淡いピンク色の花びらたちが舞っていた。


    2.佐々木龍彦 35歳

    ・6月24日

    羽田を飛び立って、もう30分は経ったハズだ。

    僕の座るエコノミー席は、隣が空席だった。那覇空港を経由して宮古島まで飛ぶ。僕は、民宿に泊まる宮古島ツアーに参加したのだ。

    ウトウトしかけては、後ろの席の若い娘の声で、ハッと目覚めてしまう。それを僕は、何度も繰り返していた。20歳はたちとチョットと思われる若い娘は、となりの老女と楽しそうに会話をしていた。そして、その声はとにかく大きかった。甲高く、良く響いた。

    「あきさみよ〜! オバアは読谷村よみたんそんの人なの~⁈ 私は嘉手納さ~!」

    当人には、大声という自覚がない。
    機内は、君の家ではなく公共の場なのだと、説教の1つでもしたいところだが、今、の僕には、その気力がなかった。
    本来なら、僕の隣の席には美しい女性が座っていたハズなのだ。

    母親が倒れたって、本当かなあ? ウソかなぁ。……たぶん、ウソだな。この前の誕生日プレゼント。あれをケチったのが失敗だったのかなぁと、僕は、考えても仕方ないと知りながらも、その考えても仕方のないことばかりを考えていた。

    杏奈は、僕が今年になってから、月に2~3度行くようになったスナックのチーママで、ウイスキーのCMの2代目の井川遥さんに良く似ていた。杏奈は、僕に何度も積極的なモーションを仕掛けてきて、3月に男女の仲になったのだった。

    今では、そのスナックのママとマスターの、公認の仲となっていた。その杏奈が、今朝になって、母が倒れたから行けない、と電話してきたのだった。

    このドタキャンは、ひょっとしたら、神様からの警告かもしれない。
    ふと、そんな思考が浮かんだ。
    浮かれていると、また、あの地獄へ落ちるかもしれない。

    僕は瞼を閉じた。

    急成長する販売会社で、僕は、ダントツのスピード出世を果たした。他人の2倍以上働いた自負があるし、結果は5倍以上出した。
    僕の鼻は、天狗並みに高くなってしまい、部下2人を率いて独立起業したのだ。

    そこからが地獄だった。
    売上げが無くても、部下2人に20万円ずつ、計40万円が消えてなくなり、部下は「これでは生活できない」と不満を訴えた。部下2人はアッサリ辞めてしまい、3人で取り組もうとしていた事業を、2人で始めていた。

    貯金は、まるで湯水のように減り、妻とは顔を合わせるたびに言い争いになった。そして、妻に離婚を宣言された。財産分与が無くならないうちに離婚しなければ、という計算が、透けて見えた気がした。

    子供はいなかったので、離婚は拍子抜けするほど簡単だった。

    久しぶりに喰らう、泣きっ面に蜂だなと苦笑いを浮かべ、霞のかかった脳で考えた結果、僕は、法務局へ向かった。営業コンサルタントとしての、開業届を出しに行ったのだ。ハローワークへ足を運ばなかったのは、100%、見栄だった。
    僕は、一国一城の主、というポジションを捨てることができなかった。

    現実は、実績もないコンサルタント業で食っていけるワケもなく、深夜警備のアルバイトも行なった。知人に、警備員姿の自分を見られたくなく、怯えながら生きた。

    生活費を極限まで下げ、アルバイト以外の時間は、睡眠か、飛び込み営業か、営業コンサルを行なったのだ。
    コンサルのウエイトが、ほんの少しずつ、蝸牛の前進速度のように、徐々に増した。
    アルバイトは晴れて、昨年末、やっと完全に不要になったのだ。

    成果報酬という契約でのコンサルタントが、爆発的な売上げアップを成した。その報酬も大きかったが、それ以上に、その実績が広告となりクロージングとなったのが大きかった。次の契約を呼んでくれたし、決めてくれた。
    ありがたいことに数社が顧問契約に応じてくれて、僕は、独立して初めて、休日を取ることができた。

    そして僕は、10日に1度、駅前のスナックで飲むようになり。杏奈と出会った。

    杏奈も、別れた妻と同じなのだろうか。僕のことを好いているのではなく、僕が稼ぐお金が好きなだけなのか。そして僕には、一般的な経営者ほど、自由になるお金はない。
    10日に1度のスナックでの支出でさえ、本来は、貯金すべきだと思う自分がいる。

    そのケチ臭さが、伝わってしまい、幻滅されたのだろうか。宮古島まで直行便ではないツアーだし、ホテルではなく民宿だ。
    しかし、今の僕には、これでも大盤振る舞いなのだ。

    そして今、神様から、罰を与えられているのではないか。

    運転資金で苦労をした経験も、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、さっそく浪費をするとは言語道断。ビジネスの神様は、そのようにお怒りなのかもしれない。

    「アキサミヨー!」という大きな声で、僕の思考は中断された。

    那覇までは、快眠はムリだなと、僕は思った。
    元気な若い娘は、隣の老女に、身の上話を語り出していた。

    「ホテルじゃないのよ~、民宿なのさ~。あえての民宿。そこがイイのさ~。農業体験や漁業体験があるんだよ~。
     東京に行ってもう丸2年さ~。うん、1度も帰ってないの~。はじめての帰省なんだよ~。実家じゃなく、宮古島に行くのだから『帰省』って言わないかぁ~! 帰省じゃないって、幼馴染に叱られたのよ~。アハハハ~!」

    この若い娘も、同じツアーに参加しているのかもと、僕は思った。


    * * *


    那覇空港で飛行機を乗り換え、僕は宮古空港に着いた。初めての宮古島だ。

    那覇からの機内ではシッカリと熟睡できて、僕は、杏奈がいない淋しさに慣れつつあった。

    宮古空港の到着ゲートでは、スケッチブックを頭上に掲げている青年がいた。
    『民宿島袋』と、かなり下手な文字が太いマジックで書かれている。

    青年は背が高かった。おそらく190センチ前後だろう。長身で手足も長かった。スラッとした青年が、長い腕を伸ばしてスケッチブックを頭上に掲げているのだから、真っ先に目についた。

    眉と目が近く、その眼はクッキリパッチリの二重瞼で、顔は濃く、いわゆるソース顔だ。ハンサムな彼は、終始、満面の笑みを浮かべていて、これには、若い女性は参ってしまうだろうと、僕は思った。

    青年の横には、身長170センチ弱くらいの、痩せた老人がいた。顔がシワシワで、目は、その皺の中に埋もれている。1番濃く深いシワが、おそらくは目だ。老人もニコニコと笑顔を浮かべて、温厚さを醸し出していた。

    あの2人に声をかければ良いと、僕は、いとも簡単に理解できた。

    僕の横を、若い娘がスキップで抜いて行った。ボブパーマの髪の上に、白い麦わら帽子が乗っていた。ボブパーマの髪は、楽しそうに跳ねている。
    やや小柄で、身長は155センチ前後か。スレンダーなのに胸は小さくなかった。ブルーのシャツは腰に巻き、Tシャツ姿になっていた。デニムのホットパンツからは健康的な長い脚が伸びていて、腰の位置が高かった。白い厚底のアンクルストラップサンダルは、この南国にピッタリだった。

    イイ女だなと思ったが、僕には若すぎた。僕は、年下にはまったく興味がない。
    僕は、甘えたい人間なのだろう。

    「私~、小宮山で~~~す! 下の名前はひまりで~す!」
    「小宮山ひまりさん、いらっしゃいませ~」と、島袋民宿の青年が応じた。

    声を聞いて僕は、やはりと思った。
    那覇までの機内で、老女と大声で会話していた娘だ。

    「ササキさ~ん、いませんか~!」と、青年が大きな声を出した。

    僕は、あわてて名乗り出た。

    「佐々木です」
    「ササキさん、いらっしゃいませ~。長旅、お疲れ様で~す」

    愛想良く、ニコニコと青年は喋りまくる。隣の老人は、ニコニコしているが言葉は発していない。

    「ササキさん、もう1人の方は?」と、青年に問われた。
    「あれ? 羽田から旅行会社に電話しましたよ。連れは、今朝、母親が倒れてしまって、キャンセルなんです」と、僕は答えた。

    老人がニコニコ肯いている。
    旅行会社からの電話を、きっと、老人が受けたのだろう。この民宿は、簡単な情報共有さえできないのか。僕は、この後が少し心配になった。

    「あと、田辺さ~ん!」
    「はい。田辺です」

    「わっ! びっくりしたー! 田辺さん、いつの間に? 全然気づきませんでしたよ~」
    「こんにちは。少し前から、ここにいましたよ」

    「こんにちは~」と青年は、気を取り直し挨拶をしていた。

    田辺さんという老人は、民宿の老人より少し若く、少し背が低かった。そして、同じように痩せていた。品の良いシルバーフレームの眼鏡が顔になじんでいて、レンズの奥の目は、とても穏やかだった。

    「オジイ、皆さんそろったよ」と青年が言った。
    「んん」とオジイは言った。

    「みなさ~ん! 僕について来てくださ~い! 海が良く見えるルートを通って、まずは民宿に向かいま~す! レッツゴーで~す!」

    「レッツゴーで~す!」と、小宮山さんという娘が応じた。


    * * *


    僕たちは、外に出た。

    空気が、東京とは違ってカラッとしている。太陽は、ほぼ真上にいた。
    青い空は、ウソのように雲1つない。美しい青だった。濃い青に感じるが、それは紺色に近いという意味は全くない。青のままで青く濃かった。

    僕は、サングラスをかけた。
    シャツを脱ぎ、Tシャツ1枚になった。昔、水泳で鍛えた肉体には自信もある。Gパンが暑苦しかったが我慢した。

    青年が、小宮山さんに声をかけた。
    「小宮山さんは可愛いだけじゃなく、元気なんですねー」と。

    「そんな、可愛いだなんて、お世辞を言っちゃダメさ~! 元気ってのは、本当に元気だからイイけどね! 私には、それくらいしか取り柄がないのさ~。あと、名字じゃなくて『ひまり』って呼んで欲しいなぁ。私、自分の名前が好きなの。ちゃんでも、さんでも、どっちでもイイからさ~」と、ひまりさんは言った。

    僕にとって、ひまりさんは少々鬱陶しかった。明るく素直で、屈託も飾りもない。良い性格なのは分かる。機内でうたた寝を邪魔されたことと、若さと、明るすぎることが、僕の神経を逆なでしている感じなのだ。

    田辺さんは、花を見かけては立ち止まり、鳥を見かけては立ち止まった。
    時々、深呼吸も行なった。
    僕には、少々、芝居がかった動きに見えた。もしかしたら俳優かもしれない。

    青年の案内で辿り着いた車は、ワーゲンバスだった。白とスカイブルーのツートンカラーで、南国にピッタリだ。僕は、思わず見惚みとれてしまった。

    ひまりさんは、そのワーゲンバスを見て飛び跳ねた。

    「な~に~い! めっちゃカワイイ~んだけど~~~!」

    こういうブリッ子も、僕はあまり好みではない。


    3.ひまり 一生懸命って楽しい

    バスの運転席には、オジイが座って、私は少し驚いた。
    背の高い青年は、後ろのドアを上げて、私たちの荷物を積んでくれた。

    サイドにある後部座席用のドアは、なんと観音開きだった。
    「カワイイ~!」と私は言って、テンションが上がった。観音開きのドアの車って、初めて見たし、それがメッチャ可愛いし。

    このバスは自分で直して自分で塗装したのだと、青年は、はにかみながら言った。自慢したい気持ちを抑えているのが分かって、私は、可愛いなぁと思った。宮古島に来てから、可愛いの連発だ。

    後部座席は、2列目が2人掛けのシートで、3列目は3人掛けのシートだった。私は、なんとなく2列目に座った。佐々木さんと田辺さんは、3列目に離れて座っていた。それぞれが窓側に座った、という感じだった。

    青年は、助手席から身体を浮かせてひねり、私たちに顔を向け、笑顔で語り出した。

    「みなさん、今回は僕たちの宿、『民宿島袋』を選んでくださって、ありがとうございま~す。僕は、エイショーと言います。よろしくお願いしま~す」

    私は、「よろしくね~、エイショーくん」と言った。

    「ひまりさん、ありがとうございます~。ええ~っと、まずは、運転しているのが、僕のオジイです。宮古島では、『オジイ』って、愛を込めて呼んでますので、みなさんも『オジイ』と呼んでくださ~い」

    「はーい!」と、また、私は言った。

    このリアクションは、半分自然に行なっていて、もう半分は計算でもあった。
    私は、場が暗くなるのが何よりも嫌いなのだ。このメンバーと分かった瞬間から、盛り上げ役は私しかいない。

    エイショー君は明らかに、私のリアクションをありがたがっている。田辺さんも、言葉には出さないが、口元には笑顔が浮かんでいた。

    不機嫌そうな佐々木さんも、ときどき笑みを浮かべていて、きっと根は良い人なんだろうと思った。恋人がキャンセルになって、淋しいのだろう。

    「さて、皆さん! 民宿までのこの車の中で、自己紹介を済ましちゃいましょう~!」とエイショー君が提案した。
    私は、すかさず「イエ~イ! イイぞ~、エイショーく~ん!」と反応した。

    「ひと回り目は、名前と年齢だけにしてくださいね~。それ以外の話題は、ふた回り目の自己紹介用にとって置いてくださ~い。まず、僕は、島袋エイショーです。高校を卒業したばかりで18歳です。オジイは75歳で、民宿には、オジイとラブラブのオバアが待っています。お昼ご飯は、オバア特製の宮古そばで~す」

    「わ~い! 宮古そば、嬉しい! お腹空いた~!」と、私は本音を語った。沖縄そばが食べたかったから、少し違うらしい宮古そばが、デ~ジ楽しみなのだ。

    「じゃあ次は、ひまりさん、どうぞ~」

    「どうぞって、私から~? 聞いてないさ~。ったく~。ええっと、私、ひまりです。小宮山ひまりです。年齢は、レディーに聞いちゃダメなんですよ~。エイショー君より、チョピっとだけお姉さんで~す。よろしくお願いしま~す」

    「では、次は私が……。私は、田辺憲一朗です。生粋の江戸っ子で、歳は55歳です。あ、江戸っ子って言っちゃった、ごめんなさい」

    「あきさみよ〜! ゴメンね、田辺さん。私、もっと年上って思ってたさ~」

    「ひまりさん、私は年齢を気にするレディーではないので、安心してください。それに、このシワの多い顔ですから、よく年上に見られます。慣れっこですから、大丈夫ですよ~」

    「わは~! 田辺さんって、紳士~い! やさし~い!」

    「ええっと、最後は私ですね。佐々木龍彦です。歳は35です」

    「佐々木さん、めっちゃハンサムですよねぇ~。俳優さんかと思ったさ~」と、これまた本音で言った。身長は、たぶん175くらいで、肩幅が広かった。ハンサムだからサングラスも良く似合っていた。

    私は、思わず叫んだ。

    「海だ~~~!!!」

    叫ばずにはいられなかった。
    みんなも海を見た。

    これが、宮古島ブルーかと思った。確かに、嘉手納の海とは少し違うかもしれない。宮古島の海の色は、空のパステルブルーと、ほぼ同じブルーだった。

    海の青は、空のパステルブルーを映しているのだろうか。

    「ああ~~~、最高~~~!
     沖縄に帰ってきたんだ……。
     みなさ~~~ん! 海で~~~す!」

    私は、涙が溢れて、涙声になっていた。

    田辺さんは号泣していた。
    涙をガマンするとか、ぬぐうとか、そういう事を忘れているみたいだった。

    佐々木さんも、声を発することなく海を見つめている。サングラスを外して、真剣な眼差しになっていた。

    自己紹介は、ふた回り目には入らず、ごく自然に雑談となった。
    エイショー君と私がしゃべりまくって、ほかの3人は、それをニコニコと聞いてくれた。主に、エイショー君がこのバスを、どんな風に修理して、どんな苦労があったのかを聞いた。

    時おり佐々木さんが、ツアーのことについての質問をした。

    その結果、私も気になっていた部屋割りが分かった。当たり前だが、ちゃんと各自に個室が用意されていると聞いて、安心した。

    オジイは、相変わらず何も喋らないけど、ず~っと笑顔だった。私は、オジイの真顔は笑顔なのだと思う。私も、真顔が笑顔のオバアを目指そうと思った。

    バスが、舗装された道を曲がり、畑の中へと入って行った。
    そして停車した。宿に着いたのだ。


     * * *


    これから、オバアの宮古そばをいただく。
    オバアは、背が私と同じで低かった。髪は1つにまとめて、おでこが全開で、まんが日本昔話のオバアに似てて、とても可愛かった。

    食事は基本、庭で食べると聞いて、私はテンションが上がった。宮古島に来たのに、家の中にいたのでは「勿体ない」と、エイショー君は言った。

    でも、宮古島の日差しは危険だ。

    鯉のぼり用のような太い柱が、庭に4本あって、大きなシェードが渡してあった。
    庭の隅には、大きなパラソルが数本あるのが見えた。日差し対策は万全だった。

    シェードの下は、想像以上に快適だった。シェードが高い位置にあるから、圧迫感は全くなく、それでいてチャント日差しを遮ってくれていた。
    その下に、屋外用のテーブルとイスがあり、オジイとオバアが仲良く宮古そばを運んできてくれた。

    「オバアの蕎麦は、美味しいですよ~」と、エイショー君が言った。心底、そう思っているのが伝わってくる真顔だった。

    宮古そばは、沖縄そばと違って、具が麺の下に隠れていた。
    私は、スープを確かめてから、勢いよく麺をすすった。

    「まーさん!」

    大きな声で本音を叫んだ。本音を叫ぶ快感がクセになってきていた。

    麺は平麺で、スープは懐かしい味だった。沖縄そばと完全に同じではないものの、基本は同じなのだろう。

    デザートの、島バナナのソフトクリームも美味しかった。南国の味だ。

    「さっそく、農業体験に行きましょう~!」とエイショーが言った。

    「やったー! これ、楽しみだったのさー!」と、私は言った。

    オジイがエイショー君に、何かを伝えた。オジイの言葉は、小さかったし、たぶん、年季の入った宮古島の言葉で、聞こえたとしても分からなかったと思う。

    エイショー君は、オジイの発言に驚き、そして、少し抵抗を示していた。
    渋々いう感じになり、こちらに向き直った。

    「え~、実はおととい、台風が宮古島の近くを通過しまして、うちの畑のビニールハウスが、ホンの少し傾いちゃいました~」

    「あきさみよ〜! じゃあ、農業体験はできないの~?」と、私は聞いた。

    「大丈夫です。こういうのはショッチュウーですから、僕やオジイは慣れっこです。そういうわけで、リアル農業体験です。これからみんなで力を合わせて、ビニールハウスを立て直しましょ~!」

    「わ~っ! メッチャ面白そう!」

    「ええっと、本気で言っているの?」と、佐々木さんが発言した。

    私は、佐々木さんに、ず~っと抱いていた違和感にハッキリと気づいた。会ったことなど無いはずなのに、どこかで会った気がするのだ。誰かに似ているのだろう。

    その佐々木さんの、本気かという問いに、「はい! 本気の本気です! これぞ、本物の農業体験! 滅多にできる体験じゃありません」と、エイショーが笑顔で答えた。

    「まあ、確かに『リアル農業体験』だろうけどね。でも、都合よくタダ働きさせられているようにも感じるんだけど」と、佐々木さんは言った。

    エイショー君はすかさず、「そーなんですよ~。さっき僕、オジイに同じことを言ったんです。それじゃあタダ働きさせるみたいじゃないかって。でもオジイは、『バーベキューだって自分で肉を焼くだろ』とか『陶芸体験も自分で茶碗とか作るだろ?』とか言うんですよ~」と、困った顔で説明した。

    私は、どちらの言い分にも一理あると思った。

    「私は、ぜひ、体験させてほしい。ビニールハウスの修繕なんて、なかなか出来ないですからね」と、田辺さんが言った。

    私も、「直してみたーい!」と、あえて無邪気に言ってみた。

    私は、佐々木さんに少し近づいて、「佐々木さん、ぜひ一緒にやりましょう。ね? 私は力が無いし、田辺さんも力持ちには見えないし。佐々木さんがいるといないとでは、きっと大違いだと思うんです」と、お願いしてみた。

    「分かったよ。多数決には従いましょう」と、佐々木さんは腰を上げてくれた。

    「やったー! エイショー君、全員参加で~す!」

    「では、レッツゴーですね~。みなさん、僕について来てくださ~い」

    「ちょっと、これを被って行きなさい」と、オバアが言った。
    人数分の、濡れタオルと麦わら帽子だった。

    濡れタオルを頭に乗せてウナジの方にたらす。それが落ちないように麦わら帽子を被るのだ。うなじが日焼けするのを防いでくれる。

    「日差しがスゴイからさー」とオバアが、やさしい笑顔で言った。

    「タオルだけお借りしますね~」と、私は言った。
    「ひまりちゃんは、自分の麦わら帽子があるのね~」と、オバアは言った。

    「今度こそ、レッツゴーで~す!」とエイショー君が言う。
    「レッツゴー!」と、私も応えた。

    100メートルも歩かないうちに、「ここで~す!」と、エイショー君が言った。
    ビニールハウスが2棟あり、確かに、どちらも微妙に傾いていた。

    オジイが指示を、エイショー君に出す。
    エイショー君が、それを、みんなに役割分担した上で伝えた。

    骨組みを確認し、少し曲がった程度のモノは、エイショー君や佐々木さんが、腕力で直した。折れた骨が1本あって、それは皆で力を合わせて交換した。

    作業のほとんどは、エイショー君と佐々木さんが行なった。
    私と田辺さんは、そのサポートだった。支えることが仕事なのだ。オジイは、全体を見渡す監督のような役割だった。

    見ると佐々木さんは、汗だくになりながらも、笑顔を浮かべていた。
    田辺さんも笑顔だったが、少し辛そうで、実は、私も辛かった。直射日光の下で動くことは、想像以上に過酷だった。

    オジイが休憩の指示を出してくれた。
    パラソルの下で、水分補給をして、休憩を取り、もう1棟に取り掛かった。タオルをもう1度水道水で濡らした。

    佐々木さんが、1棟目で要領を得たことと、こちらは傾きが小さかったこともあって、作業はドンドンと進んだ。

    エイショーが大声で叫んだ。

    「みなさ~ん! 終わりました~! ありがとうございました! オジィが、『水飲んで~』って言ってます~!」

    母屋の庭に戻るまえに、今一度、パラソルで休憩となった。
    プラスチック製のイスに、みんなが腰を下ろした。

    田辺さんが、「日影ってありがたいですね~」と言った。

    「ホント! 同じことを思ったさ~」と、私は同意した。直射日光の下での作業は、たった5分でも、かなり辛いことを体験できたのだ。

    「佐々木さん、ありがとう」と田辺さんが、佐々木さんに身体を向けて言った。
    「確かに! 佐々木さんが、力仕事をいっぱいしてくれて、メッチャ助かったね~」と、私も続いた。

    エイショー君が、「佐々木さんがいなかったなら、まだ、半分も終わってないね~」と付け足した。

    オジイが、佐々木さんに、ヤカンを手渡した。左手の親指を突き出しGood!のポーズを加えている。オジイは無言だったけど、「グッジョブ!」と、私の脳は翻訳していた。

    佐々木さんは、少し照れながらもヤカンを受け取り、自分の紙コップに注ぎ、それを飲んだ。

    「ブ~~~ッ! ペッ、ペッ! なにこれ~ッ⁉ コレ、水じゃないよ~!」

    同じヤカンの水を、私は恐る恐る飲んでみた。

    「オジイ~! これ、泡盛でしょー! なに飲ましてんのよ~!」と、私は、私のオジイに言う口調で怒鳴った。

    エイショー君が笑いながら、「ごめんなさい! それはオジイのヤカンでした!」と言った。
    「たぶんオジイは、佐々木さんに特別サービスをしたつもりなんですよ~」と付け加えた。

    私はなんとなく意味が分かったけど、佐々木さんと田辺さんはキョトンとしている。

    エイショー君は、続けてこう言った。

    「オジィは、普段の農作業中も、泡盛の水割りを飲みます。薄いので、『これは水だ』と言い張ります。そして、この泡盛は、かなり高級なヤツなんですよ~」

    田辺さんが、「佐々木さんの働きが良かったから、水では申し訳ない、みたいな?」と聞いた。

    オジイがすかさず、そうだと言わんばかりに、両手でGood!のポーズをした。

    田辺さんと私は、お腹を抱えて笑った。オジイのダブルGood!が可愛かったのだ。
    佐々木さんも笑っていた。

    私は今なら、お箸が転がっただけで爆笑しそうだった。


    * * *


    翌日。
    宮古島は快晴だった。

    私たちは、午前中を使って、島内観光を行なった。
    移動は、もちろん、あの可愛いバスだ。

    有名な観光地を回ってくれた。みんな満足しているように見える。
    もちろん、私も大満足だった。

    どこまでも広がる白い砂浜は、歩くだけでロマンティックな気分になったし、解放感も堪能できた。
    360度、全方向オーシャンビューの展望台。そこからの景色は、まさに絶景だった。地球が丸いことが分かるのだ。

    神秘的な通り池。真っ青な空。青い海。

    1番感動したのは、海の上を走る大橋のドライブだった。あれほどのドライブコースはないと思う。最終日、空港へ送迎する前に、もう1つの大橋をドライブすると教えてもらって、3人は歓声を上げたのだ。

    宮古島の景色は、どれだけ見ても厭きなかった。

    海の青は、いろいろな青があった。
    ときどき見かける真っ赤なハイビスカス。濃い緑色の島バナナ。

    私の目に映る景色は、沖縄だった。宮古島だが、でも沖縄でもあった。内地とは違う。

    自分が沖縄に飢えていたのだと、改めて思った。沖縄の海や空や風や空気に、私は飢えていたのだ。禁断症状が現れていたのだ。
    思い切って、このツアーに申し込んで、本当に良かった。

    だからこそ私は、全力でハシャギ、全力で楽しんだ。

    アスファルトで敷き詰められた東京にはない、南国の海や空や大地にしかない、そんなエネルギーを余すことなく吸収した。全身で宮古島を味わった。

    佐々木さんも、今日は朝から満面の笑みだった。
    田辺さんも微笑んでいる。
    エイショー君は、いつものように爽やかだった。
    オジイは、いつもの笑顔の真顔だった。私の目標とする、シワクチャな笑顔だ。

    幸せだな、って思った。

    「午後からは、漁業体験で~~~す!」
    「イエ~~~イ!」

    エイショー君との掛け声に、私が合の手を入れることは、もう、定番になっていた。
    もう、ほぼ無意識で合いの手を入れている。そのタイミングも何となく、そろそろかな、と分かるのだ。

    「ところでエイショー君。泳ぐときは水着に着替えるの?」と、気になっていたことを質問した。
    「ああ、それは皆さんの自由です。宮古島の僕らは、このまま海に入ります。皆さんも日焼けには気をつけてください。内地の人は上半身裸になりたがりますけど、ここの日差しは危険ですからね~」

    私も、嘉手納の海に入るときは水着にならなかった。
    でも、今日は、ちょっと上等なTシャツを着ているし、それに買ったばかりの水着を着ないのは勿体ない気もした。

    そんな私の乙女心に、エイショー君は気づくこともなく、大きな声で叫んだ。

    「みなさ~ん! 僕の友達で~す! 紹介しま~す! ほら、挨拶して」

    「リューセーです!」
    「カイトで~す!」

    「追い込み漁をしますので、助っ人を頼みました~!」と、エイショー君が言った。

    「あきさみよ〜! 漁業体験って、追い込み漁をやるの~!」と、私は言って、テンションがMAXまで上がった。

    「そうなのです。ひまりさんは追い込み漁、やったことありますか~?」

    「ないないない。で、水着に着替えるの?」

    「ん? 僕たちはこのまま……。あ、着替えるところですね」と、やっとエイショー君は、私の聞きたいこと察してくれた。

    「ワーゲンバスの中で着替えができます。窓は中からカーテンで目隠しできますよ」と教えてくれたので、私は水着に着替えた。
    日焼け対策のラッシュガードも、私は抜かりなく持ってきてあった。

    田辺さんは、「郷に入りては郷に従います」と言って、私服のまま海に入った。佐々木さんもそれに習っていた。

    追い込み漁の網は、私の想像以上の何倍も長かった。
    まずは、みんなで網を、大きく広げた。充分に大きく広がって、徐々に範囲を狭せばめていくのだった。

    その範囲が広い時には感じなかったが、狭くなってくると、徐々に大漁だと分かるのだった。私は興奮を抑えられなかった。エイショー君たち若者3人とオジイは、機敏に泳ぎ、機敏に潜った。佐々木さんの泳ぎも素晴らしかった。

    私は田辺さんと、それぞれ網の端を持っていた。ただ、それだけにすぎないのだが、そうと分かっていても、私も田辺さんもハシャギ、歓声を上げ続けた。

    圧倒的に、『漁』という実感があるのだ。魚たちが網の中で暴れまくって、中にはかなり大きい魚もいた。

    私達の漁。
    いや、私達の大漁だった。

    「スゲェ~! 大漁だ~!」
    「こんなに獲れるの~⁈ すご~い!」
    「ホント、凄いですね~!」
    「今日は、特に大漁です~!」

    みんなが興奮していた。

    カイト君が「獲ったどー!」と絶叫して、笑いもとった
    リューセイ君は、そのカイト君にツッコミを入れていた。


    * * *


    魚は、庭で、焼いて食べた。
    オジイとオバアが、手際よくウロコを落とし、そして塩を振った。

    リューセイ君とカイト君が、バーベキューの道具を準備し、エイショー君は炭を持ってきた。オジイが指示を出し、リューセイ君たち若者3人がキビキビ働いた。

    単なる魚の塩焼きが、こんなにも美味しいとは、うちなんちゅーの私も心の底から驚いた。

    「まーさん!」と、何度も叫んだ。

    「焼き加減と塩加減が、絶妙なんだな」と佐々木さんが言った。
    「炭火焼の旨さですね」と、田辺さんも、美味しそうに魚を突きながら語った。

    魚を充分に味わったタイミングで、野菜やソーセージが追加された。
    今夜の晩ごはんだった。

    飲み物は、最初ビールだった人も、今は、泡盛のシークワーサー&炭酸割りに変わっていた。宮古島の食べ物には、宮古島のお酒が合うのだろう。

    未成年なのに、リューセイ君とカイト君も酒を飲みたがり、エイショー君だけ飲まずに、彼らを送り届けるという条件で、オバアがOKを出した。

    みんな、どんどん陽気になっていった。

    デザートのマンゴーの美味しさに、佐々木さんと田辺さんが唸った。目を丸くし、2倍に見開いていた。私は、沖縄の美味しさを誇らしく思った。そのマンゴーの美味しさは、想像以上で、「でーじ、まーさん!」と、私は思わず呟いていた。

    オジイが三線を持ってきた。
    若者3人が歌って、そして踊った。

    エイショー君がウクレレを持ってきた。
    島唄、涙そうそう、島人ぬ宝、恋しくて、と、佐々木さんや田辺さんも知っている歌を、歌ってくれた。味のある歌声だった。

    オジイやオバアも踊っていた。


    4.佐々木 田辺の告白

    僕とオジイの2人で、バーベキューセットを庭の隅に移動した。
    続いて、庭の真ん中に、丸いテーブルを置く。

    ひまりさんとオバアが、ローソクを持ってきた。
    オバアは、そのローソクに火を灯した。

    リューセイ君とカイト君は、少し前にエイショー君が送って、そのエイショー君も戻っていた。しかし、お開きにするには、まだ少し早い時間だった。

    明日の午前中で終わるこのツアーを、ここにいる全員が惜しんでいる。僕はそう感じた。

    オジイは、いつものシワシワの笑顔で、泡盛をロックで飲んでいる。僕も、美味しい物をいただくときは、このような表情をしたいと思った。

    田辺さんは、お酒をやめて、宮古島サイダーを飲んでいた。
    僕とひまりさんは、泡盛のシークワーサー&炭酸割りを飲んでいる。ひまりさんは、かなり酒が強い。酔った感じが全くないのだ。

    「自己紹介の、二回り目をしましょうか」と、エイショー君が言った。
    エイショー君は、当然のようにひまりさんにアイコンタクトを飛ばした。

    「え~、私から? ま、イイかぁ~。でも、何を話そうかなあ~」と、ひまりさんが言った。

    「私は、ひまりさんの、夢や目標が聞きたいですね~」と田辺さんが言った。

    「夢~⁈ ジェントルマンの田辺さんのお願いだから、ちょっと、語っちゃうね。私は東京で、ビジネスの経験を積んで、そして、地元の嘉手納に戻るの。親友のメーグーから『一緒に起業しよう』って言われてるのね。だからたぶん、そうすると思う。それが、夢というか、将来の計画かなぁ」

    僕は、つい、「起業って、どんなビジネスをするつもりなの?」と聞いてしまった。

    「メーグーは、観光客をターゲットにビジネスしたいって言ってるの。中学と高校と、琉球大学に入ってからも、勉強をもの凄く頑張って、県の観光課の職員になったんだよ~。凄く頭が良くって、短大に行った私とは正反対なの」

    「起業はやめた方がいい。会社を起業するって甘くないんだ」と、僕は言った。

    頭の中では、誰かの夢を否定するな、若者の夢にケチをつけるなという声が聞こえていたが、僕の、言葉は止まらなかった。
    自分が、起業で苦労したから、甘くないというアドバイスは建前だと、こころの底で、僕は分かっていた。

    自分が苦労した起業を、若い娘にアッサリとクリアーされたくないという、歪んだ嫉妬心の方が本心なのを、もう1人の僕は、ちゃんと見抜いているのだった。

    ひまりさんは、驚いた顔をした。
    いきなり、夢を否定されたのだから、無理もなかった。

    「僕は、1度会社を作って失敗した。甘くなかった。眠ろうとしても眠れなくなった時期があってさ。ウトウトすると、胸やお腹がザワザワしてね。無数の虫が身体中を這いずり回っている感触があるんだ。もちろん虫なんか1匹だっていやしないだけど、その感触は、どうにもリアルなんだよ。今は、あの時の僕は鬱病だったのだろうって思う。一歩間違えば、僕は迫りくる電車に吸い込まれたかもしれなかった」

    ひまりさんが言った。

    「ありがとー、佐々木さん」

    「え?」

    僕は、耳を疑った。

    「心配してくれて、本当にありがとう~。佐々木さんって、優しい~。偶然、このツアーで一緒になっただけなのに。本気で心配してくれて。私、本当に嬉しい」

    「え? あ、ああ……」

    僕は、完敗だと思った。
    悪意があるとは思わないのか? 否定されたとは取らないのか?

    ひまりさんは、僕の発言には悪意がないという前提に立っていたのだろう。僕は、自分が恥ずかしくなった。

    オジイが、ひまりさんに、ダブルGood!のポーズをした。
    オジイは、僕にまで、ダブルGood!をくれた。

    僕は、笑顔で答えたが、その笑顔は引きつっていたかもしれない。

    そのとき、「私も、少し語っていいですか?」と、田辺さんが言った。

    「どうぞ、どうぞ」と、僕は、田辺に手を添えて発言を促した。良い言葉が見つからず、困っていたので、ありがたかった。

    田辺さんは語り出した。

    「実は私は、ガンなのです。それも末期ガンで、医者からは余命3か月と言われました。それが、先月のことです。……だからもし、医者の言う通りになるとしたら、私は、あと2か月の命なのです」

    田辺さんの声は、小さかった。
    しかし、ちゃんと声は届いた。耳を伝い、胸にまで、シッカリと響いた。

    田辺さんの声に、悲壮感は感じなかった。諦観や達観という境地に達していたのだろうか。庭には、神聖な空気が支配しつつも、決して暗い雰囲気に変わったワケではなかった。

    ロウソクが、「ジジ…」と、小さな音を立てた。
    海から吹く風が、木々の葉を、そ~っと揺らしていた。

    誰もが、何も言わずに、田辺さんの言葉を待った。

    「私の心と脳は、混乱しました。そんな宣告は受け入れられないし、しかし、医者は真面目に話しているのです。しばらくは、何も考えることができませんでした。胸の中に浮かぶ思いは、それならば、老後に備える必要もなく、やりたいことをやれば良かったという後悔ばかりでした」

    風がやみ、田辺さんの小声は、より胸に響いた。
    静かな語り口調に、本当の告白だという凄味があった。

    「ここには、医者の勧める延命治療を断り、やってきたのです。たった3か月でも構わないから、やりたいことをやると決めたのです。私は、宮古島に来て、本当に良かった。空も海も信じられないほどに美しく、魚もマンゴーも、信じられないほどに美味しかった。体験に勝るものはありませんね。
    みなさん……、どうか、やりたいことをやってください。
     3か月は短い。
     命が、あと3か月しかないなら、みなさんは何をしますか? 時には、そんなふうに、考えてみてください。私のように後悔しないために、私からの忠告です」

    オジイは夜空を見上げた。

    田辺さんも夜空を見上げた。
    僕も空を見た。美しい星空だった。

    ひまりさんだけは、田辺さんを真っすぐに見つめ続けていた。
    彼女は立ち上がり、田辺の隣に移動し、ベンチに腰掛けた。

    田辺さんと、視線が重なった。

    ひまりさんは、田辺さんをハグした。
    ぎゅっと抱きしめている。頬と頬が触れている。

    ためらいのないハグだった。

    僕は、美しいと思った。

    その行為が美しいと感じたのか、ひまりさんの心の美しさを感じたのか、それは分からない。しかし、神々こうごうしかった。

    田辺さんが言った。

    「私は、東京に帰ったら、今度は妻と一緒に、北海道に飛びます」

    ひまりさんの頬が、田辺の頬から離れた。
    ひまりさんの両目は、濡れていた。

    「ラベンダー畑を、前から一度見たかったんですよ」と、田辺さんは言った。

    田辺さんは、涙を浮かべてさえいなかった。
    もう既に、自分のために流す涙は涸かれてしまったのだろうか。

    残り3ヶ月の命なら、僕は、何をする?

    少し考えたが、答えは、簡単には出そうになかった。


    * * *


    翌日。
    我々のスーツケースを積んだワーゲンバスは、もう1つの大橋をドライブしてから、宮古空港へ向かった。

    田辺さんは、いつも通りで、ひまりさんとエイショー君の掛け合いもまた、いつも通りだった。

    宮古空港にワーゲンバスが着いてしまった。
    エイショー君が、バッグドアを跳ね上げ、キャリーケースを降ろしてくれた。

    「佐々木さん、楽しんでいただけましたか? 今度は是非、恋人と一緒に来てください」と言われた。

    「ああ」と、私は微笑んで応えた。本当に、そうしようと思った。

    エイショー君は、田辺さんに、「ありがとうございました」と言った。そして、「僕、田辺さんの言葉を忘れません」と付け加えた。

    田辺さんは、「忘れない……。それは嬉しい!」と言って、エイショー君と握手した。

    エイショー君は、ひまりのスーツケースを降ろして言った。

    「ひまりさんの、ひたすらさ。僕、好きです。僕も真似して、ひたすらに生きます」と。

    「私、ひたすらなの?」と、ひまりさんは聞き返していた。
    「はい。真っすぐ、ひたすらでした。僕の目指す生き方のお手本です」とエイショー君は、熱く語ったのだ。

    私は、エイショー君は、ひまりさんに惚れたのかなと、思った。

    「お~い! エイショー!」
    「ひまりさ~ん!」

    大きな声が飛んできて、白いオープンカーが、ワーゲンバスの後ろに停車した。

    カイト君とリューセイ君が、見送りに来てくれたのだ。

    ひまりさんは、空を見上げていた。
    涙をこらえていたのかもしれない。

    「エイショー君、オジイ、ありがとう!」と、私は、大声で言った。
    鼻の奥がツンとした。

    「カイト君、リューセイ君も、ありがとう」と付け加えて、手を振った。

    ひまりさんも、田辺さんも、手を振った。
    エイショー君、オジイ、カイト君、リューセイ君は、両手を振って応えてくれた。


    * * *


    私たちは、無事に羽田空港に着いた。
    ターンテーブルから、それぞれの荷物を見つけ出し、なんとなく集まった。

    「電話番号を交換しませんか?」と、私は、2人に提案した。
    ひまりさんの携帯電話番号を聞き、私はワンコールして切った。

    「あ、これが佐々木さんですね。登録しておきます」と、ひまりさんが言った。

    田辺さんは、「私はお断りします」と、穏やかに微笑みながら言って、「そのかわりに、私のことを忘れないでほしい」と付け加えた。

    言葉を必死に探していると、田辺さんは、「私は、ここで妻と合流して、北海道に飛びます」と言って、握手を求めたのだった。

    「私は、田辺さんの言葉を、真剣に考えます。もう少しで、答えが出せそうです」

    そう言って、田辺さんの手を強く握った。

    「私も!」と、ひまりさんが鼻声で言った。
    瞳も潤んでいたが、ひまりさんは涙を落とすことはなかった。

    「私、オトウに電話する! 私が小さいときに離婚して、ず~っと会っていない父に、電話します」

    ひまりさんと田辺さんが握手をした。

    「私、後悔しないように、ひたすらに生きます! 田辺さんのこと、絶対に忘れないからね!」

    「ありがとう。私が言うのも変ですが、どうか、お2人ともお元気で」

    田辺さんは、踵を返して歩き出した。

    「佐々木さんは、モノレール? 京急?」と、ひまりさんが聞いてきた。

    「私は大田区で、羽田から近いからタクシーで帰ります」と答えた。

    「あれ? 佐々木さん『私』って、なんかヘン」と、ひまりさんが気づいてくれた。
    「いつも、『僕』、…でしたよね?」

    「ひまりさん。私は生まれ変わります。2度と自分にガッカリしないように、真剣に、丁寧に生きます」と、私は宣誓を行なった。
    他者を肯定し切る、そのパワーを教えていただいて、私はありがたかったのだ。

    「私も生まれ変わろう!」と、ひまりさんは明るく言った。

    ひまりさんは、輝いていて眩しかった。

    私は、準備していたセリフを、ひまりさんに言った。

    「ひまりさんに、生涯無料コンサルタントをお約束します。ビジネスの悩みや疑問に、いつでも電話でお答えします。メールでもOKです」

    「え、え? どうしてですか?」

    「どうしてでもです。下心はないので、どうぞご安心下さい」

    「そ、そ、そりゃあ私は美人じゃないから、そんな心配はしてませんけどね」

    「え? なに言ってるんですか? ひまりさんは凄くカワイイじゃないですか」

    「ありがとうねぇ~。お世辞でも嬉しいで~す」

    「いつでも、なんでも、相談してくださいね。僕の相談で良ければ、ず~っと無料です。では、ここで」と言って、私は、タクシー乗り場に向かって歩き出した。

    振り返ると、ひまりさんは、案の定、両手を大きく振ってくれていた。

    私も、柄ではないのだが、1度立ち止まって、両手を振って応えた。




    第2章につづく

    珏3獠
    珏4獠
    珏5獠
    珏6獠


     
     
     
    ◆noteは、2020年4月からほぼ毎日投稿 ◆岩手県出身、愛知県在住 ◆サラリーマン&文筆家 ◆現在は短編小説執筆に注力中 ◆2020年 Kindle本『いいかい、タケルくん』をリリース ◆夫婦のボイス日記をstand.fmにて毎日配信 ◆足遅そうな顔の59歳

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