
コーヒーの滲みは、記憶を呼び覚ます魔法陣だったのかもしれない
京都の食堂で、
一冊の本に触れた。
そこにあったのは、
言葉と、誰かの痕跡だった。
思考のレシピの継承について

ここは京都にある食堂。
この街を訪れたら
必ず立ち寄る場所のひとつ。
薄暗い店内にはアジアの歌が流れ
雑多な雰囲気が
京都であることを忘れそうになる。
靴を脱いで板張りの床に腰掛けた。
料理を待つ間、目の前の本棚に視線を映す。
バラバラな種類の本が並び、
隙間にも詰め込まれている。
それがこの店らしい。

私は人の本棚を見るのが好きだ。
本棚はその人の思考のレシピだと思う。
公開されたレシピを
私も受け取る。
そういう連鎖が楽しい。
なんとなく
目についた本に手を伸ばす⎯⎯
『寺山修司名言集』

本屋にあっても手にしなかったかも。
ほらね。
以前何度か、寺山修司に挑戦したことはある。
でも冒頭を読んだだけで、
なんか違うな。と閉じた。
それ以来だ。
何気なくページを捲る。
そして手が留まった。

"なみだはにんげんの作る一ばん小さな海です"
コーヒーの滲みは記憶を呼び覚ます魔法陣かもしれない
あ、注文した料理が来そう。
東京に帰ったら調べてみよう。
メモ代わりに写真を撮った。

⎯⎯⎯⎯
お店で見た時、
古そうだと思ったけど
Amazonにまだあった。
数日後、家に届いた。

見比べてみたくて
改めてお店で撮った写真を見る。
表紙には、
茶色くて丸い滲みがあった。
コーヒーかな。
そう思った途端、
本の持ち主の様子が浮かぶ。
床やテーブルに
本を積読するタイプなのかもしれない。
本に囲まれた暮らし。
コーヒー片手に本を読む。
物語に没頭すると
つい手近な本の上に載せてしまう。
そんな風に思うと、
この滲みも愛おしくなる。
この本が重ねてきた時間の記憶。
持ち主との思い出。
本の”宝物”に触れられた気がして
うれしくなった。
私は手元に届いた
自分の『寺山修司名言集』を撫でた。
これからこの本と
どんな時間を過ごそうかな。
まずはコーヒーを淹れよう。
本を机に置いてキッチンへ向かった。
