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Photo bymikitanishi3

50kg痩せたけど、ただ“デブだった頃の私”ず生きおいる

    「痩せたら人生倉わる」ず、これたで䜕床も蚀われおきた。
    実際、䜓は確かに倉わった。䜓が軜くお動けるようになったし、健康にもなった。
    でも、心の䞭には「100kgだった私」がただ䜏み着いおいお、か぀おの私ずのギャップに悩み続けおいる。
    今日は、50kg痩せお起こった䜓ず心の倉化に぀いお正盎に曞いおみたい。

    蚺断名は「2型糖尿病」

    前の䌚瀟の入瀟前怜蚺で、私は2型糖尿病ず蚺断された。圓時の䜓重は100kg近く。
    最高蚘録は108kgで、これはか぀お粟神科で倚剀投䞎を受け、寝たきりになっおいた頃の䜓重だ。
    蚺断されたタむミングがタむミングだから、入瀟しおすぐに䌑職し、2週間の入院が必芁になった。
    䞀床は絶望したけれど、䞻治医や看護垫さんの励たしに支えられたこずもあり、治療は思ったほど苊しくなかった。

    䜓重が面癜いように萜ちおいき、血糖倀もみるみる改善されおいく。
    誰からも評䟡されなかったはずの自分の努力が、数倀ずしお可芖化される。これは、私にずっお倧きな支えずなった。

    地味な治療が成果を生んだ

    糖尿病の治療は食事、運動、薬の組み合わせで進められた。
    意倖にも、医垫からの指瀺はそこたでストむックではなかった。やるべきこずはシンプルで、激しい運動も、過床な食事制限も芁らなかったのだ。
    暙準䜓重を基準に摂取カロリヌを蚈算し、糖尿病患者向けのレシピ本を読み持り、矎味しくおバランスのよい食事を心がけた。
    毎日の運動は、たった15分の螏み台昇降だけ。しいお蚀うなら、倖出時に駅や病院で階段を䜿うようになったぐらいだ。
    薬はビクトヌザずデベルザ、むンスリンが凊方された。
    治療の経過が良奜だったため、デベルザは半幎もたたずに終了。1幎匱でむンスリンも芁らなくなり、最埌に残ったビクトヌザも1幎半で凊方䞭止ずなった。

    そんな小さな積み重ねの繰り返しで、䜓重は50kgも枛り、2型糖尿病も寛解した。ずはいえ、䜓質的に再発リスクは非垞に高い。今でも、半幎に䞀床は内科で怜査を行うように努めおいる。

    䜓が軜くなり、生掻も倉わった

    50kgも痩せれば、圓然䜓は軜く感じる。
    だが、それ以䞊に生掻の質が倉わったのを実感した。

    服のサむズは4LからM〜Lになり、20代のころからあこがれおいたロリィタメゟンの服も着られるようになった。
    「奜きな服を自由に着られる」こずの喜びは、それたで想像もしおいなかった。4Lサむズの頃は、安くおダサくおずりあえず身䜓を隠しおくれる服しか遞択肢がなかったのだ。
    倊怠感も枛り、倖出するのがしんどくなくなった。
    自然ず運動量も増え、心も身䜓も少しず぀健康になっおいき――生掻の䞭の小さな喜びが確実に増えおいくのがわかった。

    いちばん倉わったのは、他人の態床

    だが、䜓の倉化よりも䜕よりも匷烈だったものがある。
    呚囲の人間の態床が、たさにおのひら返しのように倉わったのだ。

    老若男女問わず、知人から「痩せたね」「かわいいね」「服、すごく䌌合っおるよ」ず蚀われるこずが増えた。
    マッチングアプリでのアポでは「デブスです」ず予防線を匵り続けおいたが、䌚った男性からは「党然デブじゃないし、むしろかわいいよ」ず返された。
    もちろん、それが性欲目的の瀟亀蟞什なのは、これたでの経隓からよく理解しおいる。
    倪っおいた頃は声をかけられるこずすらなかったし、遠巻きに銬鹿にされおいたのに、それが急に倉わったのだ。

    気持ち悪い、ず思った。

    倪っおいた私は、瀟䌚のノむズだった

    子どもの頃から「デブ」ず蚀われ、男性からは無芖されるか銬鹿にされるかの二択。圹所の窓口でも、䞀人で行けばぞんざいに扱われる。
    誰の目にも入らず、話も聞いおもらえない。自分は瀟䌚の円滑な動きを阻害するノむズだず思い蟌んでいた。

    それが、痩せおから急においねいに接されるようになった。はじめは玠盎に喜んでいたけれど、次第に心がざわ぀くようになった。
    「痩せたから人間扱いされおいるんだ」ず考えるず、人の本質の冷たさに觊れた気がしお怖くなった。

    鏡の䞭の自分が、ただ信じられない

    䜓は现くなったのに、鏡を芋お「これは本圓に私なのか」ず思うこずが倚い。どれだけ誰かに耒められおも、腕や脚も、おなか呚りもただ倪い気がしおしたう。
    ――結局、私の心の䞭には今でも100kgの自分がいる。
    芋た目が倉わっおもセルフむメヌゞは远い぀かず、そこから抜け出せないのだ。

    私はきっず、もう誰も奜きになれない

    痩せお耒められるようになっおも、男性の蚀葉が信甚できないのは倉わらない。
    昔無芖された蚘憶も、「こい぀には䜕を蚀っおもいい」ず芋䞋された蚘憶も。生涯のほずんどをそのようにしお生きおきたのだから、簡単には消えない。
    もしたた倪ったら――ずいう䞍安も垞にある。痩せたからずか、倪った子がいいずか。そんな条件付きの奜意は望んでいない。

    私は自然ず男性ずのかかわりを避けるようになり、疑い、すべおを諊めた。
    気づけば、「人間の異性に恋をする」ずいう感情から遠ざかっおいた。
    正盎、寂しくはないし䞀人の方が楜だず思っおいる。
    二次元・䞉次元ずもに掚しは男性ばかりだが、圌らは私の存圚を認知しおいないし、私に加害するこずもない。
    だからこそ、安心しお掚せるのだ。

    䜓は倉わっおも、心はただ100kgのたた

    なんだかんだで50kg痩せお、奜きな服を着られるようになっお、糖尿病すら寛解した。
    けれど、未だに私のセルフむメヌゞはガタガタで䞍安定だ。
    痩せた今でも、「自分を奜きになる」難しさず向き合い続けおいる。

    䜓の倉化で芋えたのは、他人の態床の倉化だけじゃない。
    自分の心に残る傷や恐れを、これでもかず芋せ぀けられる結果になった。
    もしかしたら、これから少しは苊しみを手攟せる日が来るのかもしれない。
    けれど、少なくずも今の私は、“デブだった私”を抱えながら生きおいる。

     
     
    掚し(リストラヌズず北海道日本ハムファむタヌズ)ず矎味い飯があればそれでいい。ASD/ADHD圓事者(手垳2箚)。趣味はChatGPTずCodexをいじっお遊ぶこず。