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Photo bykt_121200

わたしの、東京

    故郷の町の話はしないと決めている。
    愛しくて、大好きで、憎くて、寂しくて、近くて、遠い、あの町。

    私は、東京のある町で生まれ育った。
    父の育った古くてボロい家で、昭和の続きの世界に生きていた。
    玄関前で遊んでいれば、お隣のおばあちゃんが声をかけてくれる。
    指で撫ぜると剥がれ落ちていくトタン屋根の古いペンキ。
    近所の子たちとコデマリの咲く公園で「あぶくたった煮えたった」をしまくり、
    サツキの植え込みの中でミノムシを捕って、
    オシロイバナをブロック塀ですり潰して、
    そんな子ども時代だった。

    小学生の頃、ほんの少し、いじめられた。
    そのままのメンツで公立校に持ち上がりで入学するのが嫌で、中学受験をしたいと親に土下座をした。
    思えば地域柄、親もなんとなく受験させる気はあったのだろうけれど、 殊更に教育熱心な親でもなかったので、記憶の上では、頼み込んで受験させてもらったと感じていた。

    幸い他県の中学に受かり、遠距離通学をすることになった。
    朝早く出て、夜になって帰る。
    地元で過ごす時間は減ってしまった。
    地元の学校へ進学した弟、出歩くのが好きな家族との会話に、地理的な理解が追いつかず、寂しさを感じた。
    食卓の話題で自然に出てくる、近隣の地名やお店の名前。
    わたし、そこ知らない。
    そこ行ったことない。
    その道、おぼえてない。
    土地勘もあるし何度も連れて行った記憶のある親にとっては、地図を覚えないおかしな子だ。
    行く頻度が減れば、忘れていくのは当たり前で、私は少し悲しくなる。
    同じ家に住んでいても、生きてる地域が異なってきたのだな、という小さな疎外感、ほんのり孤独感。
    その代わりに私には他県の知識が増えていった。

    駅のホームの看板。車窓からよく見る景色。
    その駅周りにある看板。あの駅にはあの建物。あちらに流れる水路。
    川にかかる橋の色。
    そこを知っている気になった。

    通学先の学校周り、寄り道したり、探検したりした。
    商店街で立ち寄る店、そこの品揃え。
    部活終わりにオヤツを食べるコンビニや駄菓子屋。
    そこも知っている気になった。

    そして早朝と夜に通り過ぎるだけの地元の町。
    まだどの店も開いていないか、酔っ払いに絡まれるか、
    足早に通り過ぎるだけになった地元の町。
    知らないことが増えた。

    東京出身です、と言えば、少し他と違う反応をされた。
    すごい、大都会ですね、いいなぁ、親が金持ち?
    曖昧に笑って流すしかなかった。
    悪気がないのはわかっているので、あえてはしゃいで見せたこともある。
    でもやがて相手は飽きてしまう。
    そもそも相手にすれば会話の潤滑油程度の言葉だし、何より会話を繋げようとするほど、私は東京を「知らない」とされた。
    皆が期待しているのは、おいしいお店やお得な情報、おすすめの観光スポットであるのだ。
    坂道の段差が急なところや、背伸びすると見えるオシャレな人の家の庭や、クワの実のとれる場所や、ひとんちの塀を伝っていく抜け道ではないのだ。

    出身地は自慢じゃない。
    ただそこで生まれ育ったという、他の人の故郷と同じ。
    けれど、東京というだけで、それが叶わなくなる。
    みんなが「知っている」場所だからだ。
    私は次第に故郷を人に明かさなくなった。
    「全然知らないじゃん!」と笑われるのが悲しかった。
    今ならわかる。
    「へぇ、故郷はどんなところ?」って聞いてもらいたかったのだと。
    私の知っているこの町を、聞いてほしかったのだと。

    大人になってから東京へ来た人たちに、 東京の人は冷たい、とか、空がきたない、とか、不満を言われるようになった。
    彼らには、彼らなりに「知った」東京があったのだろう。
    寂しさや不安の裏返しだったかもしれない。
    だけど学生になった私にも余裕は無かった。
    東京に来て文句を言う人たちを憎んだ。
    勝手に来といて、私の故郷に何さらすんじゃ。
    何にも知らないくせに。
    星がよく見える角度も、いつもいいにおいのする街角も、
    裏路地の工場の休憩時間の笑い声も、あの家の犬の可愛さも、
    何も知らないくせに。

    「疲れたし、いなか帰るね」と言う知人に、羨ましさと絶望感を覚えた。
    競争に疲れても、私には帰る場所がここ東京しかないのだ。
    そんな厳しい町だったっけ。そんな悲しい町だったっけ。
    愛する故郷への扱いに憤りながらも、競争の激しい町を怖いと思った。
    私の知ってるはずのこの町は、そんなにつらい場所だったっけ。
    好きなのに、この町をよく知らない、ということに劣等感を抱えた。
    私の故郷への想いは、行き場なくうねりを持って暴れているようで、次第に持て余すようになった。

    そうして、突然、実家が引っ越すことになった。
    私のねじくれた故郷愛は、転居の大きな喪失感と共に膨れあがり、怒りのような、悲しみのような、虚しさのような、敗北感のような、負の感情の連続爆発を経て、
    私は、自分のアイデンティティを根無草に投影することで、土地とメンタルの切り離しに成功した。
    夏の名残りのあの日。
    私が埋めた金魚のお墓も、見慣れた庭木も掘り返されて、更地になった実家の跡で、
    古い湿った土のにおいの中、さめざめと泣いて、訣別した。
    どこで生きていこうと、変わらん。
    転居先はさして遠方でもないのに、私は拗ねたように、そこから何年も、元地元には足を運ばなかった。

    いま、元地元のその町には、おしゃれなスポットがオープンし、 以前よりさらに観光地然としたお店が並ぶ。
    古かったさまざまな施設は、30年も過ぎて建て替えが進み、移転や閉店した店もあって、様変わりしている。  

    知人から
    「〇〇って行ったことある? すてきな場所だよね」
    と聞かれた。
    そこはですね、30年前は古い施設で、その頃はよく遊びに行ったんです。
    門を入ると古いコンクリートがひび割れていて、転ぶと痛いんです。
    夏には近くのプールの帰りに寄って、遊んでから帰るのが定番ルートでした。
    建て替えられて施設は新しくなったけど、たぶん中ではあの頃と同じ体験ができます!
    という言葉をグッと飲み込んで、
    「行ったことないです〜」
    と応えたのだった。
    私は今のあの町を知らない。

    わたしの、東京。
    キロメートル単位では知らない。
    地図は描けない。
    道も、少しあやふや。
    うろ覚えだし、新しい道もできた。
    メートル単位でも、あまり知らないかもしれない。
    記憶より、道幅は狭かったし、いつも遊んだ公園も思っていたより小さかった。
    でも。
    センチメートル単位で、ミリメートル単位で、体が覚えている、わたしの、東京の町。
    流行りの施設も、おいしい店も、今の地下鉄の乗り口も、知らない。
    新しくなった駅も、オシャレスポットも、最新情報も、知らない。
    だけど、だけど。
    あの植え込みと向かいの植え込みの土の質が違うことも
    雨の日のあの階段のどこがヌメるのかも
    あの側溝の網の何番目に水が溜まって何番目は抜けるのかも
    雪の日にどこでソリができるのかも
    春にツクシが毎年出てくる崖も
    あの公園の花梨の木の枝の下だけ木肌がツルツルになっている理由も
    あのお寺の節の浮き出た柱の触り心地も
    私は知っている。
    知っているんだ。

    あなたは、あなたの町のことを、どれくらい知っていますか。
    どのくらいの距離の単位で、知っていますか。

     
     

    側溝

     
     
    霞を食べて生きています。嘘です。

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